8話 絞り出せ、回復の光
⸺⸺ガーネット領主の屋敷、庭⸺⸺
「ええ、そうよ。杖は胸の前で軽く構えて……そんなに力まないでも良いのよ、レベッカ」
「は、はい……!」
ガチガチに緊張するレベッカに手取り足取り教えるお母様。必死なレベッカには申し訳ないけど、健気で可愛い。
お母様は教えるのがとても上手なので、僕はほとんど見ているだけだった。
⸺⸺
「魔力の流れ……感じます。脈とは別の、温かい流れ……」
目を閉じてリラックスするレベッカ。うん、魔力の操作ももう出来そうだし、すぐに回復魔法も使えるようになりそうだ。
「良いわね! そのまま魔法陣を頭の中で思い描くの。最初は魔道書を見ながらで良いわ」
「はい、れべちゃどうぞ」
僕は持っていた魔道書をパッと開いてカンペのようにレベッカへと向けた。
「ありがとうございます、フィル様」
レベッカがジーッと僕の持っている魔道書を見つめる。すると、彼女の構える杖の先端を中心として、丸い光の魔法陣がスーッと描かれていった。
「へぇ、魔法っつーのは、本来ああやって発動させるんだなぁ」
と、グレン。隣に座るお父様が反応する。
「アカツキの国には、魔法はないのかい?」
「そうっすねぇ。妖術っていう似たようなものはありますけど、魔法とはちょっと違いますかねぇ」
「妖術か、なるほど興味深い……」
外野は呑気で楽しそうだ。
「今よレベッカ。呪文を詠唱して!」
「はい……! えっと……えっと……ヒール!」
しかし、状況は何も変わらない。
「あら……?」
「あれ……?」
お母様と僕は顔を見合わせ首を傾げる。本来ならここで初級の回復魔法である“ヒール”が発動して、魔法陣から回復の光が降り注ぐはずなのだ。
「ふぇぇ……し、失敗でしょうか……?」
そう言うレベッカは魔法陣を描いたまま固まっている。失敗ならきっと魔法陣も崩れて消えるはずだ。
「いや、失敗なはずはないんだけど……もう1回唱えてみて?」
「分かりました、フィル様! ヒール!」
やはり何も起こらない。
「何で!?」
「おかしいわねぇ……」
僕もお母様もうーんと頭を抱える。
そしてレベッカは、ムキになってぶんぶんと杖を振りながら呪文を連呼し始めた。
「ヒール、ヒール、ヒールヒールヒールヒィィィルッ!」
ふんすっ、ふんすっふんふんふんっ!
そんな擬音が飛び散っている。
すると、彼女の努力のかいもあり、遂に魔法陣から“ポフッ……”と極小の光の球が飛び出した。
「おぉ!」
と、一同。コーヒーブレイク組も思わず身を乗り出していた。
僕は急いでその光の球へと触れてみる。僕が球に触れると同時に魔法陣も消えていった。発動完了のサインだ。
「うん、確かに回復の魔力だ。れべちゃ、発動できてるよ」
「わぁぁい! やりました~!」
バンザイをして大喜びするレベッカ。良いのかなこれで!?
チラッとお母様を見ると、首を傾げながらもうんうんと頷き微笑んでいたため、僕もまぁいっかと思う事にした。
その後レベッカはひたすらに庭で魔法杖を振り続け、なんとか“3ふんすっ”くらいで初級魔法のヒールが発動できるようになっていた。
その頃にはもう日が傾き始めていたため、アカツキの国への出発は明日にして、ゆっくり屋敷で休む事になった。
⸺⸺
夜。明日の準備を終えて自分の部屋で寝ようかと思った頃。もう客室からはグレンの大きないびきが聞こえてきている。
⸺⸺コンコンコン⸺⸺
「フィル? もう寝たかしら?」
お母様だ。
「ううん、おきてるよ」
そう言ってすぐに部屋の戸を開けてお母様を中へと通した。
「わぁぁっ……それ、子供用のローブ?」
お母様が手に持っている魔道士のローブを見て思わずそう声を上げる。
「そうよ。急ごしらえでごめんなさい。子供用の魔道ローブなんてこの町の防具屋にはなかったから、わたくしが現役時代に使っていたものを少し改良したの」
「えっ……おかーさまの大切なローブ、切っちゃったの?」
「もう着ないものだったから良いのよ」
「わぁ……ありがとう。おかーさま、お洋服作り上手だね……!」
早速袖を通すと、柔らかい肌触りで着心地が良い。
「うふふ、そうかしら。ありがとう」
⸺⸺
「それでね、レベッカの事なんだけど……」
「回復魔法?」
「ええ。なんであんなにも最後の最後で詰まったみたいに出てこないのかしらって考えたのだけれど……」
「うん、何か分かったの?」
「もしかしたら、あの子の“種族”が関係しているのかも」
「あっ、小人族だから?」
「そう。小人族の知り合いはレベッカ以外にはいないから、あくまで予測でしかないのだけれど、私たち人間とは少し性質が違うのかもしれないわ」
「なるほど……! そっか、じゃぁ、小人族の事をもっとよく知ったら、れべちゃにあったスタイルの魔法が分かるかもしれないね!」
「そうなの。魔力量も問題はないし、魔力のコントロールも出来ている。本来、魔道士に向いているはずなのよ、あの子も」
流石お母様。僕はうんうんと相槌を打った。
「あなたたちがアカツキの国から帰ってくるまでに、わたくしは小人族について調べておくわ。だから、レベッカはとりあえずあのまま連れていってあげてちょうだい」
「うん、分かったよ。ありがとう、おかーさま」
その後お母様は僕が寝るまでベッドにもたれてトントンと寝かし付けてくれた。お母様のトントンはどんな睡眠魔法よりもすごい。安心して、あっという間に寝てしまうんだ。
今日も案の定、僕の意識はすぐに途切れた。