1話 スローライフは出来そう?
⸺⸺ガーネット領主の屋敷⸺⸺
「フィル様~? お食事のお時間ですよー!」
「はーい!」
読んでいた魔道書をパタリと閉じて、1階への階段を駆け降りた。
⸺⸺
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
今世でもその大賢者の力を“スキル”として引き継いではいるけれど、前世のような孤独死はもうしたくはないので、あまり本気を出すのはやめておこうと思っている。
幸いのどかな田舎の領主の息子として生まれたため、このまま何事もなくスローライフを送りたいのだけど……。
⸺⸺1階、ダイニング⸺⸺
「おとーさま、おかーさま、れべちゃ、おはよーございます!」
「おはようございます、フィル様!」
そう言ってニコッと微笑んで出迎えてくれたのは、メイドのレベッカ。10歳くらいのおさげの女の子に見えるけれど、中身は20歳を超えている大人の“小人族”。よく僕の探検ごっこにも付き合ってくれる。
「おはよう、フィル。今日も元気ね」
僕のお母様であるレイチェル・ガーネット。真紅の綺麗な髪が特徴で、王都の魔道士の名門貴族からはるばるこの田舎まで嫁いできたらしい。
「おはよう、フィル。今日も探検ごっこに行くのかね?」
僕のお父様であり領主様でもあるレイモンド・ガーネット。昔大怪我をしてしまって左腕がなく、左眼には縦に大きな傷がある。それでも前向きに領主として頑張っているお父様は、僕の誇りだ。
⸺⸺
今日もみんなでわいわいと朝食を終えて、僕はレベッカを連れて裏の森へ探検に行こうとしていた。
裏口から外へ出ると、表の玄関から声が聞こえてくる。
「これはこれは、シルバ卿。ようこそお越し下さいました」
と、お父様。
「ガーネット卿。今月分のガーネット領の“納税額”ですが、セキエイの村の額が足りていないようですが?」
嫌味な口調でそう言う男は隣のシルバ領の領主様。
“騎士団”の無いガーネット領は、戦力に余裕のあるシルバ領に防衛費を払って、領内の魔物の討伐をお願いしていた。
「それは……申し訳ございません……。ですが、あの村の周辺の魔物が最近活発化しており村民の生活に支障が出ておりますので、どうか今月だけでも大目に見ていただく事は……」
「何? まるで我々シルバ騎士団が魔物討伐をサボっているかのような言い草ですなぁ?」
「いえ、ですから、魔物自体が活発化しているのが原因であって、シルバ騎士団の皆様には大変感謝しております……」
⸺⸺
「フィル様、探検行きましょう?」
「あっ、れべちゃ……! うん……」
レベッカにそう声をかけられてハッと我に返る。シルバ卿がウザすぎて思わず聞き耳を立てちゃったよ……。
お父様もお母様も領内のみんなも、毎日あんな嫌な奴に頭を下げてるのに、僕は毎日呑気に探検ごっこ。普通の5歳児だったらそれでいいんだろうけど、僕はこのままで良いんだろうか。
なんだかスローライフは出来なさそうな……そんな予感。
でも、このままだとレベッカに心配をかけてしまうので、僕は気にしていないフリをして元気に森へ足を踏み入れた。
⸺⸺魔石の森⸺⸺
「「我らはガーネット探検隊~♪ ゆくぞ~、すすめ~、どっこまでも~♪」」
レベッカと一緒に歌を歌いながら森の奥へと進んでいく。その光景はさながら幼い姉弟だ。
「あっ、魔石はっけーん!」
「おぉ、フィル隊長、おめでとうございます! もう早速道具屋さんへのお土産が出来ましたね♪」
「うむ。れべちゃ隊員もしょーじんしたまえ」
「はい、かしこまりましたっ!」
この森は魔石があちこちに落ちている影響か、魔物の全く出ない森。
魔石は加工をすれば“魔導具”や“魔法杖”なんかの原料になるから、たくさんあって困るものではない。いつも道具屋さんが何かのアイテムと交換してくれる。
どんどんと奥へ進んでいき、魔石だけではなく薬草などの“魔草”も摘んでいった。
「このちょーしで、どんどん拾うぞー!」
「いっぱい拾うぞ、おー!」
すると、ある程度進んだところで一人の男が道端で堂々と昼寝をしているのを発見する。
「れべちゃ! なんか“おじさん”が落ちてる!」
「ひぃ、本当ですね……落ちているのではなく、寝ている……のだと思いますけど」
「あっ、このおじさん角生えてるよ!」
「鬼族の殿方ですね。角、かっこいいですね」
鬼族の国はこの“エリージュ王国”のすぐ隣りにあるから、そこから来たのかな?
黒髪の間から2本の角が生えていて、口からは牙も見えている。後は僕たち人間と同じだけど、その違いだけでもすごくかっこいい。
「うん、かっこいい! このおじさんも拾っていこうかな?」
「うーん……怪しいものは拾わないようにと、旦那様から言われてますし……」
「……おい」
「「うわぁっ!」」
鬼のおじさんが急にガバッと身体を起こしたため、僕もレベッカも驚いて飛び上がった。
「俺はまだ“おじさん”じゃねぇ。“お兄さん”だこら」
今の会話を聞いていたんなら他にもツッコみたいところはいろいろあったろうに、一番気にしてるのはそこだったのか……と、僕は思った。