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第14話 傭兵

 恐怖の夜が明けて、今日は朝からマーケット・レーンにいる。


 ラゲルド・コロニー中層のど真ん中。ここの光景は、まるで都市の血管みたいだ。高架通路の左右にびっしり並んだ店舗群。上を見れば広告ホログラムがめまぐるしく切り替わり、警告表示と商品の宣伝が交互に押し寄せてくる。ドローンは自由自在に飛び交ってるし、下層から上がってきた排気が鼻を突く。金属と油とスパイスと、なんかよくわかんない酸っぱい匂いが混ざった“コロニーの匂い”。


 悪くない。少なくとも“生きてる”って感じはする。


『活気、という観点では一定の評価が可能です。ただし、“健全な安全”という文脈では、残念ながら落第です』


 PLDからルミナがささやく。丁寧だけど、毒っ気が抜けない。ま、それもいつものことだ。


 数分も歩けば、通路の端でさっそく殴り合いが始まる。言い争いじゃない。拳と肘と怒鳴り声と、骨の音が混ざった、本物の暴力だ。


 けど、誰も止めない。誰も見ようともしない。立ち止まらない。


 監視カメラだけが、何事もなかったみたいに旋回して、ゆっくり記録してる。無表情のまま。


『被害者の信用スコアは0.12。救急通報は送信しましたが……優先順位は、極めて低いです。あ、保険も加入なしと確認されました』


「……そりゃあ、見て見ぬふりにもなるわけだ」


 守ってもらえないなら、自分で守るしかない。それがこの街のルール。


 床に目をやると、赤黒い染みがこびりついてる。掃除用の小型ドローンが無言でそこをなぞり、吸い取っていく。まるで何事もなかったかのように。


『艦長、PLDに記録された現在の装備状況――“非武装”。この状態は、コロニー内において“奇異”と分類されます。最低でも、スタンロッドか衝撃ナイフ程度の装備を推奨します』


「わかってる。稼ぎが入ったら、すぐに装備をそろえる」


『“すぐに”……ですね。口約束ばかり増やすのは感心しませんが、自己防衛はあなたの“信用維持”にも直結します。仮登録者の生存率と武装保有率は明確に関連しています』




 人の流れが濃くなってくる。雑多な店が軒を連ね、合成フード屋台、部品屋、医療スタンド、再生装備のリサイクルショップ……どれもが“生きる手段”を売ってる。


 掲示板には、即日依頼の張り紙と、犠牲者への“事後報酬”の案内が隣り合ってる。正反対なのに、どっちも現実だ。


 ワゴンの前では、小さな子どもを連れた女が中古の義手を吟味してる。古くて、傷だらけ。でも、その目は本気だった。


 “こうして生きてる”。それだけで、言い訳はいらない。


 ふと、目の端に小さな華やかさが映る。ドローン屋の前で試験機がちっちゃなお菓子をばらまき、子どもたちが歓声を上げてる。酒屋の前じゃ、簡易スピーカーから音楽が流れてて、陽気な酔っ払いが踊ってる。


 ただし、どこかに“警戒”が混ざってるのが、はっきりわかる。誰も油断しない。楽しくても、常に一歩引いてる。生きるためには、必要な感覚なんだろう。


「……案外、みんな“ちゃんと”生きてるよな」


『“生存”と“生活”の微妙な共存関係。それがこの街の姿です。どんな形でも、“ここにいていい”と思わせるだけの仕組みが、ここにはあるんですよ』


 マーケット・レーンの端。人工空のすぐ下に、その建物はある。


 “自由傭兵統括機構フリーランクス・ラゲルド支部”


 ホログラムで浮かんだその名は、無機質な壁面に控えめに表示されてる。建物そのものは黒金属のフレーム剥き出し、装飾は皆無。堅牢で無駄がなく、見るからに“戦闘のための場所”。


 出入りする連中も、それにふさわしい。余計なものは一切身に着けず、動きは鋭く、腰の装備も自然な重みを持っている。誰もが、“すぐに撃てる”状態で歩いてる。今の俺とは、真逆だ。


 中に入ると、思ったより騒がしい。


 誰かが怒鳴ってる。誰かが笑ってる。誰かが黙って荷物を引きずってる。兵装技師は工具箱をぶら下げて小走り、端では何者かに背負い投げされた無人警備ドローンが転がってる。けど誰も気にしない。ここではそういう“謎の物体”が転がってるのも、どうやら日常のうちらしい。


 煙草、油、焦げた繊維。空気は荒れてるけど、なぜか落ち着く。ここには“死にかけの気配”がない。あの戦場より、よほど安心できる。


 受付に近づくと、無人ユニットがセンサーに反応して、ホログラムがゆっくりと展開されていく。


「IDを提示してください」


 俺は治安部隊からもらった仮IDの金属板をかざす。読み取りは一瞬で済んで、情報がどこかに転送されていったっぽい。


 数十秒後、カウンターの向こうから一人の女性が現れる。背筋が伸びてて、動きに無駄がない。目つきが鋭くて、すでに俺の情報をタブレットで確認してるみたいだ。


「……なるほど。素性不明、仮登録、強化体。それに、昏睡状態の少女付き。いろいろと込み入ってるわね」


「評価はいい。登録できるかどうか、それだけ教えてくれ」


 彼女はわずかに口角を上げて、淡々と答える。


「問題ないわ。フリーランクスが重視するのは“誰か”じゃない、“何をしたか”。あんたには“デヴォル撃退”の記録がある。それだけで十分」


 入力を済ませた彼女が、目だけこちらに向けて続ける。


「ようこそ、“ストレイ・キャプテン”。ここからが、あんたの評価のスタートよ」


 支部のロビーは、ひと仕事終えた傭兵たちでざわついていた。笑い声、怒鳴り声、取引の値切り交渉……入り混じった声で空気が濁っている。誰が強いかなんて、態度と口の悪さでだいたい察せる。ここはそういう世界だ。


 彼女は端末を操作して、次の手続きに進む。


「仮登録は完了。次は艦の状態ね。損傷、補給、整備の希望は?」


「ある。途中で交戦した。船体は損傷、弾薬も消耗。メンテが必要だ」


「了解。《ストレイ・エクシード》ね。だったら、Dベルト区画の27番、《エアロ=バースト整備拠点》を紹介するわ。ちょっとクセはあるけど、特殊艦や改造艦の扱いには慣れてる。腕は確かよ」


「紹介してくれるのか?」


「あんたら傭兵にとって、艦は命を乗せる器でしょ。整備状態はそのまま“信用の一部”でもある。適当な整備屋に投げるのは損。ここじゃ、艦の外観一つで“ナメられる”から」


 端末のホログラムに、指定された拠点の座標が表示される。アクセスルートも明示されてて、迷う余地はない。


 そのとき、ポケットの中のPLD――ルミナが微かに振動する。彼女の声が、俺の耳に直接届く。


『艦長、彼女の紹介には信頼性があります。傭兵の“実績”は、装備と艦の状態で判断されることが多いです。手を抜けば、“命”でツケを払うことになります』


「……だよな」


 俺は無言でうなずく。彼女も、それで納得したらしい。


『では、出発しましょう。“金のかかる現実”が、すぐそこに待っています』


 俺は最後に受付の女に軽く頭を下げると、ホログラムを閉じて背を向ける。


「整備費、今の残額じゃ厳しいが……なんとかするさ」


『“なんとか”の詳細は不明ですが、記録しておきます。口約束ログ、件数が増えてきましたので、そろそろサブカテゴリ化を検討します』


「うるさい……でも、ありがとうな」




 《エアロ=バースト》は、まるで「オシャレ」の概念を一度も学ばなかった施設って感じだ。工業区画の端っこ、煤けた支柱と送電管に囲まれた一角で、ぶっきらぼうな顔をして俺たちを迎える。メンテナンスアームと補修ユニットが無造作に並んでて、壁面の焦げた塗装と警告サインがもう、「タフな艦以外お断り」と言わんばかり。


 《ストレイ・エクシード》を接続ポートに繋いだ瞬間、施設のシステムが黙って自動スキャンを開始する。無言の歓迎ってやつだ。数分と経たないうちに、油まみれの作業服を着た技師が現れる。片手にホロ端末、片手に工具袋。顔つきは――ああ、もうわかった。完全に“機械バカ”だ。


「……おい、なんだこれ」


 開口一番、それ。ホログラムに映る艦の構造図に、目が釘付けになってる。いや、正確には“瞳孔開きっぱなし”だ。


「外装が自己修復? 通常のナノ再生じゃない……これ、分子再構成レベルじゃないか。内部に生体構造が混じってるし……おい、これ、有機と無機の境界どうなってんだ?」


「で、それが?」


 俺の返しに、技師はわざとらしく無視してホロに近づく。ちょっと目が輝いてる。やばい、これはオタクの目だ。


「……うちのスキャン、これ以上入らないぞ。未知規格だ。なあ、売ってくれないか? いや、マジで」


「無理。あれは俺の命綱だ」


 そう言うと、彼は肩をすくめるが、あきらめの色はない。むしろ、ワクワクが加速してる。


「じゃあ、解析だけでも。内部アクセスなし、非破壊限定でいい。こっちの連中も興奮しててな、教材にするには最高だ。代わりに、整備割引しとく」


 そのとき、ポケットの中でルミナが震える。すかさず助言が入る。


『艦長。彼の提案は限定的で、外部への情報流出リスクはほぼゼロです。この施設は“改造艦への処置”に特化しており、今後の艦運用にもプラスになります。……あと、整備費用の現状を考えると、交渉成立が望ましいかと』


「……現実が、俺に節約を強いてくるな」


 ため息とともに頷くと、技師はにやっと笑って端末を操作しはじめる。


「了解。補修と補給は今日中に。で、料金は――そうだな、10,000Sってとこか」


「頼む」


 取引が成立した瞬間、ルミナが処理を終える。


『契約記録を仮ID名義で保存。支払い処理、完了しました。……なお、残高の表示は、あえて伏せておきます』


 技師はホロを閉じ、艦を見上げながら小声でつぶやく。


「……いったい、どこから来たんだお前ら。マニュアルのどこにも載ってねぇ」


 その顔は、完全に“少年のような目をした大人”だ。マジの整備オタク。なんだかんだで、こういう奴にいじられるなら……少しは安心できる。


 すると、ルミナの声が再び耳に入る。


『艦長。ちょうどよい機会ですので、以前ご提案いただいた“隔離区画の再利用計画”――ここで実行されては?』


「ああ、あの、医療室と訓練スペースとの連結のことか?」


『はい。《エアロ=バースト》は構造改修設備を持っています。艦内レイアウトの再設計とシステム統合も同時に行えます。実行可能性は87.3%です。なお、艦長の“打たれ弱さ”を考慮した回復導線の確保は、優先度が高いと判断しています』


「……言い方ってもんがあるだろ」


『お優しい指摘、ありがとうございます。“物理的に痛みに弱い”にも可変可能です』


 俺は肩をすくめつつ、技師に向き直る。


「追加で頼みがある。艦内の隔離区画を、医療と訓練エリアに直結できる構造に変更したい。やれるか?」


 技師は少しだけ驚いた顔をして、ホロに目を落とす。構造図を指でなぞりながら、何かを読み取る。


「……おもしれぇ。再構成前提の艦ってのは珍しいな。やれるぜ。手間はかかるが、楽しい仕事になりそうだ」


「費用は?」


「今の契約に3,500S上乗せでどうだ? ちょうど部品発注かけようとしてたし、まとめて処理する」


「助かる。頼む」


「いいってことよ。……面白れぇ船は、整備のしがいがあるってもんだ」


 すぐさま、ルミナの処理が入る。


『“パーセプトボード区画統合改修”、追加契約完了。支払い済。施工は本日午後から開始予定です』


 俺はふうっと息を吐いて、ホロ画面を閉じる。


 この艦はまだ未完成だ。けど、こうして少しずつ、俺たちの形にしていける。そんな実感が、今はちょっとだけ嬉しい。

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