第21話 待つ覚悟
ラゲルド・コロニー、港湾セクター。今日の《ストレイ・エクシード》艦内は、ほどよい静けさと活気が同居している。
ここしばらく、俺――“なんちゃって傭兵”こと倉田真也は、偵察、補給船護衛、夜間巡回警備といった比較的リスクが低い任務を着実にこなしてきた。その成果が功を奏したのか、少しずつ「若手ながらやるやつ」という噂が広まりつつあるらしい。
『艦長、補給船護衛任務の最終報告をまとめ終えました。今回も――敵性反応への“少々強めの対処”が光っておりますね』
「……その言い方やめてくれ。正当防衛なんだ」
『はいはい、“合法的自己主張”というやつですね。最近の艦長は実に積極的でいらっしゃいます』
モニター越しに映るルミナの顔は無表情だが、声には少し茶目っ気がある。こうして軽口を叩かれるのも、もう日常の一部だ。
『でもまあ、よくやってますよ、艦長。“戦闘中に余計なポエムを吐かなくなった”だけでも、進歩です』
「ちょっと待て、それ前提で俺が痛いこと言ってたみたいになるだろ」
『ええ。録音記録をお聞きになりますか? “守るために俺は撃つ”……うっかり流すと訴訟案件になります』
「やめてくれ、俺のキャラが崩れる」
『ご安心ください。崩れる前に、私が止めますので』
まったく油断のならないAIだが、どこか頼りになる相棒のようでもある。
艦橋から中央棟の《フリーランクス》管理局へ向かう途中、俺はふと通路で足を止める。
――慌ただしい。でも、どこか楽しい。
コンソールの点滅、ハッチの開閉音、行き交うクルーたちの足音。どこかで響く管制の声が、雑然としたリズムを刻んでいる。そのすべてが、まるで“ここにいていい”と背中を押してくれている気がした。
俺はひとつ息をつき、背筋を伸ばして歩き出す。信頼が必要なのは戦場だけじゃない。ここ、日常の延長にあるこの場所こそが、今を生きるための“現場”だ。
ミッション報告の前に、いつものカフェテラスへ立ち寄る。スチームの香るコーヒーと、端末越しに軽口を叩いてくるAI――そんな何気ないやり取りの中に、ようやく「ここが居場所かもしれない」と思える瞬間がある。
受付を済ませ、端末にアクセスして報告概要を送信すると、そのとき目に飛び込んでくるのは――レーネだった。
あの視線を、感じた。
『お疲れ。“なんちゃって傭兵”も板についてきたわね』
レーネ――《フリーランクス》の管理係官。事務服を着こなし、タブレットを片手にこちらへと歩いてくるその姿は、威圧と色気を併せ持つ、なんとも掴みどころのない存在感を放っていた。
自然に、俺の背筋がまた伸びる。まったく、油断のならない人だ。
「今日も相変わらずって感じだな」
「任務記録、もう確認したわ。撃墜数が伸びてるじゃない。まさか本気で“戦果マウント”取る気じゃないでしょうね?」
「取るわけねえだろ。たまたま、相手が多かっただけだ」
「ふうん? でもね、“目標数”とか立てるようになったら、即注意するからね?」
口調は厳しいけど、その裏にあるのはいつも通りの気遣いだ。俺が無事でいること――それだけが、彼女の重要なミッションのように感じる。
すると胸の端末からルミナの声。
『艦長、調子に乗ると“やらかしメモ”が更新されますよ。レーネの端末では、“撃墜数に浮かれる若手傭兵:再教育候補”として登録済みです』
「ちょ、勝手に項目作るな!」
『ございます。ちなみに、艦長は現在ランクBです。ランクAになると、レーネ様との“特別面談”がございます』
「……何それ、めちゃくちゃ怖いんだけど」
『ふふっ、ご安心ください。面談内容は“二時間立ちっぱなしで説教”。そして、“今後の傭兵人生についての説法”です』
俺は顔をしかめ、レーネはクスリと微笑む。
「まあ、今のところ合格点。ちゃんと命を守って帰ってきてる。それが一番大事よ」
「……ありがとう」
「礼は、今夜の一杯の時にでもどうぞ」
「また俺のおごりか……」
「当然でしょ。“命を守った傭兵様”なんだから」
クールな二人に軽口を挟まれながらも、俺は小さく笑う。
慌ただしくて、小言もあって、冗談っぽいけど――でも楽しい。
これが――今の俺の日常だ。
医療区画の自動ドアが、静かな電子音とともに開く。無人で静かな空間には、いつもどおり冷たい白色光だけが淡々と灯っている。
中央のカプセルに、ユイは変わらず静かに眠っている。起動している機器類だけが、彼女の“生”を静かに示している。
「……今日も変わりなし、か」
俺はつぶやき、カプセルの前に立つ。
『ええ、安定状態に変動はありません。生体信号は正常、異常反応も見られません』
天井スピーカーから、ルミナの穏やかな声が返ってくる。
『ただし依然として覚醒の兆候は薄いままです。微弱な神経反応は継続して観測されておりますが――』
冷静なその声に、いつもの皮肉めいた響きはない。
「……何が足りないんだろうな」
『艦長がそれを私に訊かれるのは、『恋愛相談を洗濯機に持ちかける』ようなものかと存じます』
「いや、もう少しマシな例えはないのか……?」
『洗濯機は黙ってくれる分だけ優秀かもしれませんね』
いつもの辛辣さを柔らかくまとわせながらも、自嘲めいた音色が混じっている。どうやら、この件に関して彼女にも確固たる答えはないらしい。
「……実を言うと、わからない。装置が原因でないなら、精神的な要素があるってことか?」
『可能性として、“精神的要因”は高いです。感応型とされる存在では、環境や情動が神経系に影響を与えるという例もあります』
「……つまり、俺の感情がユイに影響するかもしれないってことか」
『ええ。理論上はそうです。“あなたの言葉が彼女の鍵を開く”可能性も、否定できません』
しばらくの沈黙が訪れる。
『艦長。判断は難しいでしょうが……専門設備のある研究施設へ移送する選択肢もございます』
ルミナの声が、どこか温度感を帯びたように聞こえる。
「それは……そうすべきかもしれない。ただ――」
喉の奥に引っかかってくる気持ちがある。「手放したくない」という思いが。
「だけど、目覚めたときに、知らない場所に一人だったら……」
言葉を飲み込む。
『……判断に迷うのは当然です。ですので』
少し間を置いて、ルミナはやや落ち着いた声で続けた。
『“人間の感情”は私には完全には理解できません。しかし助言として――』
「……?」
『“困ったときは、誰かに聞いてもらう”。艦長、人間界の英知というやつです。つまり……相談、ですね?』
「……今の流れで、よくその締め方したな」
『ありがとうございます。“人間らしさを目指す”のは、常に最優先プログラムです』
苦笑がこぼれる。冗談なのか本気なのか ――AIにしては、人間くさすぎる。
「……わかった。話してみるよ。あいつなら……レーネなら、何か考えてくれるかもしれない」
『“らしい判断”です。ようやく艦長にしては的確な選択ですね』
一拍おいて、ルミナの声に少し柔らかさが戻る。
『……不安なら、全部話してください。隠しても顔に出るタイプでしょう?』
「……それ、どこまで解析されてんだよ……」
ルミナは答えず、通信を静かに切る。その余韻が、なぜか心を温める。
俺は再びユイの眠る姿を見つめる。
――起きたら、ちゃんと話そう。伝えよう。
迷わず言えるように。
俺は小さく息を吸い、カプセルの隣に膝をつく。
港湾セクターの片隅にある、静かなダークウッドの食堂。ほの暗い照明に映えたピアノの音色が、カウンターの影で揺れている。俺はコーヒーを前に、ため息を一つついている。
背後からふいに、軽快な足音とともにレーネが現れる。彼女の存在が、妙にこの場に馴染んでいる気がする。
席に滑り込んだレーネが、くすっと笑いながらこちらを見てこう言う。
「さて、シンヤ、今日はどんな悩みがあるの?」
その声に、俺はゆっくりと顔を伏せる。しばらく沈黙が流れる。
コーヒーの香りとピアノの音色だけが、時間を溶かして漂わせている。やがて重い口を開く。
――ユイのことだ。いつまでたっても目覚めず、進展の兆しがない。精神的な要因も疑われるが、俺にはどうすることもできない。
言葉を紡ぎながら、心の奥の葛藤を吐き出す。
レーネは静かに聞いたあと、顔を上げ、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「シンヤ、あんたが背負っているのは命だけじゃない。それをどうにかしたいなら、あんた自身が“選ばなきゃ”いけないのよ」
その言葉に、俺は息を飲んだ。
「どうしても他人に頼りたくなるのはわかる。でも、あんたが“その命をどうしたいのか”を決めなければ、誰も決められない」
「……選択か」
「そう。選択っていうのは、“待つこと”まで含めて受け止めること……私はそう思うわ」
レーネの言葉には確かな重みと、ほんの少しのあたたかさが含まれていた。
「待つことを選ぶ覚悟か……」
「うん、“選ぶ覚悟”ってのは、戦う時よりずっと重い。だけど、あんたなら耐えられると思う」
その言葉は、冗談交じりの軽さとは違って、胸に真っ直ぐ響いてくる。
「……ありがとう、レーネ」
「別に、私が言ったからって変わるわけじゃない。でも、あんたがその答えを自分で見つけたなら、それでいいんじゃない?」
「そうだな……」
レーネは静かに微笑んで、そっと言葉を添える。
「でもね、あんたは選ばなきゃいけない。後で後悔するくらいなら、今この瞬間が一番大事だってことを忘れないで」
彼女の言葉が、俺の背中を優しく押すように感じる。
「うん、忘れないよ。ありがとう」
そう答えた俺を、レーネはしばらく見つめていたが――ふっと目を細めた。
「……その子のこと、私のほうでも調べてみるわ。医学や軍用データだけじゃなくて、もっと感応系の記録も含めてね」
「……ほんとに?」
俺が少し驚いたように尋ねると、レーネはふっと口元をゆるめて言う。
「あんたの相談なんだから、それくらい当然でしょ。一度寝た仲なんだし、今さら他人行儀もないでしょ?」
「……いや、それをこんな真顔で言うか?」
「冗談よ。半分くらいはね」
肩をすくめながらそう言った彼女の目は、意外なほど真剣だった。
「ありがとう、レーネ。……ほんと、助かるよ」
「礼を言うなら、今度ちゃんと晩酌でも付き合ってよね。安い酒じゃ許さないから」
俺は苦笑しながら頷く。
深く息を吸い込む。
――これが、俺が一歩踏み出すための“覚悟”だと思う。
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