旅の仲間その1
背負い袋に三本の木切れを突っ込んだまま、酒場の中を歩き回り一通り全員を見て回った後でランドにわかったことは、ここには冒険の仲間になりそうなヤツは一人もいないと言うことだった。
過去の冒険を誇張して武勇談として吹聴して回る者。――その過去のことも本当にあったかどうか怪しかった。
これからの冒険をただただ夢見るだけで、実際には行動に移そうとしない者。
雑談するための仲間が欲しいだけでこの酒場に通っている者。
冒険の仲間を探すふりをして、その準備金をだまし取ろうとする奴。
他の仕事をしたくないがために冒険者の振りをしている者。
……つまるところここにいるのは酒が好きだという共通点だけで集まってきた酒飲みだけだった。
ランドは失望をしてこの酒場で仲間を探すことをあきらめた。
ため息をつきつつランドは店を出る前に乾いた喉を潤すためにカウンターに座った。
「トパーズのサイダーを」
間髪を入れず店主がすみれ色をした液体がなみなみと注がれている大型のコップをランドの前に置いた。まるでランドがそれを注文することが前から分かっていたかのように。酒飲みの店で酒ではない飲み物を注文する客などめったにいない。ランドは店主のサーブをぶしつけに受け取るとコップの液体をごくごくと飲んだ。すぐに店を出るつもりだった。
「この店にいる者たちも昔はね、皆、あんたみたいに目をキラキラさせて冒険を共にする仲間を探していたものさ。でも、あまりにもここに長く居すぎた。一杯が二杯になり、やがて三杯になる。四杯になるのはもっと早い。まあおかげさまで商売になっておりますけどね。あんたは酒を飲まないみたいだから大丈夫だろうが」
そう言って店主は皮肉っぽく笑った。
「いや、酒が悪いわけじゃない。酒は言い訳の道具に過ぎないさ。冒険をする気がない奴は最初から冒険するつもりなんかない。ただそれだけのこと。得るものを信じず失うものだけを信じた結果さ」
ランドがそう言うと店主がすこし感心したような表情を見せた。酒は悪くないと言われたことが酒場の店主の琴線に触れたのかもしれない。
「ほう、というと勇者さんよ。あんたはあの巨竜を前にして生きて帰って来れると思ってるんだね? ぶしつけで悪いが王様が新しい使者をあの竜のもとに遣わすときには、ミッションを成功させるかどうかワシたちは賭けをすることになってるんだ。今まで十一人の勇者があの竜のもとへ送られたが名付けに成功するどころか、生きて帰ってきた者すらいない。まあ、ワシは今まで全部失敗する方に賭けてたからすこしばかりおいしい思いもさせてもらったんだが。でも段々に成功する方に賭ける奴もいなくなってな。今回のあんたの冒険が成功することに賭けている奴は今のところ一人もいないんだ。このままじゃ賭けが成立しないかもしれん」
「じゃあ、俺が賭けよう。俺がこのミッションを成功することに50レオンだ」
店主は驚いた後に楽しそうに笑った。
「たいした自信だ。けっこう、けっこう。だが残念なことに本人はこの賭けに参加できないことになってんだ。あんたは自分の命だけ賭けてればいいさ。で、そのかわりと言ってはなんだがワシがあんたの冒険が成功することに賭けてみようと思ってる」
店主が含みを持たせてそう言った。その眼は何か企んでいるかのように光を宿していた。ランドは警戒しつつもそこに何かの可能性を感じていた。
「ふむ、今まで失敗する方に賭けてきたあんたが、今度は俺が成功することに賭けると……マスター、あの竜に関して何か知ってるだろう?」
「いいや、ワシは酒場のマスターだ。ここがワシの居場所であって来る日も来る日もここで過ごすだけさ。あんな山の上にいる竜のことなんかなんも知らん。あんたにアドバイスできることはなにもないんじゃ。残念ながらな」
そう言って店主は黙ったが、ランドはじっと待った。まだ先があることはわかっていたし、催促することは足下を見られることになる。損することはあっても得することなどなかった。そしてランドが思ったとおり、沈黙が熟成されてすべての話が流れるかに思えたそのほんのちょっと前に店主は取って置きとばかりにネタを切り出した。
「確かにワシにできることはないが、できることのある奴なら知っている」
ランドはすぐには飛びつかない。余裕を持った笑みを見せて返した。
「ああ、そんなやり取りはついさっきしたばかりだ。そのおかげでこんなお荷物を背負うことになったんでな」
ランドはそう言って背負い袋の中の三本の松明を店主に見せた。
「もうこれ以上余計な荷物は増やせないぜ。何かを売りつけるつもりなら、あきらめな」
店主は松明に目もくれずランドをじっと見続けた。その視線には不思議な誠実さがあった。
「まあ、焦るでない。話は最後まで聞くものじゃ。若き勇者よ。ワシは人をだましたりはせん。見ての通りワシはこの酒場のマスターだ。死ぬまでここに居続けるつもりじゃからな。どこにも逃げも隠れも
できんしするつもりもない。あんたの冒険の仲間となる人物を紹介しようと言ってるんじゃ」
「おいおいおい、酔っぱらいを連れて山登りなんかごめんだぜ。ピクニックに行くんじゃないんだからさ、仲間がいればいいってわけじゃない」
「それは余計な心配というもの。ワシが紹介しようとする者はこの店の客じゃない。今はここにはいないんじゃ」
「それはどこか別の国にいるというのかい? そういうのはもういいんだ」
「あんたは若いのになかなか疑り深いな。だが疑ってばかりで前に進もうとしないのなら、それを勇者と言えるだろうか?」
そう言って主人はランドと目を見合わせた。ほんのちょっとの間があった。その間はランドにあったわずかな勇者としてのプライドを刺激するのに十分だった。
「まあ、それじゃ話を聞こうか」
さすがに酒場でマスターをやってきただけあって、酔っぱらいをなだめるのがうまいのだろう。これからの冒険に酔っている若造を言いくるめるのは簡単なものだった。
「あんたは勇者だ。すべての冒険は勇者なくしては始まらないし、またすべての冒険の中心には勇者がいる。なぜなら冒険は勇気なくしては始まらないからだ。成功する見込みがあるかどうか全く分からない旅の一歩を踏み出すこと、その勇気を見せることそれが勇者の仕事のほとんどだと言っていいだろう」
ランドはそう言われて悪い気はせず、黙ってうなずいた。
「だがそれだけでは当然ミッションは成し遂げられない。なぜなら勇者には特殊技能がないからだ。ミッションとはいくつもの特殊技能を組み合わせることによってのみ攻略可能であり、勇者の役割とは特殊技能持ちの仲間をそろえること…………それなのにじゃ、まだあんたには一人も仲間がいない」
「今はな。俺はそんな軽々しく仲間をそろえたりなんかしない。仲間さえそろえれば何とかなる、と考える勇者は俺の知っている限りもうほとんど淘汰されてしまった」
「孤独な勇者か。なにもできない無能な勇者ともいうが」
ランドはカチンッときたが、それに反論する言葉は持たなかった。なぜならその通りだった。勇者が一人でミッションを成し遂げたという話はいまだかつて聞いたことがなかった。そういうランド自身、言葉でいっぱしの勇者を気取ったところで実のところいまだかつてミッションを成し遂げたことがなかったからだ。持ち上げられて落とされて結局のところ若造は老練な酒場の店主に主導権を握られてしまった。
「で、その無能な勇者を成功に導く人物とやらはどこにいるんだい? ざっと店内を見て回ったがこれといってそこまで有能な奴は見当たらなかったが? こう見えて無能であっても有能な奴の目利きには自信があるんだがね」
「まあ、先を急ぎなさるな。無能といってしまったがそれは言葉のあやというものじゃ。気にせんでほしい。有能無能などという言葉自体が信用ならんものでな。何事かを成すのに必要な能力を持っている者がいるのなら彼は有能と呼ばれるじゃろう。でも、別の他のことを成すのにその能力が通用しないのなら彼は役立たずの無能ということになる。わかるじゃろ? そこでなんだが、今回のあんたの冒険を成功させるために必要とされる能力はどんなものなのだろう? 賢き勇者であるあんたなら、ある程度はもう考えているのだろう?」
「もちろん。冒険の戦略を練るのは勇者の本分。まず第一にあの巨竜の前に出て行っても、名前を呼ぶよりも早く食べられてしまうことになるだろう。だから、まずやらなければならないのはアイツを眠らせることだ。だからヒュプノ系の魔法を使える魔法使いは絶対に必要だ」
勇者としての矜持を全開に出してランドは語る。それに対して店主は少し驚いた顔をしたがそれは感心したからではなかった。
「おやおや竜に魔法はほとんど効かないと言われているのをご存知ないのかい? それに相手はただの竜じゃない。巨竜だ。魔法を極めた魔法レベル5の最終魔導士でさえできるかどうか怪しいものだぞ」
ランドはそんなことは初めて聞いたとばかりポカンとした顔をした。新米の勇者である自分が竜を相手に戦うことになるのはまだずっと先のことだろうと思っていて実際の具体的なことなど調べてはいなかったのだ。いきなり自分の戦略が根底からひっくり返されてしまって無知を暴かれランドはうろたえてしどろもどになりながらまだ平静を装う。
「それな! だからこそ、どうしようか考えていたんだよ。俺のような経験のない勇者に付いてくる最終魔導士なんかまずいないだろうし、雇う金もとてもじゃないが持ち合わせていない。竜を眠らせる別の方法……何かの特殊能力がないか……とかね。いや、眠らせることにこだわるわけじゃない。麻痺させるのでも混乱させるのでも酔わせるのでもいい。竜に攻撃させることをわずかな間でも忘れさせることができればいいんだ。つまり、それができる特殊能力持ちを探している。レアだろ? 探し出すのは難しいんだよ」
「確かにあんたじゃあそう簡単には見つけることはできないじゃろう。しかしワシは酒場の店主じゃ。あらゆる冒険者の情報がワシの元に集まってくる。その中には珍しい特殊能力の話も当然ある。あんた竜属性の話を聞いたことはないかい?」
ランドは確かにかつてそんな話を聞きかじったことがあった。竜に親和性のある種族のことで、彼らが竜から先制攻撃を受けることはほとんどなく、竜と会話することができるらしいということだった。でも、実際に彼らにあったことのある者は一人もいなかったし伝説の中の存在でしかなかった。
「たしかに竜属性持ちを仲間に加えたらこの冒険がはかどることは間違いない。けれどそんなのはレア中のレアな存在。そんな幻のような存在をあてにすることはできないな」
「ファッファッ、それが並みの反応というやつじゃな。だからこそ、ワシはこの賭けで総取りすることができるというものじゃ」
「まさか、ジイさん、竜属性持ちを知っているのか?」
「これは秘中の秘でな。この賭け、このワシのビジネスの切り札ともいうべきものじゃ。これを知ってしまったらもうお主は後戻りできないぞ」
「もったいぶらなくていいよ。俺は勇者だ。後戻りしないのが仕事なんだ。あんた、それをわかって言ってるんだろ? それに最初からそのことを話すつもりだったんだろ?」
「ふむ、あんたは少々賢いが会話というものがあまりわかってないな。この老人の一世一代の賭け、もったいぶらなくてどうする? こういう時はありがたがって感謝感激雨あられ、平身低頭、教えをこいねがい話の続きを無限に待ち続けるものじゃ」
「感謝はしよう。だがそれは冒険が終わってすべてがうまくいってからの話だ。この時点で雲をつかむような話に飛びついて喜び浮かれるのはただの早計で、決して賢いとは言えないだろう? あんたはそんな馬鹿者に金をかけようというのか?」
店主は皺くちゃの苦み走った顔でじっとランドを睨んだ。それからフゥーと大きくため息を吐いた。
「まあそうだな。まわりくどい話はなしにしようかの。確かにワシは竜属性を持つ者を知っておる。じゃからぜひともお主に紹介したいところなんじゃが…………じゃがな。ちょっと問題があるんだな、これが」
「なんだい、なんだい。たった今まわりくどい話はなしにしようと言っておいて、それはないだろう。もったいぶったからといって俺があんたに支払うことの出来るものなどなんにもないんだぞ?」
「わかっておる。そういうことではない。そやつは確かに竜属性という希少な特殊能力を持ってはいるんだがね、それ以外にはなんの取り柄もないヤツなんじゃ。そのために今までつかえんヤツだと思われてなかなかにひどい扱いを受けてきたらしい。で、そのためかどうかは知らんが性格がひどくひねくれてしまった厄介なヤツでな。ヤツを扱うことができた冒険者はいまだかつていないんじゃ。じゃから確かにワシが知っておってお主に紹介したとしても、役に立つかどうかはまったく分からんということなんじゃ」
「それだけか?」
ランドは用心深く店主を見た。
「そうじゃ」
「そんなことなら心配無用。このランド、度量だけは天下一品。どんなポンコツ人材も使いこなせる自信がある。さあ、その竜属性野郎を紹介してくれ。それでこの冒険の成功は決まったも同然。あんたの賭けも勝ちも同然。よかったな」
ランドは晴れ晴れとした顔をして、すべての問題は解決されたとばかりに喜んだ。単純さに幼さも感じさせられるがこれも勇者としての特性だった。進むべき未来への無用な心配などしないのだ。
翌日の早朝、ランドは再び『冒険者の酒場』を訪れていた。本来なら店が閉まっている時間だが昨晩に店主から仲間となるべき者に会わせると、この時間に指定されていたのだ。店内にはさすがに客は一人も残っていなかった。閑散として静寂な店内にランドはそのいわくある竜属性持ちと対面していた。
「ほんとうかよ」
それがランドの第一声だった。
「こんな幼児を連れて山なんか登れないぜ」
「幼児じゃないわ。馬鹿者。頭が高いぞ、恥を知れ」
テーブルの向かいの椅子に座っている、その冒険者の足は床についておらずブラブラとしていた。フードのついたマントを着ているその冒険者は声からすると少女でもあるようだった。
「竜の巫女と呼ばれておる彼女の種族は長生きでな三百年は生きる。その分成長はゆっくりで彼女はこうみえて五十歳は越えておる」
店主が訳知り顔に彼女の解説をする。少女がキッと彼を睨みつける。
「馬鹿者、人の歳を勝手に語るでない。おまえはまだ口の利き方もわかってないな。何年この店で接客をしておる。いつでもクビにしてこの店から放り出してやってもいいんだぞ?」
マントの少女は店主に指を突き付けるように手でさし示して叱りつける。その勢いでフードが後ろに脱げていくらか黄金がかったシルバーの髪があらわになった。少女の酒場の親父に対する上からの物言いで、ランドは理解した。
「!!!………というとこの店はあなたの」
「そうじゃここはワシの店じゃ」
「オーナーは親から子へと代々この酒場を引き継いできてね。彼女で二十八代目なんだ。まあ、ちょっとした縁があって俺はここで雇われているんだ」
「ワシがおまえを拾わなかったら、今頃野垂れ死んでごろつきゾンビ竜の餌になっておったじゃろう。感謝しろ、尊敬しろ、敬意を持ってワシを扱え。常日頃そう言っておるように常日頃そうしろ」
初老を迎えるであろう酒場の店主に、ずいぶんな口のききかたをする見た目少女だった。呆気にとられながらランドはあらためて彼女をまじまじと見る。彼女の語る言葉や店主の説明がなければどこからどう見ても子供にしか見えなかった。ほんとうに彼女を連れて行くのなら冒険がピクニックや遠足じみてくる気がした。しかも辛辣な罵りつきの。気が重いにも程がある。しかしだからといって彼女の竜属性の能力なくしてはこの冒険の成功は考えられなかったから、悩ましいところだった。
「そうでしたか。これは大変失礼をしました。竜の巫女と呼ばれる人々に出会ったのはこれが初めてだもんでね。まさか伝説の存在が酒場のオーナーだったとは。しかしそんなあなたが危険を伴う冒険に参加しようというのはこれまたどうして? 喰うのに困らない、いやお金に困ってはいないだろうに」
「おまえはバカなのか?」
「はい?」
少女のいきなりのひどい言いように慣れていないランドはどう受け止めていいのか戸惑う。酒場の店主が商売癖で場を和ませるような気遣いをして言った。
「彼女のことをひねくれた厄介者だと思わないでやってくれんかね。こうなったのは竜の巫女であるのに冒険者のパーティーに役立たずのように長年扱われてきたことにもよるんでさあ。結局のところ、竜に出会うようなことのなかった冒険者ばかりだったんでな。なかなか竜の巫女の本当の力は理解されなかったんだ」
「おまえがバカなのはわかってるから、口を挟むでない」
竜の巫女は店主をにらみ付けてそう言ったが、威圧どころかむしろ幼女のかわいらしさが際立った。しかしかわいらしいといっても、正面からにらみ付けられて叱責されると自分にあらぬ非があるような気持ちにさせられる威厳もあった。だから彼女がランドに向き直ってこう言ったとき、傷つかなかったと言ったら嘘になる。
「やい、豚野郎」
「ブヒッ?」
思わず幼女に合わせてランドは鳴いた。見かけ幼女の彼女はそんなことでほだされたりはしなかった。鋭い揺るがない視線でまっすぐにランドを見る。
「おまえは喰うために生きておると言ったな。だから豚なのだ。金があろうがなかろうが竜の巫女の使命とともに我はある。ワシは冒険を拒んだことなど一度とてないぞ。竜の巫女として我が権能を発揮することこそが我が存在の意義。どれほど危険な冒険であれ、その冒険で命を落としたとしてもすべては本望じゃ」
何とも立派な信条の告白に、ランドは確かに彼女は見た目どおりの幼女ではないことを確信した。
「そうです。確かにわたしは豚でした。勇者をただの職業選択の一つとして選んだだけなんです。あなたこそ本当の冒険者。感服いたしました」
「そうかい、でも豚のままで終わるつもりはないんだろう?」
そう言って下から見上げる幼女にランドは心を見透かされた気がしてドキリとした。
「勇者としての職業を選んだ以上、冒険は必ず成功させてこの道を前に進める。それ以外に私の人生はどこにもないからね。つまり崖っぷちなんですよ。『崖っぷちの豚』それが私の勇者としての二つ名だったりして…………」
ランドのジョークはそのままスルーされて幼女はランドを値踏みするように足のつま先から頭のてっぺんまで何度も視線を往復させる。
「おまえが今回の冒険を成功させる確率は0.1%じゃな。つまり不可能」
「あなたがいなければ確かにそうでしょう。あの巨竜の前では私のようなLv.1の勇者は紙くず同然。かの竜の吐く炎で一瞬にして灰にされてしまうだろうから。しかし、あなたがいれば成功する確率は100%になると信じています」
「100%か……甘いな。たとえそれがお世辞というものであったとしても、甘い。成功が保証されている冒険などあるわけなかろうに。冒険とは? さあ、勇者よ。答えよ! 冒険とはなんだ?」
竜の巫女はその幼女の姿に似合わない威厳を持って、ランドを問い詰める。抽象的な質問であって、自分の勇者としての本質を問われているようで、茶化して適当に答えることはできなかった。だからランドは幼女を前にして持てる全ての誠実さで答えた。
「冒険とは、退路を断つこと」
巫女はその答えに満足はしていないまでも、不満でもないといった感じだった。
「ふむ。三十点じゃな。退路を断って全滅していったパーティーをワシは九つ知っておる。彼らは前に進み続けることを至上の命題にしておって、ミッションを成功させることは二の次にしておるようじゃったな。まあ、失敗することを思わないことこそが前に進むための力だと思っていた節があったからのう」
「それでも、冒険とは退路を断つことだと思う」
ランドは揺るがぬ声でそう主張する。
「冒険とは一方通行の旅路でその旅が終わった時には世界が元のままではなく変わっていて、冒険者自身も旅の前とは違った存在になっている。たとえそれが死体となることであっても。冒険者とはそうなることを恐れない者のことだ。世界の変化のためにすべてを賭け捧げることのできる者のことだ」
ランドは誇りに満ちてそう宣言する。まるですべての冒険者の代表のように。それでも巫女は首を振る。そのような青臭い主張は聞き飽きているとばかりに。
「ふむ、お主はそれでいいとしよう。だが、そんなことを声高に叫ぶ者に感化され集まってくる者はどんな者たちだと思う?」
ランドは戸惑う。そんなことを考えたことはなかったからだ。先ほどとはうって違って自信なく答える。
「俺と同じ考えを持つ誇り高く冒険を志すものだろう?」
「つまりバカばかり集まってくるということじゃな」
そこまで言われてしまってランドは沈黙をした。どのように答えても彼女は否定してくるだろうとわかったからだ。幼女姿相手にランドは少し腹を立てた。
「じゃあ、あなたもバカだと言うことになりませんか? 俺の冒険に自ら参加しようとしているんだから」
「ちょっと、待て。『俺の冒険』とな。それは違うぞ。小僧」
「小僧! そこまで俺は落ちたんですか!」
ランドの抗議を無視して彼女は続ける。
「これはおまえの冒険ではない。ワシはずっとあの竜へと向かうパーティーを待っておった。ちょうどそこへおまえがふらふらと現われて、ワシの冒険に加わったと言うだけの話し。これはワシの冒険じゃ」
そこで酒場の店主が懲りずに口を出す。
「これまでにも数知れずの冒険者パーティーがこの酒場を訪れました。けれどオーナーの姿を見てどの冒険者も危険な冒険に幼女など連れて行けないと、笑い飛ばしたんだ。まあ、まともな奴らだったといえるが」
竜の巫女が店主を怒鳴りつけるよりも早くランドは口を開いた。
「じゃあ、あなたは今回の冒険が初めて…………なんてこった。初心者同然の二人が集まっただけで、冒険とは? なんて哲学を語り合っていたと言うことですか。…………まずい、まずいぞ。このままじゃどっちにしろこの冒険が成功する可能性は限りなくゼロに近い」
「うろたえるな。馬鹿者。そもそもおまえに期待してなどいないわ。おまえはおまえ自身の本分をわきまえておればよい。しかれば道はおのずから開かれようぞ」
「本分?」
「馬鹿者。おまえは何だ? 勇者であろう。勇者とは仲間を集めてこそ意味がある存在。つまり今回の冒険の成否、いや、いかなる冒険の成否も仲間次第だということだ。今の状況で冒険の成功を危惧することは何の意味もない。そんなことしてる余裕があるのならとっとと次の仲間を見つけんかいということじゃ」
幼女は鼻息も聞こえんばかりに少し興奮気味に叱りつけるように言った。ここにきてランドは理解した。彼女はランドがどう言っても否定して罵倒してくるのだ。そのときの彼女の目はらんらんと光っていて興奮していることが伝わってくる。彼女は他者を罵倒することによって喜びを得ているのだ。これは性癖と言ってもいい。とんでもない性癖の持ち主だった。だからといって彼女を冒険の仲間から外すことはその得がたい能力からあり得ない。最初の仲間がこれなのか。ランドはあらためてこの冒険が安易ならざることを思い知らされた。
ランドは大きくため息を吐いてから言った。
「わかりました。竜の巫女さん。わたくし勇者ランドはその本分を尽くして、この冒険を成功させて見せましょう。どうかお手柔らかによろしくお願いしますよ」
「馬鹿者! ワシを竜の巫女などと気軽に呼ぶでない。好奇の目を惹きつけるじゃろうが。ワシの名はレインディーじゃ」
「ちなみに私の名はライアンで、お客さんたちはこの店を『ライアンの店』と呼んでます」
酒場の店主がニッコリとしてそう付け加えた。
「馬鹿者! ワシがいる時は口を挟むなと言っておるだろうがっ」
ライアンはレインディーの言葉が聞こえなかったかのように続ける。
「ランドさん、どうかオーナーをよろしくお願いしますよ。竜の相手以外にはたぶん何の役にも立たないと思いますが、だからこそ、オーナーをよろしくお願いしますよ。
そしてオーナー。あなたのご無事を心から祈ってます。けど、万が一お戻りになられない場合は店のことはこのライアンにおまかせください。このライアンがすべて引き継いで今まで以上に繁栄させてみせましょうぞ。心置きなく冒険で使命を発揮してくださいまし」
「馬鹿者! それ以上しゃべったら竜の餌にするぞ。おまえの戯れ言は酔っ払いだけに聞かせておけ」
レインディーは別れの最後までこの哀れな?店主を罵倒していた。ライアンはそんな彼女を最後までニコニコとした笑顔で見送る。ランドはまだ自分がとんでもないお荷物を背負い込んだことを理解しないまま、勇者らしく前途だけを信じて冒険のプランを夢想していた。




