第16話 最初の任務
ラゲルド・コロニー中央区――かつて交易の中心だったこの街は、今や傭兵と自由市民が入り混じる混沌の地だ。その片隅に、《フリーランクス》の支部が構えている。重厚な金属フレームに無骨な壁面。飾り気のないその建物は、むしろこの場所のリアルを象徴している。俺は入口で一度息を吐く。
『準備は? 心構えと腹筋、どちらも』
ルミナの声が端末から飛んできた。
「腹筋は知らんが、心構えは……まあ、するさ」
短く返して、ドアを押し開ける。
中は騒がしい。機材を抱えた男が怒鳴りながら通り過ぎ、通路の端では喧嘩とも雑談ともつかぬ押し問答。奥の壁では誰かが銃の手入れをしつつ笑っている。
「…騒がしいな」
『“活気がある”と、言い換えることも可能です』
ルミナが少し涼しい調子で返す。
不思議と、その混沌に俺は落ち着きを感じる。血の匂いとオイル、気怠さが混ざった空気。戦いが日常の連中が集う場所だ。
その中、カウンターの前でひときわ目を引く存在が俺を迎えてくれる。
「やあ、ストレイ・キャプテン。また来たのね」
女は俺を見るなり、口角をゆっくりと上げて、にやりと笑った。あの目――何かを見透かすような視線に背筋が自然と伸びる。
まず目に入ったのは、アシンメトリーに切りそろえられた銀髪だった。左は顎のライン、右は肩にかかるほど。ストレートで張りのある髪が、光の角度によってわずかに青みを帯びて見える。無造作に見えて、整いすぎている。計算されたバランス――それが余計に目を引く。
そして瞳。濃い灰色、いや銀と蒼の中間のような色味で、冷たさと熱を同時に秘めている。見つめ返すだけで、心の中を読まれてる気がする。
肌は驚くほど白い。陶器みたいな、というより、冷たい月の光をまとったような白さだ。でも不健康ではない。むしろ、鍛え抜かれた体つきがその白さを引き立てている。
鋭く整った輪郭、無駄のない体躯。だが何より目を奪われるのは――豊かな胸元。タイトなインナーと、肩を落とし気味に羽織ったジャケットの組み合わせが、まるで狙いすましたようにシルエットを強調している。あれで“無意識”だったら、宇宙の物理法則を疑うレベルだ。
……目のやり場に困るとは、まさにこのことだ。
腰は引き締まり、脚線はしなやかで、ブーツの上に覗く太腿のラインすら隙がない。身体全体から“戦う者”としての説得力がにじみ出ている――のに、それと同時に、どうしようもなく色っぽい。
昨日は緊張で気づけなかったが、今日はよくわかる。
この人、色っぽすぎる。
「……あの、名前を聞いても?」
「レーネよ。レーネ・カルティア。元はこっちの人間――傭兵。コードネームは“ホワイト・ウルフ”。知ってる?」
「知らな――」
その瞬間、ルミナが端末越しに突っつくように言う。
『艦長、凝視が長いです。倫理ログに記録してよろしいですか?』
一瞬冷えた空気。俺は慌てて顔を背ける。
「いや、別に…観察だ、観察」
『なるほど。では観察ログとして分類――備考:“視線が3秒以上固定”。感情タグ:“若干の動揺”を検出しました』
「やめろやめろやめろやめろ」素直に怯える俺を尻目に、レーネは面白そうにくすりと笑った。
「ふふ、初々しいわね、ストレイ・キャプテン。そういうところ、嫌いじゃない」
肩越しに視線を流しつつ、艶っぽくもどこか達観した口調で続ける。
「まぁ、今の新入りじゃ知らないのも当然か。ちょっと前に現役を引いたから。今はこうして、椅子に座って“これから戦うやつ”を見送ってるのよ」
そこに、PLD越しのルミナの声が割り込むように入る。
『調べました。確かに登録記録あり。遠距離戦の専門家、単独潜入任務70件、帰還率100%。異名は伊達ではないようです』
「……で、今日はどうしたの? まさか冷やかしじゃないでしょ?」
レーネが肘をつきながら俺を見上げ、ゆるく笑う。その笑みが、どこか試すようで――少しだけ肩に力が入る。
「任務を受けたい。初めてだ」
「あら、そう。なら、ここの端末にアクセスして。いま出てる依頼一覧が見られるわ」
レーネが卓上の端末をひとつ操作すると、目の前にホログラムが展開される。依頼リストが色分けされて並び、難易度ごとにカテゴリーが分けられてる。
青――低難度。通信修復、民間輸送の護衛、現地調査。
黄――中難度。宙賊の掃討、密輸阻止、局地的な監視任務。
赤――高難度。戦域奪還、外縁宙域での敵性存在掃討、制御不能施設の再占拠。
「ここに出てるのは、仮登録の傭兵でも受けられる内容よ。もちろん、腕次第で上も狙えるけどね」
彼女の指が、一覧のひとつをなぞる。
「これなんか、ちょうどいいと思う。“デルフィナ宙域 第6中継ルート”。最近宙賊がちょっかい出してるらしくて、定期航路の哨戒依頼が出てるわ。タイミングが悪いと、そのまま小規模な戦闘になるかもしれないけど」
端末越しに、ルミナの声が滑り込んでくる。
『倫理観が迷子の人間相手……ですね。AIとしては扱いにくいカテゴリーです。ご武運を』
レーネがくすっと笑う。
「あら、この子、口が悪いのね。嫌いじゃないわ、そういうの」
『ありがとうございます。誠意を込めて皮肉をお届けしておりますので』
「いいじゃない。うちの若い連中、そういう切れ味ちょっと足りてなかったから」
レーネがウィンクしながら端末越しに手を振る。
「……あまり馴れ合わないでくれ。主に俺の精神衛生のために」
俺のぼやきは、完全に無視された。レーネは楽しげにルミナと雑談を続け、ルミナも端末越しにしれっと対応している。
「今後の付き合いが楽しみね、ルミナ」
『こちらもです。艦長より知的な会話ができそうで期待しています』
「いや、俺のメンタルの保守はどこ行った」
完全に会話から置いて行かれてる俺は、苦笑しつつ依頼リストへ目を戻す。宙賊――人間が相手の実戦。こちらが撃てば、向こうも撃ってくる。というか、たぶん先に撃ってくるのはあいつらだ。
「……これは、殺す必要があるか?」
静かに問いかけると、レーネの目がわずかに細くなる。その目つきが一変する。
「やらなきゃ、やられるわよ。民間便を襲うような連中が、命乞いするなんて稀。こっちが一瞬でもためらえば――向こうは迷わず引き金を引く」
沈黙が落ちる。だが、彼女の言葉は冷たいだけじゃない。
「怖いのは当たり前。でも、現実はもっと怖い。あんたが撃たなきゃ、他の誰かが死ぬ。それでも――やるかどうかは、自分で決めることよ」
レーネはそう言って、端末を操作し、任務データを仮登録リストに追加した。
「よければ、この依頼を“候補”として保留しておくわ。帰って、ちゃんと考えて」
「……ありがとう」
「お礼はまだ早いわよ。生きて戻ってきたら――その時は、奢ってもらうから」
背を向けたままそう言う彼女の声は、静かだけどどこかあたたかい。
そして俺は、じっとホログラムに浮かぶ依頼リストを見つめる。
これは、たぶん最初の分岐だ。俺が、これからどんな戦いを選び、どう生きていくか――その入口。
《ストレイ・エクシード》に戻ると、艦は何も言わずに、いつも通りの沈黙で出迎えてくる。補修は完了済み。ログには「稼働可能」の四文字が淡々と刻まれていて、艦内には微かな機械音と、空気循環の低い唸りだけが流れている。それなのに、この静けさがやけに重く感じるのは――間違いなく、俺のせいだ。
医療ユニットの前を通る。ユイのカプセルに目を向けるが、相変わらず彼女は眠ったままだ。何も言えず、そのまま艦橋へ向かって歩を進める。
操縦席に腰を下ろす。でも、端末には触れない。スクリーンすら見ずに、ただ手のひらを見つめている。
――この手で、人を殺すことになるかもしれない。
「正義」とか「守るため」とか、そういう都合のいい言葉をいくら重ねても、どこか空々しい。でも、依頼を受けたら、こっちは躊躇いなく引き金を引ける覚悟が必要だ。
そのとき、艦内にルミナの声が響く。いつもより、ほんの少し静かで柔らかいトーンだ。
『……艦長。さっきの《フリーランクス》でのやりとり、録音済みです。音声ファイル名は“葛藤モードVer1.3”にしておきました』
「おい」
『冗談です。……ほんの少しだけ』
そのあと、ルミナの声が変わる。真面目なモードだ。
『命令ではありません。ただ、質問です』
一拍置いて、静かに問いかけてくる。
『――あなたは、“守るために、殺す”覚悟がありますか?』
一瞬、艦内の空気が止まったような気がする。
『それは、戦う者が避けて通れない問いです。自分を守るため、他人を守るため、信念のため。理由はそれぞれでも、“引き金を引く”という行為には、常に意味が伴います』
俺は黙って、その言葉を受け止めるしかない。
『艦長。あなたは訓練を経て、“戦える”ようにはなった。でも、“戦う理由”は、誰も教えてくれません。それは、自分で決めるしかないんです』
言葉が喉につかえる。
――でも。
目を閉じると、あの時のユイの顔が浮かぶ。息をしていた、生きていた。あれは確かに、誰かの命を“守った”手応えだった。
「……怖い。殺すことが正しいなんて思いたくない。でも、守れなかったって思うのは、それ以上に嫌だ」
ルミナは何も言わず、ただ待ってくれている。
「覚悟は、まだできてない。でも、それでもやらなきゃいけないことがある」
ゆっくりと端末に手を伸ばす。《フリーランクス》支部のネットワークに接続。受付端末を指定すると、ホログラムが立ち上がる。そこに、レーネの顔が現れる。
『……やっぱり来たわね。“ストレイ・キャプテン”』
俺は短く答える。
「依頼、受ける」
レーネが片眉を上げて、薄く笑う。
『そう。それなら――ようこそ、“現場”へ』
すぐに、ルミナの声が端末越しに続く。
『依頼ログ、受理確認。装備状況、艦体稼働率、兵装充足率……すべて戦闘可能圏内。初任務開始の条件、整いました』
そして、静かに――だがはっきりと、こう言う。
『さあ――“ストレイ・キャプテン”。次は、あなたが誰かの命綱になる番です』
《ストレイ・エクシード》艦内、オペレーションルームに足を踏み入れると、照明はいつも通り低く抑えられている。コンソールの光だけが、周囲をぼんやりと照らしているだけだ。
中央の戦術卓には、さっきレーネから送られてきた任務ファイルが展開されている。ホログラムに浮かぶのは、複雑に交差する航路図と、ところどころ赤く点滅する警告マーカーだ。
『任務宙域:デルフィナ宙域第6中継ルート。外縁部の流通網に接続する貨物航路のひとつであり、複数の補給ステーションおよびコロニー支線との交点です』
ルミナの声が静かに流れる。いつも通りの冷静な調子だが、どこか硬さが混じっている気がする。
『この宙域は、元々ラゲルド・コロニーからの補給ラインが複数交差している。“物流の交差点”とも呼ばれていた地域です。医薬品、エネルギーパック、生活物資などの搬送が頻繁に行われていますが、最近になって通信障害と艦籍不明船の接近記録が連続して発生し、支部が警戒レベルを引き上げました』
航路図に目を落とす。白いラインが交差する中に、赤い点滅が散在している。警告コード。小型艦の航跡に沿って、通信途絶の痕跡が浮かんでいる。
「……その補給便、誰が乗ってる?」
『主に中継医療船と生活物資輸送艦。どちらも非武装、もしくは最低限の防衛装備です。搭乗員の半数以上は医療技師と民間技術者。“狙いやすい目標”です』
思わず眉間に力が入るのがわかる。俺の表情をルミナが察してるのかどうかは、わからない。
「それを襲ってるのが、宙賊か」
『はい。使用艦艇は旧式の民間改造艦。それを武装強化し、奇襲と制圧を繰り返しています。正規軍の巡回ルートを避け、航行の死角を狙う形で行動しているようです』
ホログラムには、想定交戦区域の立体マップが淡く表示されている。その中に、空間構造の不安定な領域が強調されている。
『このルートは現在、空間構造が不安定です。微細な重力歪み、時空座標の偏差が平常空間を逸脱しており、航行装置の補正が必要です。過去の衛星爆散事故や旧戦時のジャンプ実験によって、“空間皮膜”に損傷が生じたと推定されます』
ルミナが拡大した表示には、ひび割れたガラスのような空間断層が淡く縁取られている。
『この影響により、重力波の干渉、通信ノイズ、ナビゲーション補正エラーが頻発します。つまり、“死角”が多く存在します』
「それを利用して、宙賊が潜んでる……センサーをかいくぐって、急襲してくるわけだ」
『その通りです。正規艦の警備は長時間の展開が難しく、この環境が宙賊にとって有利に働いています。過去数回の襲撃も、その隙を突かれた結果です』
ホログラムのマップを睨みつけるように見つめる。
「……面倒な場所だな。でも、行くしかないってことか」
『ええ。彼らが戦術的に優れているわけではありませんが、地の利を活かしてくる分、こちらの油断が致命的になります』
「ルミナ。うちの艦で対応できるか?」
『問題ありません。《ストレイ・エクシード》は誰が設計したか不明ながら、機動性・耐久性・索敵性能ともに高水準です。ただし――』
ルミナの声が一拍だけ間を置く。
『この任務は、“撃退”だけでは済まない可能性があります。もし、輸送船が襲われていた場合、防衛だけでは不十分です。敵艦の“排除”が必要です』
その言葉に、思わず視線が逸れる。無意識に、医療ユニットの方向に目をやってしまう。そこには、今も静かに眠り続けているユイがいる。
「……わかってる。自分の手で引き金を引かなきゃ、守れないときがある」
『はい。たとえ攻撃であっても、それが“守る”ための行為であるなら、意味はあるはずです』
俺はゆっくりと立ち上がる。深く息を吸い、吐く。数秒の沈黙の中に、確かな葛藤と、それでも選び取った意志がある。
航路図を見つめる。あの先に何が待っているのか、わかりはしない。でももう、選んだ。やるしかない。俺は、もう“背負う側”に立ってる。
「よし……準備はできてる。あとは、やるだけだ」
ルミナがほんの少し間を置いて、静かに応える。
『艦長。あなたがそう決めたのなら、私も全力で支援します。哨戒ルート、再計算を開始します』
ホログラムが更新され、再描画されたルートが目の前に広がる。その先にあるのは、まだ見ぬ戦場。けれど、もう俺は――その先に向かう覚悟ができている。
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