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第27話 精神波動

「敵、加速開始! 艦に接近中!」


 レーネの声が艦橋に響き渡った。


「迎撃態勢、全面展開! ルミナ、シールド分布を正面に集中、リアクター負荷限界まで許容!」


『了解。出力配分変更――主砲回路優先。可変粒子砲充填中。外部シールド、波形制御を前面60度へ集中します』


 俺は操縦桿に手を掛け、《ストレイ・エクシード》の艦体制御を戦闘モードへと移行させる。艦の骨格がわずかに軋み、まるで眠っていた巨獣が目を覚ますかのような、緊張感を帯びた振動が船体全体に走った。


『進路ベクトルを確定。迎撃軌道へ誘導中。進路α-3、10キロ圏内で敵と接触予定!』


 ルミナの冷静な音声が艦内スピーカーを通じて響き渡る。即座にホロディスプレイ上に、敵の予測軌道と我が艦の回避パターンが多層的に表示された。彼女のリアルタイム演算がなければ、デヴォルの空間干渉を含む異常挙動に対抗することなど不可能だ。


「射撃管制起動。可変プラズマランチャー、全自動追尾モードへ移行。照準補助、センサーリンク完了」


「可変粒子砲、チャージ完了。初期照準座標入力、目標ロックオン」


 レーネの声が続く。彼女の指示に一切の迷いはない。冷静かつ迅速、まさに“ホワイト・ウルフ”の名にふさわしい戦術運用だった。


「発射カウント開始――3、2、1……撃て!」


 その瞬間、粒子砲が青白い輝きをまとい、収束エネルギーを一気に解放した。変調された粒子束が空間を貫いて飛翔し、正面から迫るデヴォルの外殻に直撃――接触点で炸裂するのではなく、粒子の収束熱が装甲の分子構造を焼き、融解させながらめり込んでいく。


 しかし、衝撃の中心から拡散したのは轟音ではなく、まるで空間そのものが軋むような、異質な反響だった。


『ダメージ確認。外殻に熱歪みと表層溶解を検知……ですが、防御構造が自己再構成を開始!』


 ルミナの声がわずかに硬くなる。


「……さすがに、一撃じゃ止まらないか」


 俺は再び操舵を操作し、敵の射角をずらすべく急旋回に入る。機体の慣性制御が唸りを上げ、艦全体がギリギリと空間を切り裂く。


「右舷回避ルート、確保! 敵の反転に備えて重力砲、チャージ!」


『収束式重力投射砲、チャージ率70%……90%……発射可能!』


「今だ! 重力砲、発射!」


 艦の下部からグラビティウェーブが放たれ、空間に渦を生み出す。デヴォルの推進構造が巻き込まれ、一瞬バランスを崩す。


『敵の行動パターンが乱れました! 外殻に変動あり! ランチャーおよびキャノン、照準クリア!』


「プラズマランチャー、サイド旋回モードへ! マルチレールキャノンは下部展開、射角補正! 点射、三連発で行く!」


 レーネの指示に呼応するように、艦の左右舷からプラズマランチャーの砲身が回転し、同時に艦体下部のリフト機構が作動、格納されていたマルチレールキャノンがせり出す。


 次の瞬間、左右から青白いプラズマ粒子弾が交互に放たれ、敵艦の装甲を焼きながら走る。続けて、下方から射出された高速度徹甲弾が、プラズマで軟化した装甲部位を正確に貫通する。


 命中。敵艦の外殻が白熱し、薄く融けた材質が瞬時に剥がれ落ちる。粒子の散乱とともに裂け目が走り、そこから気化したガスが細く噴き出していく。


『装甲表層に重大な歪み! 内部圧力が逸脱中!』


「センサー値、再構成反応を検出! ……だが、まだ動いてくる!」


「くそっ、しぶといな……!」


「こっちはまだ片足突っ込んだだけよ、艦長――本番はこれからだってのに!」


 レーネが叫ぶ。彼女の声には鋼の意志があった。


「ルミナ、照準補助! 主砲を再充填!」


『了解! 波形解析、敵内部構造に弱点らしき同調位相を検出。……主砲照準、ここです!』


 ホロディスプレイに照準ポイントが示される。それは、さっきまでの応酬では見せなかった、わずかな“虚”――再構成の瞬間に生じた、構造の綻び。


「そのコアに向け、粒子砲。放て!」


 閃光。衝撃。光の線が敵を貫く――


『命中! 反応低下! 敵構造に崩壊の兆候!』


 敵の動きが鈍り、波動が崩れていく。


「……やった、か……?」


 だがその刹那、空間の後方が“裂けた”。


 それは、さらなる“脅威”の到来を告げる兆候だった――。


 それは、本能が拒絶するような“裂け目”だった。まるで時空が無理やり引き裂かれ、現実が悲鳴を上げているかのように、艦の後方、虚空に走る漆黒の亀裂が開く。内部は空っぽではない。そこには“意志”が潜んでいた。


『後方宙域に異常重力波! ――空間開裂反応、二体目確認!』


 ルミナの声が、一瞬遅れて艦内に響く。だが、現実の方が早かった。裂け目の奥から、先ほどと同じく、有機と機械が融合した異形――第二のデヴォルが姿を現した。


「挟撃――っ! 敵、二方向から来るぞ!」


 レーネの叫びに、俺は舵を逆方向へ切る。しかし、予想以上に早い。敵はすでに《ストレイ・エクシード》の背後へ回り込み、まるでこちらの動きを読んでいたかのように攻撃の態勢に入っている。


「衝突回避不能! 衝撃に備えて!」


 艦が悲鳴を上げる。防御シールドが閃光と共に弾け、衝撃波が機体を揺さぶる。警報音が艦内に鳴り響き、警戒色に染まった表示が連続して浮かび上がる。


『シールド、消失! 外殻ダメージ、13%!』


『センサー干渉増大! ノイズ値、閾値超過!』


「ぐっ……っ、このままじゃ包囲される!」


 俺は操舵スティックを強く握り、わずかな出力の余白を使って急旋回を試みる。《ストレイ・エクシード》の推進器が白熱し、艦が唸りを上げて旋回するが、敵は逃がすまいと前後から圧力をかけてくる。


「レーネ、砲塔の角度限界ギリギリだ! なんとか後方の一体を牽制できるか?」


「やってみる!」レーネが歯を食いしばる。「プラズマランチャー、旋回限界超過で補正! 偏差射撃、タイミング合わせて!」


「照準完了。撃て!」


 可変プラズマランチャーが旋回し、瞬間的に敵の動きを読み切った角度から、青白い光弾を放つ。プラズマの奔流が宇宙を引き裂き、背後のデヴォルに直撃――一瞬、波動が乱れた。


 だが、まだ足りない。


『追撃弾装填中……。主砲、冷却時間残り18秒!』


「間に合わない……!」


 ルミナの警告が冷ややかに響いた。システム反応は限界に達し、異常な波動干渉が《ストレイ・エクシード》全体を覆っていた。まるで物理法則そのものが崩壊し始めているかのような錯覚――否、それは錯覚ではない。デヴォルたちが引き起こす“干渉”は、ただの攻撃ではなかった。艦体も、乗員も、存在そのものを解体しようとする異常事態だ。


「これが……“災厄”の正体ってわけか……」


 俺は唇を噛みながら前方モニターを睨みつける。逃げ場のない圧迫感。戦術も、火力も、すべてが通用しない現実が、そこにあった。


 だがその時――


《ストレイ・エクシード》の艦内に張り詰めていた緊張が、一瞬、静寂に変わる。


 まるで時間が止まったような感覚のなか、ブリッジの空気がぴたりと凍りついた。前面ディスプレイに映し出されたデヴォルの挙動に、微かな“ズレ”が生じる。機械では捉えられない、肉眼にもかすかに揺れるような、波のような揺らぎ。


 そして、次の瞬間だった。


 博士の交信装置が突如として異音を発し、淡い振動をともなって反応を示す。


「……なんの反応だ……?」


 博士が端末に駆け寄り、表示される波形に目を凝らす。その表情が驚愕に変わるまで、ほんの一瞬しかかからなかった。


「これは……! 精神波だ!」


 全員の視線が博士に向く。


 ルミナが演算結果を即座に読み上げる。


『確認します……この波形……ユイの精神波と一致します!』


 瞬間、俺の目がモニターに表示されたカプセルへ向かう。そこには、いつも通り、微動だにしないユイがいた。だが、その瞬間――彼女が、わずかに瞼を動かした。感応反応計の数値が急上昇する。グラフが震え、彼女の神経反応が、見たこともない数値で跳ね上がっていた。


「ユイが……目覚め始めてる!」


 博士も助手たちも固唾を呑んで見守る。カプセル越しに見えるユイの表情はまだ眠りそのものだが、その周囲に不思議な“気配”が漂い始める。


 そして、その“気配”が、一瞬にしてデヴォルへ共鳴する。


 ブリッジの前面モニター――巨大な宇宙空間上に現れるデヴォルの輪郭が揺らぎ、形が崩れ始めた。最初は微かだった歪みが、徐々に拡大し、攻撃的だった挙動が明らかに乱れ出す。


『敵、反応鈍化。波動干渉検出!』

 ルミナが冷静だが興奮を抑え切れない声で告げる。


 デヴォルの姿勢制御が狂い、推進波動が不安定になる。あの災厄のような敵が、一瞬だけ“迷った”ように見えた。


「これは……奴らが動けていない」

 レーネの声が震える。端末の照準も捕捉が難しくなり始めていた。


 俺はすかさず舵を切る。


「ここで離脱だ! 全システム、全速!」


 艦が一瞬咳をするようにエンジンを駆動させ、推進が最大出力に切り替わる。回避パターンを超えた旋回で、俺たちは敵の標的圏外へ滑り出した。


 機体の背後で、デヴォルの波動が断続的に乱れ、構造そのものが揺らぎ始める。重力場が一瞬逆流し、空間の一部が引き裂かれた。そこに、漆黒の裂け目が開く。


 まるで“逃走”という行為すら物理法則に縛られないかのように、デヴォルはその裂け目へと滑り込む。光と影が反転し、存在の輪郭が溶けるように、奴らは空間の亀裂に沈んでいった。


 そして――裂け目が音もなく閉じ、デヴォルの姿は完全に消え去った。まるで、最初から何も存在しなかったかのように。


 艦内に生じた静寂。何事もなかったかのように空気が満ちる。


 俺は拳を強く握った。


「今のは……ユイが、応えたのか?」


 博士の言葉は、驚きと信じたいという願いが入り混じったものだった。


「実験機の性能では測れない――生の“感応”……。仮説の裏付けにはまだ不十分だが、理論が息を吹き返した……そう感じるのは、私だけか?」


 その声に、エリスがそっと続ける。


「もしかしたら……私たちの、いえ、艦長さんの窮地に応えてくれたのかもしれませんね」


 ブリッジに静寂が降りる。残るのは、淡い揺らぎと、名もなき確信のような感覚だけだった。


 まだ彼女は眠っている――だが、その鼓動は、確かに“こちら側”へ向けて動き始めていた。そして俺たちもまた、何か決定的な分岐点を越えたのだと、誰もが感じていた。

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