第11話 空間跳躍
チャージ音が、艦内に静かに響いてる。誰かがすぐ隣で呼吸してるみたいな音だ。規則的で、深くて、不気味なほど静か。こういうの、落ち着くどころか逆に不安になるっての……わかってて鳴らしてるだろ、ルミナ。
俺は操縦席に身を預けたまま、コンソールの灯りをぼんやり眺めてる。光の波が指先に反射して、なんか心拍と同期してるように見えてきた。気のせいか? 気のせいであってくれ。
『空間収束完了。ジャンプまで――あと10秒です、艦長』
ルミナの声が響く。相変わらずの淡々ボイス。こういうときくらい、ちょっとくらい緊張感出してもいいんじゃないかって思うけど、たぶん言っても無駄だ。
「……じゃあ、行こうか」
自分でも驚くくらい、声が小さい。言ったあとで、もうちょっとカッコつけときゃよかったって後悔する。まあ、誰も聞いてないけど。
次の瞬間、視界が歪む。星が……伸びる。縦にも横にも、無理矢理引きちぎられてるみたいに。光の粒がぐにゃっと伸びて、形も奥行きも、ぜんぶ曖昧になっていく。
「うっ……」
目は開けてるのに、脳がついてこない。視界じゃなくて、“存在そのもの”がズレる感覚。音はないのに、耳の奥がキーンと痛む。重力制御してるはずなのに、身体がふわっと浮く。
『これが……ジャンプ、かよ……』
モニターに赤いノイズが走る。座標表示は完全に死亡。“UNSTABLE GRID/座標不定”が点滅中。さっきまで“現実”だったはずの感覚が、一気に流される。
『空間遷移、第一段階完了。ジャンプ空間へ突入しました。現在、通常空間とのリンクは切断済みです』
ルミナの声は、いつもどおりに冷静。逆にそれが怖い。艦内の空気が、さっきと違う。なんというか――“密閉”されてる感じ。真空パックの中に入れられたみたいな圧迫感。
「……こりゃ、現実感どころか、夢すら置いてけぼりだな……」
窓の外を見ても、星はない。ただの闇。いや、ところどころに“ひび割れ”みたいなのが走ってる。光じゃない、でも完全な闇でもない。なんだこれ、空間が“ひずんでる”ってやつか?
『この状態がしばらく続きますので、ごゆっくりおくつろぎください、艦長』
「くつろげるわけねーだろ……」
溜め息が出る。喉の奥がカラカラに乾いてる。でも、不思議と“怖い”とは思わない。……ただ、どうしようもなく、落ち着かない。
空間がちぎれて、繋ぎ直される――そんな現象を、今、自分の身体がリアルで経験してる。これ、どんな科学だよ。誰が得するんだよ。……いや、そもそも成功するのかこれ?
「さて……このジャンプ、ちゃんと“向こう側”に届くんだろうな?」
俺は椅子の背にもたれ、コンソールのノイズをぼんやりと眺める。この先に、誰かがいるのか。何かがあるのか。あるいは――また、誰もいない空っぽの宇宙が続くだけか。
でも、もう飛んだ。戻る場所も、ルートもない。行くしかないんだよな、これ。ここから、72光時の孤独な航路が始まる。
コンソールの電子音だけが鳴ってる。呼吸と、脈と、その音だけが、この艦の“生きてる”証みたいに感じる。
このジャンプ空間――時間も、重力も、空間も、ぜんぶ“緩んで”る気がする。だから、思わず――あの映像をもう一度呼び出してしまう。
記録ログ。あのステーションの。壊れかけたデータに、かろうじて残ってた“人間たち”の痕跡。
ホログラムが再生される。画質は最悪。音声もノイズだらけ。でも――そこに“誰かの声”がある。
『……出力、限界値超え……システムの同期を……ダウンリンク……再設定……』
意味なんて、正直わからない。それでも、胸の奥がじわっと温かくなる。人の声って、こんな風に響いてたんだよな……って、思い出す。
俺は椅子に身体を預けながら、天井をぼーっと見つめる。
「……あいつら、なんであんな場所にいたんだろうな」
少しだけ間があって、ルミナの声が返ってくる。
『艦長と同じです。“導かれた”のでしょう』
「導かれた……ね」
自分で言っといて笑う。そんなドラマチックな話、信じたくない。けど、偶然にしては出来すぎてる。
「……じゃあ、俺も、いつか誰かのログになったりするのかな。
どこかの誰かが、壊れた艦で俺の声を聞いて、ちょっとだけ、懐かしさを感じたりするのか?」
『その頃には、艦長の言い回しが“伝説の珍妙な喋り”として語り継がれているかもしれません』
「やめてくれ……」
でも、思わず笑う。ルミナのその口ぶり、なんだかんだで救われるんだよな。こうして毒を吐いてくれるうちは、まだ大丈夫って気がする。
静かだ。けど、静かすぎて、なにかが心に染みてくる。
眠くはない。ただ――どこかから、“何か”が降ってくる感覚がある。音もなく、重さも冷たさもない、透明な“何か”が、俺の内側にじわじわと入り込んでくるような……そんな感じ。
時間も場所も、自分の存在さえも、ちょっとだけ曖昧になる。
そして俺は、今、自分がどこにいるのかさえ忘れかけながら――深く、深く、宇宙という名の静寂に沈んでいく。
しばらく無言で過ごしていると、ルミナの声が静かに艦内に響いてくる。
『艦長、そろそろ“栄養補給”の時間です。エネルギーセルは枯渇寸前ですが、あなたの命の炎は、もっと早く干上がります』
「……言い方のセンス、ほんと変わらないよなお前」
『ありがとうございます。“飢え死に前にカロリーを入れろ”という意図は、適切に伝わっているようですね』
はいはい、わかってる。ため息ひとつ吐いて、俺はシートから身体を起こす。長時間座っていたせいで、腰が固まってる。鈍くて、だるい。立ち上がると、ふくらはぎに微妙な違和感が伝わる。ジャンプ空間では、疑似重力も少し不安定らしい。こんなとこでも“リアル”なのか、ほんと。
気が乗らないまま、足をダイニングに向ける。目的地不明の航路中に腹を満たすって、冷静に考えると変な話だ。でも、人間ってやつは、どこにいても腹は減るんだよな。
ドアが開くと、メインダイニングが姿を現す。相変わらず妙に豪華だ。まるで高級ホテルのラウンジみたいな装飾が広がってるけど、誰もいない。照明と温度だけは完璧に管理されていて、どこか“歓迎”されてるような、妙な感覚になる。
壁際のパネルに手をかざすと、ホログラムのメニューがぱっと表示される。
《プレミアム冷凍保存食シリーズ・本日のおすすめ》
・オムライス(トリュフ風味ソース)
・ガーリックチキンプレート(低脂肪)
・和風だし煮込みハンバーグ(“割と本格”)
・シーフードリゾット(かすかな磯の香り)
・“なんちゃって”カルボナーラ(乳製品は不使用)
「味より“表現”に凝ってるよな……」
思わず苦笑しながら、ハンバーグを選ぶ。“割と本格”ってフレーズに、ちょっとだけ希望を託す。
すぐに加熱処理が始まって、室内にじわじわと出汁の香りが広がっていく。……あれ、意外と、悪くない。
『香り認識パラメータ上昇を検知。艦長の期待値、やや回復中ですね』
「いちいち観察すんな……」
ほどなくして、ホログラムカトラリーと共にプレートが配膳される。席に着いて、ひとくち。……温かい。柔らかい。しかもちゃんと、味がする。
「……普通に、食えるな」
『どうですか? 味覚刺激は“それなり”に作用していますか?』
「“それなり”にはな。でも、悪くないよ」
たぶん、誰かと食べてたら、もっと美味かったんだろうな。けど今は、この温もりだけで十分だ。
食べ終えると、ルミナの報告が入る。さっきまでの沈黙がウソみたいに、きっちり冷静だ。
『栄養摂取ログを記録。血糖値と代謝パターンも安定傾向にあります。……やはり、“ごはんは大事”という結論に至りましたね、艦長』
「そういうまとめ、いらない」
でも、思わず笑ってしまう。なんだかんだで、こういうやりとりがあると少し安心する。この艦に俺以外の存在が“生きてる”って実感が、ほんの少しだけど、ちゃんとある。
食後の余韻もそこそこに、ルミナのホログラムが目の前にふわっと浮かび上がる。姿勢はいつもどおり真っ直ぐ――なのに、今はなぜか“説教モード”に見えるのが不思議だ。
『艦長。そろそろ、“無力な観察者”から卒業しませんか?』
「……急に刺してくるの、やめろ」
『これは包丁ではなくメスです。治療の一環としての皮肉です』
「どっちにしろ刺さってんだよ……」
『では質問を。戦闘中、何もできず、ただ見ているしかなかった艦長は、次も“観客席”をご希望ですか?』
言い返そうとするけど、何も出てこない。喉の奥が詰まるというか、まあ……否定できないからだ。
沈黙の中、ルミナが淡々と続ける。
『幸い、この艦には、乗員訓練用の“パーセプトボード”が搭載されています。
封鎖されていた訓練ブロック――現在は艦長の権限で“開錠済み”ですよね?』
「あれか……一度、確認したな」
『はい。“意識・反応・身体制御”を統合して鍛える、仮想戦術訓練装置です。つまり、“何度やられても現実では死なない練習用の戦場”。艦長向きですね』
「どんだけ俺を役立たずだと思ってんだ……」
『戦術記録における“傍観者率100%”は、もはや才能の域ですから』
「……マジで、お前の口の悪さ、設定で書き換えるぞ」
ルミナのホログラムが、ほんの一瞬だけ口角を上げた。あれ、今……笑ったか?
『それでは訓練ブロックへご案内します。本日の内容は、操縦基礎、ブースト制御、回避行動、マニュアル射撃――以上4項目です』
「詰め込みすぎじゃない……?」
『“無知の谷”を越えるには、“情報の洪水”が最適です。がんばってくださいね、艦長』
ため息ひとつ、重めに吐いて、俺は立ち上がる。廊下に出ると、床面のライトが、進行ルートをガイドするように順番に灯っていく。
「……なんで俺が、プレミアム艦で“基礎訓練ルート”歩いてんだよ……」
『それが、“選ばれし無能”の宿命です』
「黙れ」
目的地に近づくと、(元)封鎖区画のドアが音もなく開く。パーセプトボードのある区画。通路には、まだ清掃ドローンが残した粒子の痕がわずかに漂ってる。
ここで、俺は本当に“艦を動かす”側に立つ。仮想空間とはいえ、本番みたいなもんだ。
装置に腰を下ろすと、座席がゆっくり沈み、視界が切り替わる。ルミナの声が、直接、脳に響く。
『では、神経同期を開始します。ご安心を。副作用は――せいぜい、“自分が万能だと錯覚する程度”です』
「それ、いちばん危ねぇやつじゃねえか……」
『ええ、ですから今のうちに、謙虚をインストールしておくことをお勧めします』
やっぱり今日も、遠慮なく刺してくる。でも、不思議と嫌な気はしない。むしろ、少し安心してる自分がいる。
訓練が始まる。意識がパーセプトボードと接続され、視界が《ストレイ・エクシード》の構造と融合するように変化していく。現実の身体は遠のき、代わりに“艦の中核”に入り込んでいくような感覚。
目の前にホログラムの艦橋が展開される。現実とは違う、滑らかで、脳に直接流れ込むような映像。情報のすべてが視覚と意識に直結している。リアルすぎて、逆に怖い。
操縦席の両脇から、インターフェースが立ち上がる。右手には姿勢制御用の操縦棹――旋回や傾きの調整が可能。手のひらの圧センサーが力の強さまで拾ってくる。握ると応答感度が変わる。左手側にはスラスター出力と兵装選択のスライダー。指先のスイッチでエネルギー配分もいじれる。足元には前後加速用のペダルと、サイドスラスターの補助トリガー。
すべてを同時に操作しろと? これ……正直、初見じゃ無理ゲーだろ。
『神経補助、同期中。ニューロレイヤーを起動……反射応答優先度を設定完了しました』
「ってことは、俺が“やべっ”って思っただけで、スラスターが勝手に反応するってことか」
『その通りです。ただし、過剰なビビり反応は“誤爆”として記録されますので、どうぞ冷静に』
「できるか!!」
メインディスプレイに航行ルートが浮かぶ。右端のサブモニターでは、リアクター出力と補助兵装の状態がリアルタイムで更新され続けてる。頭上のHUDには、敵味方のシグナル、重力場の変動、空間干渉の警告、そしてルミナの気の利いた(たまに余計な)コメント……とにかく、目も脳も情報で満員電車状態だ。
しかもこの艦、ほとんどの表示が視線と脳波で切り替わるようになってて、ちょっと視点がズレただけで「大破警告」とかが突然、画面いっぱいに飛び出してくる。心臓に悪いっての。
『目標座標を設定。回避行動とマニュアル操縦、戦術判断を評価対象とします』
「了解。――始めるか」
右手のレバーをそっと前に押し、左手のスライダーを3段階目まで引き上げる。足元のペダルを軽く踏むと、主スラスターが低く唸り出し、艦がゆっくり前へと滑り出す。椅子ごと背中を押される感覚。疑似慣性制御が効いてるはずなのに、それでも加速はじゅうぶん体に来る。
……第一加速でいきなり焦る。感覚よりワンテンポ早く艦が飛び出すせいで、脳が置いてかれる。
補助神経制御が先回りしすぎなんだよな。こっちが「行くぞ」と思うより先に、「はい分かりました!」って動いてくる。テンション高めの新人部下みたいな反応だ。
『左方、デブリ帯。高密度。回避経路の選択を推奨します』
「了解――って、うわっ近っ!」
慌てて右手でレバーを捻り、左手でスライダーを調整。左足のペダルを軽くトン。側面スラスターが吹き、艦が横滑りするようにデブリ帯をかすめる。
警告音が鳴りっぱなし。ホログラムは真っ赤。視界が血の気を失ったかと思うほど赤。
『最小クリアランス、0.3メートル。スリリングですが、無意味なスリルは評価対象外です』
「いや、スリルっていうか、ただのミスなんだけど!?」
モニターをちらっと見て、燃料、熱量、兵装の残弾チェック。頭の中がもうフル回転。脳波フィードバックで補正が入ってるせいか、どこまでが自分の判断で、どこからが艦の自動補正か、たまに分からなくなる。
でも――楽しい。無茶な操作が成功したときのこの高揚感。体よりも意識が跳ね上がる。まるで、自分がこの艦そのものになってるみたいな感覚。
前方に仮想敵――無人機。細身の15メートル級、高機動タイプだ。こっちの操作をリアルタイムで学習して、先回りする動きで翻弄してくる。
『戦術評価開始。兵装選択を――』
「こっちでやる。まずは……プラズマ、炸裂モード」
左手のスライダーを一気に三段階目へ跳ね上げ、親指のスイッチでモード切り替え。右手のトリガーを引くと、艦体がピリッと震える。
青白い光弾が一直線に走り、敵機にヒット。バリアが弾け、機体が爆散。視界の右上に《撃破マーク》が浮かぶ。
「よし、次。右だ、回り込んで――」
右手のレバーを回して艦体を傾け、左足のサイドペダルをトン。滑るように横移動して、ちらついてた敵機を正面に捉える。
「マルチレールキャノン、チャージ……いけ!」
左手で武装リングを回し、チャージボタン長押し。ディスプレイが青く染まり、指を離すと閃光が走る。弾道はぶれず、敵機を貫く。即、消滅。
……自分で狙った、というより、“艦がそこに撃てって言ってきた”ような感覚。指が思考より先に動いてる。
「これは……イケるな」
気付けば、声が漏れてる。その瞬間、予想通りの返しが飛んでくる。
『調子に乗るにはまだ早いです。現時点での評価は、“地雷原を全力疾走する飼い猫”です』
「それって……速いの? バカなの?」
『両方です。でも――悪くありません』
最後のひと言だけ、やけに優しいトーンだった。
さらに数機の敵機を撃破し、次の目標へ舵を切る。右手でスティック、左手でスライダーと兵装、両足でスラスター。全部同時に操作してるのに、不思議と混乱しない。
むしろ、心地いい。手も足も頭も、“ちょうどよく忙しい”。
模擬訓練が終わると、ルミナの声が解析結果を読み上げる。
『艦長。訓練ログを解析しました。操作反応速度、戦術選択率、共に“優秀”の範囲です。統計はありませんが、これは間違いなく好結果です』
「……マジで? 俺、けっこうイケてた?」
「はい。“おまぬけ”でも、やればできるという証明ですね」
うん、もうその程度の毒は慣れてきた。
目を閉じる。ノイズ混じりの仮想空間がフェードアウトしていく。でも、艦の感覚――重さ、振動、反応のレスポンス――全部、頭の中に残ってる。
ただの訓練じゃない。これは本当に、“艦を動かした”という実感。
《ストレイ・エクシード》――こいつは、ただの乗り物じゃない。俺が、“一緒に動ける存在”なんだと、ようやく分かってきた。
そしてルミナと一緒に、この艦を“自分の体の一部”にしていくこと。それが、俺の最初の任務だ。
何度か繰り返してきた仮想訓練の艦橋が、視界の端からじわじわとフェードアウトしていく。現実の感覚がゆっくりと戻ってくるその隙を突くように、ルミナの声が刺さってくる。
『艦長、ここで休憩を取りますか? それとも、“勢いのまま調子に乗って転ぶ”ルートをご希望ですか?』
「いや、どっちも選びたくねぇな……で? 次の地獄は?」
『白兵戦です』
「ああ……ついに来たか」
素直に言う。気が重い。艦を動かすのはある意味“ゲーム”感覚だ。でも、自分の身体で殴り合うってなると話は別だ。反射神経とか、体力とか、青春の汗とか、そういうの、俺にはこれまでなかった。
『ご安心ください。“運動神経が微妙な成人男性”でも、補助スーツとスキル補正で“それっぽく”動けるように設計されております』
「言い方のトゲがすげぇのよ」
瞬間、パーセプトボードの空間が変わる。周囲がざらついた格納庫のような景色に切り替わり、俺の体に重みと制限がのしかかる。
足元の反発、手のひらに感じる機械の重さ、呼吸のわずかな抵抗感――これは間違いない。俺は今、《EXO-ARM:ヴァルカンユニット》を装着している。仮想だけど、感覚はほぼ本物だ。
『現在、ヴァルカンユニットの仮想装着を確認。訓練モード:白兵戦・初級。武器は近接単刃。補助スラスター作動範囲、三メートル以内に制限されています』
「つまり、“真正面からバチバチ”ってやつだな」
『ええ。“パイロットなのに最前線に引きずり出される悲劇的状況”を想定しています』
「その皮肉めいたシナリオ、誰の趣味だよ……!」
警告音が鳴り、目の前に敵ユニットが姿を現す。見た目は人型、サイズも俺と同じくらい。装備はスタンバトン一本……って、いや、もうちょっと“訓練用”っぽいビジュアルにしてくれない?
「……おいでなすったな、サンドバッグくん」
ルミナが、どこか楽しげに言う。
『今回は《サンドバッグくんLv2》をご用意しました。武装は電撃バトン、反応速度は人類平均の約1.8倍。学習型の行動アルゴリズム搭載で、攻撃も回避も手加減は一切なしです。安心して挑んでください』
「……いや、どこが“サンドバッグ”なんだよそれ。てか“今回は”って、まさかLv3とかも……?」
『もちろんです。艦長が生き延びられるなら、Lv10まで段階的にお楽しみいただけます』
「その“段階的に殺す”みたいなノリ、やめて……」
とはいえ、やるしかない。まずは様子見。サンドバッグくんが踏み込んできた瞬間、スーツの補助が入る。関節が“最適な角度”に引っ張られるように動く。なるほど、これは動ける。
刃を振る――軽い。反動も小さい。でも、甘い。読まれて弾かれる。
『攻撃が単調です。“おまぬけ艦長”でも、もう少しバリエーションを工夫すべきかと』
「はいはい、毒舌きましたー!」
次はフェイント。踏み込み、足払い、バランスを崩した瞬間に切り込む。スーツが補正をかけてくれるおかげで、刃はまっすぐ敵の胸部に突き刺さる。
敵ユニットがスパークを散らして崩れ落ちる。仮想とはいえ、息が上がる。たぶんエンドルフィンのせいだ。妙に気分がいい。
『命中率、動作精度、共に合格ラインです。体力データも安定傾向。よくやりました』
「おお……ちょっと、俺、やれんじゃね?」
『ええ。その調子で次の訓練で転んでください』
「またそれかよ!!」
次。今度は二体同時に出現する。片方は正面、もう片方は背後の死角から接近してくる。でも、さっきより明らかに“このスーツの身体”に馴染んできてる。
背後からの攻撃予測ラインが視界に走る。スラスターで横へ跳躍、敵の攻撃を受け流しながら反転、背後の一体を切り倒す。残りの一体にも、溜めの動作を見てから滑り込むように切り込む。思考と動きが――同期してる感覚。
『連続撃破を確認。命中精度、反応時間ともに前回比25%改善』
「……マジで。俺、ちょっとだけ、“戦える”気がしてきたぞ」
仮想スーツ越しに感じる疲労。うっすら滲む汗。でも、それ以上に残るのは、確かな“手応え”だ。
今まで、誰かに守られるだけだった自分が、一歩、前へ踏み出したような――そんな感覚。
「……これで、“観客席”から一歩は進んだ、かな?」
『現状では“舞台裏の荷物運び”程度ですが、進歩は認めます』
「もうちょっと褒めてもバチ当たらんぞ……?」
『では、“おまぬけ艦長、初めての反撃成功記念メダル”を手配しましょうか?』
「……結構です!!」
訓練終了の表示が視界に浮かぶ。空間が溶けて、現実の艦内へと意識が戻っていく。
でも――この胸の内に芽生えた“戦う覚悟”だけは、もう消えない気がする。今の俺なら、あの座席にただ座ってるだけじゃなく、ちゃんと“自分の意志でこの艦を動かす”ことが、できるかもしれない。
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