第1章 【午前9:00 救助開始】
勇者の落下点の特定「落下点、ヨシ。」
風の向き・風速の確認「風、ヨシ。」
俺の装備の確認「装備、ヨシ。」
確認すべきものをしっかり見て、指差して、声に出す。テキパキと今日の救助作業の下準備を終わらせて、待機する。
俺はツナギ。ゲームオーバー救助係の部員。作業量と休みが少ないと言われるので、ゲーム多世界管理機構ではあまり人気がない役職のようですが、俺には結構満足できる職場だと思う。
オリジナリティなど求められず、マニュアル通りに体を動かせば良い。一応、救助対象の勇者には接触しなければならないが、救助後に記憶処理が行われて、俺の存在が彼らの記憶に残らないため、彼らが生存さえいれば満足度関係ないしサービススマイルなんて不要。この間、同僚のトーマに「別の仕事もやってみたいな」とか、「勇者になりたいって思う時ない?」とか聞かれたことがあるけど、俺には想像がつかない。
これで良し。
全てのチェックを終わらせた俺は社内チャットに報告を送る。
ツ:「マップDー52」の救助準備完了。異常無し。これから待機に入ります。
ソ1:りょ!そこが終わったら、トーマと一緒に巻き添え転送もお願いできるか?(人❛ᴗ❛)
ツ:承知しました
ト:後ほどヨロ!
チャットを閉じて周囲を眺めた。ここは「マップDー52」レベル68の崖。崖と言われても、何千もの高い峰々が連なり、上から見るとその下の半分が雲で覆われて見えない。天を貫く巨大な石柱のような峰々を行き来渡る勇者が足を踏み外したり、ジャンプ距離を誤算したりすれば、簡単にゲームオーバーになる。このマップでは、それが特に多い。
装備、スキル、レベルによっては、勇者が自分で状況を取り返せる場合もあるので、もう取り返せない後と致死的な落下速度に入る前の奇妙な隙間を狙う。特にこのマップでは雲で覆われるため視界が非常に悪い。「救助員泣かせ」と呼ばれるほど難易度高い。でも、俺にとっては割と好きな業務だ。毒沼落ちの救助よりはずっと楽。早く済むし、峰の上で待機する時の絶景に癒される。基本一人で対応するから、色々考えてしまうけどね。
ま、どんな状況でも救助はする。それ以上考える必要ない。
今日の救助対象の勇者は、レベル52の弓使い。得意なスキルは... 結界。
重要情報と装備を再確認する。
問題なし。いつでも来い。
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《記録:勇者マヨーナ》
私、マヨーナ。これから死ぬかも。
実は私、口にするのが恥ずかしいけど、一応勇者。
けど!とてもとても弱い。
双子の兄も勇者で、選抜トップ。兄の大剣で敵を一掃する華々しい戦い方が勇者。
それに比べて弓使いの私は、ぷちぷちとしょぼいダメージしか出せてない。結界系スキルは自信あるけど、攻撃できなければ勝てるわけがない。兄に追いつきたくて、毎日コツコツ訓練して結界張りの精度を上げている。
今日も”巨大石の林”でレベル上げしに来た。はじめて来たけど、落ちそうで怖い。マジのマジで怖い。ただいま岩肌にしがみついていて恐怖死しそう。走馬灯のように、今までの私のちっぽけな人生を思い返して冒頭に戻る。あれ?おかしいなー 目から涙が止まらない、あはは。
恐怖のあまり、頭がおかしくなりそうなところで、グッと堪えた。
お、お、お、落ち着こう。し、慎重に行けばなんとかなr...
と思った次の瞬間。
バサバサと音が聞こえて、体が反射的に物理結界を張ってしまった。強固で自慢の結界が絶壁を弾けた変動で、私を空中に飛ばした。
体が浮くような感覚の後、重力が下へ引き摺られた感に襲われて心臓が痛いほど締め付けられた。
あ、落ちている。
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ツ:ゲームオーバーの救助開始
メッセージを送ってすぐ回収体制に入る。救助対象が結界を張っているので、タイミングをだいぶ早めにしないと間に合わないと判断した。
咄嗟に計算した軌道に飛び出した。土砂崩れで落ちていた岩などの障害物を軽くはらい、落ちる速度を調整しながら救助対象の結果の上部に乗っかるところまでできた。
ここからが問題だな。この結界、想定を超えて頑固。素手で破壊失敗したため、小ぶりな斧を取り出して再度試す。1回、2回、3回....叩く度に少しずつ力を増してみたが結界はまだ健在。これ以上力を入れると、結界が割れても中にいる救助対象にダメージが及ぶかもしれない。
新米救助員ならここで諦めるしかないだろうけど、俺はゲームオーバー救助係のエースだ。このぐらいで慌ててどうする。
プランBに移る。
俺は手に持った斧のハンドルをいじって隠された非常ボタンを押す。指紋と顔認証を完了させると斧が管理者権限付きのマスターキーになる。これを使って対象の結界に一時的に「許可された存在」と認識してもらう。
これがあるなら、最初から使えって?
それは新米救助員によくある発想だ。マスターキーはわずかながら世界の摂理に干渉するもの。間違った使い方をすると不具合を生み出す。物理的な斧で済むならそれに越したことはない。
結界表面にマスターキーを当てると、淡く銀色の波紋が広がって、俺の手がじわりと内部に染み込んでいく。これでようやく接触可能だ。
「よし、結界の勇者さん——
あなたのゲームオーバー、続きへお繋ぎします。」
指先が勇者の襟元に触れた瞬間、空間移動が発動した。
《部署用語辞典》
巻き添え転送:救助時、NPCや物を誤って一緒に回収したミス