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第10話 誰かがいた宇宙

 艦内には、かすかに震えるような振動だけが残ってる。戦闘は終わった。けど、さっきまでの激しさは、艦のあちこちにそのまま刻み込まれていた。


『マルチレールキャノン、チャージコイル焼損率12%。ミサイルポッド残弾、3。収束式重力投射砲、出力限界近し。……要するに、次に戦ったら沈む確率が大幅に跳ね上がる状態です』


「どこが“要するに”なんだよ、それ……」


 コンソールに点滅する警告を指先でひとつずつ弾いていく。冗談抜きで、次の戦闘に入ったら勝てるかどうかは五分以下。いや、三分も怪しい。


「ルミナ、資源の残量は?」


『艦内ストック残弾12%。エネルギーセル残量6%。補充手段は――絶望的です。艦長が“断食”すれば少し延命できますけど、焼け石に水でしょうね』


「……冗談に聞こえないのがツラいな」


 息をつきながら、窓の外を見やる。宇宙の闇が、いつもより深く、どこか遠くに感じる。


「なあルミナ……そもそも、ここって、どこなんだろうな」


 自分でも唐突だと思った質問に、少しの沈黙が返ってくる。


『答えは――ありません』


 ルミナの声は静かだった。


『既知の座標系との一致は確認できません。中性子星の分布、銀河の回転速度、背景放射、恒星のスペクトル比率――いずれも、地球圏および銀河標準座標系、さらにはゲーム内の“演算宇宙モデル”とも統計的に著しく乖離しています』


「つまり、どこかもわかんないってことか」


『定義するなら、“観測外領域”ですね。地図にない宇宙。名前も記録も存在しない空間です』


 ルミナの説明は続く。


『とはいえ、観測された物理現象そのものは、現実世界の法則に準拠しています。この空間が“幻”でも“プログラム”でもないという点だけは、確かです』


「……ってことは、これは現実ってことか」


『定義にもよりますが、“ここにいる”という事実だけは否定できません。少なくとも、艦長の生体反応と、私の演算はこの宇宙で正常に継続しています』


 胸の奥が、冷える。現実か。帰れない現実って、ゲームを始めただけのはずだったのに。


「……それって、もう帰れないってことか?」


『“帰るための座標”そのものが失われている、ということです。例えるなら――地図のない宇宙で、方位磁針だけが動いてる状態ですね』


「じゃあ……今進んでるこの方向ってのも……」


『私の勘です』


 ルミナが即答する。


「……なんでそこは迷いなく答えるんだよ」


『他に頼れる要素がありませんので。今のところ、私の推測精度が唯一のナビゲーションです』


 一拍置いてから、さらに付け加える。


『それに、“おまぬけ艦長”と一緒に到達した信号が、完全に無関係だとも思えませんし』


 ……ルミナのその言い方、いつもの毒舌の中に、妙な含みがある。


 目を閉じると、思い出す。カプセルの中で眠っていた少女。そして、今回の戦闘で見つけたΔの刻印を持つ死体。偶然じゃない。何かが、俺たちを導いている。


「……補給を優先しよう」


 言葉が自然に口から出る。


「弾薬も、エネルギーも。何より、孤立が長引けば判断力が落ちる。……人間がいる場所は、ないのか?」


『“この宇宙の中に”存在するかどうかは不明です。ただし、文明の痕跡を探る手段はいくつかあります』


「例えば?」


『光波通信の残響、恒星系周辺の人工構造物、重力波に混じった高次信号の断片など。それらを拾っていけば、いつか“誰かがいた場所”には辿り着けるかもしれません』


「……それで行こう」


 俺は頷く。まだ不安はある。でも、止まる気はない。


「たとえ痕跡だけでも、誰かがいたってわかれば、それだけで――」


『……“誰かがいたけど、今はもういない”という証明になる可能性もありますが?』


 ルミナが、少しだけトーンを落として言う。でも――


「それでもいいさ」


 そう答えてから、俺はひとつ笑った。


「誰かがいたって事実だけで、今のこの宇宙よりはずっと――ましだ」




 艦内スキャナーが低く唸り、暗闇の中から微かな波動を拾い始める。ルミナが解析モードに切り替え、わずかな情報を引き出そうと動き出す。


『重力波干渉領域、航行ベクトルθ1.35、φ0.72にて微弱な“熱放出痕”を検出。おそらく、何かしらの推進機関が最近稼働していた痕跡です』


「……誰かがここを通ったってことか?」


『その可能性が高いです。加えて、光波帯で暗号化された通信断片も拾えました。言語構造を持ち、完全なノイズではありません』


「つまり……人工的な通信ってことか」


『はい。“知性を持つ生物由来”と判断されます。ただし、内容は不明。ごくわずかな断片しか残っていません』


 気づけば、俺はもう立ち上がってる。この果ての闇で、“誰か”の痕跡を見つけた気がして、じっとしていられなかった。


「ルミナ、その方向に航路を変えろ。熱源の痕跡を追う」


『了解。……艦長、それでは“幽霊のあとを追う探偵ごっこ”の始まりですね?』


「今さらだろ? 生きてるか死んでるかも分からないものを追うのなんて、今日何回目だよ」


『その感覚に慣れてきたら、もう“まとも”には戻れませんよ?』


 軽口を交わしながら、ルミナは即座に航路を再構成する。推進ユニットがわずかに唸りを上げ、艦は静かに、新たな方向へと滑り出していく。




 巡航を始めて約40分後、目標地点に到達する。スキャン範囲内に、かろうじて“それ”が映る。


『航跡の終端にて浮遊構造体を確認。全長約1,250メートル。形状は不定。ステーション残骸と推定されます』


 モニターには、剥がれた外壁と崩れかけた構造が映る。間違いなく人工物だが、長い時間と損傷のせいで形がぼやけてる。


「中に入れそうか?」


『内部気圧ゼロ、熱源もなし。ただし、一部に微弱なエネルギー残留反応あり。慎重な調査を推奨します』


「よし、ヴァルカンユニットの準備を」


『また、“おまぬけ艦長の単独潜入作戦”ですね。補給地でも見つかれば、バイト要員の募集でもします?』


「雇えたら、とっくにしてる……」


 外部ゲートが開き、俺は宇宙空間へと踏み出す。周囲には細かい破片が漂い、スーツ越しにぶつかる音がコツコツと響く。


 構造体の外壁には、かすれたマークや焼け焦げたユニットが見える。中に入った瞬間、空間の“気配”に思わず息を呑む。


「ルミナ、ログか何か、拾えそうか?」


『アクセス中……意外なことに、内部ネットワークの一部がまだ生きています。言語体系は異なりますが、構造的に翻訳可能と判断します』


「つまり、地球人じゃないけど、完全に異質でもないってことか?」


『そう解釈して差し支えありません。少なくとも、“知性と技術を持つ文明の痕跡”であることは確実です』


 俺は、崩れかけた制御卓に手を置く。焦げと埃に覆われたその奥に、何かが――まだ、確かに残っている気がする。


「ルミナ。これが“誰かの痕跡”なら……俺は、信じてみたい」


『それが希望であるなら、止めはしません。ただし、罠の可能性も常に頭の片隅に置いてください。

艦長は、夢を見るには少し無防備ですから』


「……わかってるよ。でも今は――夢でもいい。何かに、手を伸ばしていたいんだ」




 構造体の中枢区画の一角、崩れた機器の奥から、かすかに反応を返す記録ユニットが見つかる。焼け焦げた筐体の中で、まだ生きてる部分があるなんて、正直驚きだ。


『艦長、データ反応を検出。プロテクト層が一部機能中。解析は……限定的ですが、いけます。まあ、“読み取り成功率:運次第”ってレベルですけど』


「おい、それを冷静に言うな」


 ルミナが処理を走らせると、ホログラムがゆっくりと浮かび上がる。


 そこに映るのは――人間たち。俺と同じ、地球系の姿をした連中が、無重力の艦内で作業してる。会話もしてる。何かの準備を進めてる。


「……これ、人間だよな」


『あらゆる身体特徴、動作パターン、言語構造――すべて地球系人類と一致。つまり、“おまぬけ艦長と似た顔の人間”がこの宇宙に存在していた、という証明です』


 苦笑しそうになるが、視線は映像に釘付けのままだ。聞き覚えのあるような、でも微妙に違う言語が流れている。


『音声に補正をかけます……ログの一部、再構築可能です』


 ホログラムの中から、くぐもった声が再生される。


『……この宙域は安全を喪失……艦隊はすでに……避難は不可能……記録を残す……』


『翻訳プロトコル適合率72%。地球系言語に近いですね。理論上は……会話も成立します。つまり、“話が通じる相手”です』


「じゃあ……どこかに、まだ生き残りが……?」


『生存の可能性は未知ですが、映像に映る人々は、“艦長の同類”である確率が高いです。いろんな意味で』


 思わず口元が緩む。地球人に似た存在。言語も通じる。――もしかしたら、つながる道がまだあるのかもしれない。


『ただし、この記録の発信源は別の地点。ここは中継ポイントに過ぎません』


 ルミナが空間マップを展開する。点滅する座標が、遠方に浮かび上がる。


『発信源までの距離は約72光時。ですが、幸いにも当艦ストレイ・エクシードには短距離ジャンプ機能が搭載済み。空間をビヨーンと曲げてワープする、夢のハイテク装置です』


「その説明で大丈夫か……?」


 冗談めいて返すが、表示されるエネルギー残量は現実的すぎるほど現実だ。残ってる出力は、片道分だけ。帰還の保証はない。


「……帰ってこれない、か」


『帰還率ゼロでおなじみの“片道ジャンプ航法”です。ですが、あの先に誰かがいる可能性がある以上――完全な無謀とも言い切れません』


 考える。……いや、考えるフリだけだ。もう、とっくに答えは決まってる。


「行く。戻れる保証より、前にある希望のほうが――今の俺には価値がある」


『了解。“艦長の浪漫搭載モード”、起動。片道ジャンプ、座標設定中。……目標地点に最短かつ“たぶん安全”なルートを構築します』


 艦内の振動が微かに変わる。エンジンが静かに唸り、ジャンプ準備に入った。


 この広い宇宙で、“誰か”が残した痕跡を信じて――俺たちは前へ進む。

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