表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/81

第28話 目覚めの前夜

 あの戦いが“終わった”とはまだ言い切れない。だが、とりあえず今、《ストレイ・エクシード》には静寂があった。戦闘報告と最小限の補修作業を終えた俺たちは、ほんの少しだけ、“日常”に戻っていた。


 損傷した区画は封鎖され、艦の動力系も安定を取り戻しつつある。だが、それ以上に大きかったのは、乗員たちの心理的な緊張がわずかに緩んだことだった。あの“意志ある災厄”と相対し、生還したという事実が、艦内に静かな余韻を残している。


 戦闘が終わって数時間。艦は一時的に安全宙域へ退避し、各部で応急処置が続くなか、ようやく艦内には落ち着いた空気が漂い始めていた。


 そして今、俺たちはラウンジに集まり、ひとときの休息を取っている。とはいえ、ただ黙って座っているわけではない。戦いを生き延びた人間には、人間なりの儀式がある。――たとえば、冷えた飲み物と、意味不明なメニューと、AIの悪ノリに付き合わされる時間とか。


「さて……こういう時はやっぱり、冷えたビールよね」

と、レーネが言ったところから、すべてが始まった。


『未成年者の嗜好品的表現は禁止ですが、ノンアルコール処理済み清涼麦芽飲料であれば、士気回復プロトコルに該当します。1缶8Sの量産品ですが。』

 PLD端末から響くルミナの声。相変わらずの丁寧口調だが、どこか楽しげな響きが混じっている。


『“戦闘後リカバリパッケージ”起動。主飲料:クールビア・ゼロS、付属食:餃子ライク・メモリアルエディション、ただいま提供いたします』


「待て! なんでそこで餃子なんだよ!?」


 思わず椅子を蹴るように立ち上がった俺に、ルミナは間髪入れず返してくる。


『かつて艦長は、旧居住区時代、週5回の頻度で“冷凍餃子”を摂取しておりました。コンビニ調達、電子レンジ調理、価格効率比優秀――この傾向を“心の栄養源”と推定いたしました』


「いや、それは単に安かったからで――好きで食ってたわけじゃない!ってゆうか何で知ってるんだよ!!」


『その“合理的選択”の中にこそ、本質的な愛着が宿るものかと。無意識に選ばれる日常は、最も深い情緒記録として記憶に残る傾向があります。すなわち、“安定”の象徴と判断されました』


「やめろ、その冷静すぎる解釈! 俺の生活が丸裸だ!」


『なお、本メニューはプレミアム課金特典の一環として、“餃子原体験”の尊重に基づき、特別保存レシピとして登録済みです。以前ご提示した際には、“いらんから!!”との明確な拒否発言も確認しております』


「じゃあなんで出した!? っていうか、その記録、今すぐ削除しろ!!」


 そんなやり取りを背に、ルミナの気配――というより意志のようなものが、艦内のディスペンサーを作動させる。じゅわ、と芳ばしい音。立ち上る香り。テーブルに並べられたのは、まさしく餃子――もどき、かもしれないが、見た目は完全に“あれ”だ。


博士が眉をひそめながら手に取る。


「……この包みは、何かの儀式に使われるのかね?」


「違います! あれだよ、皮で具を包んで焼くだけの、なんというか……財布に優しい定番飯だ!」


 レーネもひとつつまみ、じゅっと音を立てながら口に運ぶ。


「……あ。うん、これは……うまい」


 エリスも、少し遅れて手を伸ばす。


「……外はパリッと、中は柔らかくて……戦闘食じゃない完成度……これ、ちょっと感動するかも」


「だからって、戦闘終わりには“ビールとこれ”って定番化したりすんなよ!」


『“これこれ”は艦長の過去ログより抜粋。“あー疲れた……こういう日はやっぱ、ビールとこれだな”――深夜帯、独り言モードにて』


「それは! あれだ! コンビニ帰りに惰性で呟いただけで!」


『ですが、その日数値的に艦長の心拍変動とストレス値が大幅に安定していたことも記録に残っております』


「だからって……!」


『つまり、“餃子”は艦長の心の拠り所――艦の精神防衛システムにも寄与すると判断いたしました』


「もう好きにしろよ……」


 レーネが笑いながら缶を掲げる。


「では、改めて――“ビールとこれ”に!」


「乾杯!」


「……乾杯って……はあ……」


 餃子とノンアルビールで乾杯する艦内の光景。戦闘の記憶はまだ生々しい。だが今だけは、その“これ”が、誰もが望んだ平和の象徴になっていた。――そしてラウンジには、妙に香ばしく、妙に懐かしく、そして確かに“今ここにいる”と感じさせてくれるような、不思議な時間が流れ始めていた。




 餃子とビール(正確にはクールビア・ゼロS)でひととき盛り上がった後、自然と話題は戦闘へと移っていった。ディスプレイに簡易ホログラムが投影され、先ほどの交戦記録が流れ始める。


「さて……そろそろ、お遊びモードは切り替えませんか」

エリスが言いながら、ひとつ咳払いする。表情は柔らかいままだが、目元の緊張は解けていない。


「じゃ、報告会モードに入るわよ」

 レーネが手元の端末を操作しながら言った。画面には、デヴォル出現前後の波動データが映し出されていく。


「改めて見ると、アレ……やっぱり“交信”の応答だったと思いますか?」

 俺が問いかけると、博士はビールを口に運びながら、ゆっくり首を振った。


「応答、ではある。ただし、我々の“言葉”とはまったく異なる意味でだ。むしろ、“あれは言葉じゃなく、認識の通告”に近い」

「つまり、“存在を確認したぞ、対応する”っていう……そんな感じですか?」

エリスが続けると、博士は「うむ」と頷く。


「だが、興味深いのはその直後だ。感応波の変調、あの一瞬――ユイの神経反応が明確に跳ねた」

「……ユイが、反応した?」

「ほんの一瞬だ。眠っているはずなのに、特定周波数帯でシンクロが起きている。あれは偶然ではない」


「やはり、彼女は……“聴いている”んでしょうか」

 エリスの声は静かだったが、その奥にある期待と不安が滲んでいた。


『未確認ですが、可能性は高いです』

 ルミナが、艦内スピーカーからそっと補足する。

『ユイの生体信号と、感応装置の記録波形に、高い相関性が認められました。――彼女は、完全に沈黙していたわけではありません』


 博士が続ける。


「そして――あの“共鳴”だ」

 ディスプレイに映し出された波形データのピークが、戦闘中盤の一点で大きく跳ね上がる。


「デヴォルの二体目が出現し、我々が包囲され、シールドが限界を超えたその瞬間。突如として、ユイの神経波が劇的に変化した。そして……敵の波動構造が乱れ始めた」


「……そういえば、あのとき突然、奴らの動きが鈍ったよな」

 俺も思い出すように呟く。あの時、絶体絶命の状況から一瞬の猶予が生まれ、俺たちはなんとか機動回避に移れた――まるで、助けられたかのように。


『明確な因果は証明できませんが、関連性は極めて高いです』

 ルミナの声にも、わずかな驚きが含まれていた。

『“共鳴”の発生源と推定される波形は、明確にユイから始まっています。彼女の内部で、何らかの意思――もしくは反射的な防御機構が起動した可能性があります』


「敵の波動干渉が崩れた直後、デヴォルは空間の裂け目を開いて撤退した。あれが、我々の火力や戦術によるものではなかったことは、既に数値が証明している」

 博士は低く、しかし確信を持って言った。

「ユイ君が、我々を“守った”のだ。あのタイミングで、あの干渉がなければ……我々は今ここにいなかっただろう」


 俺はふと、カプセルの中で眠り続けるユイの姿を思い浮かべた。意識はまだ戻っていない。だが、確かにあの時、彼女は応えた。静かに――だが力強く。


「――ユイが目覚めたら、俺たちは何を聞くことになるのか。少しだけ、楽しみで……少しだけ、怖いな」


 報告は続いた。だがその空気には、明らかに先ほどまでの戦闘報告とは異なるものが宿っていた。




 戦闘の余韻と報告会が終わり、ラウンジにも再び静けさが戻っていた。艦内照明は落ち着いたモードに切り替わり、誰もがようやく、疲労の実感を意識に落とし込む時間を迎えていた。


「では、ユイ君の状態を再確認しておこうか」

 博士の一言に促され、俺たちはゆるやかに立ち上がり、医療区画へと足を向けた。


 《ストレイ・エクシード》の医療ブロックは、他の区画に比べてやや広めに設計されている。だが、その無機質な白と灰の色調は、どこか人の気配を吸い込んでしまうような冷たさを残していた。


「最初ここに来たときは、広くて整ってるのに……少し寒々しい感じがしてました」

 隣を歩くエリスがぽつりと呟く。

「人のための場所なのに、人がいないみたいで……ずっとそう思ってたんです」


 彼女の言葉に、俺は少しだけ頷く。今はどうだろうか――と。


 観測ベッドに横たわるユイのカプセルは、穏やかな青色の保護フィールドに包まれていた。博士が装置のデータを確認し、軽く息をつく。


「精神波、安定傾向。生体信号の変動も収まりつつあるな。目覚めが近いかもしれん」


「――ユイ」

 俺はそっと、カプセルの側に歩み寄り、しゃがみ込んだ。彼女の表情は静かだったが、ほんのわずかに口元が動いたように見えた。


「聞こえてるのか?」

 声に出してみる。返事はない。だが……すねたような顔が、ふいに浮かんだ。まるで、さっきみんなで餃子を食べて盛り上がっていたことに、ひとり置いてけぼりを食らったと言わんばかりの――そんな、ちょっと不貞腐れた表情だった。


「……ごめんな。お前がいないのに、勝手に盛り上がってさ……餃子なんて、よくわからんノリだったけど」


 誰にともなく語るように、思い出すように、言葉が漏れる。

「でも……助かったよ。本当に。お前が、あのとき――俺たちを守ってくれた」


 そのとき、ユイの眉がわずかにゆるみ、ほんの少し、笑ったように見えた。かすかに、それでもはっきりと。俺の言葉に、彼女の心が応えたような、そんな気がした。


「……そっか。ちゃんと、届いてたんだな」


「届いてますよ」

 静かに背後から届いたその声に振り返ると、そこにはエリスがいた。端末を手に、微笑を浮かべている。


「最初にこの艦に来たときは、ただの機械の塊だと思ってました。無駄に広くて、どこか人の体温がないような……」

 彼女はカプセルのユイを見つめながら、そっと言葉を続けた。

「でも、今は違いますね。この艦にはちゃんと、“人の心”があるって、そう思えるんです」


 俺は言葉もなく頷いた。ユイの呼吸はゆっくりと、けれど確かに“目覚め”へと向かっていた。


「おかえり、って言える日を……ちゃんと迎えような」


 ユイのまぶたが、ほんのわずかに震えた気がした。その揺らぎは、静かな医療区画に新しい息吹をもたらす――かすかな未来の兆しだった。

よろしければ、評価やブックマークをお願いします!

執筆の励みになります!!m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ