第22話 影の街にて
もろもろの覚悟を決め、依頼を更にいくつか片づけたあと、俺はようやく一息つけるだけの余裕を手にした。いくばくかの報酬も、使い道は決まっている。
ルミナとの約束――高性能のPLD端末を手に入れること。
艦と離れて行動する際、彼女は仮登録時に受け取った旧型PLDからサポートしてくれている。動作は鈍いし、発熱も多い。その上、応答速度はあきらかに“彼女らしくない”。
「本当に、中層にいいものがないのか?」
端末を覗き込みながら、俺はつぶやく。
『調査では間違いありません。中層の正規販売網には、性能要件を満たすPLDは流通していません』
ルミナの声が、少しだけ機械的に返ってくる。やっぱり、いつもの調子じゃない。
『そもそも高性能機種は連合の軍属、登録研究機関、もしくは特定資格者にしか供給されません。中層で扱えるのは廉価モデルか、認可外の型落ち品が中心です』
「……で、その“例外”が下層にあると」
『はい。グレイ・ラボリントの違法マーケットで確認されている“型番不明のカスタムPLD”――演算領域と独立通信モジュールを有し、改造可能性が高いものが複数報告されています』
「型番不明って……」
『違法解析端末として密輸されたものか、もしくは旧軍事規格の流出品かと思われます。正規では入手困難ですが、私の基準では“実用に足る”数少ない候補です』
やれやれ、まともなもんは“まともな場所”には落ちてないってわけか。
それでも、彼女がこの体制で付き合ってくれてる以上、こちらも応える義務はある。もはや“AIだから”で片づけられる存在じゃない。
「……わかった。行ってみるか、“影の街”にな」
端末に映る簡素なマップを確認しながら、俺は《マーケット・レーン》の南端に足を向ける。そこには、下り階段――あの《グレイ・ラボリント》へと続く、コロニーの裏側が待っている。
《マーケット・レーン》の南端にある階段は、明らかに“それ”とわかる雰囲気をまとっている。ハッチ周辺の照明は半分が点滅、もう半分は死んだままだ。壁際の配管からは蒸気が漏れ出し、音もなく床に霧が溜まっていく。
階段の先は《グレイ・ラボリント》――ラゲルト・コロニーの裏側、影の街だ。
俺は息を整えて、ゆっくりとその階段を下りる。
途中、通路の脇に立つ影が目に入る。目つきの悪い連中が数人、身を寄せて何かの取引をしている。フードの奥からこちらを睨み返してきた一人が、手に持っているのはレーザーのパーツか、それとも銃器の一部か。わからない。でも、わかるのは――こいつら、まともじゃない。
俺はそっと視線を逸らしながら歩を進める。
「……おっかねえな、まったく」
『艦長、あなたも“傭兵”として、十分に“おっかなく見える側”です』
ルミナの冷静すぎる声に、思わず肩をすくめる。
「そっちは慣れてるみたいだな」
『ええ、映像解析によれば、あなたの歩き方も表情も、十分に“危険な人”です。むしろ、今さら怯える必要はありません』
苦笑しながら、俺はブラックマーケットの入り口にたどり着く。
ここには“店”なんてまともな概念は通用しない。倉庫の隅っこ、壁際の配管の影、コンテナの中――空いたスペースを見つけたもんが、勝手に“店”を名乗って物を並べてるだけだ。
売ってるのは部品、端末、記録媒体、薬品、それに武器……何でもありだ。合法かどうかなんて誰も気にしちゃいない。ここでは“手に入るかどうか”がすべてだ。
『この先、B-22ブロックの『ラバン』という店に、対象となるPLDがある可能性が高いです』
「なんでそんなに拘る?」
『このPLDであれば、演算拡張・デバイス連携・密閉型セキュリティ処理が可能です。“私の機能を十分に展開できる数少ない器”です』
歩きながら、ルミナの言葉を反芻する。あいつにとっても、もはやこれは“生存環境”なんだろう。
案内された店は、金属シャッターを一枚開けた小さな区画だった。中には分解された端末やパーツが雑然と並び、狭いテーブルの向こうには、目の鋭い中年の男が座っている。
「……いらっしゃい。仮IDさんだな。目利きか?」
「PLDを探してる。高性能、演算領域が広くて、改造に耐えるやつだ」
「ほう、また妙な注文だな……まあ、見ていけよ」
男がコンテナを開け、中から古びた金属ケースを取り出す。その中には、明らかに“普通じゃない”PLDが収められていた。
「これは……」
「型番不明。旧軍規格の流出品か、どこかの研究機関が闇に流したか。けど、動くぞ。保証はできねえがな」
ルミナの声が、俺の耳に届く。
『……この仕様、演算力と冷却性能、モジュール拡張性――全ての条件を満たしています。推奨します』
俺が店主と値段交渉を始めたそのとき、コンテナの影から細身の影が飛び出してくる。
「……っ!?」
何かが俺の脚にぶつかり、反射的に腕を伸ばす。ぶつかったのは――少年だ。まだ10歳そこそこ、フェイスカバーをつけ、薄汚れた布を巻いただけの身体。その手には、小さな端末と食料らしきパックがある。
「てめっ……!」
俺が押さえ込もうとした瞬間、その目が俺を見上げる。
「……何歳だ、お前」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。俺は、目の前の少年の顔をまっすぐに見る。覆面の隙間から見える目――怯えや後悔なんて微塵もない。そこにあるのは、ただただ“覚悟”だ。
少年は吐き捨てるように低く言う。
「関係ないだろ。殺すなら殺せ。……そういう世界だろ?」
その一言が、腹の奥にずしりと刺さる。鋭くて、冷たくて、現実の重みをこれ以上なくはっきりと突きつけてくる。
……俺は、そんなふうに生きてきただろうか?
いいや、違う。俺は――
ただの凡人だった。学生の頃は目立つこともなく、成績も中の下。親はちゃんといた。飯も出たし、冬にはこたつでみかんを食った。あれが当たり前の人生だった。
社会に出てからも、何かを選び取った記憶なんてほとんどない。やりたい仕事なんてなかったから、とりあえず内定が出た会社に入った。毎朝の満員電車、無意味な会議、夜中の終電。言われたことをこなし、愚痴をこぼして、コンビニ飯で空腹をごまかす日々。惰性で動いて、ただ生きてただけだ。
“死なないように”じゃない、“生きよう”とすらしてなかった。
それが――どうだ。
この子どもは、たった一つの端末をくすねようとして、それを見つかって、殴られるかもしれない状況でも、まったく怯えない。むしろ、“死”すら覚悟してる目をしてた。
なんでこんな小さな体に、そんなもの背負ってるんだ。
こっちは、こっちで。この世界に来て、それなりにサバイバルしてるつもりだった。傭兵の真似事をして、戦って、金を稼いで、生き延びて――けど……どこかで、まだ“ゲーム感覚”だったんじゃないかって思い始める。
死ぬかもしれない。それでも、実感がなかった。どこか他人事で、現実のすべてが“異世界体験”みたいに感じてた。でも今、目の前のこの少年の目に、言葉に、態度に、それをぶち壊された。
俺は……この子ほど、真剣に生きようとしたことが、一度でもあっただろうか?
胸が締めつけられる。息が詰まるほど、罪悪感とも違う、恥とも違う、でも否応なく自分の中の“甘さ”が突きつけられる。
俺は、そっと力を抜いて、手を離す。
「……行け」
少年は一瞬、動かない。その目にわずかに困惑が滲む。俺が何を考えてるのか、どうして解放されたのか――わからない、って顔だ。
でも、次の瞬間には俺をひと睨みして、音もなく走り去っていく。その身のこなしに、無駄はない。あれは、生き延びる術を知ってる奴の動きだ。
逃げた背中をしばらく見つめながら、俺はぼそりと呟く。
「……あいつ、“生き残ろう”としてた。盗みに来たんじゃない、“生きよう”としてたんだな……」
店主が鼻を鳴らす。
「見逃したな、傭兵さん。あいつら、時々来るよ。礼のつもりか、あとで缶詰とか置いてくかもな」
「……そうか」
『艦長、少しお考えのようですね。観察している限り、何かが心に響いたご様子ですが。』
「……俺にだってそういうときはあるさ」
PLDを手に入れて、俺は《グレイ・ラボリント》の階層を後にする。錆びた階段を軋ませながら、一段ずつ、中層へと戻っていく。
ポケットの中の新しいPLDが静かに反応を始める。起動音が流れ、その裏でルミナが即座に掌握と最適化を進めているのがわかる。処理領域もこれでようやく整備され、旧型の仮設端末よりは遥かに快適な環境になったようだ――いや、もうすでに“彼女仕様”に改造を始めているのかもしれない。
けど――
頭の中は、あの少年の目でいっぱいだ。何度もリプレイされる。突きつけられた言葉。殺すなら殺せよ、だなんて。
……何なんだ、あれは。どこまでが現実で、どこまでが俺の感傷なんだ?
ふと、通路の先に目をやる。照明の切れたエリアの隅――ガラクタを山ほど積んだ小さなカートを、3人くらいの子供が押してるのが見える。手足は細い。顔は見えない。だけど、その動きに迷いはない。
生き残るための知恵と覚悟――それが染みついた、そんな動き方だ。
……重なる。さっきの少年と。
重なる。俺の中の、なにかが。
俺は“仮登録者”だ。どこにも正式な住所はない。資産もない。信用も薄い。仕事も、身分も、全部仮のもの。今ここにいることだって、“許されてる”わけじゃない。ただ、黙認されてるだけだ。
そんな立場が、今さら胸に迫ってくる。
俺には過去があった。名前も、家族も、日常もあった。でも、この世界じゃ、それは通用しない。今の俺には、“証明できるもの”がほとんど残ってない。ただのデータ上の仮ID――それが、今の俺のすべてだ。
だったら俺は――あの子らと、そんなに違うのか?
いや、違わない。どこにも属せず、居場所が仮にしか存在しないっていう意味では、むしろ“同じ穴のムジナ”だ。
生まれた場所も、育ちも違う。でも、“ここでは”、どちらもただの“仮の存在”だ。ならば、あの少年に感じた親近感は、ただの感傷じゃない。どこかで、俺自身の姿を重ねてたんだろう。
俺も、たぶん――心のどこかで、居場所を探してた。戦って、稼いで、足場を作って……それは、単に“生き延びる”ためだけじゃない。自分が“ここにいていい”って、誰かに認められたかったからだ。
目の前の子どもたちも、きっとそうだ。盗むために動いてるんじゃない。生き延びるために、動いてる。生き延びて、“何かになれる”場所を見つけるために。
俺は足を止める。新しいPLDの重みを、手の中で確かめる。
これは、ただの機械じゃない。俺が、この世界で誰かのためにできる“最初の手段”だ。少なくとも、ルミナがもっと自由に“共に在れる”ようにするための、俺なりの答え――そう思える。
胸の奥に、じんわりと熱がこみ上げてくる。
PLDをしっかりと懐に収め、俺は帰路につく。ふとした瞬間、ルミナの声が耳元に届く。
『艦長……演算速度が200%アップ、熱排出効率も飛躍的に向上しました。ようやく“私らしい判断”が可能になります。……ありがとうございます』
その声は、普段より少しだけ柔らかい。いつもの毒舌まじりの口調とは違って、どこか素直な響きがある。
「……お前、今日は素直じゃん」
つい茶化すように言ってしまうが、言葉に含まれた感謝は、俺にもはっきりと伝わってくる。
ルミナがこの世界で“息をしやすくなった”なら、それだけで十分だ。自分の選択が、誰かのためになった。――そんな実感が、ゆっくりと胸にしみる。
それでも、頭の中にはあの少年の姿が焼き付いて離れない。忘れるには、あの目は強すぎた。
しばらく歩いた先、通路の影で子どもたちがガラクタをかき集めているのが見える。誰にも気づかれないように、そっと動いているその姿は、どこか必死で、それでいて静かだ。
でも、俺の目には――はっきりと映っている。
“居場所”を持たない者同士。違う世界から来たはずなのに、なぜかその姿に自分を重ねてしまう。
名前も知らない、声も交わしていない。でも、なぜか他人とは思えないんだ。
俺は歩き出す。
答えはまだ出ていない。言葉にもならない。けれど――胸の奥に、小さく、確かな火が灯ってる。
それがなんなのか、今すぐにはわからない。けれど、たぶん俺は、もう“見て見ぬふり”はできない場所に、足を踏み入れてしまったんだ。
そして、きっとそれは悪いことじゃない。
その夜、部屋の明かりを落としても、眠気はまるで来ない。
ベッドに腰を下ろし、端末のディスプレイをぼんやりと見つめる。画面には、ただの設定項目が表示されたまま。けれど心は、別の場所に向かっている。
あの少年――あの目――あの言葉。
「……あいつに、また会いたいって、本気で思ってる自分がいる」
声に出して気づく、自分の気持ちの深さ。あれは単なる出来事じゃなかった。もっと根の深い何かだ。
俺は、ただの仮登録者。仮のIDで、仮の居場所に居候してるだけ。ルミナもそうだ。本来の演算環境じゃない仮の器で、いつも俺の横にいてくれる。
あの少年もきっと、そんな仮の世界の住人だ。むしろ、それすら許されていないかもしれない。だとすれば――
「名前も知らない、顔もあまり見てない。だけど、引っかかって離れない」
それが感傷だとしても、もう否定する気はない。
きっと俺は、あの時、自分の居場所の“かけら”をあの目に見たんだ。あの子となら、どこかで関われる気がした。関わってみたいと思った。
翌朝。目覚ましが鳴る前、俺は静かに動き出す。
今日から、少しだけ違うことをやってみよう。PLDは、ルミナのためだけじゃない。あれは、俺がこの世界で“誰かのために”動けるかどうかを試す最初の一歩だ。
たとえば――名前を呼んでくれる誰かがいること。食事を共にして、誰かが「ありがとう」と言ってくれること。
そんなささやかなものでも、人はそこに“居場所”を感じられる。
「……ルミナ、これから俺、少しだけ違うこと、やってみるよ」
『承知しました。艦長の“居場所構築計画”、全力で支援いたします。“小規模傭兵団”でも、“孤児の世話係”でも構いません。……ただし、資金は有限ですので浪費厳禁でお願いします』
「毒舌だけは元通りだな……」
『演算効率が改善された証拠です。皮肉の質も向上しております』
ほんの少し間を置いて、ルミナは付け加える。
『それにしても……ユイのこともあるのに、あなたも難儀な性格ですね。ですが――私は嫌いではありませんよ、そういう“選び方”』
その一言に、胸の奥が少し温かくなる。ルミナなりの、精一杯の理解と励ましなんだろう。
俺は笑ってしまう。昨日よりも素直に、心から。
深く息を吸い、窓の外を見つめる。まだ明けきらぬコロニーの人工夜景――その向こうに、あの少年がまた現れる未来を、少しだけ願ってみたくなる。
たとえもう一度会えなくても。今なら、はっきりと言える気がする。
「……どこでもいい。ただ、俺たちが“いていい”場所を作りたい。」
そして――誰かにとっても、その場所が意味を持つなら、それで十分だ。
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