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【日記】気に入った小説の作者が死んでいた話

作者: 梓兎


 気に入った小説があった。

 調べてみたら、作者は去年死んでいた。

 言い表しようのない虚無感であった。


 さてどうしよう、と私は思う。


 一先ず、社会に生きる者の端くれらしく、彼の死を悼んでみようか。

 そう思い手を合わせてみるものの、結局頭の中では別のことを考えて、うまく彼のことを想えない。ぼんやりとしたブルーライトの光が閉じた瞼をすり抜けて、網膜の神経を刺激するのみである。


 はあ、とため息をつき、私は背もたれへと寄りかかる。


 もとより私は、人の死に関わった機会など祖父の葬式程度しかなかった人間だ。だが、それでもなんとなく死者に対する敬意や無念は知っているつもりである。

 だから、今の私にそれが欠けていることはすぐに気がついた。


 思えば、それは当然のことだ。

 私とこの作者との間には、なんの繋がりもありはしない。つい数時間前に、たった一作彼の小説を読んだだけの関係。思い入れもなく、積み上げてきたものもない。これでその死に涙を流し悲嘆に暮れようものなら、むしろその方がよっぽど人間離れしているというものだ。


 しかし、なんだろうか。今の私の不可思議な感触は。

 別に、当然のことのはずなのに。というか、文学を嗜むものとして、死者の作品など何百と読んできたはずなのに。どうも、あの小説の一節一節が、美しく、そして勿体なく感じられる。もしもう少し早く知れていたら、新刊を楽しみにすることができたのに、と。どうせ新刊は出なかっただろうに、無駄な期待を寄せている。


 胸のしこりは消えず、どうもそれに腹が立って、私は勢いよく体を起こす。

 そして、カチッとワンクリックで検索用のブラウザを閉じると、そのままの動きでメモ帳を開いた。


 そんなわけで、今、私はこうして思いの丈を文章に起こしているのである。


 悲しいのやら、虚しいのやら。あるいは単に残念なだけなのやら。

 名前もなければ形もないこの感情を、放っておくのは難しい。


 だからこうして、今自分の感じる「何か」を皆さんと共有し、それが何か別のものに生まれ変わるといい、と願っているのだ。


 死者とすら繋がれるのなら、画面の向こうの不特定多数の生者と繋がるなど、造作もないことのはずなのだから。

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