第15話 仮想空間の誓い
《ストレイ・エクシード》の修理は驚くほど順調に進んでいる。区画の再配置もすぐに完了し、補修アームが艦体を撫でるたびに、かすかな振動が床から足元に伝わってくる。
俺は医療ユニット近くで腰を下ろし、ユイのカプセルの前に座った。ふと思い立って手元のコンソールを操作すると、ドット絵のアーケードゲームが現れた。操作性は最悪、難易度は理不尽。でも、なぜかクセになる。
「ルミナに怒られるな……『演算資源の無駄です、艦長』って」
呟きながらスタートボタンを押す。案の定、開始3秒で撃沈。
「……気がついたら、この世界だった」
誰に言うでもなく零す。視線はカプセルの向こう、眠るユイへ向かっていた。
「最初はゲームのつもりだった。“SPACE FRONTIER”とかいう、ちょっとオタク心くすぐるやつ。キャラ作って名前入れて――“迷子の艦長”。今思えばそのまんまだな」
笑って肩をすくめる。ユイのまぶたがわずかに揺れたような……気のせいだろうけど。
「最初に会ったのはルミナだった。“ようこそ、おまぬけ艦長”って歓迎の言葉がそれだ。情緒ってもんがない」
すると、ぬるっとルミナの声が返ってきた。
『情緒より正確な評価が優先です。進化の兆しは未確認ですが』
「お前、たまには黙っててもいいんだぞ」
『ですが私が黙ったら、艦長はドット絵と会話し始めますよ』
ぐぅの音も出ない。俺は苦笑してカプセルの壁をそっと撫でる。
「でもさ……今こうしてるのも、全部なんかの意味がある気がする。俺と、お前と、彼女と……この艦と」
思い出す。無人の艦。空気だけが漂う静寂。最初に目覚めたのがルミナで、次が俺。そして三人目が――
「お前だった、ユイ。あのときカプセルを開けた時のこと……絶対忘れねえ。ボロボロだったけど、生きてた」
小さく息をつく。ユイの呼吸は変わらず深く静かだ。
ふと、言葉が途切れる。
「……でもな、助けられなかった奴もいるんだ」
眠るユイを見つめながら、声を少し落として呟いた。
「“デルタ”……正式名称は Δ‑ なんとかさん。記録の片隅に残ってるだけ。でも、あの感覚だけははっきり覚えてるんだ」
胸のあたりをそっと押さえる。
「何かを――いや、“誰か”を守れなかった。その手応えだけが、ずっと引っかかってる。胸ポケットに入った折れたスプーンみたいに」
『……艦長、それは処分してください。演算効率に影響します』
「たとえ話だっての」
コンソールを閉じて伸びをする。
「でまあ。そんな折れスプーン状態で、ここまで来たわけだ。“ラゲルド・コロニー”、アルシオン連合外縁にある場所だ。ルミナと一緒にこの艦で辿り着いて、傭兵登録も済ませた。経済活動も始めて……よし、動き出せてる」
艦内には、静かな補修のリズムが流れている。定期的な音が、どこか安心感をくれる。
「……生きるってのは、選択の連続らしい。俺は今、お前を“家族”だと思ってる。血の繋がりとか、過去とか、関係なしに。たとえ目が覚めたお前がそう思ってくれなかったとしても、俺は、そう“決めた”んだよ」
沈黙。それでも、ユイの呼吸だけは確かな存在感を持って続いている。かすかな胸の上下、その穏やかなリズムが、無骨な艦内に柔らかな余白をつくっていた。
俺はゆっくり立ち上がり、カプセル表面に軽く手を触れてから振り返る。
「またな。話の続きは今度にしよう。次は……お前の声も、聞かせてくれ」
ルミナが一呼吸置いて、端正な声で話し始める。
『それでは、実務的な準備に移行しましょう』
艦内の静けさの中で、彼女の声だけがすっと伸びていく。
『フリーランクスへの仮登録は完了しています。近いうちに、何らかの“初依頼”が提示されるはずです。報酬を得て艦を維持し、この先で“まっとうな生き方”を模索するには、今のうちに手を打っておくべきです』
俺はユイの眠るカプセルに軽く視線を送り、無言で頷く。
『まずは、あなたに付与されているスキル補正――“パイロット”、“武術”、“セキュリティ”の三系統について、模擬環境で適性テストを行いましょう』
「……つまり、模擬訓練ってことだな」
『そうです。ぶっつけ本番で現場に突っ込んで、“すいません慣れてなくて”などと謝罪会見する未来は見たくありませんから』
「……いや、そこまではしないつもりだけどさ」
『“つもり”で防げるなら、私はここまで苦労していません』
ぐさっとくる。でも、もう分かってる。これがルミナなりの“気遣い”なんだ。
「よし、行こうぜ。とことん付き合ってもらうからな、ルミナ」
『ええ、喜んで。艦長が無茶をして死なないためなら、いくらでも皮肉を添えて応援します』
俺は軽く苦笑して、医療区画をあとにする。ジャンプ中の訓練で何度か試した動きは、少しずつ体に馴染んできてる。でもまだ、“感覚”の域を出ない。
パーセプトボードに触れると、ホログラムが起動し、ルミナの声が頭上から落ちてくる。
『初期訓練ログを解析しました。パイロット適性は基準値+12%、格闘補正は標準。セキュリティ侵入能力は環境依存ですが、現状では実用圏内。……まあ、“人間にしてはマシ”というレベルです』
「褒めてるのか、貶してるのか……」
『どちらも正しい場合もあります。艦長の“操作精度のばらつき”は、実に人間らしいですから』
「つまり、下手ってことだな」
『私が言うと、多少は角が立つでしょうが……はい、下手です。ただ、下手なりに努力の形跡は見られます』
「おいおい、もう少しこう……希望が湧く言い方はないのか?」
『“あなたにしては上出来”――これ以上の褒め言葉は、今のところ見当たりませんね』
俺が肩を落としてると、ルミナはもう話を先に進めている。
『そこで――想定される初依頼に備えて、シミュレーションベースの戦術ミーティングを開始しましょう。幸運にも、あなたには実地で恥をかく前に“反省できる機会”がありますから』
提示されたのは、仮想依頼の一覧だ。
・コロニー内における物資輸送の護衛任務
・局地的な停戦協定下での密航者制圧
・惑星軌道上に漂流する民間船の捜索および回収
・不明波形の発信源調査(危険度:不明)
『これらは、フリーランクス所属者が最初に割り振られやすい“洗礼”です。艦長のスキル補正と最近の運のなさを踏まえると、どれも悪くない選択肢です』
その言い方が妙に現実的で、そしてじわりと刺さる。
「……これにしよう。“惑星軌道上に漂流する民間船の捜索および回収”。撃ち合いより、現場重視ってことで」
ルミナの返答は早い。
『了解。ではその依頼内容をベースに、戦術および運用シミュレーションを開始します。“失敗しても死なない環境”で学べる機会を、大切に』
俺は深く息をつき、端末に向き直る。
「……ああ。今のうちに、できる限り叩き込んでおこう」
『仮想空間を構築します。任務環境:惑星オルドニア第3衛星軌道上。捜索対象:救難信号発信中の民間船 ‘メリア号’』
パーセプトボードが起動し、視界が淡く転じていく。数秒の揺らぎの後、俺はいきなり真空宇宙の中、艦橋に立っている。前方スクリーンに、星影を背景に漂う船が光を発しながら浮かんでいる。
『通信不能。生命反応は微弱ながら検出。電源系統は壊滅、機関部損傷、コールドスリープポッドのみ自動稼働中』
「……回収対象、生存の可能性があるんだな?」
『はい。ただし、あなたの操縦に少しでも雑さがあると、宇宙葬が二人分になります。慎重にどうぞ』
「そのプレッシャーのかけ方、やめてくれ……」
深呼吸して、スラスターを慎重に操作する。《ストレイ・エクシード》を静かに接近させる。計器が淡く反応する。
「相対速度マイナス2.1メートル。距離、120メートル。ここから本番だ」
周囲のデブリがホログラムパネル上で赤くマーキングされる。
『最短経路はデブリ密集地帯。回避推奨――突っ込むなら止めませんが、私のログには“自爆願望”のフラグはありません』
「はいはい、迂回で行く」
ほんのわずかな操作で、衝突リスクを避けつつ、理想的な軌道を描く。艦橋に張り詰めた空気がじわりと立ち込める。
『ドッキング射程まであと30メートル……20、10……』
『固定アーム展開、ロックシーケンス開始。振動を最小限に抑えます……艦長が無駄に動かなければ、ですが』
「耳が痛いことばっか言うなよ……」
マニピュレータが対象艦を静かに引き寄せ、艦同士がゆっくり接続される。
『ドッキング成功。生命反応、安定中。コールドスリープ解除可能です』
「まずは安全確認だ。頼む」
数秒後、ルミナの冷静な声がモニターから流れる。
『対象の意識レベル:低下中。回復の見込みあり。生存者確保……成功です』
俺は息を吐いた。
「……救えたな」
『はい。訓練環境とはいえ、艦長にしては上出来です。評価:戦術判断=良好、制御精度=A、保全意識=B。総合評価――合格圏内。つまり、“最低限の期待には応えた”というレベルです』
「……それ、本当に褒めてるのか?」
『限界まで優しく言っています。これ以上の評価を得たいなら、私のOSを書き換えてください』
笑いをこらえながら、俺はホログラムがフェードアウトしていくのを見つめた。
視界が戻ると、艦橋の照明が落ちるかのように、現実の艦内に戻る。俺は軽く立ち上がり、パーセプトボードを見下ろす。
「……次は、もっとマシにやるさ」
訓練は容赦なく続く。惑星軌道上の回収任務を終えて、数秒の余韻もないうちにルミナの冷静な声が響く。
『お疲れ様です。では次、白兵戦闘モジュールを起動します。今回の目標は“複数戦術パターンへの適応”と“連携動作の精度検証”。艦長の体力が保つならですが』
皮肉めいた励ましに、苦笑しながら俺は頷く。
「まだ動ける。やってくれ」
仮想視界が変化して、廃墟のコロニーの一角に移行する。コンテナや瓦礫、崩れた壁が散在し、軽装型、重装突撃型、隠密奇襲型など、多様な戦闘AIが次々現れる。まるで、生身の小戦場だ。
最初はスキル補正頼りだった動きも、回数を重ねるごとに自然な“手足”のように馴染んでいく。踏み込み、回避、打撃、間合い合わせ――思考と反射が少しずつ噛み合ってくる。
『戦術判断、上昇傾向。動作精度、改善中。補正との連動率、83%……まさかここまで来るとは。正直、私の予想を2.7回分ほど超えています』
「予想、低すぎだろ…!」
息つく暇もなく、敵AIが側面から襲いかかる。肘打ちで阻み、倒した敵の“撃破ログ”が表示される。疲労の中で、かすかな達成感が膨らむ。
『次、セキュリティ侵入訓練です……安心してください、今度は脳みそを使う番です』
視界が切り替わり、薄暗い研究施設の中にいる。レーザーの光線、パスコード式扉、監視ドローンがちらつく。緊張感が体を包む。
『制限時間180秒。目標はロック解除と情報端末へのアクセス。警報を鳴らせば、仮想とはいえ評価が厳しくなります。覚悟してください』
手元に現れた仮想ツール画面を操作して、システム構造を解析する。ルート探査、暗号解読、ドローン回避……集中力を高める緊張が額の汗につながる。
『侵入成功。全ログ取得完了。評価:妨害回避率92%、経路最適化成功……そして、“おまぬけ艦長”だった方がここまでやるとは、日々の毒舌指導の成果ですね』
「自画自賛すぎるぞ、ルミナ…」
三つの訓練を終え、俺は仮想制御室の角に腰を下ろす。身体は重く、呼吸も荒い。でも、その奥に確かな手応えがある。
「……これで少しは、戦えるようになったか?」
『はい。“まるで戦えなかった頃”と比べれば、大きな進歩です。少なくとも仮想では、“誰かを守る側”に立てる水準になりました』
ホログラムの隅にユイのカプセルがぼんやり映る。まだ目覚めないその存在が、確かに“ここ”にいる。
「……あの命を救った意味が、ちゃんと未来につながるように」
そう思いながら、俺は深く息を吐く。訓練の先に――確かに“現実”が見えている。
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