14話 本気の大賢者
魔法には初級、中級、上級とあるけれど、お母様の魔道書の中でも一際古い魔道書には、更にその上があると書かれていた。
⸺⸺古代魔法。
天変地異をも引こ起こす可能性のある超魔法。地属性とかは山がぶっ飛びそうだからやめた方がいいけど、今必要なのは水の魔法だ。よし、問題ない。
確か長ったらしい詠唱をしているとゆっくりと魔法陣が描かれていって、詠唱が終わるまでに魔法陣が描き終えられれば、発動が出来るはず。
「フウガさん! 僕が詠唱を終えるまでにカグツチの攻撃が来たら、さっきの風の刃で吹き飛ばして!」
「承知!」
フウガは僕を守るように僕の前に立ち双剣を構える。こんな怪しい5歳児の指示でも臨機応変に対応してくれて、助かる。
「ウチも……軌道をそらすくらいなら出来る……!」
ライカもボソッとそう言って僕の前で矢を構えた。
「ありがとう!」
ふぅっと、深呼吸。よし。僕を守ってくれている2人のためにもなるべく早く魔法陣を描き切らなくちゃ。確か詠唱の文言は……。
「清き水の流れよ……」
僕が唱え始めた瞬間、巨大な魔法陣がカグツチの足元に秒で描かれた。
えっ、もう描き終わったの!? 続きいらないじゃん。
「……以下省略。古代水魔法……フルクストリーム!」
カグツチの足元から渦を巻いた巨大な水柱がバシャーンと噴き上がる。それは問答無用でカグツチを丸々飲み込んでいく。空高く天へと突き上げた柱はやがて四方八方へと散らばり、アマツ山全体にスコールのような大雨を降らせた。
「こ……これが……フィルの本気か……!」
グレンがかろうじてそう言葉を発したのみで、みんなは魂が抜けたようにその場にポカンと立ち尽くして雨にうたれまくっていた。
水柱から解放されたカグツチの身体からは黒いモヤがスーッと抜けていき、カグツチはそのまま後ろにドサッと倒れ込んだ。
同時に、サクラの身体からも黒いモヤが消えて目の色も元に戻り、彼女もそのままドサッと倒れた。気を失っているようだ。
「……はっ! サクラ……!」
「サクラ!」
魂の戻って来たスズランとシノノメは、慌ててサクラのもとへと駆け寄った。
『強烈な水の一撃……おかげで目が覚めた……古の賢者よ……感謝する……!』
と、カグツチ。
はっ、なんか大賢者とは別の称号をもらってしまった!
「そっか、良かった。でも、僕は……これで……」
本気を出してしまったから、みんなから怖がられたはず。騎士団結成はもう無理かも。
だって、前の世界では僕がこうやってちょっと強い魔法を使う度に、みんな恐れおののいていって、初めは尊敬の眼差しみたいなのもあって、力が認められているんだって勝手に思ってた。
でも、いつしか人々は僕を破壊の神か何かと勘違いするようになって、怒らせないために敬う、みたいな邪神の宗教になっていって、気付けば側に寄り付く人は誰もいなくなっていた。
今回の世界だってきっとそう。こんな敵をワンパンしながら天候を変えるような魔法使っちゃったから、みんなポカンとしていた。それでも僕は、たとえこの後嫌われることになっても、この状況を打破できるのはこの魔法しかないって思ってたから、悔いはない。さよなら、みんな。
⸺⸺と、思ったのに。
「……ウチら、構えた意味、なかった……」
「でもライカ、俺たち特等席ですごいもの見たな!」
目をキラキラと輝かせるフウガ。
「うん……大迫力だったね……お兄ちゃん」
ライカはボソッと言った割にははにかんで嬉しそうな顔をしている。
「流石フィル様ですぅ~! 雨が止みそうにありません!」
レベッカは手のひらに雨をためてはしゃいでいる。その隣でグレンは「いやー、マジでフィル連れてきて良かったわー」と脱力していた。
⸺⸺あれ、みんな……怖がってない。
「フィル~!」
スズランの声が聞こえたかと思うと、僕の顔は彼女の谷間にむぎゅっと埋まった。スズランに抱き着かれたんだ。
「そなたのおかげでサクラも無事じゃし、山の鎮火も出来た。そなたはとんでもない力を持っていたのじゃな。ありがとう、本当にありがとう」
「ぐ……ぐるじい……」
「おや、すまぬ」
ようやくキツい抱擁から解放されて、僕はすーはーと大きく呼吸をした。
「サクラ姫様、怪我はなさそう?」
サクラの上半身を支えているシノノメに問いかける。
「フィル殿! あぁ、少々擦り傷がある程度で、命に別状はないよ。私からも礼を言わせてほしい。妹とこの地を救ってくれて、本当にありがとう」
「なんとかなって良かったよ。れべちゃ、擦り傷があるみたいだから出番だよ!」
「はい! 私にお任せください!」
レベッカはふんふんふんっ、と杖を振って「ヒール」を唱え、無事サクラの擦り傷を回復した。
「なんと愛い術の発動方法じゃぁ……」
⸺⸺
「カグツチさん。“魔障”から精神を守る結界を張ってあげるよ」
魔障とは、カグツチとサクラに取り憑いていたあの黒いモヤモヤの事だ。
『是非に、お願いしよう』
僕は杖の先に小さな光の球を出現させると、それをカグツチの胸元に押し当てた。
「よし、これで大丈夫。もうあんな事にはならないと思うよ」
『そうだな、主の魔力に護られているようだ。感謝する』
そんなこんなで一件落着し、都への帰り道で水の妖術部隊と合流。彼らはそのままとんぼ返りした。
 




