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第18話 救出

 敵艦の外壁が、ヘルメット越しの視界にじわじわと迫ってくる。真空の中なのに、どこかで金属が軋むような音が聞こえた気がする――あれは錯覚か、それともこの艦そのものの“息遣い”なのか。


 《ストレイ・エクシード》から伸びたドッキングアームが、敵艦の破損した側壁にかすかに揺れながら接続される。ロックインジケーターが緑に変わるのを確認すると、俺は何も言わずにハンドルをひねり、船外に飛び出す。


『艦長、くれぐれもお気をつけて。内部は局所減圧状態。酸素濃度も極端に不安定です。吸い込んでも、無意味ですので』


 ルミナの声が、相変わらずの優雅な調子で耳に届く。言ってることは地獄だが、妙に落ち着くのはなぜだろう。


 先行投入したType-Eドローン2号と4号が、敵艦内の通路データをリアルタイムで送ってくる。狭く、歪んだ通路。焦げ跡と配線の束、曲がった金属パネル――何度も即席の修復を重ねた痕跡。ここが戦いの“残骸”であることが、一目でわかる。


『前方に気圧変化。封鎖扉、解除中……内部に熱源反応あり』


 ルミナの声が警告を発する直後、通路の奥で閃光が弾ける。


 反射的に体を壁際へ滑らせる。すぐにレーザーが飛び、通路の天井をえぐっていく。


『生体反応一体。敵兵残党の可能性。排除を優先――』


「待て。こっちは“殺し”に来たんじゃない」


 俺は腰から電磁スタンガンを抜き、壁沿いに静かに進む。銃声も足音も、無駄な音は出さない。


「……あんた、誰だ……! ここは……降りろ、殺すぞ……!」


 声が震えてる。若い。戦い慣れてないのが、声色と息づかいでわかる。


「武器を捨てろ。撃つ気がないなら、無駄に撃つな。お前も――死にたくないだろ?」


「……くそっ……!」


 金属音。銃が床を転がる。俺は慎重に近づき、拘束用のマイクロワイヤを使って両手を固定する。煤けた顔、汗にまみれた額、そして何より――目に浮かぶのは、恐怖と疲労。それだけだ。


「艦内に捕虜はいるか」


「……格納庫の奥に……民間人……交渉材料のつもりだった……でも、もうダメだ……全員、死ぬ……!」


 その瞬間、通信がノイズ混じりになる。


『艦長、断続的なエネルギーパルスを感知。敵艦内部で、自爆装置の起動信号が進行中と推定されます。残り時間、8分42秒』


 クソ。思った以上に時間がない。


「ルミナ、捕虜区画までの最短ルートを。ドローンに先行させて、侵入口を確保しろ」


『了解。ルートマップ、投影開始……やれやれ、ほんとあなたって人は、そういう選択しかしないんですね』


 その言い方は皮肉に聞こえる。けど、声の奥にあるのは――たしかな誇りだ。ルミナなりの、俺への信頼。


 敵兵を壁に固定し、俺は姿勢を変える。


 ――あと8分。命を救うか、見捨てるか。それを決めるのは俺の行動次第。


「行くぞ」


 言葉にした瞬間、体が勝手に動き出す。俺の選択が、誰かの未来を変える。その重さを理解しながら、俺は走る。叫びは要らない。ただ一歩ずつ、先へ進むだけだ。




 格納庫へ続く通路を進む。天井は崩れかけ、あちこちの配管から白煙が漏れている。熱と焦げた金属のにおいが、強化外骨格越しにさえ鼻にまとわりつくような気がする。幻臭かもしれない。でも、はっきり感じる。


『艦長、現在地は気圧安定区域です。前方、隔壁のすぐ外側に生命反応を確認。距離約6メートル……位置から判断して、格納庫前に潜伏中と推定されます』


「敵か?」


『判断基準との照合で、敵対的行動の可能性89%。……十分ご注意を』


 自然と呼吸が浅くなる。EXO-ARMヴァルカンユニットの関節がかすかに唸り、重量が関節ごとに分散される感覚が背中から足まで伝わる。目の前の隔壁、その先にいるのは人質か、あるいは――


「ドローン、扉の解錠を。俺が先に出る」


『危険です。……ですが、了解。解錠開始』


 錆びついた扉がゆっくりと動き出す。わずかに開いた隙間、その瞬間だった。


「死ねええ!!」

――パァンッ!


 ビームがこちらをめがけて飛来し、壁の装甲を抉る。警告音がヘルメット越しに響き、視界に赤いアラートが走る。


『敵対行動、確認。交戦モードへ移行します』


 扉が完全に開き、煙の向こうに人影が浮かび上がる。装甲を簡易的に身にまとい、こちらにビームライフルを構える宙賊。完全に待ち構えていた――反射的にこちらも銃を構える。


「おいテメェ! よくもウチの艦に穴あけてくれやがったな!」

 宙賊のヘルメット越しの声は、ノイズ混じりでも剥き出しの怒気が伝わってくる。


 けれど、指が止まる。ライフルの照準は、相手の胸部にぴたりと合っている。ヴァルカンの補正が働いてる。引き金を引けば、間違いなく仕留められる――でも。


 その“引き金”が、異常に遠く感じる。


 目の前の相手も、人間だ。汗をかき、息をして、たぶん、何かのために戦ってる。怖がってる。迷ってる。


 ――撃てば、死ぬ。

 ――撃たなければ、俺が死ぬ。


「……くそっ……!」


 相手がわずかに体を動かす。その瞬間、もう迷えない。


 引き金を絞る。ビームが音もなく走り、敵の胸を貫く。装甲が裂け、男の体が揺れて、崩れ落ちる。


 静寂。


 空気中に残る焼けた金属の匂いと、まだ消えないプラズマの熱が、空間に漂ってる。


『敵性反応、消失。……艦長の無事を確認しました』


 ルミナの声が落ち着いた調子で響く。でも、俺は何も言えない。手が、わずかに震えてる。銃が、思っていたよりも重い。


「……これが、“殺す”ってことか……」


 装甲の隙間から、敵の目が最後までこちらを見ていたような気がして――視線をそらせない。


『艦長。記録上、これが“初の戦闘殺害”となります。……記録しますか?』


「……勝手にしろ」


『了解。ただし、ひとつだけ。あなたが“躊躇した”こと。それは“弱さ”じゃありません。私は、殺しに慣れた人間ほど、信用できませんので』


「……ルミナ、お前……」


『はい。たまには、そういうことも言います』


 俺は、ひとつ息を吐いて、格納庫の奥を見据える。


 ――撃ったのは、守るため。それだけは、忘れない。


 震える指を握り直し、一歩を踏み出す。開け放たれた隔壁の向こうへ――命を繋ぐために。


 暗く湿った空気が、ヘルメットの外からわずかに感じられる。視界は煙で霞んでる。でも、その先にあるのは――


 狭く、荒れ果てた空間。壁際には崩れたコンテナ、積み上がった積荷。通路らしい通路もない。


 その積み荷の隙間――目が合う。


「っ……!」


 思わず息が止まる。しゃがみ込んだ少女。肩を震わせ、視線をこちらに向けたまま、声を出せないでいる。壁にもたれて座り込む老人。目を閉じたまま、わずかに胸が上下している。背中には血の滲んだ包帯を巻いた青年。意識はあるが、すぐにも崩れそうなほど弱っている。


 ……七人。

 その空間に身を寄せ合っていたのは、たったそれだけだ。でも、全員が――生きてる。


「……まだ、間に合う」


 俺は短くつぶやいて、ゆっくりと彼らのもとへと歩み出す。踏み出すごとに、スーツの関節が微かに軋む音が響く。


「……誰……? 助けに来たの……?」


 少女の声が、震えながら届く。かすれて、それでも真っ直ぐにこちらを見てくるその目に、俺は力を込めて頷いた。


「ああ。助けに来た。すぐにここを離れるぞ」


 だが、ルミナの声がそれを遮る。


『艦長、艦内熱源反応が急上昇。主動力系から自爆装置へのエネルギー再配線を確認。セーフティロック、解除段階に移行中。残り時間、5分12秒』


 クソッ。本当に時間がない。


「ルミナ、ドローンのひとつを救出支援に回せ。あの青年、運び出せるか?」


『可能です。Type-Eユニット4番を医療補助モードに切り替え、搬送用アームを展開します』


 ドローンが滑るように降下し、青年の下に入り込む。その間にも、俺は周囲を見回して叫ぶ。


「動ける奴、立てるか? 怪我人を支えながらでいい、俺について来い。船が爆発する、猶予はない」


 そのとき、奥のほうで中年の女性が口を開いた。声は小さいが、しっかりと聞こえる。


「……でも……私たち……置いていかれるって……言われた……」


 何があったのか、想像に難くない。見捨てられた。切り捨てられた。もう助からないと告げられたんだ。だから、この狭い空間で、ただ死を待っていた。


「俺は違う。絶対に置いていかない。全員連れて帰る。……信じてくれ」


 その言葉に、反応したのは少女だった。誰より先に、迷いなく、彼女は立ち上がる。


「行こう。怖いのは、もうたくさんだよ」


 ――強い。その小さな背中に、他の者たちが続いていく。不安定な足取りでも、確かに“前へ”進もうとしている。


「ルミナ、脱出ルートを確保。ドローン2番を先導に回せ」


『了解。最短経路はクリア。エアロックまでの移動予測時間、2分43秒。推進補助を展開します。――残り時間、3分28秒』


 俺は最後尾につき、彼らの背中を見守りながら走る。背後から、天井が軋む嫌な音が響く。崩れそうだ。いや、もう限界が近い。


 ――間に合え。この命の列、必ず《ストレイ・エクシード》へ連れて帰る。


 その瞬間、背後で爆音が轟く。スーツ越しに振動が伝わり、反射的に振り返る。すでに通り過ぎた通路が、瓦礫で完全に塞がれていた。


『後方通路、崩落を確認。退路が遮断されました。――進行は継続可能です。ただし、10メートル先に瓦礫による障壁あり。高さは3.2メートル。通過には補助が必要です』


「……やるしかないな」


 目の前にそびえるのは、崩れた天井とコンテナが重なった瓦礫の壁。俺ひとりなら乗り越えられるだろう。でも、あの少女や負傷者を連れて越えるのは無理がある。


『艦長、Type-Eユニット3番を送ります。積載アームによる障害物排除を開始。上部安定化処理も同時進行します』


 ホログラムに表示されたドローンが、器用にアームを伸ばして金属パネルを慎重に除去していく。

ガコン、と音を立ててひとつのパネルが外れ、ようやく細い通路が姿を現す。


「ここ、通れそうか?」


『一列縦隊、姿勢を低くすれば可能。ただし、支援が必要な者は補助装置を使う必要があります。……艦長は、最後尾を』


「当然だ。全員通すまでは、ここを離れない」


 先頭に少女を送り出し、中年の女性、重傷の青年をドローンのアームで順に運び出す。ひとり、またひとりと抜けていく。そのたびに俺の心拍が上がる。


『残り1分42秒。熱源拡散率が上昇中。内部ヒートシンク限界間近。爆心予測地点は艦中央、爆風は30秒以内にこの区画に到達します』


「急げ……!」


 瓦礫をくぐり抜けた先は、歪んだ細い通路。気圧はすでに安定しておらず、警告灯が赤く点滅している。ドローンが捕虜にした敵兵を回収しながら先導し、最短経路を示すラインがホロ表示される。


『出口まで20メートル。エアロック開放、最終段階に移行。――艦長、脱出限界まで、52秒』


「よし、全員抜けたか――」


 振り返ったそのとき、影が目に入る。


「っ――!」


 さっきの少女だ。コンテナの隙間に取り残されてる。瓦礫に脚を挟まれて、動けない。声も出せず、ただ必死にこちらを見ていた。


 迷いなんて、入り込む隙もない。俺は即座に駆け戻り、両手で瓦礫を押し退ける。


「動くな。すぐに出す!」


『艦長、残り34秒。退避を最優先に!』


「黙れ! この子を見捨てたら、俺は俺を許せねぇ!」


 ドローンが即座に反応し、補助アームで瓦礫を持ち上げる。少女の身体を抱え上げ、そのまま走る。


『エアロックまで10秒距離。推進補助モード起動』


 背中からドローンの補助推進が噴かれる。推進加速が俺の脚を押すように背中を支える。少女を抱えたまま、俺は一気に駆け抜けた。


『エアロック開放。カウントダウン――5、4、3……!』


 俺が滑り込んだ瞬間、エアロックが閉じる。ルミナの声が、ほとんど叫びに近い調子で響いた。


『気密確保、隔壁閉鎖――爆心到達まで、2秒!』


 直後、艦が重く震える。警報が鳴り響き、衝撃が艦体を舐めていく。それが収まったとき、静寂が戻る。警報も止まり、代わりにルミナの声が穏やかに告げた。


『……艦体、軽度の損傷。爆風の直接干渉は回避されました。生体反応、全員生存を確認』


 俺の腕の中で、少女が小さく震えている。


「……たすかった、の……?」


「ああ。もう大丈夫だ。全部、終わったよ」


 その言葉は、彼女だけじゃなく、自分に向けても吐いた。……全員、生きて戻ってきた。それだけで、今は十分だ。




 《ストレイ・エクシード》のハッチが完全に閉じた瞬間、艦内に静かな振動が伝わってくる。再加圧処理が終わり、警告灯が青に変わるのを確認する。


『艦長、生命維持系統、安定化完了。心拍数も平常値に戻りました。……ようやく落ち着きましたね』


 ルミナの声が耳元に響く。いつもより少しだけ柔らかく、緊張が解けたような調子だ。


「……ただいま、ルミナ」


 ヴァルカンユニットを外しながら答える。人工重力に身体を預けると、芯からほぐれていく感じがする。


 通路の先では、救助した人々が順番に医療区画へと移動している。何人かが俺の前で深く頭を下げていく。


「ありがとうございました……本当に……」

「命を……救ってくれて……」


 言葉にならない者もいる。ただ手を強く握ってくる。その温もりが、ようやく「帰ってきた」と実感させてくれる。


『艦長』


 ルミナが小さな声で呼びかける。


『ご安心ください。“死亡フラグ”は回避されました。統計的にも、ヒロイックな行動の直後は死にません。続編があれば、ですが』


「おい」


 肩をすくめて苦笑する。だが、その裏に込められた「生きて帰ってくれてよかった」という気配は、確かに伝わってくる。


『“アムニス号”の航行ユニットは停止中。現在、けん引モードに移行。航路は確保済み。目的地――ラゲルド・コロニーへ進路を設定しました』


 正面スクリーンに描かれた帰還ルート。補給船が《ストレイ・エクシード》の後ろに静かに連結され、並ぶように進んでいく。


 医療区画からは、安堵の声が漏れてくる。意識を取り戻した子どもが「この船、かっけー」なんて言ってるのが聞こえてきて、ちょっと笑ってしまう。


 ルミナが、今までで一番優しい声で言葉を送ってくる。


『艦長。あなたがあの時、“突入する”と決めたから、救えた命があります。……それだけは、忘れないでください』


「……ああ。忘れないさ」


 そして、帰還後――


 ラゲルト・コロニーの外縁部にある第7入港ゲートに着くと、治安部隊と医療班が待ち構えていた。


 ハッチが開くと、人々が次々に降りていく。担架に乗せられた負傷者、手をつないだ親子、涙を流しながら何度も振り返る若い女性――一人ひとりが、俺に頭を下げていく。


 最後に現れたのは、あの拘束中の若者だ。手首に拘束バンド、足取りは重い。諦めたような顔つきなのに、どこか安堵の色も見える。


「……こいつが、唯一の生存宙賊か」


『はい。艦長の判断で拘束、無力化。治安部隊へ引き渡します。おそらく、どこかで人生の分岐を誤った人間です』


 俺は視線を合わせ、短く言葉を投げる。

「……生きろ。どんな形でもいい。罪を背負ってでも、な」


 彼は何も言わず、ただ目を伏せた。


 引き渡しの手続きが終わった直後、ルミナの声が静かに響く。

『拘留後は、治安部隊の拘置所を経由し、軍事法廷へ送致されます。罪状は宇宙航路妨害、武装強襲、殺人未遂、違法兵装所持――有罪は確定的です』


「……刑期は?」


『最低二十年。状況次第では無期刑。労役惑星などの過酷な鉱山コロニー送りの可能性も高いです。酸素濃度が低く、粉塵濃度が高い環境で、一日十時間以上の鉱石掘削作業……生還率は統計上、四割以下』


「……そりゃ、生きろって言われても、簡単じゃないな」


『ええ。ただし、組織情報を提供すれば減刑もあり得ます。その場合も、釈放後は“監視タグ”付きの人生になりますが』


 操縦席に戻り、背もたれに体を預ける。

「……サポートありがとな、ルミナ。次はもうちょっと静かな任務がいい」


『ええ。ですが、それは艦長の“突撃癖”が改善された場合に限ります。それと――次は救出対象の容姿も考慮してください。せめて絵になるくらいの』


「……お前、それ本気で言ってるか?」


『もちろんです。記録映像の見栄えも、今後の評判に直結しますから』


 その声は、いつもの辛口。でも、確かに信頼と優しさが混じっている。俺はため息をつき、口元だけで小さく笑った。

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