第9話 信号の果て
艦橋の照明が少しずつ落ちていき、メインスクリーンに銀の星々が浮かび上がる。座標:後方21,000km。そこから断続的に電磁信号が発信されている。ルミナ曰く、「導きの灯」のひとつらしい。どこかで誰かがそう呼んだのか、それとも勝手に命名したのか。でも、あそこに何があるかなんて、今のところさっぱりわからない。
『目標座標までの航行時間、およそ14分です。途中、小惑星に衝突しそうになったら、即座に回避しますからご安心を。もっとも、艦長の反射神経ではすでに“宇宙の塵”でしょうけど』
「……もうちょい言い方ってもんがあるだろ」
『では、“おまぬけ艦長、宇宙のチリとなる”ではいかがです?』
「……はいはい、それで結構です」
この毒舌にも、もうだいぶ慣れてきた。俺もここでの暮らしに順応してきたらしい。いや、暮らしっていうか――絶賛遭難中なんだけどな、今も。
「信号、まだ続いてるのか?」
『はい。艦長でも迷わず導かれるよう、誘導構造は“過保護”なくらい親切設計です』
「ありがたく誘導されますよっと……」
皮肉に皮肉で返せる程度には、俺も少しだけ余裕が戻ってきた気がする。そんなときだった。スクリーンの奥、漆黒の宇宙の中に、明らかに異質な影が見えてくる。
『構造物を視認。艦船と推定されますが、外殻は崩壊、艤装は散乱。形状の判別は困難です。分類としては“漂流する幽霊船”、もしくは“宇宙のガラクタ”ですね』
「……一体、ここで何があったんだ……」
ズームとともに映像が鮮明になっていく。歪んだ外壁、焼け焦げた内部構造、裂けたフレーム――まるで何かに噛み砕かれたような壊れ方だ。寒気がする。
『通信ログは完全に破損。航行記録も消失。残留エネルギー反応はごく微弱ですが、生体保存カプセルの存在が示唆されます』
「また……かよ……」
『先日収容した“眠り姫”と同様、“漂流中の迷子カプセル”の可能性もありますね。……艦長、収集癖でも?』
「勝手にコレクターにするなよ……」
ヴァルカンユニットに搭乗し、裂け目の空いた船体内部へ向かう。侵入してすぐ感じたのは、圧倒的な“死の気配”だ。通路は崩落し、あちこち焼け爛れ、空間すべてが沈黙に支配されている。だが、主機格納室の隅――そこに、まだ残っていた。
ヒビの入った半球型カプセル。中には、眠るように動かない人影。
「……間に合わなかったか」
『……安らかであることを、祈るしかありませんね。その魂が、どこかで静かに光に還っているのなら、それだけでも……』
「……ルミナ、お前……」
『たとえAIでも、死を無意味だとは思いません。ただし、艦長が同じ目に遭わぬよう、警告は惜しみませんけれど』
「……わかったよ。気をつける」
カプセルの表面に、かすれた刻印が見える。Δ――その後に続く番号は、もう判別できない。
「……Δシリーズか。俺が出会ってきたのって、偶然じゃないのかもな」
胸の奥に、ひやりと冷たい感触が走る。知らないはずの名前なのに、どうしてか引っかかる。
『中の人物も、何らかの“被検体”だった可能性が高いです。身体の強化痕、適応波形の残存、そしてΔの刻印……偶然とは考えにくいですね』
「なあルミナ……俺も、その“Δシリーズ”ってやつなのか?」
『結論を急ぐのは、艦長の悪い癖ですよ。ですが、あなたの体に“意図された痕跡”があるのは事実です。……彼女とあなたが無関係とは、私も思いません』
そっと、カプセルの外殻に手を添える。金属の冷たさが、なぜかやけに重く感じる。
「……せめて、もう少し早く辿り着けていれば……」
『艦長。後悔は、生きている者にしかできません。そしてそれは、あなたにとっての“意味”になるのだと、私は思います』
そのとき――艦内に警報が響き渡る。嫌な音だ。体が先に反応する。
『艦長!ワープ反応接近中!6000km以内に急激な重力波変動!』
「……は?」
背筋が冷える。まさか、こんなタイミングで――
『空間が――裂けます!』
スクリーンの先で、宇宙が歪む。幕を引き裂いたみたいに、真っ暗な空間が裂けて、そこから“何か”が出てくる。
あれは――機械か? 生き物か?……いや、どっちでもない。どっちでもあり得る。脈打つ肉のような装甲、剥き出しの触手、光ってる器官。こっちを見てる。間違いない。敵意を持って。
全長500メートル以上。眼窩みたいな空洞の中心から、何かが蠢いてる。まるで“見つけた”って顔で、まっすぐこっちに来る。
『艦長、急速接近中!生体ベースの有機反応と、機械的な運動制御信号を複合検出――明らかに敵意あり!』
「ルミナ、着艦ルート最短で確保!ヴァルカン、即収容だ!」
『了解。“おまぬけ艦長・緊急収容モード”、起動します』
「……もう、その呼び名で固定かよ……」
ヴァルカンユニットが強制牽引で引き戻され、艦内へと吸い込まれていく。着艦完了。時間の余裕なんてない。
『戦闘態勢に移行。メイン火器、起動。迎撃システム、全展開。』
『可変粒子砲――主砲チャネル接続。粒子安定率、96%。チャージ開始、最大出力照準中です。マルチレールキャノン、補助火力モードでチャージ進行中。砲身温度、規定範囲内。可変プラズマランチャーは旋回追尾中。モード選択:拡散・斬撃併用。対象軌道に合わせてリアルタイム補正を実行中。収束式重力投射砲――収束率80%、質量弾装填済み。発射圏内まで10秒。なお、多連装ミサイルポッドおよび副武装は即時発射対応状態です。各システム、稼働率問題ありません』
艦の外装が変形し、武装ユニットが次々と展開されていく。動作は滑らかだ。まるで獣が牙をむくみたいに自然。
『敵触手ユニット、接近。20本以上、各方向から分散包囲中。これは“捕獲行動”と断定されます』
「悪いけど、捕まってやる趣味はないんでな!」
『照準収束完了――マルチレールキャノン、発射』
ルミナの声とともに、艦下部の砲口が閃光を放つ。レールから射出された徹甲弾が一直線に敵中枢へ突っ込み、爆炎が弾ける。
「……よし、命中!」
だが、吹き飛んだはずの装甲が、肉塊みたいに蠢いて再構成を始める。見てるこっちの神経が痒くなるレベルだ。
『再生速度、推定3.8秒。破壊は困難です』
「だったら、休ませるな。次いけ、ルミナ!」
『了解。可変プラズマランチャー、全門解放――連続射撃開始』
艦側面の砲塔が咆哮を上げ、青白い光の矢が雨のように降り注ぐ。触手が何本も千切れて、敵がのけぞる。
「いいぞ、そのまま!止めるな!」
『マルチレールキャノン、次弾装填。収束式重力投射砲――照準ロック完了。重力弾、発射』
艦底から重力弾が放たれ、空間が一瞬きしむ。命中点を中心に重力が歪み、敵の外殻が引き裂かれていく。
『重力圧損領域、形成成功。運動制御に大きな支障を確認。反応低下中。戦闘優勢、維持しています』
「いい流れだ、ルミナ!追撃いけるか!?」
『当然です。――ミサイルポッド、全弾発射』
「よし、もっと叩き込め!」
ミサイルが艦上部から一斉に放たれ、敵を包み込むように爆発が連鎖する。装甲が弾け、触手が消し飛ぶ。今度こそ――
『……敵反応、急激に低下。転移エネルギー波、検出!』
目の前の数値が乱れる。反射的に操縦桿に手を伸ばす。けど、遅い。
「あいつ、逃げる気か……」
“それ”は空間の裂け目に沈んでいく。もう視認すら困難だ。最後に触手がうねるのが見えた気がしたが、すぐに何もかもが消える。観測装置のノイズだけが、残滓みたいに耳に残る。
『逃走完了。残留反応なし。戦闘、終了です』
ルミナの声が静かに響く。
艦橋は静まり返っているのに、俺の鼓動だけがうるさい。スクリーンには、敵が消えたあとの真っ暗な宇宙だけが映ってる。汗ばんだ手で操縦桿を握ったまま、俺は何も言えずに立ち尽くしていた。
『……艦長、総括しますと』
唐突に、ルミナの声がトーンを変える。
『今回の戦闘における艦長の貢献度は――情緒面での応援、および若干の焦り演出。それ以上は確認できません』
「……なんだよ、言い方ってもんがあるだろ」
『それでも、励ましの言葉によるAI戦闘演算への影響率はゼロではありません。自己肯定感の向上という面では、きわめて小さいながらプラス効果が――あ、失礼、誤差範囲でした』
「はいはい、わかったよ……」
『とはいえ、このまま“応援係”に甘んじるなら、“名ばかり艦長”として記念プレートでも作って差し上げますが、いかがなさいます?』
「……お前、いつか絶対どつくからな」
『その際は、“おまぬけ艦長の反撃反応テスト”として記録しておきますね。成功すれば、立派な進歩です』
「……はぁ。で、今のアレ……間違いなく“狙ってきた”動きだったよな」
『はい。“無差別攻撃”ではありません。Δ系列の存在――艦長を含め、“識別された対象”として明確に追跡・排除するパターンです』
「……あの幽霊船も、やられたってことか」
『高確率で推定されます。Δ系列の痕跡を追い、発見次第で接触・消去を繰り返していた――そう仮定すれば、今回の出現も“偶然”では片づけられません』
俺が拾ったカプセル。そして今、あれが現れた。
「……つまり、“俺がそこにいた”から、来た。呼んだわけでもないのに」
『はい。誘導信号、漂流カプセルの座標、そして敵の出現。それぞれは点のように見えて――実際には、明確な“線”としてつながっています」
ルミナが言う“線”――それは、偶然じゃなくて必然の軌道。そして俺も、その軌道のど真ん中にいるってわけだ。
「……やっぱり俺は、ただの通りすがりじゃ済まされないってことか」
『今さらですね、艦長。あなたは既に、“渦中の人物”です』
その瞬間、医療区画からのサブチャンネルが自動的にアクティブになった。
『……警告:感応センサ異常値。格納個体、神経反応急激変動。該当時刻――敵性体消失の直前』
「……! ルミナ、それ……」
『艦内記録に記録済みです。対象のカプセル内センサが、わずか0.8秒のタイムラグで“交感性反応”を検出。あくまで物理接触ではなく、“何か”を感知した可能性があります』
俺は凍りつくような衝撃を受けた。彼女が、あの存在に――何かしらの“反応”を示した?
「……彼女は、何か聴いてたってことか?」
『それは断定できません。ですが、確かに反応はあったようです』
「Δシリーズ、か……」
俺はゆっくりと背もたれに身体を預けた。沈むように、過去と未来のはざまに沈降していく感覚があった。
「ルミナ。俺が何者かってこと――それが全部わかる日が、来ると思うか?」
ルミナの声は、いつも通りの温度を保ちながら答える。
『艦長でも、最後まで進めば、答えにたどり着けるはずです。……ただし、途中でチリにならなければ、の話ですが』
「……やっぱり言うんだな、それ」
画面の中、無数の星が瞬いている。その先に、次なる“導きの灯”が――まだ見えぬまま、気配だけを残して、宇宙の闇に息を潜めていた。
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