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第13話 影の境目

 コロニー外縁のドック区画――それは、宇宙に浮かぶ施設というより、長い歴史の澱が積もった“文明の影”そのものだった。金属剥き出しの床に、使い古されたコンソール。対応するスタッフの声は機械みたいに平坦で、愛想なんて微塵もない。けど、今の俺には、そういう場所すらありがたい。“居場所”って呼べるだけの意味がある。


『……滞在費、残額より自動引き落とし完了致しました。……まあ、命の値段と考えると、そこまでぼったくられてるわけではありません。ご心配なく』


 ルミナの声が艦内スピーカーから流れてきて、手元のPLD端末に表示されていた残額がほんの少し減る。


 あの時、治安部隊の隊員が言っていた懸賞金――50,000ソリオン。そこから端末代、仮ID登録料、今回の滞在費が削られていく。


「思ったより高くついたな。まあ……命が残ってるなら安いもんか」


『残額は25,400S。節約すれば、数日は行動可能です。ですが、艦の補修を考えると、この金額では心許ないです。次の収入源の確保は――急務です』


「わかってる。まずは……ユイの様子を見に行く」


 医療区画に向かい、カプセルの前に立つ。ユイ――仮の名前だけど、もう俺の中では“仮”じゃない。

“そこにいる誰か”として、はっきり根付いてる。


 カプセルの中では、彼女が静かに眠っている。微かな呼吸、安定した脳波。生命維持装置がきちんと働いてる。でも、目を覚ます気配はない。


「様子は?」


『変化なし。神経系の再構築に時間がかかっているようです。ストレス反応はなく、意識レベルも安定していますが……まだ“ここ”を認識していない可能性があります』


「……まるで、“ここじゃない”世界を待ってるみたいだな」


 俺はカプセルに手を触れる。冷たい透明な壁の向こうで、彼女の胸がゆっくりと上下してる。その呼吸が、なんというか――救いになる。


「それでも、ここが居場所になるようにしてやりたいんだ」


『はい。彼女が目覚めるまでに、“未来”のかたちを整えておきましょう』


 ルミナの声には、静かな決意がこもっている。俺は頷いて、そっとカプセルから手を離す。


「……さて、動かないとな。じっとしてたら、資金が尽きる」


『その通りです。艦の稼働維持、艦長の生活維持のために、収益行動は必須です。要するに、“働いてください”ということです』


 ルミナの口調はいつも通り淡々としてる。でも、その判断に異論はない。


『そこで、支給された仮ID用PLD端末を改造しました。本艦のサブユニットの一部機能を移植し、OSは私専用の拡張版に再構成。通信モジュールも強化済みです』


「つまり……ヴァルカンユニットを装備しなくても、お前が外で“動ける”ってことか?」


『はい。今後は艦と直接接続された端末を介さず、PLD経由でコロニー内の情報支援、交渉補助、最低限の監視……いえ、“同行支援”が可能です』


「つまり、お前も一緒に来てくれるわけだ。物理的には置いといて」


『“物理的には”ついて行けませんが、視覚と音声、演算支援は対応可能です。……またあなたが無計画に突っ込んでも、最低限の被害で済むよう努力します』


 その言い回し、ちょっとだけ刺さる。けど、優しさなのもわかってる。


『……とはいえ、この端末、かなり簡素ですね。演算領域は狭いし、応答速度ももっさり。OSのカスタマイズにも限界があります。……狭い、遅い、鈍い――私の三大不満です』


「いや、それ仮ID支給品だから。文句は筋違いだろ」


『仮でも、もう少しマシなものにしてほしかったですね。あなたがあの隊員に“ありがとう”と丁寧に頭を下げた瞬間、ちゃんと録画してます。その代償がこの800Sの安物です』


「……はいはい。今度はちゃんとしたやつ買うから、信用してくれ」


『承知しました。“艦長の口約束データベース”に記録しておきます。なお、過去ログに基づく実現率は42.8%です。過度な期待は控えます』


「やめろ、そういうの……」


 思わず笑ってしまう。画面越しでも、ルミナの毒と正確さがあれば、こっちの気持ちはだいぶ安定する。


「まあ……とにかく、ありがとな。こっちも安心できる。この世界だと言葉も不自由だしな」


『ええ。また無鉄砲なことをしないよう、しっかり監視させていただきます。“おまぬけ艦長”』


 苦笑しながら、俺は端末を胸ポケットにしまう。

 この仮の体制――だが、ここからすべてが始まっていく気がしている。




 ルミナがPLDを通じてコロニーのネットワークにアクセスしはじめて、もう何時間が経っただろう。俺はラウンジの隅で、水入りのカップを指先でくるくる回しながら、ひたすら時間をやり過ごしてる。落ち着かない。理由は……まあ、言うまでもない。


 で、案の定、不意に声が飛んでくる。


『艦長、アクセス完了しました。コロニーネットワークのデータを取得しましたので、ご覧ください』


 待ってました。いや、むしろ怖くて“来るな”って念じてたんだけど。


 目の前にホロディスプレイが浮かび上がる。宙域マップが手のひらサイズで立体的に展開されて、ゆっくりと回転を始める。星々の位置、構造体の輪郭、航行ルート……まるで宝石細工の模型みたいに、美しくも現実感がない。


「……これが、今いる宙域か」


『はい。アルシオン連合宙域。現行の航宙座標系に準拠したマッピングデータです』


 ルミナの声はいつもどおり、冷静で丁寧。逆に不安になるくらいだ。


『この宙域には、複数の惑星国家と中立地帯が点在しています。それぞれが緩やかな同盟関係を結び、“連合制”という名目上の軍事協定を持っていますが……実態は“自治体の寄り合い所帯”ですね。統一政府のようなものは存在しません』


 ルミナが指をすっと動かすような仕草をすると、マップ上にいくつかの光点が強調表示される。星系、宙域構造体、流通拠点、軍事ハブ……どれも知らない名前ばかりで、現実味がどんどん薄れていく。


「なあ……“地球”って出てこないのか?」


 気付けば、口から出てた。自分の声がちょっと震えてるのがわかる。そして――ルミナの反応も、妙に静かだ。


『……申し訳ありません。現在のデータベース内において、“地球”という名称、あるいはそれに類する歴史的記述は確認できません』


「……マジで?」


『はい。断定は避けますが、少なくとも“この宙域の文化的・歴史的文脈の中では、地球という概念は存在していない”可能性が高いと考えられます』


「存在してない……って、おい、それどういう――」


 思考が止まる。背中がぞわっと冷えて、今ここが現実なのか、わからなくなる。あの青い星。俺たちの“帰る場所”――それが、ここには“ない”。


『この宙域における人類の起源は、“銀河発祥の旅団”“原初航宙の民”などの神話的な記述にすり替えられています。つまり、地球を起点とした系譜は、ここでは“語られていない”ということです』


「じゃあ……ここは“ゲームの中”か? 俺が知らないだけで、全部……」


『現実逃避は後ほどにどうぞ、艦長』


 ルミナの声は、相変わらず落ち着いてる。感情を逆なでするわけでもなく、突き放すでもなく。ただ、冷静に、事実だけを告げる口調。だからこそ、俺の不安が浮き彫りになる。


『このデータをさらに解析すれば、何か手がかりが見つかるかもしれません。ですが、“地球”という絶対的な基準点が、この宙域には存在しない――今のところ、それが確実です』


 ホロマップの星々が、ゆっくりと回転している。確かに、そこには無数の世界が広がってる。でも――俺の知ってる、あの空も、大地も、家も、人も、そのどれもが、このマップには見当たらない。


「……マジかよ……」


 呆然とつぶやいた俺の隣で、ルミナが何食わぬ顔で、さらなる説明を始める。


『艦長、まだ情報はあります。こちらをご覧ください』


 ルミナの声と同時に、ホログラムが再展開される。さっきまでの局所マップがスーッと引いていき、全宙域の構造が目の前に浮かぶ。水脈図っていうか、神経系のスキャンっていうか。星々と宙域ハブを繋ぐルートが、蜘蛛の巣みたいに広がっている。


『こちらがここ“デルフィナ宙域”全体のマップです。現在我々が寄港している“ラゲルド・コロニー”は、この宙域の北縁の航路に沿った最終中継拠点に位置します。ここを含め、宙域内には主要星系が4つ、常設コロニーが9基存在しています』


 ホログラム内で、複数の恒星系が点灯して帯状の軌道を描く。その外れにぽつんと浮かぶ構造体――それが、ラゲルド。まるで“見捨てられた砦”だ。


『主要星系は、“カルナス恒星系”、“ミード・ツェル恒星系”、“イゾナ・ヴェール星団”、“第六放射星雲群”の4つ。それぞれに居住区画付きの軌道コロニーが設置されていますが、実際に恒常的な商業活動が行われているのはそのうち半数以下です』


「つまり……実質的に“まともに使える”のはラゲルドだけ、ってことか」


『厳密には、“最前線に最も近いまともな拠点”です。他の多くは、既に撤退もしくは無人化が進行しています。理由は資源枯渇、人口流出、そして――デヴォル出現率の上昇です』


 ラゲルド周囲の空白域が、妙に気になる。何かが“避けてる”ようにも見える。


「この空白……不自然じゃないか?」


『はい。未開拓、または探索放棄された領域が集中しています。報告によれば、デヴォルの出現もこの周辺に偏っています。ラゲルドはその“境界”に位置し、連合中心部と危険宙域をつなぐ最後の緩衝地帯です』


「……まさに前哨基地ってわけだ。しかも、正規軍は薄い」


『そのため、民間傭兵や外来船籍による“外部委託防衛”が主流です。ラゲルドは、“登録戦闘報告数が最も多いコロニー”としても知られています』


 画面に頻発する戦闘ログ、契約データ、消失記録が並ぶ。つまりここは、“今なお戦場に近い場所”だ。


「便利だが危険。居場所としては優秀だが、命の保証はないってわけか」


『ええ。“静かなる戦場”と呼ばれる所以です。ただし、ここは――何者でもない者が、“何者かになれる場所”でもあります』


「傭兵や独立勢力がここに集まるのも、そういう理由か。秩序と無秩序のはざま……って感じだな」


『仰る通りです。“信用のある実力者”であれば、出生や素性は問われません。逆に、信用を失えば、すべてを失います』


 ルミナの言葉は静かだが、芯がある。ホロに映るラゲルドの座標が、じっと俺を見ている気がする。ここが、俺にとっての“最初の足場”だ。


「……しばらくは、この影の境目で生きるってことか」


『ええ。ただし、艦長と本艦の実績次第で、安定した拠点への移動も可能です。選択肢は、行動で増やせます』


「信用が稼げれば、な」


『それが、この世界での通貨です』


 ホログラムが再構成され、新たな情報層が重ねられる。経済、契約、法制度――色とりどりのラインが宙を走る。


『まず、通貨単位は“ソリオン(S)”。完全なデジタル通貨で、PLD端末と紐づいています。現物通貨は存在しません』


「つまり、財布も身分証も、ぜんぶPLDってことか」


『はい。そして、各人の経済行動は“信用スコア”として記録されます。収入、納税、契約、犯罪歴、社会貢献……これらがスコア化され、コロニー内での自由度を決定します』


 ホロが切り替わり、ラゲルドの経済データが拡大される。


『ラゲルドの経済は脆弱です。外来貨物の中継、傭兵契約の仲介、最低限の整備業務が主。資源採取や情報仲介もありますが、小規模です。公共予算は連合からの補助金に依存しています』


「自立はしてない、ただ“保たれてる”だけって感じか」


『その通りです。住民登録者の約30%は非正規労働者、仮登録者が約15%。信用スコア中央値は連合平均の約60%。連合のなかでも特に経済的脆弱性が顕著です』


 さらにホロには、職業・契約の構造が表示される。


『この宙域では、“職業”よりも“契約履歴”が評価されます。すべてが契約単位で管理され、PLDに記録されます。“何を名乗るか”ではなく、“何を達成したか”が信用となります』


「口先だけじゃ評価されない、ってわけだ」


『はい。逆に言えば、信用さえあれば、素性は問われません』


 ホログラムが赤く染まり、犯罪統計が浮かぶ。


『ラゲルドの犯罪発生率は連合平均の3.8倍。特に契約詐欺、密輸、傭兵の越権行為が目立ちます。司法は簡易化され、“縮小裁判所”が主な裁定機関です』


「証拠とAIログで即断……って感じか」


『はい。判決の多くには、“信用スコアの即時リセット”が含まれます。つまり、生活の基盤が一瞬で凍結されることになります』


「まさに、信用が通貨って世界だな……」


『ええ。そして、仮登録者は“再申請”の機会が一度きり。次はありません』


 重たい沈黙が落ちる。だけど、ルールは明確だ。それだけに、やりようはある。


「……生き残るには、信頼を積み上げるしかないってことか」


『その通りです。そして積み上げれば、“本登録”の資格を得ることができます。あなたが望めば、ですが』


 ホロに浮かぶネットワークのなかに、俺の記録は、まだ“点”すら打たれてない。


「じゃあ、刻むさ。“この世界での履歴”を」


『その意志、記録しました。初期信頼値:0.34――最初の一歩としては、上々です』


 PLDを見つめる。中身は空っぽ。でも、それは今から全部“自分で埋めていける”ってことだ。


『……さらに、ラゲルド・コロニーの内部情報をまとめました。表示を更新します』


 ルミナの声とともに、ホログラムがぐるりと変わる。目の前に現れるのは、蜂の巣みたいな立体構造。細かく区切られたセクターラインが、三次元迷路のように入り組んでいる。


『全体構成は三層に分かれています。上層センター・アーク(中枢区画)、中層マーケット・レーン(商業区画)、下層グレイ・ラボリント(廃棄区画)です』


「そのまんま上中下構造ってわけか。俺らが使えるのは……」


『中層以下が主な活動領域です。“センター・アーク”は高信頼市民と行政機関の専用エリアで、原則として仮登録者は立ち入りできません』


 そりゃそうだよな、と思いつつも、ちょっと悔しい。


 ホログラムが中層にズームしていく。通信ハブ、依頼掲示板、整備ドックに修理業者、雑多な店舗。ああ、こういう空間、なんか落ち着く。


『“マーケット・レーン”は商業の中心です。傭兵ギルド、非公式依頼所、物資供給業者が集中しており、実質的な経済の要です。あなたの主な行動圏もここになります』


「要するに、ここで稼げってことな」


『はい。ただし、中層にも“非認可エリア”が存在し、非合法取引や契約外活動も頻発しています。特に、次に示す“グレイ・ラボリント”にはご注意を』


 最下層が赤く縁取られ、どこか不穏な雰囲気がホログラムににじむ。


『“影の街”とも呼ばれる下層区画です。旧整備区画の寄せ集めで、インフラは不安定、通路の半数は登録外ルートです。難民、密輸業者、非登録者が多数流入しています』


「……けど、必要なら足を踏み入れることになるんだろ?」


『ええ。情報収集、匿名依頼の受諾、安価な修理など、“この層でしか得られない選択肢”も存在します』


 ホログラムが切り替わって、冷却パイプ、水循環、空調制御といった環境インフラの迷路が現れる。めまいがしそうだ。


『環境維持は中央環境管理装置セントラル・バイオスフィアにより統括されていますが、保守不足と部品枯渇により、25%の設備が警戒稼働状態です』


「つまり、壊れたら“そのエリアまるごと詰む”ってことか……」


『はい。加えて、電力供給は核融合炉とソーラー・フィールドの併用。予備のダークマター炉は停止中です。エネルギー配給も“信用スコア”に基づいた優先順位制です』


「スコア低いと、真っ暗な部屋で凍えるわけか……まるでブラックな現代社会みたいだな」


『“現代”の水準は存じませんが、たとえとしては適切かと』


 さらにホログラムが赤く染まり、法制度の簡略図が浮かぶ。


『ラゲルドではアルシオン連合基本法をもとに、デルフィナ宙域法で裁定が行われています。司法機構は“縮小裁判所”のみ。即日判決、ID処分が原則。再審はほぼ認められません』


「疑われたら、はいアウトってことか……」


『IDの行動ログが証拠のすべてです。特に仮登録者は、“実績不足”により弁明が軽視されやすい傾向があります』


 うへえ……法治ってより“信治”じゃねぇかこれ。


 次に、教育関連のデータが浮かぶ。


『義務教育は《基礎知識アーカイブ》による自動配信制です。PLDを通じて知識を習得し、一定の理解度で修了とみなされます。年齢や出自は不問ですが、修了率は階層間で大きく差があります』


「つまり、学べる環境と意志があるやつは這い上がる。でも、そうじゃないやつは……」


『そのまま底層に定着します。教育レベルと信用スコアは連動しており、修了者は将来的な契約や行政サービスの対象として優遇されます』


 再びホログラムが切り替わり、武装勢力の配置情報が浮かぶ。


『治安維持は自衛警備隊が担います。常備兵力250名、標準火器と簡易装甲を装備。一部に対デヴォル装備も保有していますが、実戦経験は限定的です』


「つまり、奴が本気で来たらアウトってことか……」


『はい。そのため、民間傭兵や外来戦力の存在が不可欠です。あなたのような存在は、防衛資源としても重要視されやすい……“信用スコアがあれば”ですが』


 ホログラムが静かに収束し、ラゲルドの全構造が淡く浮かぶ。


『このコロニーは不完全です。ですが、“機能”しています。あなたが“生きる場所”として選ぶなら、成立しています』


「……仮の場所でも、生きられるなら上等だろ」


『ええ。そして、それを“本物にする”手段は、既にあなたの手の中にあります』


 ホログラムが静かに収束する。俺の端末には、新たに登録された街区データが表示されている。


「さて、どこから手をつけるか……」


『選択は自由です。ただし、艦長が“記録されるべき成果”を残せるよう、私は支援します』


「ありがとな。まずは……このコロニーで“生き残る”実績からだな。で、手始めに向いてるルートはあるか?」


 少しの間を置いて、ルミナが即答する。


『最も現実的なのは、“傭兵”です』


「やっぱり、そこに落ち着くか……」


『はい。外縁域の治安維持、輸送護衛、探索支援――この宙域では、それらの任務を個人傭兵が担っています。信頼と実績を通貨として、彼らは“準公共インフラ”として機能しています』


 ホログラムが再び現れ、組織図とスキルツリーのような表示が浮かぶ。


『こちらが《フリーランクス》――傭兵登録から依頼仲介、報酬支払い、戦績評価を一括で管理する統括機関です。各コロニーに支部があり、大型港には専用ターミナルもあります』


「フリーランクス……そこで認められれば、“本登録”にも近づくってわけか」


『はい。仮登録でも活動は可能ですが、依頼実績と評価が一定を超えれば、正式登録が可能になります。これにより、移動・資産管理・保険・行政サービスへのアクセスが拡張されます』


「……なら、やるしかないな。“この世界で生きるための履歴”を、ちゃんと自分の手で刻む」


 俺はゆっくりと端末をしまい、足を進めた――


 そのとき、唐突にルミナの声が響く。


『そうそう艦長、この世界の言語学習プログラムを作成しました。今後の余暇時間は、すべて言語習得に充てましょう』


「……今、いい感じの余韻だったよな?」


『現地社会で活動する以上、言語理解は不可欠です。ご安心ください。あなたの“かろうじて平均的”な語学センスでも、習得は可能です』


「おい、言い方ァ!」


『では、“意外とやればできる語彙力低めタイプ”とでも?』


「塩に唐辛子まぶして心にすり込んでくんな……!」


 ルミナの声が、微妙に“悪意のない圧”を含んで続く。


『なお、艦長専用の言語学習モードを“パーセプトボード”にて展開可能です。今夜中に最低限の習得を完了させましょう』


「え、今夜中に? 無理に決まって――」


『ご安心ください。“無意識層への直接言語投影”で、学習時間を大幅に短縮できます。

副作用は――せいぜい、最初の三日ほど“脳が勝手に異星語で独り言を始める”程度です』


「いや怖いわ!」


『これも“自立の第一歩”です。さあ、訓練室へどうぞ』


 足元の照明が灯り、いつものように容赦なく“語学地獄”へのルートが提示される。


 ……この異星世界で生きるには、まず“言葉の鎧”が要るらしい。俺の、新たな戦いが始まる――まずは、語彙力との戦いからだ。

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