51話 レベッカの叫び
⸺⸺世界樹の麓の集落⸺⸺
そびえ立つ世界樹の麓には小さな集落が広がっていたが、普段は穏やかそうなその集落も今は戦火に包まれていた。
その火種はそこの住民である妖精族自身だ。
真っ黒なモヤをまもった妖精族たちはあちこちに攻撃の魔法を放っている。
妖精族の魔力はニコラスのように回復の性質に偏っているはずなのに、魔障の影響なのか性質が変化してしまっているようだ。
あちらこちらで竜人族や鷲のような翼を持った鳥人族が妖精族からの攻撃に応戦しているが、彼らが正気ではないことは明らかであるため防戦一方だった。
「れべちゃの魔力を妖精族の人たちに送ってあげるんだ。そうしたら魔障が抜けて正気に戻れるかも」
僕が隣にいるレベッカへそう提案をすると、彼女は「でも……」となぜか渋っていた。
「れべちゃ? どうしたの?」
心配して彼女を覗き込むと、彼女の目はうるうると涙ぐんでいた。
「……じゃ、ないでしょうか……?」
小さく震えた声でそう言うレベッカ。
「れべちゃ、大丈夫? 怖い? ごめん、今上手く聞き取れなくて……」
すると、レベッカは声を張り上げてこう叫んだ。
「ニコラス様を迫害した罰じゃないでしょうか!?」
「! れべちゃ……」
「レベッカ……!」
ニコラスも驚いている。
「私も……子どもだと思われてなかなか職がもらえず、小人族だと話すと余計に受け入れてもらえず、あちこちで仕事を断られて苦しい思いをしてきました! フィル様がお生まれになってガーネットのお屋敷でメイドが必要になったおかげで、旦那様と奥様に見つけていただいて、今こうして働くことができているんです!」
「! それが、前にれべちゃが“僕のおかげでメイドができている”って言ってた真相なんだね……」
レベッカはこくんと頷く。
「私たちは同じ“人”なのに、種族が違うからと言って迫害する人の気が知れません。あの人たちだって、ニコラス様が半分人間の血を引いていると、ただそれだけの理由で迫害したではありませんか! そんな人たち、私は助けたくありません! このままみんな死んじゃえば良いじゃないですか!」
うわぁぁんと、大声で泣き出すレベッカ。
知らなかった……レベッカがそんな想いを抱えていたなんて。
スズランたちも妖精族からの攻撃を防ぎながら「レベッカ……」と心配そうに彼女を見守る。
「れべちゃ……ごめんね。れべちゃがそんなふうに傷付いていたの、僕知らなくて……。でも、彼らを解放しない事にはこの先に進むことも難しそうだ。このまま死んじゃうっていうのは、誰かが殺さなきゃいけないってこと。殺すのは、後味悪いよね。だから、僕が彼らを解放するよ」
僕はレベッカと違って一旦魔力の性質を魔障に耐性のあるものに変えなくてはならない。
それには通常よりも多くの魔力を消費し、この先のニーズヘッグ戦でも魔力が持つかどうか不安だけど、レベッカに無理してやらせるのは可哀想だ。僕がやるしかない。
すると、ニコラスが妖精族の人々を見て「みんなも泣いてる……」と呟いた。
レベッカはその涙を見てハッとしていた。そんな彼女へ、ニコラスが語りかける。
「レベッカ、僕のために怒ってくれてありがとう。君の言葉が彼らにも届いているから、彼らも涙を流したんだと思う。みんな、後悔してるんじゃないかと思うんだ。自分たちで散々自分たちの家を破壊して、住むところがなくなった。十分、罰は受けたんじゃないかな。だからレベッカ、お願い。1度だけで良い、彼らにやり直すチャンスをあげてくれないか?」
「ニコラス様……!」
ニコラス、彼は強くなった。引きこもっている弱気な彼はもういない。
自分を迫害した人たちへそんな言葉がかけてあげられるなんて、なんて立派なのだろう。
レベッカは涙を拭いて「分かりました」と頷いた。
「フィル様、すみませんでした。フィル様の魔力を温存する為にもここは私がやらなくてはならないのに……」
「れべちゃ……大丈夫? 無理しなくても……」
「大丈夫です。私がやります。1度だけチャンスをあげます」
レベッカの表情に迷いはなかった。
「ありがとう、れべちゃ。お願い」
僕がそう言うとレベッカは「はい」と返事をし、両手のひらを天へと掲げ、自身の魔力を妖精族の人々へと送り込んだ。
妖精族はみんなキラキラと白い光に包まれ、次々の彼らの身体から魔障が抜けていく。成功だ、やっぱレベッカの魔力は特殊ですごいや。
魔障から解放された妖精族の人々は、その場にドサッと脱力する。そして、彼らはレベッカへと口々にお礼を言っていた。
「れべちゃ、僕からもありがとう。おかげであのニーズヘッグは全力でボコれそうだ」
「はい!」
僕はいつもよりも気合いを入れて、道を開けるアース種族の花道を通り、ニーズヘッグへと対峙した。




