第20話 休日
《ストレイ・エクシード》艦橋。任務の疲れがまだ残る朝、俺──倉田真也は、妙に視線を感じながら目を覚ます。
『艦長、そろそろ物資の補給に向かうべきかと存じます』
振り返ると、いつもの毒舌AI、ルミナがホログラム表示でひんやりと俺を見ていた。
『昨日の報酬は、すでに艦内予算に反映済みです。本日は最低限の補給を行いましょう。……浪費は禁物ですので』
遠慮も情けもないその言い方に、思わず眉がぴくりと動く。
「いや、わかってるって。ちょっと見に行くだけ、な?」
『“ちょっと見に行くだけ”という言葉から始まる散財の歴史について、振り返りますか? 旧地球のデータベースには、買い物依存症の事例が十二万件以上登録されています』
「俺をその仲間入りにしないでくれよ……っていうか、なんでそういう情報ばっかピックアップするんだよ」
『艦長が“財布の紐が緩みそうな雰囲気”を醸し出しておられるため、予防処置です。これでも優しさの一環ですので、感謝していただけると助かります』
「それで感謝しろってのが、すごいよな……」
ため息をつき、俺は立ち上がる。宇宙では現金より信頼より、生存率が全てだという教訓は、嫌というほど体に響いている。
「最低限の補給ね。了解、了解。とりあえず、ミニゲーム端末と駄菓子パックあたりは――」
『却下です』
「早ッ!」
『第一に、艦長のゲームスキルはログで十分確認済みです。これ以上の“腕前の温存”は無意味かと。第二に、駄菓子に関しては――』
ルミナが一瞬ため息まじりに目を細める。そこに慰めなどない。
『――栄養価ゼロ、保存性不安定、血糖値上昇の可能性大。さらに申し添えると、それらを摂取している艦長の姿は、“傭兵”イメージからあまりにも遠ざかります』
「いや、ただの“懐かしさ”ってやつだよ! 文化的癒し! 心の安定!」
『それを“浪費”と呼ぶのです。現在の我々に必要なのは、心の安定より“物理的防御力”と“持続可能な食糧”です』
「くっ……論破された……」
『ご理解いただけて何よりです。では、防弾ジャケットと非常食パックを優先リストの上位に再設定いたしますね』
「はいはい、はい……行きましょうか。ルミナ先生の経済講座、絶好調だな」
『講座代は報酬から天引きしておきます。お気をつけて』
――この艦には、敵より皮肉屋な相手がいる。この艦でなにより頼れる奴かもしれない。
俺はカーゴベイへ向かいながら、自分に呟く。
「……さて、“生き残るため”の買い出しだ」
ラゲルド・コロニー中層、マーケット・レーンにあるショッピングモール、通称“セントラル・デポ”――そこは、まるで異星の市場のような光景だ。
半透明の屋根から差し込む人工光の下、最新鋭の医療品、技術系ガジェット、生活用品を扱う補給ブースと移動式売店がずらりと並んでいる。だが、“生活用品”のカテゴリが俺の常識を完全にくつがえしてくる。
「……すげぇな。なんだよこれ」
目の前の棚には『完全栄養カプセル・第8世代』とラベルされた小瓶のカラフルな球体が並び、その横には“脱臭・洗浄・乾燥一体型”の自動靴洗浄ポッド。別のブースでは、再生ナノ繊維製のタオルが“切っても燃やしても元に戻る”と実演されている。
「SF映画のプロップショップにでも迷い込んだ気分だ……むしろ、こっちのほうがすごい」
思わず笑ってしまう。子どもの頃に夢見た“未来の暮らし”が、まさにここに存在している。
胸元のPLD端末から、ルミナが即座に反応する。
『艦長。映像美に感動するのは結構ですが、購入対象は“必要品”に限定願います』
「ええっ、たまには感動させてくれよ! これ自体が文化遺産だろ!」
『その“文明の勝利”で艦長が破産された場合、当艦の生活支援計画に重大な支障が出ます。感動は無料ですが、消耗品は有料ですので』
「お前、やっぱ商魂たくましいな……」
『商魂ではなく、運用効率です。予算と生存率は比例しますから』
深いため息をつきながら、俺は《栄養カプセル》を手に取り、そっと元に戻す。ルミナの言うことは正しい。正しいけれど――楽しくはないが、慣れてきた自分にも気づく。
消耗品コーナーを後にして進むと、俺の目はあるブースに吸い込まれる。
見覚えのあるドット絵風ロゴ、チープな音、無意味にピコピコ鳴る電子音。そこには《旧娯楽技術復元協会認定》という肩書きとともに、昔懐かしいレトロゲーム風ガジェットが堂々と並んでいた。
「ちょっと、これ見てくれ……!」
陳列されているのは『懐かしゲーム互換端末・マークⅢ』。外見はかつての白黒時代の携帯ゲーム機そっくりだが、中身は完全互換・新規プログラム追加可。ソーラー充電対応、無重力環境対応、防水防塵付き。過去と未来がごちゃ混ぜだ。
「このゲーム端末、持ち運べるし、地球製っぽいレトロ感が最高だな」
隣には『エイリアン風USB扇風機』。グロテスクな顔をしたクリーチャーデザインが回転とともに目を光らせ、風を送る。冷却機能より視覚ショック重視の逸品だ。説明書には“実在した異星生物のイメージを参考に設計”とある。
「おいおい、この世界、エイリアン発見されてるのか……?」
さらにその隣では『VR猫育成パッド』なる端末が“本物の癒し”を謳って販売中。装着すると精神波に応じた猫が生成され、甘え方も進化。技術の無駄遣いとしか思えない。
「これ、ちょっと欲しいんだけど……ルミナ?」
案の定、PLDから冷たい声が返ってきた。
『艦長。娯楽は確かに心を癒しますが――』
PLD越しにルミナの目元が光る。
『現在、我々は異星生物に襲われるリスクを抱えた“準所属の流浪艦”です。仮登録は終了しましたが、それだけで安全が保障されているわけではありません。癒やしの優先順位は酸素確保、燃料補給、艦内食糧の安定供給……その後です』
「……ぐぅの音も出ねぇ」
『ありがとうございます。即時撤退を推奨します。でないと、“浪費傾向あり”で艦長スコアに注釈が付きます』
「そんなスコアあるのか!?」
『今から作成します』
ふと笑いそうになる。冗談なのか本気なのか、たまにわからなくなるけど、このAIが俺の命と財布を守ってくれているのは確かだ。
名残惜しさを噛みしめながら、俺は『懐かしゲーム互換端末』に別れを告げ、補給モールを後にする。
食料と生活用品の補給を終えて、最後に足を運ぶのは――異様な雰囲気が漂う武器専門ショップだ。
《傭兵向け軽装武装・許可区画No.9》。入口には「ノーリターン・ノーリファンド(返品不可)」という掲示板が光っている。つまり、買ったら最後、使うしかない場所だ。
「よう、新顔か? いきなりここに来るとは覚悟が違うな」
無骨な店主が補助義手で器用に立ち、俺へ視線を向ける。年季の入った義手と、鋭い眼光が印象的な人物だ。
「ええ、まあ。登録したてのへなちょこ傭兵です」
「ならこそ、最初の携帯武器は慎重にな。威力重視か、扱いやすさか――好きなの選べ」
そう言って、店主はカウンターに三つの武器を丁寧に並べた。
1. 小型レーザー拳銃
掌に収まるサイズだが、精密照準機と3段階出力切替付き。
2. 電磁短槍(伸縮式スティック)
折りたたむと小型、展開すると白兵戦向きの投槍に変化する。
3. エネルギーナイフ
刃が高周波振動することで硬質素材も切り裂く――見た目以上に“実戦用”の気配が濃厚。
「……どれも、物騒すぎるな」
俺はじっくりと一つずつ手に取り、重さやバランス、質感を確かめる。
その瞬間、ルミナの声がPLD越しに冷静に響く。
『無理に決める必要はありません、艦長。ただし――戦闘の選択肢は、我々の準備を待ってくれませんよ?』
「……そうだな」
俺はまず、小型レーザー拳銃を選ぶ。この軽さ、扱いやすさ、そして非致死モードへの切り替え可能な機能が、今の自分には最適に思える。
「これにします」
「初めてなら、悪くない選択だ」と店主がうなずく。
俺はそれを収納用ポーチに入れて、しばらく眺め続ける。そして、視線を稲妻のように光るエネルギーナイフへ戻す。あの静かに光る刃には、使うときの決意が濃縮されているように見えた。
「……それと、ナイフも」
「二刀流か?」
「いや、逃げられない時のために」
ルミナが少し間を置いてから、穏やかに応じる。
『……その判断を、“逃げ”とは思いません』
「そうかい」
俺は軽く笑ってその場を〆るように、レーザー拳銃とナイフをポーチに収める。
ついでに、店内の棚を見渡しながら、俺は必要になりそうな小物もいくつか手に取る。
スモーク弾を三つ、閃光弾を二つ。信号妨害用のミニビーコンと、フェイク信号の発信端末。それぞれ、応用が利くやつを選んだ。派手さはないが、いざって時に状況をひっくり返せるツールだ。
全部まとめて、収納ポーチに詰める。ナイフと拳銃の重さとあいまって、肩の感覚が少しだけ変わる。けど、悪くない。
「……買い忘れは、ないな」
そうつぶやいて、俺は店を出る。自動ドアの音とともに、外の空気が肌に触れる。
最後に立ち寄るのは、傭兵向け装備品のセクション――つまり一見すると洋服売り場だが、実態はまるで「戦闘用ファッションショー会場」だ。
店内の壁には、多機能ジャケット、アーマー風ロングコート、さらに“これ着たら爆発しそうな”防爆スーツまで並んでいる。まさにスペックと見た目の融合体だ。
それでも、俺が手に取るのは――いつものダークグレーの無地ジャケット。しかも今で3着目。形も色もほぼ同じ。迷走というよりも“安牌選択”の極みだと自覚している。
「ああ、やっぱ黒は落ち着くし、合わせやすいし……これとか万能っぽくていいよなあ」
そのとき、ルミナの便利すぎる注意書きが響く。
『艦長。もし仮に同じ型と色のジャケットを三着重ねて着用したとしたら、それは“戦闘準備”ではなく、“服飾センスの敗北”としてログ記録されます』
「あっ……刺さる」俺は思わず苦笑い。
ルミナが店内の端末と連動して、ラックを操作すると、一着の新しいジャケットが自動で前にせり出してくる。
『こちらをご提案します。“スマートミリタリージャケット・TYPE‑R”――強化繊維製で耐熱・防弾・耐候対応。軽量で動きやすく、AIアシスト付き通信ポケットを内蔵。さらに、少しだけ艦長が“まともに見える”視覚効果付きです』
「……後ろの部分で全部台無しじゃねえか」
『冗談です。前半は本当です』
俺は仕方なくジャケットを着てみる。マットな質感に細い刺繍ライン、肩から胸にかけて光を反射する補強プレート。軽いのに、妙な安心感がある。
「……なんか、“それっぽく”なってきた気がする。主人公っぽいっていうか」
『ええ、“外見だけ”なら』
「……お前、絶対わざとだろ」
『自覚ありますが、悪意はありません。むしろ善意による応援です。なお、“中身”もそれっぽくなると完璧ですね』
「はいはい、精進します」
ナイフとレーザー拳銃を収納できる内ポケットを確認しながら、俺はそのままジャケットを購入することにする。
この手にあるのは、単なる“装備”じゃない。
“俺がどんな場面に立つか”を見据えた、初めての選択かもしれない――そんな気がする。
そのまま装備セクションの奥へ進み、インナーやアウターの上下を選んでいく。ジャケットの下に着るべきは、軽くて通気性がよく、なおかつ防熱性のある素材の長袖シャツ。色は黒に近いチャコールグレー。シンプルで、余計な装飾がないのがいい。
パンツは機能重視のカーゴタイプ。膝と腰に補強パッドが入っていて、しゃがんでも突っ張らない作りになっている。戦闘中の動きを妨げないのはありがたい。
『艦長。股関節の可動域が確保されていれば、白兵戦時の回避動作も円滑になります』
ルミナがさらっと物騒なコメントを挟んでくるが、まあ間違ってはいない。試着ブースで動いてみると、軽快さは想像以上だ。
次は靴下。吸汗速乾タイプ、三足セット。ブーツ用の厚手仕様で、底に滑り止めのラバー加工があるやつを選ぶ。
靴は戦闘対応型のミリタリーブーツ。つま先にセラミック芯が入っていて、軽量だけど踏み抜きにも強い。踝をしっかりホールドしつつ、脱ぎ履きも楽。ソールのグリップ力が異常なレベルで、これならどんな地形でもいけそうだ。
「まるで、“本格的に傭兵します”って装備だな……」
俺は小声で呟く。ゲーム感覚のつもりだった“宇宙での生き方”が、気づけば本気の準備に変わっている。
そして最後に、寝間着。これはさすがに戦闘用ではなく、快眠特化型。温度調整機能つきのナノ繊維素材。洗ってもシワにならないし、肌触りもいい。ルミナに提案された候補の中では、いちばん“まともな人類っぽい”見た目のやつを選ぶ。
『お選びいただいたモデルは、当艦の居住環境において“睡眠効率最大化”が期待されます。艦長がようやく“普通に寝る”ことに本気を出してくださるとは、感動です』
「うるさい、俺だって休むときは休むんだよ……」
支払い処理を済ませて、装備品一式をまとめたカートを押しながら、俺は店を出る。
ジャケット、インナー、アウター、パンツ、靴下、ブーツ、そして寝間着に下着など諸々。――それはつまり、“この場所でちゃんと生きる”という意志の証拠かもしれない。
俺は荷物の重さを、ほんの少しだけ誇らしく感じながら、艦へ戻る道を歩き出す。
荷物を両手に抱えて、俺は《ストレイ・エクシード》の艦内へ戻る。ドックからの昇降通路を歩きながら、ちらりと後ろを振り返る。市場の喧騒はまだ遠くで響いている。
結局、買い物リストは必要最小限……+α。ルミナが監視してる中で、ギリギリ許された娯楽アイテム――“自己発電型チェスセット”だけは、ちゃっかりカバンの隅に滑り込ませてある。バレてないことを祈りつつ、そっと床に荷物を下ろした。
『帰還確認。生命反応良好。装備も破損なし。浪費指数は、当初の予測より低めで済みました。誉めて差し上げます』
艦内ホログラムのルミナが、わずかに口角を上げるような気配を見せた。ツンデレAIめ……でも、妙に安心する。
「……まあ、必要なもんはだいたい揃ったな」
居住区のロッカーに、レーザー拳銃とナイフを並べ、ジャケットを掛ける。それらを並べると、あんなに迷ったはずなのに、ふしぎと“整っている”感じがする。いや、むしろ――“整いはじめている”のかもしれない。
「…なあ、ルミナ」
『はい。なんでしょう』
「……ちょっとずつ、この世界の“現実”が見えてきた気がする」
自分でもその言葉に驚いた。ゲームのつもりで始まったこの世界。でも、目の前の物資、武器、衣服、戦い――ひとつひとつが、じわじわと“現実”を刻み込んでくる。
ルミナは少しだけ間を置き、いつもの調子よりわずかに柔らかい声で応える。
『……その感覚、大切になさってください。艦長が“この世界で生きていく”意思を持つ限り、私はその補助を惜しみません』
「おいおい、泣かせる気か?」
『感涙センサーは搭載されておりませんが、装備された暁には“予算不足で削除対象”になると思われます』
「やっぱりいつもの調子だな……」
苦笑いしながら、俺は椅子に深く腰を沈める。今日の物資と装備の積み重ねが、小さな安心感になっている。誰かを守るために、確かな一歩を踏み出している自分を、感じながら。
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