第14話
「調べた結果、イリセンスは銃などで傷つけることはできても、到底死ぬことはありません」
影井の研究結果に、場に似合わない優しい声が響く。
「ではやはり無駄な抵抗になってしまうのですか?」
質問内容にも合わない爽やかな笑みを浮かべるのは千歳伊織。
名前だけだと女性に間違われることもあるが、身長は190cm近くありスマートな筋肉を付けた男性。染めたことがない髪の毛には天使の輪があり、頭が少し揺れるだけでサラサラと動く。
「無駄とも言いきれません。一つ、興味深いものがあります」
影井がパソコンを操作すると、前にあるスクリーンにナイフや銃が映し出された。
「現在、我々が対イリセンス用武器として有効であると考えているのはこちらです。一見するとよくある武器に見えますが拡大してみると…、キラリと光るものが見えるかと思います。これは、ネオダイヤモンドが埋め込まれてているためです」
ネオダイヤモンドは通常のダイヤモンドのような美しさや硬度を誇るが、構成されている物質が違う宝石だ。違うと言っても鉱石としては珍しく、まだそのすべては解明されていない。
研究者の机にあったそれに偶然、N2が興味を示したことがヒントになったという。N2はネオダイヤモンドについての本を持ってこさせたり、研究者に質問したりした。
そして、奇妙なことに自らネオダイヤモンドを壊して鋭い角を作り、指先に傷をつけた映像が監視カメラで確認されたのだ。
「理由は不明ですが、切り傷程度なら一瞬で回復するはずのN2の皮膚がしばらく血を流しており、N2自身も驚いたようでした。そこで、私たちはネオダイヤモンドを砕いて武器に混ぜ込んだものを作り、そのナイフで傷をつけました」
結果、その傷がすぐに塞がることはなかった。
意図的に再生能力を使用していないのではないか、という研究者もいたがN2いわく再生能力はオートらしい。
証拠として、N2から皮膚を採取したあとすぐにその皮膚を切断したが、切断された皮膚同士が繋がろうとした現象が報告された。
「ネオダイヤモンドが埋め込まれているというだけで、今まで酸も水銀も大して効果がなかった傷の治りが明らかに遅くなりました」
「では、イリセンスは塵にならないと死なないと言いましたが、それで首や心臓を殺れば死ぬんですか?」
一宮は相変わらずだるそうな様子で、スクリーンも見ずに質問をする。
「いえ、N2自身はそれ以上実験することを拒んだので分かりません。しかし、拒否したということは可能性があると考えられます」
「不確かだが、今はそれしか可能性がないということか」
副司令官である笹原は鋭い目つきをそのままに、左に手にある結婚指輪を無意識に撫でていた。
影井は頷いて、話を続ける。
「また先程アリサさんが仰ったイリセンスの攻撃についてですが、彼らが一歩も動かずに人に攻撃できることは事実です。しかし、攻撃が見えにくいとはいえ、何かが空間で動いているのは分かりますし、楯があれば防ぐこともできます。セレスト美術館では、突然のことでわけが分からなかっただけでしょう。
私たちは実際、N2に見せてもらいましたが、イリセンスが行う攻撃は物を通り抜けたりするような”触れない”攻撃ではありません。こちらも対特殊スーツで対応できるかと思われます」
「でも、戦うとしても一般人はどうするんです? 海外に受け入れてもらうことも不可能でしょう」
文月の質問には桐谷が答える。
「あぁ、日本人を受け入れると自国民が危険に晒される可能性があるため、既に我々はこの島国から出られない。それに、他国は自身の国に被害がでないよう防ぐだけで手一杯だ。だから、一般人は地下のシェルターに避難してもらう」
シェルター?、と文月は怪訝な顔した。
「3日以内に1億人以上が収容できる地下は作れませんよ。避難させる人間を選んだとしても、明るみになれば暴動が起きる可能性が高い。厄介なことに、意地でも家から出ないという国民もいるでしょうし」
もっともな意見にアリサや千歳も頷く。
だが、桐谷の返答は予想外の事実だった。
「既に完成されたシェルターある」
さらに目つきが悪くなった文月に代わって、千歳が「どういうことですか?」と問う。
「悪いが、今は言えない」
「言えないってなぜですか? 我々に知る権利がないと?」
間髪入れずにアリサも続いたが、上の判断だ、と桐谷は一蹴した。
「では、国民に何と説明するおつもりですか?」
優しい千歳の笑顔と話し方は、人によっては煽っているようにも聞こえるだろう。
だが、桐谷が言い淀むこともない。
「逃げなければ死ぬだけだ。詳しく説明している時間はない。だが、生き残ったら必ず説明すると約束しよう」
淡々と言い放たれた言葉。
それでも桐谷から感じられる現状の危機的状況や、逃げなければ死ぬだけ、という言葉に会議室は静まり返った。
アリサたちの厳しい表情と、息が詰まる沈黙。
それを破ったのは、それよりも…と小さく呟いた影井だった。