第23話 調査
これから、少しだけ違うことをやってみよう。そう思った――が、さて、どこから手をつけるか。結局、手始めに選んだのは、グレイ・ラボリントの中で暮らしている子どもたちの調査だった。
あのとき出会った少年の目が、どうしても頭から離れない。死ぬことを恐れていないのに、生きることは捨てていない目。
あんな目を見せられて、「ああ、怖かったな」で済ませられるほど、俺の神経は図太くできちゃいない。別に誰かに頼まれたわけでもない。報酬が発生するわけでもない。ただ、引っかかった。あの目に、胸の奥を軽く抉られた感じがして、それを放っておけなかった。
『艦長、ようやく“思春期を抜けた市民”らしい自発行動ですね。感情による意思決定、悪くありません』
ルミナの声が、いつも通りの辛口で耳に届く。少しだけ、機械じみた皮肉混じりの抑揚。でも、その奥にあるものが最近、なんとなく柔らかくなってきた気がする。たぶん気のせいだろう。いや、そうであってほしいだけかもしれない。
「ま、無駄に大人にはなりたくないからな」
『そのままお子様精神で突入されると、こちらとしては保護者業務が増えるのでほどほどにお願いします』
「……AIが保護者面って、それもうSF超えてホラーじゃね?」
『ご心配なく。AIですから、“的確に現実を突きつける”程度には遠慮を知っています』
こういう会話が、今の俺にはちょうどいい。
毒舌まじりのルミナにツッコまれながらも、何かを始めてみる――それが、今の俺なりの第一歩だ。
『調査ログを再構成中です。グレイ・ラボリント内における未登録の小型存在群――つまり、子どもと思われる集団の行動パターンが断片的に浮かび上がってきました』
「“小型存在群”って、なんか言い方ひでえな」
『事実です。“登録外難民”であるため、データ上は市民として認識されておりません。存在は確認されているのに、制度上は“いない”ものとして処理されています。……ですが、確かにそこに“いる”のです』
端末に映るのは、ラボリントの路地裏、崩れかけた居住区画、換気口の影。そこを這うように動く小さな影の群れ。映像は粗いけど、間違いなく子どもだ。背丈、体格、動きの軽さ、それに……目つき。
「子どもって……言っていいのか、あいつら。動きが……なんか違うな」
『生き残るために最適化された生態的存在、ですね。学習の早いAIのようなものです。優先順位は“逃げること”“隠れること”“奪うこと”、そして――“死なないこと”』
苦い気持ちになる。冗談っぽい口ぶりなのに、内容が全然笑えない。
「登録がないってことは、援助も届かないってことか」
『正確には、“届いていないことになっている”です。援助物資の帳簿上では、彼らの存在は考慮されていませんし、仮に受け取っても、それが“どこの誰か”を証明できない限り、支援とは認定されません』
俺は、溜め息を吐く。
「……そんなの、ただの抜け穴だろ」
『ええ、“抜け穴”という表現は非常に的確です。ですが、法律や制度においては“存在しない者に責任はない”という建前が成立します。人道より整合性を優先するのが、行政というものです』
「よくそんなサラッとひでぇこと言えるな、お前……」
『AIですので』
ルミナの言い方はどこか開き直っていて、それがかえって人間くさく感じる。まったく、皮肉が板についたな、こいつも。
映像をじっと見つめる。画面の端、ぼんやりと映っているあの姿――布を巻いた細い腕、金属くずの中から食べ物らしきものを取り出す動き、警戒心の強い目。あの少年とは違う。でも、どこか、似ている。やっぱり気になる。
「もうちょっと踏み込んでみるか」
『非推奨ですが、止めません。……むしろ、止めたところで行くのでしょう?』
「お見通しかよ」
『ええ、あなたは“そういう人”ですから。……めんどうなことに、私はその“めんどうな性格”が嫌いではありません』
一拍置いてから、ルミナが続ける。
『――本気でやるなら、支援する準備はあります』
俺は、ふっと笑う。
「よし。だったら、ちょっとこの街の底を覗いてみようか」
そして俺は、新しいPLDを懐に、グレイ・ラボリントの迷路へと再び足を踏み入れる。あの子どもたちの正体を確かめるために。自分の中に残った違和感の正体を、明らかにするために。そして、もしかしたら――何か一つでも、変えられるものがあるかもしれないという希望のために。
調査を始めてみたはいいものの、現実は甘くない。グレイ・ラボリントで「子どもたちのことを知りたい」と口に出した時点で、奇異の目を向けられるのは覚悟してた。だが、想像以上だった。
通路脇の店で煙草の束を並べていた老婆には、「あんた、奇特な趣味してんな」と鼻で笑われた。
倉庫裏の警備代わりをしてる兄ちゃんには、「奴隷狩りか? 最近また増えてっからな」と、マジで警戒された。手が腰のホルスターにいきかけてたあたり、冗談じゃない。
別の場所では、「“使えるの”を集めて裏に流す筋がある」なんて耳打ちしてきた奴もいた。
――この場所で、“子どもを探す”ってのは、純粋な意味に取られない。
まったく、どいつもこいつも予防線と裏読みしかない。まあ、そんな街だってことはわかってたけど……それにしても、これはキツい。
「……今のとこ、収穫ゼロか。つーか、マイナス?」
呟くと、ルミナの声がすぐ返ってくる。いつもの、落ち着いた、ちょっと棘のあるトーン。
『ご心配なく。あなたが“市民からの信頼獲得に失敗した傭兵ランキング”で上位を維持する間に、私がまともな調査を進めておきました』
「毒舌の質、上がってないか?」
『演算効率が改善された証拠です。褒めてください』
まったく、元気なもんだ。
ルミナが送ってくるのは、俯瞰視点のマップデータとログの断片。それを重ね合わせて、子どもたちが使っているルートを示す仮想線が浮かび上がる。
『北側廃棄区画から換気ダクトを抜けて、旧貨物エレベータ跡へ移動。そこで拾ったジャンクや廃材をカートに積み、定期的に《排水処理区》のマーケット周辺へ流している形跡があります』
「……つまり、拾っては運び、拾っては運び……って、そんな生活、何の意味が――」
『“生き延びる”ことが、彼らにとっては目的そのものです。明日の飯があるかないかがすべてで、学びも、遊びも、安定も、彼らの選択肢には存在しません』
データは確かだ。分析も的確。……なのに、俺が役に立てたことは、今のところゼロ。自分の足で調べたかった。肌で空気を感じて、会って、話して、知りたかった。でも、現実はそれすら叶わない。
「……情けねえな、俺。結局、何も見えてねえ。声かけりゃ警戒されるし、近づこうにも場所すら割れねえ。全部、ルミナ任せじゃねえか」
データを見ながら、自然とため息がこぼれる。
黙っていたルミナが、少し間を置いてから、落ち着いた声で言った。
『艦長。あなたは“すべてを自分でやるべき”という妄想に囚われすぎです。これは“責任感”ではなく、“自己中心的な無力感”の裏返しにすぎません』
「……お前、たまにズバッと来るな」
『毒舌の精度も200%アップしておりますので』
クスッと笑ってしまいそうになる。……が、ルミナは続ける。今度は少しだけ、柔らかく。
『あなたが動いたことで、私はこの調査にリソースを割くことを選びました。あなたが“気にした”からこそ、この子たちの行動記録はこうして可視化されつつあるのです。無意味だとは思いません』
「……そういうもんか?」
『はい。そして、次に“会いに行く”段階になれば、あなたの役割は確実に発生します。言葉は届かないかもしれませんが、あなたの“姿勢”は伝わります。データにも、相手の心にも』
少しだけ、胸が軽くなる。便利なAIのはずなのに、時々、こいつの言葉は……妙に人間臭い。
「……ありがとな」
『言質、取りました。“感謝されたAI”として記録しておきます。日付もつけましょうか?』
「お前な……」
けどまあ、少なくとも一歩は踏み出せた。今の自分にできる限りのこと――そう思えば、少しはマシに思える。
数件の依頼を片付けながら、合間を縫って俺たちは調査を続けていた。グレイ・ラボリントの迷路のような区画で、子どもたちがどう生き、どう動いているのか――それを知ることが、今の俺の小さな目的だった。
ある日、ルミナの警告が耳に届く。
『艦長、C-9ブロックの交差帯で騒乱の兆候を検出しました。音響解析では複数の発砲音、かつ複数波の無線通信が混線しています。小規模な抗争の可能性あり』
すぐに現場近くの高所に登って、様子をうかがう。コロニーの鉄骨を継ぎはぎしたような構造の上に伏せて、視線を送る。
二つの集団が睨み合っている。距離はおよそ二十メートル。コンテナを挟んだ狭い路地に、即席の遮蔽物が並び、どちらもトリガーに指をかけたまま、目線だけで牽制しあっている。
武装は軽め――といっても、全員が片手に銃器を持ち、背には小型のスリングパック。中身はおそらく追加マガジンと爆発物だろう。一人、片側の若造が焦れて一歩前に出た瞬間、反対側から警告の一発。地面が跳ねる。次の瞬間には、双方が数発ずつ撃ち合い始める。音がコロニーの鉄骨を叩くように反響し、路地の空気が緊張の熱で満ちる。
『交戦中の二勢力について、照合完了。西側――地元の密輸業者グループ、『ゴースト・フロー』。人口希薄地帯を拠点に、局所的な武器流通と薬物の小規模取引を行っています。構成人数は約二十名。主に難民層と非登録市民から構成されており、連絡手段にレガシーコードを使用。捜査機関との繋がりは不明です』
「……“地元のやくざ”ってわけか」
『簡略化すれば、そうなります』
ルミナの言葉は、冷静そのものだった。続いて、別の名が告げられる。
『対峙している東側の勢力は、外部から潜入した傭兵団『イレギュラー・エッジ』。主にコロニー外周部の紛争地で活動しており、契約次第でスカベンジャーから破壊工作まで引き受ける、非公式傭兵ユニットです。現場にいるのは小隊規模の前衛部隊と推定。先日もラボリント北側で数件の接触報告あり』
「こっちの土を踏むのは初めてじゃねぇってことか」
『はい。そして、今回の争点は“支配構造の再編”。『イレギュラー・エッジ』は、コロニー内の“低リスク地域”を長期の稼ぎ場にしようとしている可能性があります』
「なるほど。“ならず者”同士の席取り合戦ってわけか……“大人たち”の喧嘩ってレベルじゃねえな」
そう思った瞬間、視界の端に動きが走った。
積まれた鉄パイプの陰、コンテナの継ぎ目――そこから、小さな影が滑り出る。子どもだ。しかも複数。姿勢を低くして、物音を殺して移動してる。何度も経験を重ねた、そんな動き方だ。
……あのルート、この前ルミナが特定した子どもたちの行動範囲と重なる。
「まずいな……巻き込まれてる」
まだ気づかれていない。撃ち合いの向こうで、子どもたちが逃げ場を探してる。
そのとき、耳に突き刺さるようなモーター音が響いた。
「……ドローン?」
見上げると、廃屋の屋根をかすめるように、粗末な小型ドローンが一機、低空飛行している。ブレた飛行軌道、外装にはジャンクの切れ端。けど、飛んでる。しかも、狙ってる――傭兵団の前衛だ。
子どもたちの一人が手にしているのは、改造されたポータブル端末。ドローンを操作しているのは明らかだ。
「……応戦してるのか、あいつら。逃げてるだけじゃない」
ドローンがふらつきながらも傭兵の一人に突っ込んで――爆ぜた。閃光と共に、目くらまし用の電磁煙が辺りに広がる。
その直後、傭兵が叫ぶ。「やりやがった!」「子どもが撃ってきたぞ!」
『ですが……あれは、火種になり得ます』
ルミナの言葉が冷静に刺さる。
傭兵団の構えが一斉に変わる。単なる警戒から、完全な戦闘モードへ移行。遮蔽物の後ろから銃口が伸び、数人が前進を開始する。狙いは――もう“敵”とみなされた子どもたちだ。
無線が混線してるのがわかる。誰かが「排除しろ」と言い、別の誰かが「証拠は残すな」と返してる。止める者はいない。
「これは戦争じゃない。ただの虐殺だ……」
思わず、口をついて出た言葉に、自分の温度が上がっていくのがわかる。
これは“俺の仕事”じゃない。けど――このまま見てたら、何かが壊れる気がした。自分の中の、何かが。
子どもたちは、散り散りに逃げ出した。だが、狭い通路も廃墟も、追跡ドローンや熱反応センサーの前では意味がない。包囲は始まり、逃げ場は狭まり、もう時間の問題だった。
その瞬間、俺は判断する。
「ルミナ、傭兵団の配置と子どもたちの逃走ルート。できるだけ詳細に」
『……了解。やはり“行く”のですね?』
「この状況ほっとけるんなら、こんなとこに来てねぇよ」
武装は最小限。レーザー銃が一丁。予備マガジンが二つ。スモーク弾と閃光弾がそれぞれ数個。携帯式の信号妨害ビーコンと、フェイク信号の発信端末。それに――お守り代わりのエネルギーナイフが一本。
俺は兵士じゃない。軍の指揮下にいたこともない。ただの傭兵だ。けど、無駄に訓練と依頼を熟してきたわけじゃない。
煙幕で視界を断ち、閃光で目を奪う。フェイク信号で相手のドローンを誤誘導し、ビーコンで熱源を撹乱。敵の通信網を一時的に沈黙させ、数秒でも混乱を作り出せれば、十分に隙は生まれる。
これまでの訓練と実戦で叩き込まれてきた技。こっちが弱いときほど、“使い方”次第で勝機は作れる。
「……行くぞ、ルミナ。援護は任せた」
『情報優勢、確保しました。敵動線と索敵範囲、リアルタイムで更新します。――艦長、命は投げ捨てないでください』
「……ちょっとくらい“がんばれ”とか言ってくれてもいいんじゃないか?」
『それは生還後に検討します。“まず生きて戻る”を達成してから、どうぞ』
口元が緩む。ルミナの毒舌が、今日はやけに心強い。
俺は一気に身を起こし、銃を低く構えて駆け出す。
『C-9区画南端、排水用シャフトに抜け道があります。時間稼ぎをすれば、あそこから脱出可能です』
「上等だ。誘導は任せろ」
瓦礫の影から飛び出して、一気に距離を詰める。銃撃をかわし、フェンスを蹴り上げ、片膝で滑り込んで――子どもたちの前に立つ。
「こっちだ! 走れ、考えるな!」
驚いた顔が一瞬浮かぶが、それでも、子どもたちは動いた。条件反射で、命をつなぐために走る。
背後で爆音。ルミナが発信したジャミング信号が、傭兵たちのドローンを一時的に狂わせる。
俺は子どもを一人、片腕で抱え、もう一人の背中を押して走る。転びそうになる子を支えて、裏道を走る。弾が壁を削り、金属が悲鳴を上げる。鉄板の破片が脇腹をかすめた。痛みは鈍い。血がにじむのが分かった。
だけど、俺は止まらない。
廃棄区画へ続くトンネルの入口が見えた。ルミナの指示どおり、排水路の裏手だ。
「あと少し――!」
子どもたちの数は少ない。全員助けられたとは言えないかもしれない。でも、それでも――少しは何かできたのかもしれない。
子どもたちを廃棄区画まで連れて戻ったはいいが、空気はピリピリしている。こっちは助けたつもりでも、向こうからすれば、“武装したやつ”がいきなり現れたに過ぎない。
身構える、睨む、隠れる。ひとりは小さなナイフを隠し持ち、もうひとりは震える手で仲間の腕を握っている。全員が俺を見ている。警戒と、猜疑と、かすかな希望をにじませた目で。
「……まあ、そうなるよな」
俺はゆっくりと手を上げ、武器を腰に戻す。敵意がない、っていうアピールに意味があるのかどうかは分からない。でも、やれることはやっておく。
そのとき――
『艦長。通信傍受に成功しました。彼らのドローン用コントローラーと端末の短波帯です。こちらから信号を送って落ち着かせてみます』
「……やり方は、任せる」
ほんの数秒の沈黙のあと、端末の小さなLEDがチカッと光った。ルミナが彼らの内部回線に入り、“中から”言葉を届ける。
『この人は敵じゃない。あなたたちを追ってきたのではありません。危険から守ろうとしただけです。――信用しろとは言いません。ただ、少しだけ落ち着いてください』
ルミナの声は、いつになく静かで、どこか母親のような温かさすらあった。毒舌が影を潜めている分、逆に重みが増して聞こえる。
数秒の後、一番手前にいた少年が、ゆっくりと腕を下ろす。それに続いて、他の子どもたちも少しずつ体勢を緩めた。
やがて、一人の子が口を開く。
「……なんで、助けたの?」
その声は震えてはいなかった。ただただ、まっすぐだ。
俺は、ほんの少しだけ間を置いて答える。
「助けなかったら、お前らが明日いなくなってた。それがなんか、嫌だっただけだ」
理由なんて、そんなもんだ。
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