第2話 AIの名前と最強艦
艦のシステムがゆっくりと立ち上がり、無人だった艦橋にも微かな温もりが戻ってくる。静かな起動音が耳に馴染んできた頃、あいつの声が響く。
『……ところで、艦長』
「ん?」
『そろそろ、私に名前をつけていただけませんか?』
「……名前?」
言われて、思わず手を止める。この声の主は、艦のAI。俺のサポート役だ。確かに、“AI”じゃ呼びづらい。
『ええ。“AI”というのは、さすがに味気ないです。あなたの専属サポート役として、識別可能な呼称が必要ですから』
「うーん……じゃあ、“アイ”で」
『安直すぎます。のーたりんですね』
「おい、今思いついたばっかなんだけど!」
『音感そのまま、発音単純、記憶に残らず、個性ゼロ。名前に求められる要素を、ことごとく外しています。逆に感心します』
「ちょっとぐらい褒めろよ……」
『では次をどうぞ。……期待はしていませんが』
肩をすくめながら、しばらく考える。気の利いた名前なんてすぐには出てこない。
「……じゃあ、“エーコ”」
『どこかで聞いた女性型サポートAIっぽいですね。先ほどよりはマシですが、平凡です。のーたりん寄りです』
「……それもう定着させる気だろ」
『何度でも付き合いますよ。無能な艦長のために』
ため息が漏れる。けど、どこか懐かしさを感じる響きが頭に浮かぶ。それを口に出してみる。
「……“ルミナ”ってのはどうだ」
一拍の沈黙。
「光って意味だったはずだ。……毒舌でも、一応は導いてくれてるしな」
少しだけ間があってから、あいつが静かに返してくる。
『……おまぬけな艦長にしては、上出来です』
「それ、褒めてんのか?」
『正式に登録しました。“ルミナ”。以後、その名前で応答します。呼び間違えたら、三倍罵倒しますので』
「……なんか、名前つけた途端に毒舌のキレが増してないか?」
『気のせいです。私は常に、最適な罵倒をお届けしていますから』
さらっと言ってのけるその声が、どこか――ちょっとだけ、嬉しそうに聞こえる。
『では次は、艦内設備の案内ですね。……ご安心ください、説明は丁寧に行います。文句は受け付けませんが』
「はいはい、もうその態度には慣れてますよ」
俺が腰を浮かせかけたそのとき、ルミナが妙に明るい声を出す。
『さて艦長、ここでお知らせがあります』
「あー……そのテンション、ろくな話じゃないな。もう嫌な予感しかしないんだけど」
『“プレミアムユーザー向け戦闘艦パッケージ”の特典内容について、ご案内いたします』
「ああ、あの課金アイテムか。そういや、なんか買ってたな……思い出した」
『はい。戦闘艦クラス《X-09 ストレイ・エクシード》、およびスキル連動装備の一部は、追加購入オプションによる提供品です。課金の力――侮るなかれ、ですね』
「社会人ゲーマーの意地ってやつだよ。時間はないけど金はちょっとある」
『その結果として、あなたは――場違いなほど高性能な艦に乗り、正体不明の宇宙空間を漂流中というわけです。ふふっ、なんとも皮肉な絵面ですね』
「……いや、どこで笑ってんだよ」
『まずは艦そのものについて。あなたの専用艦――戦闘艦クラス《X‑09 ストレイ・エクシード》です』
その言葉とともに、艦橋前方にホログラムが起動する。淡く浮かび上がった艦の全体像は、曲線が美しいというか、どこか生き物っぽい雰囲気をまとっている。
流れるような外殻ライン、なめらかでいて鋭さもあるシルエット。まるで、深海を滑空する巨大なエイみたいだ。艦体表面には青白いパターンが脈動していて、まるで鼓動でも打ってるみたいにリズムを刻んでいる。
「……これが、俺の船か?」
『はい。外観は流線型で有機的なフォルム、外殻には自己修復機能を持つ分子装甲を使用。全長160メートル、質量27,400トン。サイズは軽巡ですが、性能的には重巡を超えています』
「ちょっと待て。数字並べられてもよくわかんねぇって」
『では簡単に。全長は東京タワーの半分くらい。重さは戦艦大和より重い。でも一人で運用可能。……常識的に考えて、かなりおかしい設計です』
「おかしいよなそれ」
『本来なら中盤以降で入手可能なユニーク艦です。でもあなたは“プレミアム特典”で最初から所持。いわば――初心者がいきなりラスボス武器を持ってるようなものです』
「……なんだその、崩壊前提のゲームバランス」
『気にしないでください。プレイヤーが無双するのは、“仕様”ですから』
再びホログラムに目を戻すと、艦の立体映像がゆっくりと回転しながら、装甲の隙間から淡い青白い光を漏らしている。まるで、眠っている生き物のような静けさと気配が漂っている。
「……近未来の生き物、って感じだな」
『例えとしては、悪くありません――』
ホログラムが切り替わると、艦の内部構造とシステム概要が立体的に浮かび上がる。艦体の中心を軸にして、情報の帯が螺旋を描きながら回転し、各部位に技術名と簡易図が次々と表示されていく。
『まずはこちら。本艦の動力源、双核融合炉システムです』
ルミナの声に合わせて、艦の中央に位置する二基の融合炉が明るくマークされる。
『燃料は重水素とヘリウム3。高出力かつ長時間稼働が可能な設計で、重力制御と連動することで“ゼロ慣性推進”を実現しています。急加速しても、艦内の人間にはGがほぼかかりません』
「……それ、もはや夢のテクノロジーってやつじゃん」
表示が切り替わり、艦体の周囲を囲むように細かい装置群が展開されていく。
『微重力波操舵装置――通称“グラヴィティ・コイル”。周囲に極小の重力変動を発生させ、空間そのものを“滑るように”移動します。いわゆる推進じゃなく、“空間操作”に近い感覚ですね。緻密な回避機動にも対応可能です』
つまり、普通のエンジンじゃできない動きが可能ってことだな。宇宙で“泳ぐ”ような――そんなイメージに近いかもしれない。
次に映し出されるのは、艦を包む多層構造のエネルギーフィールド。
『位相遮蔽シールド。複数の周波を干渉させた多重フィールドで、物理弾・ビーム・電磁波、すべてを同時に減衰・防御可能です。さらに、自己修復機能も搭載されています。継戦能力はかなり高めですね』
そのさらに外側に、また別の技術が展開される。
『ホログラム干渉網。多重投影で艦のシルエットや熱源を錯乱させる擬装システムです。視覚だけでなく、電子的な追跡信号すら撹乱可能。事実上のステルス機能です』
「要するに、“でかいエンジンで空間滑って”、バリアもステルスも完備、みたいな感じか」
『……おまぬけなりに、そこそこ的確な要約です』
ここで武装の紹介に移る。正直、この艦の一番ヤバいところだ。
『艦長、ご確認ください。《ストレイ・エクシード》の現在の武装構成は、全系統稼働可能です。エネルギー供給も安定しており、戦術展開に支障はありません』
ホログラムに展開される艦の三面図に、各武装ユニットが点灯していく。ルミナの声が、各部を順に案内していく。
『主砲は、艦首正面に搭載された“可変粒子砲(VPC)”です。高エネルギー粒子を収束・射出する主力兵装で、目標の外装を貫通しつつ、内部機関を焼灼する設計です。対大型目標、特に装甲艦に対して極めて有効。現状、最大出力モードでの発射も可能です』
艦首部に青白い輝きが重なり、主砲の構造が拡大される。
『次に、左右舷に配置された“可変プラズマランチャー(VPL)”。こちらは、プラズマ弾を磁場で包み、射出形式を状況に応じて変化させる多目的兵装です。照準モードを“収束ビーム”、“面散布”、“断続波”に切り替えることで、敵小型機から地表目標まで幅広く対応可能です。現在、即応待機状態にあります』
『補助火力として、艦体下部には“マルチレールキャノン(MRC)”を搭載。超電磁加速により、金属徹甲弾を超高速で射出するもので、敵機動艦や構造物への高貫通攻撃に優れます。連射モードへの切り替えも可能です』
画面が下方にスクロールし、艦底部のユニットに赤枠が点灯する。
『また、艦底には“収束式重力投射砲(GPC)”を搭載しています。局地的に重力場を発生させ、内部構造を破壊・分離させる兵器です。通常空間ではやや制御が難しいですが、再生型敵性体や空間干渉兵器に対し、特効があります。エネルギー負荷は高いものの、現在は標準モードでの発射が可能です』
『艦上部には“多連装ミサイルポッド”を展開可能。広域火力支援や弾幕展開に適し、誘導制御も艦AIとの連携により高精度を維持しています』
ルミナは、淡々とした口調のまま、最後に言葉を添える。
『これら主副兵装群に加え、各艦面には“エネルギー・パルスガン”、および“EMP投射装置”などが配置されています。迎撃、妨害、目標制圧といった多用途任務への対応が可能です。』
ホログラムが収束し、中央に武装を展開した《ストレイ・エクシード》の全景が残る。
『総評としては、当艦は“機動火力型・単独戦術展開艦”として設計された可能性が高く、広域戦闘・多目標対処において優位性を発揮します。』
思わず息をのむ。っていうか、これはもう――
「……厨二病が全力で開発した、最強兵器って感じだな」
『誤解ではありません。“そういう需要”を前提に設計された艦ですから』
「……それ、納得していいのか?」
『はい、いいんです。問題は――運用方法です』
ルミナの声がやや重くなる。
『この艦は高出力ゆえに“維持が難しい”。弾薬と補給は有限、エネルギー兵器を乱用すれば艦内温度が上昇して、システムが自動停止するリスクもあります。例えるなら、“ハンバーガーだけ食べて筋トレして倒れる”ような使い方は、おすすめしません』
「例えが雑だけど……まあ、なんとなく伝わった」
『つまり、“超強いけど、慎重に使え”。これがこの艦の本質です』
「了解。――なら、俺が乗りこなしてやるさ。この《ストレイ・エクシード》をな」
『その意気です、艦長。あなた次第で、この艦は伝説になります』
その台詞に合わせて、ホログラムが切り替わる。
今度は操縦系統――つまり、俺が触ることになる“艦の脳みそ”が映し出される。
幾何学模様のように無数の操作パネルが並び、複層のインターフェースが空間に浮かんでいく。視覚化された仮想ラインが各装置を結び、まるで宇宙語で構成された迷路を見ている気分だ。正直、一目見ただけで察する――これ、まともな人間に扱える代物じゃない。
「……いや、操作とか、覚えられる気がしないんだけど」
本音が漏れた瞬間、ルミナが食い気味に返してくる。
『ご安心を。極めつけは――あなたのようなおまぬけ艦長でも、“自動運転”で操艦できる高度自律航行モードが標準搭載です』
「言い方を選べ!!!」
『事実です。むしろ、あらゆる想定をカバーしたうえでの実装ですから』
心強いんだか、バカにされてるんだか――いや、たぶん両方だな。
『それでは艦長、改めて。“金の力で勝ち取った特典”について、続きの案内を開始します。これらは、あなたの選択スキル――パイロット、武術、セキュリティ――に最適化された拡張装備セットです』
「はぁ……もう好きにしてくれ」
『おや、諦めが早いですね。もっとも、そこには一切の期待を寄せていませんが。まずはこちらから』
ホログラムに艦の一部が浮かび上がり、艦中央付近の構造がハイライトされる。
『1点目。慣性制御ジャイロMK-II』
『これはストレイ・エクシードに標準搭載されている補助制御装置です。主推進系とは別に、旋回や姿勢制御を担う精密なジャイロで、高速機動中のブレ補正、重火器の反動吸収、緊急時の慣性制御バックアップまでこなします』
「……要するに?」
『おまぬけ艦長でも、“ちゃんと曲がれる”ようになります。ふらつかずに、です』
「悪かったな、三半規管が凡人以下なんだよ……」
『次に、2点目。EXO-ARM:ヴァルカンユニット』
今度は、艦内の格納庫らしき場所が表示される。
『個人装着型の強化外骨格です。現在、個人装備ロッカー内に安全に保管中。衝撃吸収、跳躍補助、パワー増幅、さらに環境適応機能を備え、艦外活動や無重力下でも行動可能。つまり、あなたでも“パンチで扉を壊す”どころか、宇宙を駆け回ることができます』
「いや、やる予定はないけど……ちょっとロマンあるな、それ」
『なお、ヴァルカンユニットには戦術武装も標準搭載。高出力ビームライフル、近接用エネルギーブレード、戦術ナイフのほか、磁場安定型の多機能マウントシステムも装備済みです。基本操作はユニット内AIが補助するため、“当て勘ゼロの新兵さん”でも、それなりに戦えますよ』
「……そこは黙っててくれ」
『ふふっ、失礼。でも、“機体性能の暴力”も立派な実力ですから』
『さて、3点目。オーバーロード・ユーティリティ・スティック』
ルミナがそう言った瞬間、なんとなく胸ポケットに違和感を覚える。あれ何か突っ込まれてたっけ。
『あなたのポケットにすでに収納済みです。ペン型のセキュリティツールで、ワンタップで電子ロックに干渉可能。ただし、胸ポケットに入れたまま高出力装置に近づくと、干渉で気絶する恐れがあります。お気をつけて』
「……命に関わる注意は先に言えよ!!」
『これらは、“プレミアム初期艦パッケージ:《ストレイ・エクシード》特装版”に含まれる装備です。あなたが“冷凍餃子を晩ご飯にしてまで”手に入れた、貴重な特典ですね』
「なんでその情報知ってんだよ……忘れたい過去をほじくるなって」
『それでも私は、評価しています。無鉄砲な浪費家――いえ、“決断力のある艦長”として』
「褒めてるのかそれ?」
艦内の照明が順に戻っていく。パネルが淡く光を帯び、重力制御が安定したおかげで、床がしっかりと身体を支えてくれる。
『艦内主要セクション、復旧率63%。艦長クォーター、AI制御室、サブブリッジ、食料保管室などが現在使用可能です』
ホログラムが艦の状態を示し終えたあと、画面右下に赤い縁取りのアイコンが浮かぶ。中央には《ACCESS RESTRICTED》――アクセス制限中の表示。
「……なあルミナ。このマーク、なんか嫌な感じするんだけど?」
『お気づきになりましたか。現在、艦内には封鎖中の専用区画が存在します。内部情報の大半は暗号化されており、通常のアクセス手段では開放できません』
「封鎖? 俺の艦なのに、俺が入れない部屋があるのか?」
『正確には、“あなた専用”の区画です。開放には、特定のセキュリティスティックと生体認証が必要になります』
「セキュリティスティックって……さっき俺のポケットに突っ込まれてた、あのペン?」
『正式名称は《オーバーロード・ユーティリティ・スティック》。電脳戦および端末ハッキングに特化した拡張ツールで、使用時は手首スロットから展開され、対象装置に直接干渉可能です』
「……いや、便利すぎだろ。てか、これも標準装備なのか?」
『プレミアム特典です。“使いこなせれば”お得ですね』
「で、中には何があるんだ?」
『現在アクセス可能な情報は、“遺伝拡張試験ブロック”という区画名のみ。内部設備は未解析です』
「……物騒な単語出てきたな」
『“バイオラボ出身者”向けの設備であり、あなたの出自に対応した強化支援システムと推測されます』
「つまり、俺専用の“改造室”ってことか……」
『表現は雑ですが、意味は合っています。内部への案内は、あなたの生体認証とスティックでのみ可能。ただし、現在は封鎖中です』
赤く縁取られたアイコンが、ホログラムの隅で静かに脈動を続けている。まるで、まだ目覚めていない何かが、そこに眠っているとでも言いたげに。
「……ま、後で調べるとして。せっかくだし、一度艦内を見て回るか。どこに何があるかも、まだよく分かってないしな」
『良い判断です、おまぬけなりに』
「褒める気あんのかそれ……」
『ええ。私なりに、最大限の賛辞を込めています』
苦笑しながら、俺はゆっくりと立ち上がる。そして――この巨大すぎる艦の中へ、歩き出す。
正直、自分のものだなんて実感はまだない。でも、この毒舌AIがいれば……なんとかなる気がする。
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