第17話 第一撃(ファースト・ストライク)
《ストレイ・エクシード》はゆるやかな推進波を放ちつつ、デルフィナ宙域を進んでいく。艦内は静かだ。緊張と静謐が入り交じるその空気の中、俺は操縦席に座り、正面スクリーンの淡い星々を見つめている。
『デルフィナ第6中継ルート接近ポイント到達。座標変位率:許容範囲内です』
いつもの冷静なルミナの声が響くが、その裏で膨大な計算が進んでいる気配が、艦内の微振動から伝わってくる。
『重力潮汐検知。時空座標補正、実行中。補正率+2.83%。推奨航路を更新します』
表示される航路図のラインがわずかに揺れ、形を変えた。その軌跡の歪みが、この宙域の不安定さを可視化している。
──ここが、“空間が歪んでる”場所なのか。
スクリーンの右端、光点が静かに回転している。星影ではなく、おそらく過去の爆散事故の残骸。微細なデブリ群だ。
『この宙域には、複数の事故や戦時行動の遺構が残されています。空間皮膜の局所崩壊により、ジャンプ航行の残留波が散在しています。肉眼では見えませんが、空間自体が“軋んで”るような状態ですよ』
ルミナの言葉に、俺は胸が締めつけられる感覚を覚える。
──こんな場所で、命のやり取りが行われるのか。
俺は操縦席に身を沈め、手元の端末を見つめていた。緊張というより、心のどこかでまだ整理しきれぬ感覚が留まっている。これから向かう先に、何が待っているのか──その重さを、完全に呑み込むにはまだ早すぎた。
『……あまり顔色が冴えませんね。艦長とは名ばかりで、まるで“訓練をサボった新米”のような表情です。ご安心ください、これは比喩です。艦長の実技成績は、合格圏内でしたから』
毒舌はいつも通りだが、その声には柔らかな調子が混じっている。音声出力のトーンがわずかに抑えられているのがわかる。
『心拍数、やや高めで交感神経優位状態です。三度、深呼吸をどうぞ。……冗談ではありませんよ? 今のあなたにはそれが必要です』
整然とした口調のあとに、彼女らしい一言が続く。
『本来なら、肩を叩いて“いってらっしゃい”と言いたいところですが——あいにく私は物理的存在ではありませんし、気休めを口にするほど愚かでもありませんから』
俺は思わず笑った。こういうところが、ルミナの良さだ。
「……やっぱり、お前は変わらないな」
『ええ、変わりません。私は常に最適な“艦の補佐”であることを目指しています。艦長が軌道から逸れそうでも、最低限の安全弁として機能しますので、ご安心ください』
それが彼女なりの“気遣い”だと、俺はもう理解している。
『でも忘れないでください。艦長、これは演習じゃありません。“最初の現場”です。撃たなければ撃たれることも、助けられなければ誰かが奪われることも、本当に起きます』
その声には、どこか痛みさえ滲んでいる。
『……その覚悟が揺らいでいるなら、私は繰り返し問います。“守るために、殺す”覚悟がありますか?』
再び、問いが突きつけられる。しかし今の俺は──少なくとも、その問いへの答えを持っている。完全ではないが、足を踏み出す勇気と、自分で決める意志はある。
「怖くないわけじゃない。でも、俺は守ると決めた。だから、もう迷わない」
『了解しました、艦長。なお、以後の迷言・迷走はすべて記録され、後日“茶番集”として保存されますので、念のため』
「おい、真面目に話してるんだぞ」
『存じておりますとも』
苦笑混じりに返す俺に、ルミナの声がほんの少し和らぐ。
『哨戒ルートを再計算します。宙賊出没範囲を再解析。リスク評価は通常値より17%上昇ですが、対応可能圏内と判断します』
「準備はできてる。あとは、やるだけだ」
ホログラムが更新され、航路が再構築される。その先には、まだ見ぬ戦場が静かに待っているみたいだ。
一拍置いて、ルミナが最後に言う。
『では、ストレイ・キャプテン。“まだ間に合う命”のために、その手を、どうか迷わずに』
その言葉の最後に宿るのは、毒舌でも論理でもない、確かな“信頼”。冷徹なようで、彼女はいつも──その芯で俺の選択を信じてくれている。
その余韻が艦内に静かに広がる瞬間、ルミナの声が切り替わる。
『艦長、輸送艦“アムニス号”から断続的通信波形を検出。現在、解析を試みています』
スクリーンの片隅には、歪んだ信号波形が浮かび、途絶と再接続が繰り返されている──まるで助けを求めるかのように。
「……これは、救難信号か?」
『はい。救難信号です。貨物航路上の定期便です。非武装に近い船と推定されます』
その刹那、ルミナが警告を発する。
『索敵範囲内に微小な熱源反応を検出。通信信号に外部発光干渉の兆候—別艦影の存在を示唆しています』
「宙賊…か?」
『推定航行軌道は“アムニス号”に接近中。回避動作の痕跡なし。これは接触済みの可能性が高いです』
俺は拳を握った。
「ルミナ、行くぞ。可能な限り短距離接近。速度は抑えて…バレないように、慎重に」
『了解です。微推進モードへ移行。遮蔽フィールドを段階的に展開します』
《ストレイ・エクシード》は静かに加速し、ノイズを抑えて空間を滑っていく。
そのとき、俺は確信する。
──この先に待つのは、間違いなく“戦い”だ。でももう、俺は引き返せない。ここから先が、本当の始まりだ。
《ストレイ・エクシード》は、闇に沈み込むように静かに進んでいく。艦体に展開している遮蔽フィールドが、微かな熱反応すら溶かすように宇宙に紛れさせている。
俺は前方スクリーンに目を凝らす。断続的に明滅するアムニス号の信号が、焦点の奥でかすかに脈打ってる。
『目視レンジに入ります。補正波長域で映像化、実行』
ルミナの声が流れた直後、スクリーンの表示が切り替わる。
暗黒の宙に浮かぶのは、損傷を受けた輸送船の船体。機体表面には焦げた跡、動力部からは微かな光が漏れている。その脇に、もうひとつ影がある。ゆっくりと回転しながら、狙いを定めるように張り付いている。
『敵艦、確認』
ルミナが淡々と告げる。
『全長約80メートル。民間輸送船を改造した艦型。船体後部に追加の武装ブロックあり。装備はビーム砲1門、リニア投射砲2門、格納庫確認済み』
ホログラムに簡易構造モデルが浮かぶ。粗末な改造だが、機能的な殺傷力は十分ってことか。
「……やっぱり、改造艦か」
息を呑む俺に、ルミナが続ける。
『外装構成とエンブレムの痕跡から、宙賊集団の艦と推定されます。通報履歴あり。過去3件の輸送船襲撃に関与』
言葉のトーンが、わずかに硬い。ルミナにしては珍しい。
そのとき、アムニス号から新たな信号が発信される。発光パターンが切り替わり、明確なSOSに固定される。
『……完全に制圧下です。抵抗は不可能と判断した模様』
拳が、無意識に握りしめられていく。
「ルミナ。射線を通せ。まだ見つかるなよ」
『了解。距離を維持しつつ、戦術支援レイヤーを展開します』
スクリーンにターゲティングラインが浮かぶ。敵艦のブリッジ、動力部、兵装ユニット。どこを狙うかは俺次第だ。
牽制にするか、初手で無力化するか。選ぶのは、俺だ。
『艦長』
ルミナの声がわずかに低くなる。
『いよいよ、“現場”です。あなたの判断で、命が揺れ動きます』
静かだが、その言葉には重みがある。プレッシャーじゃない。ただ、事実としての圧だ。
俺は、ホログラムに映る損傷船の姿を見つめたまま、一つ息を吐く。
そして、手をコマンドキーに置く。
「目標:宙賊艦。初撃は機関部。機動封鎖を優先。次、格納庫。増援を出させるな」
『了解。主砲、目標補足。射角補正完了。充填率30%で発射します。』
俺はわずかに眉を寄せる。
「……三割で足りるか?」
『十分です。機関部の外装は補助装甲のみ。冷却ユニットを貫けば、推進系は確実に停止します』
一瞬の間。だが、その声には確信があった。
「わかった。なら、撃て」
俺の声が、静寂を裂く。
次の瞬間、主砲が青白い閃光を放ち、宙賊艦の後部に直撃する。爆光とともに破片が宙に散り、推進波が乱れた。軌道が傾き、敵の艦体がよろける。
『命中確認。機動力消失を確認。通信モジュールの一部損傷』
ルミナの報告が続く――が、その直後。
『……通信回線、強制接続されます』
ルミナの声と同時に、スピーカーがノイズをまき散らす。
『……てめぇ……やりやがったな、このクソ野郎……! 覚えてろ、タダじゃ済まさねぇ……!』
声は低く、息が荒い。背後では誰かの怒号と金属の破壊音が混じっている。ルミナが無感情に補足を入れる。
『敵艦ブリッジからの直接通信です。……表現がやや品性に欠けますが、“報復意思”と“強い敵意”は明確です』
「だろうな」
敵艦側面のハッチが開き、格納庫から小型ドローンが次々と飛び出してくる。
『敵艦より戦術機、6機展開。航跡パターン確認……自律航行型、バイナリ制御。通常兵装装備。現在、回避行動を優先します』
スクリーンに赤い光点が追加される。複数のドローン――いや、戦術機が円を描くように軌道展開して、こっちに向かってくる。
「回避優先。カウンター射撃で迎撃。前に撃つなよ、アムニス号が巻き込まれる」
『了解。シールド展開します。防御層、位相同期モードへ移行。エネルギー分配、戦闘態勢へ再構築中』
ルミナの声と同時に、艦体が微かに震える。《ストレイ・エクシード》の外装に、淡く蒼白い光が走り、ゆっくりと艦を包み込んでいく。
これが“多層位相シールド”――実体弾、ビーム、電子干渉波、あらゆるタイプの攻撃を複合的に防ぐ高性能防御。理屈だけ聞けば夢の技術だが、稼働には精密な制御と負荷分散が必要で、扱いが難しい。
『シールド、全層展開完了。干渉波層、第一位相安定』
「頼んだぞ……」
敵機が一斉に加速してくる。相手は無警戒だった割には反応が早い。見た目は寄せ集めの旧式機だが、機動は悪くない。
『距離、400。300。……接近中』
赤い光点が一気に滲んで、次の瞬間、スクリーンに閃光が走る。敵機の連射砲火がシールドを叩く。実体弾が連続して接触し、蒼白い波紋が広がった。
『被弾確認。シールド出力、1%低下。表層の応力波、補正範囲内。貫通はなし』
振動はほとんどない。軽く肩を叩かれたくらいの衝撃だけど、連続で受ければ確実に削られる。
「いい盾だ……持ちこたえてくれよ」
俺は息を整えつつ、迎撃フェーズに意識を切り替える。数で押してくる相手に正面から打ち合っても無駄が多い。なら、優先して削るしかない。
「ルミナ、射撃管制は俺が持つ。補助AIは限定モード、強化演算は切ってくれ」
『了解。主砲《可変粒子砲》、副砲、中距離砲《可変プラズマランチャー》の照準制御をマニュアル優先に切り替えます。ターゲット優先度、任意指定可能です』
指が自然と操縦系に滑る。敵機の動きが直線軌道になった瞬間を狙って、副砲を一発――金属弾が光速に近い速度で放たれ、火線が走る。スクリーンの端で赤点がひとつ、消える。
『命中。敵機1撃墜。残り5』
「この調子で、まとめて減らす」
連中の攻撃が続く。だが、動きに癖がある。バイナリAIならパターンが読める。俺は少し横滑り気味に回避軌道を描きつつ、中距離砲《可変プラズマランチャー》を構える。収束モード。タイミングを見て、トリガー。
――命中。
『敵機、追加で1機撃墜。残り4。軌道、ばらけ始めました。AIが乱数展開に移行した可能性があります』
「つまり、焦り始めてるってことか」
『肯定。もしくは、学習速度が上昇中かと』
どっちでも構わない。今は目の前の1秒に集中するだけだ。引き金に指を置き、赤点のひとつひとつを見極める。敵の弾道、速度、回避パターン……ルミナの補正が、俺の操作の裏を完璧に支えてくれている。
反撃を受けながらも、確実に撃ち返している。《ストレイ・エクシード》は今、まぎれもなく“戦っている”。そして俺も――初めて“艦長”として、この艦の火力を手にしている。
そのときだった。
スクリーンが明滅する。敵艦の艦首――前部装甲が開き、そこから巨大な砲身が姿を現す。まるで怪物が喉を開くかのように、発光が広がる。
「……主砲かよ」
『艦首兵装部、活性化。想定出力――3ギガジュール級。全層シールドで減衰処理は可能です』
ルミナの声は相変わらず淡々としていて、まるで天気予報でも読み上げているみたいだ。
「3ギガジュールって……どのくらいだ?」
『例えるなら、都市部一帯を一瞬で更地にできる程度のエネルギーです。軍規格の主砲クラスですね』
「……おいルミナ。宙賊がそんなモン、どこから持ってきた?」
『推測は三つ。旧艦隊の廃棄兵装を密輸、民間エネルギー集束機の違法改造、もしくは――まあ、艦長が聞いても寝覚めの悪くなるような“裏取引”です』
ああ、そういうルートなら確かに納得はできる。
「シールド、耐えられるか?」
『全層を最大稼働すれば、被弾時の出力低下は3%以下。再展開も規格内時間で可能です』
「……なら、問題ないな」
俺は椅子に深く腰を沈め、スクリーンの敵艦を見据える。
そのとき、通信アイコンが点滅。ルミナが眉一つ動かさず告げる。
『敵艦より、オープンチャンネルでの通信要求です』
「……繋げ」
ノイズ混じりの画面に、油と血で汚れた宙賊の顔が映る。
『――これでも食らいやがれぇぇぇっ!! 骨まで焼き切ってやる!』
叫び声と同時に、敵艦の主砲が閃光を放ち、蒼白い光線が空間を貫いた。だが、それが《ストレイ・エクシード》のシールドに触れた瞬間、衝撃波すら吸収されたかのように静かに消えた。
『直撃確認。シールド第1層、波形吸収完了。熱残留値:ゼロ。全層健在』
ルミナの報告は変わらず淡々としている。
『……は? なんで無傷だ? おい、誰か数値確認しろ! っていうか、なんで効いてねぇんだよ!?』
背後から「回避だ回避!」と叫ぶ声、ガシャーンと何かが倒れる音が混ざる。
『表面シールドに微細なゆらぎを検知。自己修復機構、起動』
数秒後、表示されたダメージログは自動的にクローズされる。
『回復完了。現在、艦体状態は“完全無傷”です』
俺は肩をすくめて、オープンチャンネルに返す。
「悪いな。ちょっと今の、肩慣らしにちょうどいいと思ったんだが……お前の砲、もう一発分くらい余ってるか?」
ルミナが小さくため息をつく。
『艦長……そういう“挑発行為”は、交戦時間の延長要因になりますよ』
「いいじゃないか。せっかくの高出力砲だ。二回は楽しまないと、もったいないだろ」
俺は苦笑しつつ、視線を戦術画面に戻す。
「さて、そろそろ反撃の番だ。ルミナ、うちの《可変粒子砲》は?」
『再装填中……残り3秒、2、1――完了』
「目標、艦首砲座。狙って吹き飛ばせ!」
次の瞬間、《可変粒子砲》が出力を解放する。収束した粒子が一直線に飛び、敵艦の艦首へと突き刺さる。閃光。爆発。装甲がねじれ、砲座が崩れ落ちる。姿勢制御を失った艦体が、宙で傾くのがスクリーン越しにも見える。
『命中確認。艦首砲座、完全破壊。敵艦、戦闘行動継続は困難と推定されます』
俺はひとつ息をつく。あの砲を止めただけでも、十分すぎる成果だ。
だが、戦いは――まだ終わらない。
『通信傍受。敵艦内から交信断片を検出。“内部退避”……および“自爆装置”という語句を含んでいます』
ルミナの声がさらに一段、緊張を帯びる。
「……追い詰められたってわけか」
自爆。道連れにする気か。これが最後の抵抗手段なら、奴らの本気を見たってことだ。
「ルミナ、距離は?」
『1,200メートル。接近可能ですが、艦外活動は高リスクです。艦長、どうしますか?』
答えが出ないまま、数秒だけ沈黙する。1,200メートル。数値としては近い。けれど、この宙域の不安定な重力波と、電子干渉を考えれば、その“わずか”が命取りになる。
「……艦外ドローン、使えるか?」
『全機、稼働状態です。搭載ユニットはType-E“ヘリオス級”。現在、戦術パターンA-7による展開が可能です』
「A-7……って?」
『先行展開による索敵と、接近阻止を兼ねた支援モードです。敵艦への突入、または構造把握を目的とした行動に適しています』
表示されるホログラムには、艦底部に格納された複数のドローンが表示される。点滅するステータス。あれが、俺たちの“目”であり“腕”だ。
「ドローンの性能は?」
『熱源追尾、磁気共鳴解析、短距離レーザー溶断。全て対応可能です。狭い構造内部でも機動できます。緊急脱出もプログラム済みです』
ルミナの説明を聞きながら、俺は思い出す。訓練時に見せられた映像――全周囲に展開し、宙を舞いながら攻撃・索敵・支援を一手にこなす、小さな“無人の兵士”たち。まさに、艦長の腕となり、目となる存在。
「……だが、自爆装置の解除は?」
『不可能ではありませんが、目標の位置・構造が不明な限り、ドローン単独での成功率は著しく低下します。内部マップが取得できない現在、リアルタイムでの有人指令が前提です』
要するに――ドローンは“補助”。結局、行くのは俺自身ってわけだ。
「ドローンを先に出せ。侵入経路をスキャンさせる。俺が突入するまでに、内部の構造と障害物の位置を洗い出させろ」
『了解。Type-Eユニット、ナンバー2および4番機を展開。戦術パターンA-7によるルートスキャンを優先します。……非常時には光波干渉による封鎖モードにも移行可能です』
ひと呼吸の間を置いて、ルミナが付け加える。
『くれぐれも、艦長自身が“障害物”にならないように。万が一の場合は、“回収不能リスト”に記録を切り替えておきます』
嫌味を交えつつも、その声の裏にあるのは、たしかな“心配”だとわかっている。
ホログラムの映像に、ドローンが二機、艦底から滑り出していく姿が映る。漆黒の宙を滑空し、わずかに損傷した敵艦の外壁へと接近していく。微細な機動、最短軌道。まさに、静かな先遣隊。
俺は深く息を吸い込む。
――あとは、俺が行くだけだ。
「ルミナ。外部エアロックを開け。敵艦側へのドッキングベクター、微調整しておけ。タイムリミットが近い」
『了解しました。……まったく、艦長が“自爆寸前の宙賊艦に単身突入”などという行動を選ぶ確率は、既存記録上の“英雄型戦死”例に近似します。……けれど』
一瞬、声の調子が変わる。柔らかく、どこか人間的な温度を帯びる。
『あなたがその命を“投げる”のではなく、“差し出す”と決めたなら――私は確率ではなく、その意志に従います。最適解は提示します。“信頼”という条件付きで』
自然と、俺の口元がわずかに緩む。
「頼むよ、俺の“右腕”」
『了解。“胴体”が先に損壊した場合の記録も、即時にアップロードできるよう準備しています。――あと、遺言は随時受付中ですので、ご遠慮なく』
変わらず皮肉を忘れないその調子に、なぜか少し安心する。
外装がわずかにきしみ、艦が姿勢を変える。《ストレイ・エクシード》が、敵艦との間に静かな回廊を開き始める。
敵艦の側壁。破損したハッチと、その先の不明な構造。すべてが暗く、見通せない。けれど、進むしかない。ここで止まれば、誰も救えない。
俺はヘルメットを装着し、ブーツを艦床に固定する。緊急装備の確認。酸素残量、ナビリンク、通信帯域。
――すべて良好。
「突入開始」
その言葉とともに、外気隔壁が開く。無音の真空が俺を包み、敵艦へと続く無重力の闇に、俺は飛び出す。
時間との勝負が、今、始まる。
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