66話 シフォンとマロンの逆襲
⸺⸺ゴールディ領主の屋敷⸺⸺
僕たちが入ってきた途端、お屋敷の中にいた使用人たちが続々と逃げ出そうとする。
「待って! 領主はどこ!?」
「2階の執務室です! 階段を上がった先の廊下の一番奥の部屋です! ど、どうか私たちはお見逃しを……!」
メイドがガクガク震えながらそう答える。
「ありがとう! いいよ、逃げちゃって!」
「あ、ありがとうございます!」
使用人たちを見逃して3人で2階へと駆け上がる。
「あの部屋じゃな!」
「うん!」
バンッと勢い良く扉を開くと、ゴールディはある女性の首元にナイフを突き付けていた。
耳に桃色の綺麗な魚のヒレの付いている女性。あれがマロン姫か。
「そ、そそそそれ以上近付くな! こいつはピスキア公国の大公女だぞ!」
ゴールディはガクガクと震えながらそう声を絞り出す。確かこの人いつもはもっと丁寧なしゃべり方をしていたと思うけど、もうそれどころではないらしい。
マロン姫は目をキュッとつぶって怯えていた。早く助けてあげなくては。
このとき、フレイヤが腕を後ろに回してニーズヘッグの思念体を出そうとしていることが分かった。手のひらの上じゃなくても、少し離れたところに出せるのか。フレイヤは目で合図をしてくる。よし、ここぞという時にニーズヘッグを送り付けよう。
「なんじゃ、あの大きな釜は? 煮えたぎっておるのう」
と、スズラン。気をそらせようとしているんだ。っていうか、何だって執務室に五右衛門風呂のような大きな釜があるの? もしかしたらスズランは本当にただ気になっただけかもしれない。
「こ、これは魔障活性薬の“原液”だ! 人がこの中に落ちれば一瞬で溶けてなくなるのだ! 少しでもおかしな真似をしてみろ! この魚をあの中にぶち込むぞ!」
と、ゴールディ。
「ふぅん……シルバ卿もその釜で処分したの?」
「……ガキのくせに察しが良いな。奴は役立たずだったから処分しただけだ」
あっそう。適当に言っただけだったけど……。つまり、処分した人の痕跡を残さずに消せる訳だ。きっとそれで何人も葬ってきたんだろうね。
「ならば、これはなんじゃ?」
スズランは次にこの大陸の地図をつまみ上げる。ちょ、スズラン、マロン姫の事もあるから、慎重にね……。
その地図にはエリージュ王国のあちこちに×やら○やらの記号がついていた。
すると、その地図を見たゴールディは狂ったように高笑いを始める。
「あっひゃっひゃ! それは私の世界征服までの軌跡を示した地図だ! 私は地下からじわじわと国を乗っ取り、やがてはこの大陸全土を支配する王となるのだ!」
「……王?」
まさか、それがこの一連の騒動を起こした動機!?
……しょーもな。
そしてフレイヤは、高笑いをし過ぎて視線が上を向いているゴールディの隙を見逃さなかった。
ポンッと、ゴールディの胸元にニーズヘッグの思念体が現れる。その思念体はナイフを握っている手首に向かって小さな魔弾を放った。
「ぎゃぁぁっ!」
ビリビリッと音が聞こえてきて、ゴールディはナイフを放り投げる。痺れる魔弾! その瞬間、スズランがマロンの腕を引っ張ってこちらへ引き寄せ、僕はスライディングをしてナイフを遠くに蹴り飛ばした。
「ナイスじゃフレイヤ! ニーズヘッグ! マロン姫よ、もう大丈夫じゃぞ」
スズランはそう言ってマロンを庇うように自身の背後へと回した。
「は、はい……! ありがとうございます!」
「な、ななな何だこいつは……!? クソッ! わ、私は捕まらない! 捕まらんぞ!」
そう言うゴールディにニーズヘッグは小さな魔弾を連続で吐き出す。
「ぎゃぁぁっ! あああっ! や、やめ……ぐあぁっ!」
ニーズヘッグ……まさか、楽しんでる……? でも、絵面が軽く拷問なんだけど。
「あの……、地下に工場があって、たくさんの魚人と獣人が囚われています! その中には獣人の王女も混じっていて……どうか、彼女たちもお助けください!」
と、マロン。その彼女の一言でゴールディは再びドヤ顔になる。
「そ、そそそそうだぞ! このスイッチだ、このスイッチを押せば工場内へ警報が鳴り響き、証拠隠滅のため彼らは優秀な殺し屋によって全員殺されるのだ!」
そう言って謎のスイッチを構えるゴールディ。
「そうなの? 押してみれば?」
と、僕。
「なっ!? 貴様正気か!? いいのか、本当に押すぞ!」
「その殺し屋ってガジムとか言う名前の奴か?」
この声は、グレン!
部屋の奥にある扉からグレンたち地下組がゾロゾロと現れる。あの奥の部屋が地下の工場に繋がっていたのか。
これでガーネット幹部大集合。獣人の女性もいる。あの人がシフォン王女か。
「そうだ、ガジムは恐ろしく強い殺し屋で、私が更にドーピング薬も預けているのだ……って、え!? なぜシフォン王女がここに!?」
ゴールディの表情は一気に青ざめる。
「そのスイッチ、押してもいいけど、そのガジムってやつはもう俺が殺したから何もなんねぇぞ?」
と、グレン。
「シフォン!」
「マロン!」
感動の再会を果たすお姫様2人。
「何っ!? う、嘘だ、なぜ、なぜこんな事に……!」
ゴールディは必死に机の上へとよじ登る。まさか、その先の出窓から飛び降りて逃げるつもりか。
⸺⸺その時だった。
「「えいっ!」」
シフォンとマロンの2人がゴールディを机の上から突き飛ばし、彼はもがきながら机から落ちていく。
⸺⸺落ちた先は、煮えたぎる釜の中だった。
⸺⸺ジュッ⸺⸺
一瞬で消えてなくなったゴールディ。一瞬で溶けてなくなるのは本当だったんだ。まさか自ら実演してくれるとは。
「……溶けた」
「本当に溶けたのう……」
「まぁ、当然の報いですかね」
フレイヤがそうまとめて、僕たちはハイタッチをし合って勝利の喜びを噛み締めた。




