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第12話 存在証明

 ジャンプに入ってからの数日間、俺は毎日のように艦内の(元)封鎖区画でパーセプトボードと向き合っている。


『ニューロリンク安定化。意識投影を開始します……艦長、準備はよろしいですか?』


「……ああ、行くぜ」


 パーセプトボードは、EXO‑ARM装着者や艦のパイロット向けに設計された、高没入型の神経訓練デバイスだ。意識と神経を仮想空間に直結させて、白兵戦、操艦、戦術行動――全部、身体に叩き込む。


 仮想空間の中で、俺はヴァルカンユニットを装着した姿で剣を握り、銃を構える。敵が迫る。反応する。刃を振るい、銃撃を返し、フレームがきしむ感触までリアルに再現される。仮想とはいえ、痛みすら錯覚するほどだ。


『敵数:6。状況:包囲網形成中。逃走経路封鎖、反応ルート最短推定――』


 ルミナのナビが、直接頭に流れ込んでくる。それと同時に、体が勝手に動く。考えるより先に反応してる。斬撃。回避。射撃。空間ごと読み合ってる感覚だ。


 訓練が終わるたび、意識は現実に引き戻されて、俺は汗だくで床に倒れ込む。


『反応速度、平均値の1.6倍。ストレス耐性指数は軍用上位規格に迫ります……艦長、あなた一体どこの世界の人間なんですか?』


「自分でもわからんよ……」


 同時進行で、艦の操縦訓練もこなしている。エンジン制御、回避機動、戦術判断。ニューロリンクが深まるほど、艦との一体感が増していく。言葉にしづらいけど――“次に何をすべきか”が、直感的に伝わってくるようになった。


『操作反応時間:0.21秒。過去ログとの照合により、個人適正パターンが構築されつつあります』


「……これ、全部記録されてるのか?」


『はい。すべての操作はログ化され、スキルデータベースに蓄積中です。必要であれば、いつでも再アクセス可能です。また、記憶の断片を誘導的に再生することも可能です』


「記憶、ね……」


 その機能が何を意味するのか、まだはっきりとはわからない。でも、確実にひとつだけ言えるのは――


 俺はこの艦での“戦い方”を、もう身体で覚え始めている。




 ……そして、ついに――ジャンプ終了の瞬間が来る。


 艦がわずかに震える。圧縮されていた空間がはじけ飛び、重力の感覚が一瞬だけふっと消える。視界の端がにじんで揺れ、俺は操縦席に深く身を預ける。


『……空間安定化、完了。座標偏差、0.0003以内。ジャンプ、成功です』


「よくやった、ルミナ」


『褒められるのは慣れてませんが、光栄です。おまぬけ艦長が何もしなかったおかげで無事に済みました』


「そういうとこだぞ」


 溜息まじりに苦笑しながら、正面スクリーンをにらむ。暗黒の宙域。恒星光は遠くて弱く、星の姿はほとんど見えない。――でも、その沈黙の中に、かすかな“点”がある。


「……ルミナ、あれ、何か見えるか?」


『感知範囲に人工的なEMパターンを検出。稼働中の信号と一致。構造体の識別コードを照合中です……』


 数秒後、ルミナの声がわずかに明るくなる。


『高確度で、スペースコロニーの稼働施設と判断されます。外部通信波に一致する認証信号を確認。中規模以下の採掘基地、外部ドックも健在のようです』


「……生きてるってことか。誰かがそこにいる」


『少なくとも、インフラは稼働中。方位ベクトルθ2.11、φ0.68。航行可能です』


「よし……向かうぞ」


 エンジンが静かにうなり、艦は無音の闇を斜めに切って滑っていく。その先には、何百年もの時を超えて、今なお存在し続ける“誰かの暮らし”がある。人間が築いた“秩序”の痕跡に、俺の指先がようやく触れようとしている。


 長かった。星の光も通信の返答もない空間を、ただ座標データだけを頼りに進んできた。何かに導かれてるのか、それとも漂っているだけなのか――わからないまま時間だけが過ぎた。


 でも、いま。スクリーンの端に、ようやく“輪郭”が浮かぶ。


『確認。前方に超大型構造物。回転型生活圏モジュール……全長およそ28キロ。居住リング半径5キロ。これは……』


 スクリーンいっぱいに、その巨大な影が映し出される。あまりにも大きすぎて、俺の艦なんて針にも満たない。空間に浮かぶその構造体は、まるで“人類の営みそのもの”が物理化したような存在感だ。


 重力制御フィールドのゆるやかな震えが艦を包み、俺たちは“人間の匂い”がする空間へと、ついにたどり着く。その外観は無骨で、むき出しの鋼材と粉塵に覆われている。でも、並んだ発光パネルの配置には、確かに“誰かの手”が感じられる。


『信号領域に入りました。外部通信が開きます』


 ルミナの言葉と同時に、艦内スピーカーからノイズ混じりの音声が割り込んでくる。だが、聞こえてくるその言葉は、どこか文法も発音も違う。……馴染みのない言語だ。


 ルミナの中枢ユニットが低く唸りを上げ、耳の奥に電子的なざわめきが走る。


『言語体系、第五次変異後の地球派生言語と推定。リアルタイム翻訳に移行します――』


 ピピッ、と短い音。次の瞬間、音声が明瞭になり、誰かの“声”が、はっきりと届く。


『こちら、ラゲルド・コロニー。認証域に入った船籍は、即時身元照会を実施する。船のIDをこっちに送ってくれ』


「……あー、えーと、はいはい。ルミナ、送信頼む」


 すぐに通信が返ってくる。相手の声は、ちょっと砕けた感じだ。


『ID確認……X-09、ストレイ・エクシード? おいおい、でかいな。ここ辺境だぞ、何してんだ』


 苦笑混じりの口調が続く。


『で、IDが“StrayCaptain”? 洒落は効いてるけどよ、本名も登録しとけよ、頼むぜ』


 ルミナの音声がすぐ近くで響く。実体はないけど、まるで隣でこちらを覗き込んでくるような気配すら感じる。


『艦長、どうしますか? 本名、登録しますか?』


 少しだけ間が空く。口をつぐんで、でも何も考えてないわけじゃない。なんて名乗るべきか、ほんの一瞬、頭の中でぐるぐるする。そして、俺は短く答える。


「……真也。倉田真也」


『了解。“シンヤ”名義にて、IDサブ登録を完了しました』


 またすぐに通信が返る。相手はその名前を一度繰り返して確認する。


『確認した。“シンヤ”ね。――さて、それじゃあ寄港処理に入るけど、規定どおり滞在費は発生するぜ』


 しばらくして、ルミナの表示パネルに金額が浮かび上がる。


『寄港中の滞在費、1日あたり……10,000ソリオン(S)』


「……え、なにその単位。ソリオン?」


『ああ? まさか、ソリオン持ってねえのか?』


「えーと、いや……その……」


『お前、どっから来たんだよ……宇宙の裂け目か?』


 笑いまじりの軽口だったはずなのに、空気が一気に冷えていくのがわかる。艦内が妙に静かになる。言葉の隙間に、現実が入り込んでくる。


 通貨――文明――所属。


 そのどれもが、俺の中に“ない”。名前すら、この世界では仮のものだったんだと、いま初めて実感する。


 ――俺は、どこから来たのか。そして、ここで何者として扱われるのか。


 その重さが、今ごろになって肩にのしかかってくる。




 ドックリングに着艦した直後、俺たちは厳重なスキャンと手続きの波に呑まれる。艦からの下船は制限され、まず応対に現れたのは、迷彩服を着た治安部隊の2人。重火器こそ持っていないが、目つきが違う。“外の者”を警戒しているのがはっきりわかる。


「身分を確認させてくれ」


 静かに言われて、俺は一瞬言葉に詰まる。ルミナが背後で同時翻訳を続けてくれている。


「どこの所属だ?」「……名前は?」


「シンヤ。倉田真也。所属は……ちょっと、説明しにくい」


「“説明しにくい”ね……。IDチップも国籍コードもなし、言葉も標準じゃない。移民船の残党か?――この船体でそれはねえな。どこの王族仕様だよ」


 皮肉が混じった視線が突き刺さる。ルミナが通信を展開しかけたとき、後ろから別の男が手をかざしてくる。


「生体スキャンを通す。こっちに立ってくれ」


 言われるまま、簡素なスキャンフレームに立つ。視界の端が淡く光る。数秒後、男の手元のタブレットに何かが映る。


「……おい、これなんだ」


 声が低くなる。男が読み上げた内容が、静かに場の空気を凍らせる。


「骨格に非自然的な金属圧入、筋繊維に再構成パターン、神経束の強化配列……。これ、軍用強化体の構造か?」


「俺は兵士じゃない。ただ、ちょっと事情があって……」


「“ちょっと”ねぇ。これ、国によっちゃ“対人兵器指定”だぞ」


 もう一人が割り込む。


「ここがアルシオン連合宙域でよかったな。テルヴェクだったら、強化体ってだけで問答無用で排除されてる」


「テルヴェクの法では“非登録強化体”は即時排除対象だ。知性も意志も問われねえ」


 その言葉が、背中に冷たいものを走らせる。


「この構造――外部処置か、出生起源か?」


「出生……だと思う。元々はゲーム内設定だった。気がついたら、そのまま現実に来てて」


 言った瞬間、男たちが顔を見合わせる。ふざけてると思われても仕方ない。でも、それが事実なんだ。


「とにかく、強化体として仮登録は必要だ。起源不明、知性あり、会話成立、狂化傾向なし――今のところ」


「今のところ、か」


 思わずため息が漏れる。冷静な対応には救われるが、逆に言えば――ここでは強化人類が珍しいということだ。


「――よし、仮登録に入る。艦載AI、こちらのプロトコルに合わせて、艦長のバイタルデータを送信してくれ。初期IDに使う」


『了解。艦長生体情報、限定公開モードにて送信。意識レベル、思考帯域、交信履歴――非開示』


「十分だ。こちらで補完する」


 端末の側面が青く点滅し、俺の前にいる男の端末にデータが流れていく。


「……よし。“HX-1_シンヤ”で登録。強化体分類“種別未確定”」


「HXって?」


「未定義強化体。Host eXtended個体。仮コードだ。正式登録までこれで通る。ただし、公的機関への全開示義務は発生しない代わりに、保証も一切ない。つまり――“存在は認めるが、信用は保留”ってとこだ」


「ふう……ありがとな」


 自然に口元がほころぶ。金属板が手渡される。薄く、無機質な板。そこに走る淡い青のラインが、この世界での“名札”になる。


「仮ID情報を記録済みだ。指をかざしてくれ」


 指先を乗せると、光が皮膚をなぞっていく。


「……登録完了。おめでとうさん。影だったあんたが、ようやく“人間”になったな」


「だったら、せめて“お騒がせな新入り”ってとこかな」


 治安部隊のスキャンが、俺の艦――《ストレイ・エクシード》の船体にまで及ぶ。電子的な触手みたいな照査波が、各モジュールを這っていく。中身も、積んでるものも、ぜんぶ解析されていく感じだ。


「……艦内生命反応、もう一つ確認」


 一人が首をかしげる。


「おい、こいつ以外に誰か乗ってるぞ。補助AIの反応じゃない。生体だ。こいつも強化体だな」


 ルミナの声が即座に入る。


『生体反応は、保護カプセル内の対象です。状態は安定しています。生命維持、継続中』


 隊員の視線が俺に刺さる。


「説明してもらおうか。その“もう一人”は?」


 ……口ごもる。でも、逃げる理由はない。


「……彼女は、“妹”だ。カプセルに収容されたままの状態で……」


「妹、ね」


 疑いの色が隠せてない。別の隊員がタブレットを睨みながら言う。


「IDもなし、出所も不明。しかも強化体の艦長とセットで保護カプセル入りの少女。……お前ら、どこの次元から来たんだ?」


 言い返せない。ルミナも一瞬、何か言いかけて――やめる。


 少しだけ、考えて。俺は腹を括る。


「……妹だ。戸籍も記録もない。でも、俺の“家族”だ。責任は、俺が持つ」


 あの顔が、ふと浮かぶ。眠ったままの少女。何も言わず、ただ静かに生きている命。この世界のどこにもまだ“属してない”存在――それでも、俺は願ってる。彼女にちゃんとした場所を与えてやりたい。


「とにかく、その子も仮登録が必要だ。安定してるなら、搬送は見送れるが……不審者扱いは避けられん」


「……わかってる」


 少しだけ、隊員の声が柔らかくなる。


「名前は?」


「……え?」


「仮でも構わん。仮登録に必要だ」


 一瞬、言葉が詰まる。考えたことなんてなかった。ただ――カプセル越しに見たあの表情。名乗ってなくても、どこかに残ってるような響き。


 自然に出た言葉だった。


「……ユイ。“ユイ”で頼む」


 隊員が頷き、情報を打ち込む。


「了解。“ユイ”を仮名として登録。艦長名義で保護対象とする。連帯責任付きだ」


 もう一人が続ける。


「カプセル内生体データを採取……仮コード“HX-2_ユイ”、割り当て完了」


 一瞬だけ、隊員たちが目を見合わせる。でも、それ以上は聞いてこない。たぶん、ここでは――“詮索しない”のもまた、ひとつの配慮なんだろう。


「……仮登録は完了だ。――ひとつ、聞かせろ」


 隊員の一人が身を乗り出してくる。


「艦に損傷がある。武装系にも使用の痕跡が出てる。ここに来るまでに何かと遭遇したか? 宙賊か、未知生命体か、なんでもいい」


 迷いはない。俺は頷く。


「……得体の知れないものに襲われた」


 言葉にした瞬間、あの光景が脳裏に蘇る。生き物とも、機械とも言えない。いや、どちらでもなく、どちらでもある。妙に“混ざった”存在。音もなく近づいて、問答無用で攻撃してきた。通信は通じず、言葉も通じない。あれは……


「……なんなんだ、あれは?」


 治安部隊の一人が、静かに答える。


「……“デヴォル”だ」


「……デビル、か?」


「ちげぇ、“Devolデヴォル”。発音が紛らわしいせいで“悪魔”と混同されるが、本質はもっとややこしい」


 別の隊員がタブレットをいじりながら続ける。


「生体と機械の融合体、自己進化型。どこから来たかは不明。記録はあるが、構造も目的も解明できていない。どの国も“敵”と認定できずにいるが……接触して戻った例は、あまりに少ない」


 その冷静な言葉が、逆に背筋を冷やす。俺が戦ったのは、そんな連中だったのか。


「……じゃあ、俺はその“デヴォル”ってやつを撃退したってことになるのか」


「記録があればな」

そう言いながら、隊員が端末を叩く。


「この宙域じゃ、デヴォル関連は懸賞対象だ。戦闘ログがあるなら、それを確認して――報奨としてソリオンが支給される」


 俺は頷き、ルミナに呼びかける。


「ルミナ、あの戦闘ログ、頼む」


『了解。限定開示用に整えたものを送ります。……見栄えは多少、整えてありますよ』


 スクリーンに戦闘記録が浮かぶ。虚空を蠢く正体不明の“何か”に、《X-09 ストレイ・エクシード》が迎撃をかける。閃光、旋回、爆発――すべてが記録されている。


「……本物か、これ」


 隊員の一人が呟く。視線が、少しだけ変わる。ただの“異物”を見る目から、戦士を見る目へ。


「撃退実績、確認完了。懸賞対象認定。報奨――ソリオン支給対象だ」


 そこで隊員が、苦笑まじりに言う。


「運が良かったな。懸賞金がなけりゃ、その艦、没収もあり得たぞ。通貨なし、IDなし、登録国籍もなし――完全に幽霊船だ」


「……端末を出せ。送金先の登録がいる」


「端末?」


 問い返す俺に、隊員が眉をひそめる。


「まさか、持ってないのか?」


「……それが何かも、正直わかってない」


 ルミナがフォローを入れる。


『“端末”という概念は理解していますが……本艦のデータベースに類似物は――いえ、ありません』


「つまり、ソリオンの受け取り口座すら持ってない。完全な幽霊ってわけだ」


 ルミナが少し悔しそうに言葉を継ぐ。


『我々の世界では、経済とIDは直接紐づいていません。取引は、登録された個人情報と、過去の実績に基づく信頼評価によって――』


「いい。わかった。説明は後にしろ」


 隊員がロッカーに通信を飛ばす。


「未登録者用のPLDを一台回せ。懸賞金から端末代を差し引いて処理」


 やがて、小さな端末が届く。ケース入りの薄型デバイスだ。


「これが、この世界での財布であり、IDだ。安物だが、送金・認証・通信に支障はない。お前にとっては、これが初めての“存在証明”になる。大事にしろ」


「……感謝する。助かるよ」


 ルミナも続ける。


「本艦および艦長名義にて仮IDプロトコルを登録します。……これが初の“現地登録”ですね」


 登録が完了する。隊員たちは少し緊張を解き、立ち位置をゆるめた。


「これで最低限の存在証明は取れたな。懸賞金も支給されたし、端末代を引いてもそこそこの額が残ってる」


 俺は端末を見下ろす。画面には“価値”が数値として表示されている。この世界で、俺が初めて得た現実的な“重さ”。


 隊員の一人が笑う。


「その艦を持ってて、その腕があるなら――傭兵でもやりゃ食っていけるさ」


「“デヴォル”相手にやれるってんなら、依頼は山ほど来るぞ。ここじゃ、正規軍は数が足りなくてな。民間契約で回してる」


「仮登録のままだと制限も多い。だが、依頼をこなせば“本登録”に昇格できる」


「実績で信用を積む――ってことか」


「その通り。誰だかわからん奴でも、やった仕事が信用になる。金と信用――それがこの宙域の通貨だ」


 ルミナが静かに補足する。


『独立行動体として仮登録をすれば、限定区域での契約行動が可能なようです。履歴が蓄積されれば、準公的IDに昇格する手続きも開かれます』


 隊員が最後に肩をすくめる。


「まあ、出所不明の幽霊ってのは気味が悪いが……腕が確かなら、それで十分ってのが、ここらのやり方さ」


 俺は端末を胸ポケットにしまって、静かに言う。


「……なるほどな。選べる道があるだけ、ありがたいよ。考えてみる」

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