第24話 子供たち
抗争が終わった翌日、俺はルミナの案内で、ラボリントの裏通りにある古い貨物倉庫へ向かう。地図にも名前がない場所。地元の住民ですら近づかない、そういう“死角”だ。
子どもたちの拠点――“根城”って呼んだほうがしっくりくるな。
ルミナが提示してくるルートは複雑で、換気ダクトや崩れかけた連絡通路を抜ける。わざとそうしてるんだろう、侵入者を振り落とすために。
『初見殺し構造、素晴らしい設計です。泥棒も社会福祉も通せんぼ』
皮肉なのか本気の称賛なのか。たぶん両方だな、これ。
扉を押すと、軋んだ音が響く。それと同時に、空気が変わる。ざわっと、視線が集まる。無言の圧が一気に押し寄せてくる。わかりやすく敵意……ではないが、緊張の針が立ち上がってる感じだ。
昨日よりはマシ。でも、歓迎ムードには程遠い。
俺は無駄な動きをしないように、ゆっくり中へ入る。子どもたちがちらほら姿を見せてる。年齢はまちまち、小学生くらいのもいれば、十代半ばって感じのもいる。
その中に、一人、視線を引きつける少女がいる。
赤い髪。短めのボブカットで、外側が少し跳ねてる。目の色も赤――っていうか、濁った火みたいな色をしてる。焦げ跡の残る情熱、みたいな。顔立ちは整ってるけど、それ以上に目が強い。睨んでるわけじゃないのに、試されてる気がする。
「……ニコって呼ばれてる。ここで頭張ってる」
静かな声。けど、芯がある。堂々とした態度。物理的に距離があるのに、間合いはこっちが詰められてる感じだ。
「昨日のことは、礼を言っとくよ。……で、何が目的だ? そのために来たんだろ?」
容赦ない。こっちの出方を待つ気はないらしい。
「……いや。ただ、見過ごせなかっただけだ。特に何か考えてたわけじゃない」
正直に言うしかない。格好つけても意味がないって、この街が教えてくれた。
ニコは顔を動かさず、眉ひとつも動かさず、ただ鼻で笑う。
「変な奴だな。そんな奴、普通いねぇよ」
そうかもしれないな、と思う。でも彼女は続ける。
「あんた、あたしと歳そんなに変わんないよな。いっちょ前に傭兵装備つけてるけど、どっかのぼんぼんが探検でもしてんの?」
ちょっとムッとする。が、言い返せない。実際、こっちは安全圏から来た部外者みたいなもんだ。
「助けてくれた話を聞いたときは、あんたも“こっち側”かと思ってたんだけどな。でも……やっぱ、ちげぇよな」
“こっち側”。言葉の意味を考える。難民、孤児、非登録者、それとも、制度から外れた存在すべて?
わからない。けど、考えずにはいられない。
「どうだろな。今でも、よくわかんねぇよ。どっち側にいるのかなんて」
ニコは小さく肩をすくめる。
「まあ、いいよ。どっちでも。あんたが昨日助けてくれた、それは事実だから」
素直な評価。でもその後に続く言葉が、刺さる。
「でも、勘違いしないでよ。なれ合う気はない。誰かをあてにしてたら、すぐに死ぬ。そういう場所だよ、ここは」
刺さる。図星だ。俺のどこかに“助けてやれる”って思い上がりがあった。見下しじゃなくても、それは“上から”だったのかもしれない。
「……わかった。俺も、あんたたちに何かを“してやる”つもりはない」
「じゃあ、何しに来たの?」
その問いは、鋭いくせにどこか揺らいでる。警戒の奥で、ほんのわずかに、何かを探してる目だ。答えを試されてる――そんな感じがする。
でも、うまく言葉が出てこない。正直、俺自身がよくわかってないからだ。
言葉を探してると、タイミングよく――いや、最悪のタイミングでルミナが口を挟んでくる。
『“とりあえず様子を見に来ました”というのは、侵入者の常套句です。ただし、艦長の場合は、おそらく本心でしょうね』
「うるせぇな……せめて、少しは俺をフォローする空気とかないのか?」
『事実に基づいた評価です。“信用される可能性のある不器用な来訪者”――これが最も中立的で寛容な表現です』
「……言い回しだけ妙に優しくなった気がするが、言ってることの本質はまるで変わってねぇよな?」
『はい。変わりません。“芯のある無様さ”こそ、あなたの希少な魅力ですので』
なんだそれ、と言いたくなったけど、思わず苦笑が漏れる。今はたぶん、こういう空気がちょうどいい。
少し黙ってから、俺は息を吸って、正直に口を開く。
「……ぶっちゃけ、自分でもわかってねぇんだ。ただ、昨日のあれで何も感じなかったら、それはウソになる」
ニコはじっと俺を見つめる。瞬きもせず、息を潜めるように。何かを見透かそうとしてる――そんな目だ。でも、それは敵意じゃない。見極めようとしてる、そういう目。
「俺は……ただ、あんたたちが“ここにいる”ってことを、見て見ぬふりしたくなかっただけだ。理由としては薄いかもしれねぇ。でも、それが本音だ」
言ってしまえば、なんてことない動機だ。だけど、今の俺にはそれしか言えない。
そのとき、通信越しにルミナの声が入る。いつもの落ち着いた口調。だけど、今日は言葉の選び方が、ちょっとだけやさしい。
『“自分でもよくわからないが気になってしまった”という動機は、人間の行動原理として非常に一般的です。感情に理屈を求めるのは、往々にして非効率ですから』
「俺の感情を“非効率”って一言で処理すんなよ……」
『いえ、むしろ高評価です。“非効率なものに価値を見出す”のが人間らしさだと認識しております。艦長の、貴重な長所のひとつです』
ニコの目がわずかに動く。ほんの少しだけ、目元の力が緩んだ気がする。
「……今の、誰?」
「AIだ」
「……え、マジで?」
「マジだ。ツッコミも毒舌も標準装備の優秀な相棒……のはずなんだけどな」
「なんか、あんたより喋りがしっかりしててウケるんだけど」
「こっちは人間だぞ、フォローしろよ」
「……フォローは保留。もうちょっと観察してから判断する」
ニコがぽつりと言って、口元だけ少し緩める。その表情に、ようやく少しだけ、張りつめてた空気がほどけた気がする。
ルミナが控えめに――いや、わざとらしく控えめに一言だけ添えてくる。
『ご期待に添えるよう努力いたします、“艦長の交友関係構築支援AI”として』
……なんか肩書き増えてないか、お前。
気分を切り替える。さっきまでの妙な緊張感を振り払うように、軽く咳払いしてから口を開く。
「で、さっきの質問だけどよ」
ニコが改めてこっちを見てくる。もう少しだけ、まっすぐに。
「“何しに来たの?”の答え……」
一拍置いて、俺は正面から言葉をぶつける。
「……もし、“何もしてやれないかもしれないけど、知りたい”って言ったら、あんた的にはアリか?」
ニコは腕を組んで、少しだけ考える素振りを見せる。それから、短く息を吐いた。
「アリかナシかって言ったら……ギリ、アリ。ギリな。つきまとったら追い出すけど」
「安心しろ。俺、そんなに社交的じゃない」
「だろうね」
ニコが笑う。ほんの一瞬。表情の筋肉が、ようやく動いたのが見える。
「……とりあえず、情報なら出せる。あんたが“何をしたいのか”次第だけど。ここで起きてること、見えてないやつには教えても仕方ないし」
「見えるようになりたいとは思ってる。……時間がかかってもな」
その言葉に、ルミナがまた口を挟む。
『“時間をかけて知る”という選択肢を取ったのは、非常に有効な戦術です。……今の艦長の社会的知能指数では、それ以外の選択肢は危険ですし』
「お前、毒舌がどんどん洗練されてるな」
『ありがとうございます。努力の賜物です』
ニコがくすっと笑った。今度は隠さず、ちゃんと見える笑顔だった。
「……あんたら、ちょっと変わってるな。嫌いじゃないけど」
「それは……褒め言葉ってことでいいのか?」
「ま、受け取り方は任せるよ。自己責任で」
そう言って彼女は背を向ける。そして、倉庫の奥へと歩きながら一言だけ残す。
「また来れば? そのうち、少しは教えてやってもいいかもな」
そう言って、ニコはさっさと奥へ戻っていく。その背中を、俺は立ったまま見送る。なんかこう……負けたような、でも悪くない感じ。
倉庫を出た途端、PLD越しにルミナの声が響く。
『艦長。交渉の糸口として、“物資供給と防衛訓練を条件に、一時的な協力体制を構築する”案があります』
「……いやにビジネスライクだな。そもそも、何のための“協力”だよ?」
『相互利益の確保です。彼らは安全と資源を求めており、艦長はこの地での影響力と情報網を求めています。信頼関係の構築は、そのどちらにも有効です』
「俺、そんな打算的だったっけか?」
『いえ、むしろ逆です。だからこそ私が補足する必要があるのです。……相手にされたいなら、まず“わかりやすい善意”を形にしてください』
「相手にされたい、って……なんか響きが惨めじゃね?」
『事実ですので』
ぐうの音も出ねぇ。
でもまあ、正論だ。俺は子どもたちを“救いたい”だなんて、でかいことを言うつもりはない。そもそも、そんな器でもない。けど、無関係でいるってのも、やっぱり違う気がする。だったら、やるしかない。
ルミナと相談して、必要最低限の補給物資と、簡易な医療キットを揃える。表立って「助けたい」なんて言ったところで、向こうが受け取るとは限らない。だから、口は出さず、行動だけで示す。それが一番わかりやすい。
最初は、倉庫の扉の脇に黙って荷物を置くだけ。声もかけず、ノックもしない。ただ、そっと置いて立ち去る。
中から誰かが見てる気配はある。でも何も起きない。
けど――次の日には、それがなくなってる。
誰が持っていったのかなんて、わからない。でも、受け取った。……それで十分だ。
それから数日。今日も俺は、荷物を抱えて倉庫に向かう。
何度目かになるせいか、道中の警戒心もだいぶ薄れた。こっちも手慣れてきたし、向こうも“またあいつか”くらいには思ってるかもしれない。
扉の前で、いつものように軽くノックする。二回、間を置いてもう一回。意味があるのかは知らないけど、俺なりの“敵意はない”のサインだ。
数秒後、ギィ……と金属の扉がゆっくり開く。中から誰かが見ている気配はする。でも、前みたいなピリついた空気は薄くなってる。たったそれだけで、なんか報われた気になるのが不思議だ。
中に入ると、視線がいくつか飛んでくる。無言だけど、明らかに“拒絶”から“警戒”へ、段階が進んでる感じ。
「……また来たのかよ」
声の主はニコ。壁際に座ってたらしく、眠そうな目でこっちを見てる。気の抜けたその感じが、なんか妙に安心する。
「補給と医療キット。置いてくだけだ。好きにしてくれ」
俺は荷物を床に置きながら言う。見返りなんて期待してない。ただ、できることをしてるだけだ。
ニコは肩をすくめて、鼻を鳴らす。
「へえ、施しってわけ?」
「違う。ただ、俺がやりたいことをやってるだけだ」
言い終えると同時に、さっさと背を向ける。余計な言葉を重ねたくない。
でも、去り際、視界の端で誰かがそっと荷物を奥に運ぶのが見えた。
それだけで十分。これが、今の“距離感”なんだろうな。無理に詰める必要なんてない。少しずつ、踏み込めばいい。ゆっくりと、でも確実に。
また何日か経つ。相変わらずこの倉庫は静かだが、少しずつ、変化はある。
俺の顔を覚えてくれたらしい子どもたちが、ぽつぽつと話しかけてくるようになる。無言で視線を向けてくるだけのやつもいるけど、時々「これ直せる?」とか、「これ、壊れてない?」とか、壊れかけの部品を手にして近寄ってくる。
言葉は少ない。でも、それだけでも十分だ。ここじゃ、誰かに話しかけるってだけで、勇気の要ることだろうから。
今日も物資を整理してたときだ。手持ちの補給キットを仕分けていた俺のそばに、一人の少年が近づいてくる。
細身だがしっかりした体つき。バサバサの髪。歳は……十歳ちょっとに見える。左の頬に、細長い擦り傷の痕がある。見覚えがある。どこだったか――
「あんとき……ブラックマーケットで……」
声が低くて、かすれてて、でもはっきり聞こえる。
「俺のこと、見逃してくれたよな」
その瞬間、記憶がつながる。思い出す。数週間前、マーケットの裏通りで見つけた少年。何かを盗もうとして逃げようとしたやつ。咄嗟に腕をつかんだけど、結局、力を抜いて……逃がした。
「ああ。お前か」
俺が言うと、少年はちょっとだけうなずいて、小さく俯く。
「……ありがとう。俺、タウロ」
たったそれだけ。でも、まっすぐだった。飾りも嘘もない。素朴で、硬い声。
「タウロ、ね。別に礼を言われるようなことじゃねぇよ。俺、見逃しただけだし」
そう返すと、彼は少しだけ肩をすくめて、それでも言葉を続ける。
「でも、あれで助かった。あのまま捕まってたら……たぶん、ここにいなかった」
その言葉を聞いて、なんとなく胸の奥がじんわりと熱くなる。俺は何もしてない。けど、それでも意味があったのかもしれない、って思える。
「……それは、よかったよ」
タウロは照れ隠しみたいに頭をかく。無邪気ってわけじゃないけど、妙に自然な仕草だ。次の瞬間、まるで話題を変えるように、ポケットから何かを取り出す。
「なあ……これ。ドローンのバランサー。直せる?」
差し出されたのは、ちっちゃな金属パーツ。焦げた跡があって、使い込まれすぎて変形してる。
俺は自然と笑いそうになる。口の端が勝手に緩むのを、なんとか押さえる。
「見せてみな」
手の中にそのパーツを受け取り、表面を撫でる。精密工具なしじゃきつそうだが、なんとかなるかもしれない。
そのとき、PLD越しにルミナの声が入る。
『艦長、感情過多による表情筋の制御喪失が確認されました。笑顔指数80%超過。……もしや、心が温まっていますか?』
「……実況すんな」
『申し訳ありません。ですが、“不器用な感情表現”の補助はAIの得意分野ですので』
「得意っていうか、好き勝手言ってるだけだろ、お前」
『お褒めに預かり光栄です。……それと艦長、彼は無口気味ですが、観察眼は鋭いです。表面よりも、中身を見ています』
「……へえ。まるで誰かさんみたいだな」
『私ではありません。“毒舌の皮を被った慈悲深きAI”と、同列にしないでください』
ルミナの声が、今日もちょっとだけ優しい。
手の中のパーツは壊れてる。でも、なんとかなる気がする。
たぶん、それは――この街で生きてる小さな命が、俺にとって“ただの無関係”じゃなくなった証なんだと思う。
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