2話 根無し草の鬼のおじさん
「おじさん、何歳?」
「28歳だ! まだ“お兄さん”だろうが!」
「わ……お兄さんな気がしてきた」
「そうですね……お兄さんかもしれませんね」
「ほらみろ、お兄さんだろがい。訂正しやがれ」
なんでか分からないけど猛烈に認めたくない……!
「でも……年はセーフでも寝相がおじさんだったからやっぱりおじさんにする」
年は関係ない♪
「てめぇクソガキぶっ飛ばすぞ!」
「ひぃぃ~! 私たちは食べても美味しくないですぅ~!」
レベッカがそう言って半泣きになる。それ、魔物とかに言うセリフ……。
おじさんは「てめぇらマジで俺のことなんだと思ってんだよ……」と溜め息をついた。どうやら怒る気も失せたらしい。
「なんでこんなところで寝てるの? 風邪ひいちゃうよ?」
「うるせぇな、泊まれる宿がねぇんだよ」
「あるよ、ここからすぐ近くのガーネットって町。ちゃんと宿屋さんあるよ?」
僕はそう言って後ろを指差す。
「金がなきゃ泊まれねーだろがい」
「所持金なしの根無し草の鬼のおじさん……なんだか可哀想ですね……」
と、レベッカ。
「そだね……。おじさん、お金無いんだ……なんで?」
おじさんは目を閉じて思い出に浸り出す。
「昨日の大穴を当てて、全部取り返す予定だったんだ、俺ぁ……」
うわぁ、ただのギャンブラーか……。
「大穴を当てる……? お宝探しでしょうか?」
と、レベッカ。20歳過ぎのレベッカに通じなかったのに、5歳の僕が分かってしまったの、なんか辛いな……。
「うん、きっとそうだと思う。おじさん、ちゃんとお仕事したほうが、いいよ?」
「その仕事道具を変な魔物に盗られちまって、仕事すら出来ねぇんだよ! つーかこの森、魔物出ないんじゃねーのかよ! あのカジノのあった“シルバの町”? ってとこでそうやって教えてもらってこの森に住もうと思ったのによ……」
「えっ、魔物!?」
シルバの町のカジノで一文無しに……それはなんかはめられた感があるけど、今はそんな事よりこの森に魔物が出た事の方が重要だ。
「ひぃぃ、この森、魔物が出るようになっちゃったんですか……?」
「おじさん、どの辺でどんな魔物を見つけたの?」
「あ? もっと奥の、池がある辺りで、こう、めちゃくちゃでけぇスライムに出くわしたんだ。普段なら俺も警戒してんだが……まぁ、一文無しになって絶望してたし、魔物出ねぇって聞いてたしで……寝てる間に俺の仕事道具、そいつに丸飲みされたって訳よ」
「池……“魔水晶の泉”の事ですね、多分……」
と、レベッカ。
「うん……めちゃくちゃデカいスライムか……」
屋敷に戻ってお父様に報告をする?
いや、それでシルバ卿に討伐を依頼しなきゃいけなくなったらそれこそまたお父様は嫌な思いを……。絶対に高額な討伐費を請求してくるに決まっている。
「うぅ、フィル様、今日はもう探検は中止してお屋敷に戻りましょう? 旦那様に報告をしなくては……」
レベッカ。それが出来たらいいんだけど……。
僕は、てっきり今世では田舎の領主の息子としてスローライフが送れるんだと思っていた。
この強すぎる力を使わなくても、幸せまっしぐらな人生だって、そう思ってた。
でも、今現在幸せなのは、“僕だけ”だ。これじゃぁ、前世や前前世とやっている事は同じだ。
ひとりで幸せになったって寂しいだけ。だから僕は、“みんなで幸せになりたい”!
⸺⸺さようなら、僕のスローライフ。全部片付いたら、また迎えに来るからね。
「ううん、れべちゃ。おうちには帰らない。僕はこのまま、そのスライムをやっつけに行く」
「「えっ!?」」
と、固まる2人。2人が呆気にとられているうちに、僕は泉のある方へと走り出した。
「だ、ダメです、フィル様! 危ないです! 戻って来て下さい!」
「無理だ、あんなやつ。丸腰のガキ一人でなんとかなる相手じゃねぇ! 戻れクソガキ! ねーちゃんの言う事聞きやがれ!」
大人2人はそう言って僕を必死に追いかけてきた。普通の5歳児ならすぐに捕まっちゃう。でも僕は……。
地面に向かって魔力を放出させ、宙にふわっと浮かび上がる。そして、そのまま魔力で地面を蹴って、滑るように進んでいった。
「えっ、浮いてる!?」
「げっ、あのガキめちゃくちゃはえぇじゃねぇか!」
ごめんね2人共、せっかく心配してくれてるのに。
すいーっと森の中を進んでいき、あっという間に大きな魔石が浮かんでいる泉の前へと到着した。
『フシューッ……!』
そこにいたのは、僕の10倍くらいの大きさのある、ドロドロとしたスライムのような魔物だった。