18話 おじいちゃんと孫
⸺⸺鍛冶場⸺⸺
カン、カン、カンと刀を鍛える音が鳴り響く。熱気に包まれた工房で、一人の鬼のお爺さんが刀を打っていた。
「あの人がアサ爺?」
僕の問いにスズランが「うむ」と頷く。
「浅葱刀匠。アカツキ家お抱えの名匠じゃ」
「分かった、僕ちょっと行ってくる」
鍛冶場の入り口で待機しているみんなに背を向けて、アサギ刀匠の前まで駆けていった。
「なんだ坊主。危ねぇからそれ以上近づくんじゃねぇ」
こっちを見ずに低く唸るような声でそう言うアサギ刀匠。僕は素直にその場でぴたっと立ち止まった。
「お仕事中話しちゃだめ?」
僕がそう尋ねると、アサギ刀匠は一度だけチラッとこっちを見た。
「……坊主てめぇ、角がねぇじゃねぇか。つうとあれか、孫娘の言ってた“英雄様”か。なんだ、特別に聞いてやる」
アサギ刀匠は打った刀を裏表とひっくり返し、出来を確認しながらそう答えた。温泉に入っている間にお城では僕のことが既に噂になっていたらしい。
「僕、フィル・ガーネットです。隣のエリージュ王国で騎士団を結成する事になってね、それに“ソーゲツグレン”さんが参加してくれるんだ」
「おう、姫様も参加するそうじゃねぇか」
「うん、そうだよ。それで困った事があって、グレンさんの新しい刀が必要なんだ」
「あ? あの野郎にはもう刀はある」
「それが……特殊な魔物の体液で、刀身が粉々になっちゃったんだ……」
「……何だと……?」
アサギ刀匠の腕がピタッと止まる。
「あの、だから……ボロボロに……ほら」
僕はそう言って柄だけになったグレンの刀をアサギ刀匠へと見せた。
「んなっ……! なんじゃこりゃぁぁぁっ!」
絶望の表情で絶叫するアサギ刀匠。その激しい絶叫に耐えきれなくなった彼の入れ歯がスポーンと飛び出し、僕の顔目掛けて飛んでくる。
すると、いつの間にか僕の前に割り込んでいたフウガが腕で受け止め、僕を入れ歯から守ってくれた。
「おぉ、ふうちゃ、ありがと……」
「お安い御用!」
「ふがっ、ふがふがふがっ!」
うわぁ、アサギ刀匠が急に何言ってるのか分からなくなった!
その時、工房の奥から鬼の女の子が顔を出す。僕よりも少し上くらい……7、8歳と言ったところか。浅葱色のポニーテールに小槌を担ぎ、男勝りな風貌だ。
「おぉ、ボタンではないか」
と、後ろからスズランの声が聞こえてくる。
「あーあ、おじいちゃん。ほら、入れ歯落ちてるよ」
ボタンはそう言って入れ歯を拾うと流しで雑に洗い、アサギ刀匠の口にカポッと突っ込んだ。
彼は入れ歯が復活すると、僕の後ろの方でビクビクしているグレンに詰め寄り、思いっ切り喝を飛ばした。
「グレンてめぇ、あんな幼い坊主に代弁させやがって! せめて自分の口で頼みに来やがれってんだ!」
「だぁーっ、わりぃ、悪かったって! この通りだアサ爺!」
「だいたいてめぇは……」
と、ガミガミとアサギ刀匠の説教が始まり、グレンは土下座をしながらその説教に耐えていた。周りに居るメンバーはやれやれと首を横に振る。
「ま、あっちは置いといて。フィル、だったね? アタイは浅葱牡丹。あの刀匠の孫さ。ちょっとその柄を見せてもらってもいいかい?」
「あ、うん。どうぞ、ボタン」
ボタンは柄の刀身が付いていた部分をじっくりと眺める。
「あちゃー、こりゃすごいねぇ。きっとこの体液があの素材と反応して……」
ブツブツと自分の世界に入っていくボタン。この子、ただの少女じゃないぞ……! って、僕が言えた事じゃないけど。
ボタンは一通りブツブツ言い終わるとその柄を僕に返し、工房の隅に鞘に入れて立て掛けてあった1本の刀を土下座しているグレンの頭上に提示した。
「ちょっとおじいちゃんどいて。グレン兄ちゃん。この刀なんてどう? アタイが打ったんだよ」
「ボタンじゃねぇか! これを……お前が?」
グレンは立ち上がってそれを受け取ると、ゆっくり鞘から引き抜く。そして「これは……!」と驚いた表情を浮かべると、辺りをキョロキョロと見回した。
「試し切りならこれでどうぞ」
ボタンがそう言って土台に1本の竹が刺さった物をグレンの目の前に持ってくると、彼はスパパパンと一瞬でそれを八つ裂きにした。
「こりゃ、すげぇ業物じゃねぇか! やるなぁ、ボタン。これ、もらって良いのか!?」
「うん、持ってって。そいつの名前は『国色天香』って言って、牡丹の花の異名さ。アタイはまだ正式な刀匠じゃないから、どうせそれは城の部隊にも献上出来ないし、店にも並べられないからさ」
「ありがてぇ! マジで感謝だぜ!」
子どものように喜ぶグレン。そっか、国一の剣術使いのグレンがそんなになって喜ぶくらいの刀なんだ。
「ねぇ、ボタン!」
僕は思わず彼女の名を呼ぶ。
「ん? なんだい、フィル」
「ボタンも僕の騎士団に入らない? 僕の騎士団のお抱えさんになってよ!」
「えっ、このアタイを……誘ってくれるのかい?」
ボタンの表情がパーッと明るくなり、スズランやグレンも「それは助かる!」と後押ししてくれた。
⸺⸺しかし。
「ダメだ!」
と、アサギ刀匠が一喝。
「な、なんでだよおじいちゃん! 姫様が参加するようなすごい騎士団ってのに誘われたんだよ? アタイ、行きたいよ!」
「お前はこの国のお抱えにするために今まで厳しく修行を積ませてきた。国の外には出さん」
「そんな……おじいちゃんの後継ぎならお父ちゃんがいるじゃないか!」
「ダメだ! あの刀をあの馬鹿にやるまでは良い。だが、お前が行くのだけはダメだ!」
「あーん……そんなぁ……」
ガクッと落ち込むボタン。僕はどうやら国の大事な逸材を取ろうとしてしまったらしい。
「アサギ刀匠、ごめんなさい、僕、知らなくて……」
「すまんな。いくら国の英雄の頼みと言えど、こればっかりは譲れん」
「うん……分かった」
⸺⸺
みんなで刀のお礼を言って鍛冶場を出ると、ボタンが鍛冶場の外まで僕たちを追いかけてきた。
「フィル!」
「ボタン?」
彼女ははぁ、はぁと呼吸を整え、落ち着いたところでこう言った。
「アタイ、おじいちゃんの説得諦めないよ。絶対にアタイもその騎士団ってやつに入りたい。でも、おじいちゃんに反対されてまで行くのは嫌なんだ。だから、ちょっと遅れちゃうかもしれないけど、待っててくれる?」
「本当!? もちろんだよ! でも、後継ぎの問題が……」
「大丈夫。それもちゃんと解決させるから」
「ありがとう、ボタン。分かった、僕ずっと待ってるよ!」
「うん!」
みんなで顔を見合わせて微笑み、今度こそ僕たちは鍛冶場を後にした。




