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冒険せざるをえない世界で


 雲行き怪しい町の外れ。一人の勇者がたたずんでいた。彼が勇者という職業属性を選んだのは特に取り柄というべきものがなかったからだった。


「まいったな、この地域はつい最近竜がでたというもっぱらの噂じゃないか。面倒に巻き込まれないうちにこんな辺境国はとっとと通り過ぎちまうに限る」

 彼はマントに体を包むと、まるで嵐の中を突き進むように前屈みに早足でズンズンと進んでいった。


 勇者という職業は普段はほとんど仕事らしい仕事をしなくても済む職業だった。ただし、竜をはじめとして怪物、魔獣、妖怪、悪霊といったものの退治を依頼されたら断ることができないという義務を負っていた。だから村長や領主や国王に見つかると時として人生の終わりを覚悟しなければならなかった。とてもかなわないような人外の化け物であっても立ち向かっていかなければならない。それが勇者の勇者たるゆえんであったが、当然自分の手に負えない相手であった場合は殺されることになる。依頼する側はそんなことを折り込み済みで気軽に頼むのがこの時代だった。勇者を見つけたら片端から頼めばそのうち誰かがそのミッションを成し遂げるだろうと、そんな下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる的な考えがデフォルトだったのだ。


 このやる気なき臆病者の勇者は勇者としてただただ生き延びることを考えていた。戦士や武闘家のように腕っぷしが強いわけではない。魔法を使うための専門的な知識もなければそれを勉強するだけの頭もなかった。勇者とはいわば専門的な知識も技術もない、潰しのきかないはったりと度胸だけの使えない人間が選ぶ最後の職業だったのだ。

 彼が腰に差している剣はもう何年も鞘から抜いたことがない。きっと錆び付いて抜くこともかなわなくなっているだろう。

 勇者として職業登録した年には、やる気に満ちて剣を抜き放ちブンブンと振り回して剣術のまねごとをしたものだが、すぐに自分には剣を扱う才能のないことに気づいた。それ以降、彼は剣を抜くことはなかった。


 彼が師事した剣術の師匠は彼を破門にし門弟たちは彼を馬鹿にしたが、彼はそんな門弟たちを馬鹿にした。剣の才能がない者が剣に頼ったらその結果は死でしかない。自分に向かないことで命のやり取りをすることができるのは軽い命の持ち主だからだ。自分は勇気ある戦略的撤退をしたのだ。決して逃避ではない、と誇りに満ちて。


 この彼、自分を説得させることに関しては世界一の才能をもっていたが、それを評価する者がこの世界にいないことだけが残念だった。




 この勇者が訪れた土地、ガンゴルドカンを治める王にパイズオンがいた。この世界で王が王たり得るのは特別な権能を有しているからだったが、このパイズオンの権能は極めて特殊なもので、それは「名付ける」というものだった。この地ガンゴルドカンにおいてパイズオンが名付けなかったものは何一つとしてなく国の民一人一人の名前だけではなく犬や猫、牛や馬から天体の星の名前まであらゆるものの名前は彼によって付けられた。この国ではそれが当然のことであり誰もそれに異議を唱えなかった。この国はそのようにして成り立っていて誰もがそういうものだと思っていた。


 そんなある日、国のはずれにあるババスパ山にとてつもない巨大な竜が住み着いた。王はそのことの報告を受けると居ても立ってもいられずにその竜に『ブチャパチャ』という名前を付けた。そして使者を竜のところに使わしてその名で呼びかけさせた。使者が竜にブチャパチャと呼びかけて、竜が自分が呼ばれたのだと認識して振り返ったのなら、その時初めて名付けの契約が結ばれ王の威光が保たれるのだ。


 ……しかしそううまくはいかなかった。

使者1「ブチャ――っ」

 最初の使者が竜の名を言い終わるよりも早く、竜はその長い首を恐ろしいスピードで伸ばすと使者を咥え丸呑みしてしまった。

 最初の使者が帰ってこないので、王は二番目の使者を遣わした。

使者2「――ブチャ――パチャ」

 二人目の使者は用心深く、竜が眠りについてから近づいて呼びかけた。うまくいけば寝ぼけたまま勝手に反応してくれるかもしれないと考えたのだ。しかし竜は深く寝入っていて全く気付く様子がない。そこで初めは恐る恐るそっと呼びかけていた使者も次第に大胆になって大声で何度も呼びかけた。

使者2「ブ、ブ、ブチャ、ブチャ、ブッチャチャ、ブッチャ――っ、パッチャ――っ!」

 さすがに竜も騒がしさに気がついて面倒くさそうに頭をもたげた。すると目の前には二人目の使者が。竜と目が合ったとたん使者は竜の巨大さに畏怖して言葉が出てこなくなった。次の瞬間には一呑みで食べられてしまっていた。

 結局、パイズオンは第8の使者まで送ったが誰一人として成功の報告を携えて帰って来る者がいなかった。



 勇者が足を踏み入れた土地はそんな場所だったのだ。

 勇者はフードを深く被りマントに身を包んで足早に進んでいく。小雨が先ほどから降ってきていたが雨を避けるためだけにそうしているわけではなかった。彼は人目を避けるためにそうやって正体を隠し、人を避けて歩いていたのだ。勇者となって早一年。勇者のもとに持ち込まれる話は全てトラブルがらみだった。いちいちそんなことを引き受けていたら、命がいくつあっても足りない。

 世の中勇者といえば、若者ばかりだがそれはいい年まで生き延びることが出来た者がいないということを示していた。彼がそのことに気が付いたのは勇者になった後だった。


 彼が歩いていくと広場に行き当たった。広場の真ん中には大きな掲示板があって人々がそこに集まっていた。彼がその脇を通り過ぎるとき、ふと掲示板を見るとそこには国からのお触れ書きとしてこう書かれていた。


『勇者募集』


 さらに

『勇者をリクルートして王様のもとに連れてきた者には手数料として100レオンの報酬を与える』

と書かれていた。

 彼は目を見開いてそれを見るや、すぐさま広場から立ち去ろうとした。が、無駄だった。彼が腰に差している剣は勇者しか持つことの許されていない特別な紋章が柄に記されているものだったのだ。その剣を帯同することは勇者という職業の者に義務付けられているため、捨てることもできない。広場に集まった人々の中から目ざとい者がすぐにそれを見つけた。

「おお、勇者様ではないか。待っていましたぞ、さあ王様のもとに案内します」

 あっという間に彼の両側に二人の男が立ち、その周りを人々に囲まれてしまった。

「いやいや、ちょっとまってもらえます? 私はここではない他の国に依頼されていてこの国はただ通過するために通っているだけなんですよ。ほんとなんです。いや、決して依頼を受けないというわけではないんです。先約があってですね…………」

 勇者はあくまでも依頼を蹴るわけではないというていを取ってやり過ごそうとした。

「まあ、詳しいことは王様にお会いしてからで」

 その後も勇者はあれやこれやと断る言い訳を繰り出したが人々は彼の言うことなど聞く耳をもたずにほとんど強引に王様の待つ城へと彼を連れて行った。



「よくぞやってきた勇者ランドよ」

 パイズオン王は初対面の第一声にそう高らかと告げた。

「いや、私の名前は○○○で」

「よくぞやってきた勇者ランドよ」

 王は全く同じことを繰り返した。勇者は王の正気を疑って王の目を見た。王は恐ろしいほどの澄んだ瞳でまっすぐに勇者の目を見返した。

 勇者は誰にも聞こえないくらい小さな声でぼそりとつぶやいた。

「もういいか、それで」


「勇者ランドよ。おぬしも街のうわさにかねがね聞いているであろうが、いまこの国は大変なことになっておる。国の北にそびえるババスパ山に巨大な竜が住み着いてしまったのじゃ。わしはその竜にブチャパチャと名付けた。それなのにじゃ、かのいまいましい竜めはその名が気に食わないのかわしが送る使者をことごとくないがしろにした。これは由々しき事態。このままでは王の権威は地に堕ち国が傾く危機となろう。勇者ランドよ。この国をあの恐ろしき竜から守るためにもワシの代わりに奴のもとにおもむき『ブチャパチャ』とこの名を認めさせるのじゃ」

 そして王は一呼吸おくと、その場にいる者全員を見回し呼びかけるように言った。

「やってくれるな?」

 もはや依頼ではなく宣言だった。というのもこのような王からの依頼は形式的なもので、勇者は王から頼まれたら断ることはできないので決定事項だった。



 城から出るとき彼の手にはわずかばかりの金貨が入った袋が握られていた。冒険のための準備金だ。

「勇者なんてなるんじゃなかった。こんなわずかな金で命を投げ出さなければならないなんて。どうするか……このままトンズラしてしまうのも手だが……」

 彼の目の前には今、二つの道があった。このまま勇者として生きるか、それとも準備金をもらったまま逃走してお尋ね者として生きるか。今までも何度もその岐路に立たされた。でも、そのたびに彼は勇者としての道を選んできた。

「まあ、竜を倒せと言っているわけじゃない。呼びかけて奴がそれを自分の名前だと認識すればいいだけの話だ。野良猫や野良犬を名付けるのと大して変わりはしないだろう」


 勇者としての資質にはいくつもの要素があるが、そのうちのたった一つだけは彼にもあった。それは楽観主義と呼ばれるものであり、どんなこともその時になればなんとかなるだろうという信仰だった。前に進み続けさえすればたいていの困難は乗り越えることができる。もし乗り越えることができず、なんとかならないのならそれは死と呼ばれるものであり、そこで人生が終わるのだからもう苦しむことも悩むこともない。

 そしてまた、乗り越えたとは言えないまでも死なずに生き残ることができたのなら、人生は進み続けるのだからそれは困難を乗り越えたことと結果的には同じだ。困難は過去へと遠ざかり消え去っていくのみ。だから何を今悩む必要があるだろう?


 勇者は早速手に入ったお金の袋をジャラジャラと鳴らしながら、旅人の酒場と呼ばれる店に入っていった。

 店内はたくさんの客でにぎわっていた。一目で戦士だとわかるものもいれば、魔法使いや薬草士、呪術師に犬ともトカゲともつかないような変な獣を連れた野獣使いもいた。盗賊や山賊のような怪しげな身なりの者たちもいて、彼らは勇者のことをチラチラと見ていた。王が勇者に冒険の依頼をしたことはもう噂となり広まっているはずだ。今回の冒険に必要な能力は勇者にはとんと見当もつかなかったが、この中から仲間を選ぶことになる。とりあえず勇者は自分がこれから向かおうという竜についての情報を集めようとした。


「あんたかい、勇者ランドというのは。ははあ、あんたじゃ無理だ。ワシはあんたの前にかの竜に向かった勇者のことを知っている。彼はドントという名の勇者じゃった。彼はあんたの二倍は生きているであろう歳だったがね。経験もずいぶんと積んでいるように見えた。そんな彼でもあの竜の前では赤子同然だった。全く手も足も出なかったのじゃよ。悪いことは言わん。やめておけ」

 老人はそう言うと手に持った器の酒を一気に飲み干した。かなり酒を飲んでいるようだったが酔っているようには見えなかった。老人は痩せてはいたが大柄で骨格ががっしりとしている。酒場のマスターによると昔はそこそこ名の通った戦士だったらしい。

「勇者にそんなことを言うなんて、あんたもたいしたことねえなあ。困難だからといって逃げ出すやつがいたらそいつは勇者じゃねえ。あんたも昔は冒険者だったらしいが、酒にダメにされた口だな」

 ランド自身、依頼を受ける前は逃げようとしていたくせに、ひとたび冒険が決まると不思議と腹が座ってしまう。昔からランドにはそんなところがあった。どんなことも逃げるのが最善手だと思っているが、退路を塞がれてしまうと一転して困難に正面から向き合うことができるのだ。まあ『窮鼠、猫を嚙む』とも言うが。

「ふんっ、ドントも同じことを言って、出掛けて、死んだ。若造、お前の生意気な口もその思い出に免じて許してやろう。香典だと思って取っておけ」


 一人ひとりからはたいした情報を得られないが、そうやって少しづつ巨竜の情報を集めていった。だんだんとわかってきたことは、状況はさらに悪化しているらしいということだった。竜はババスパ山の上部を住処としてるらしいがそこにたどり着くためには崖沿いの道を登っていかなければならない。しかし竜はその道を崩して壊してしまい、冒険者はもはや竜のいるババスパ山を登ることすらできなくなっているらしい。最近では空を飛んでいる時以外は竜を見た者すらいないという。竜に近づくことすらできないのなら、この仕事はさすがに無理かと勇者も思い始めていた。


そんなときだった。

「あの竜を見て、生きて帰ったやつを知っている」

 そんな耳寄りな情報をもたらしたのは、耳が長くとがったエルフの商人だった。エルフにしてはめずらしくずんぐりと太った中年の親父だった。

「そいつは薬草取りの名人でな。名をカラヤンといった。かつてはババスパ山を自分の庭のように歩き回っていたんだ。ババスパ山にはパミント草という呪い除けの薬草があるからな。

そんな彼がパミント草が群生する高原でパミントを取っているとき、空が暗くなったってんで不思議に思い空を仰ぐと巨竜が舞っているのが見えたんだそうだ。カラヤンは恐れおののき勝手知ったる高原の端にある洞窟の中に逃げ込んだ。そうやって洞窟に隠れていると竜はあろうことか洞窟をふさぐような形で舞い降りるとそこを寝床として眠ってしまった。カラヤンは洞窟から出るに出られず困ってしまい、しょうがなく洞窟の奥へと向かったんだそうだ。まあ、それが正解だろうな。薬草取りごときが竜と戦えるわけもなく、見つかったのなら一呑みに食べられてしまうのは確実だから。


 さすがのカラヤンもいままでに洞窟の奥へ入ったことがなかったから、どうなっているのか全く分からなかった。洞窟はとてつもなく深くどこまでもどこまでも続いているようだった。それは恐ろしいことだったが、間近で見た巨竜の姿に比べればまだましだった。カラヤンは逃げるようにひたすら奥へ奥へと進み続けた。洞窟の中は暗く、冒険者御用達『不消の松明たいまつ』の明かりだけが頼りだった。二晩なのか三晩なのか、日を拝むことのできない洞窟の中ではどれくらい時間がたったのかもわからない。不消の松明といえどついには灯も小さくなり消えゆこうとしたとき、カラヤンは絶望の中行く手に明かりを見出した。それは出口であって、長い長い闇のトンネルを抜けるとそこはオルマン湖のほとりであったそうだ」

 商人は自分の言葉がランドの心をとらえたことを確認するかのようにランドをじっと見た。

「それはすごい。是非ともその薬草取りのカラヤンとやらを紹介してくれないか? 彼が出てきたオルマン湖のほとりにあるという洞窟まで案内してもらいたいんだ」

「ん、まあ、それはおいおいにして。ところでここに今、話に出てきた冒険者御用達『不消の松明』があるんだが行きと帰り、余裕をもって三本は必要となるだろうが。どうだい?」

 そう言って商人は足元の袋から松明を出した。

「なんだい、あんたもなかなかな商売人だね、まあ、いいだろう。三本もらおうか」

「へい、毎度あり。一本50ミプル、三本で150ミプルのところ140ミプルでいいや」

「む、松明にしてはずいぶん高いんじゃないかい?」

「いやいや、お客さん。これはそんじょそこらの松明とは違うんでさ。一度火をつけたのなら雨が降ろうが風が吹こうが消えやしない。それに長持ちたるや三日三晩は持つものなんじゃよ。これを買わずしてあの洞窟を抜けることなど不可能。はっきりとそう断言できるね。闇に迷ってからじゃ遅いよ?」

「しょうがない。確かに必要なものではある。買おう」

「へい、毎度ありゃりゃしたー」

 ランドは王様からもらった金貨の入った袋で支払った。松明を三本受け取り余計な荷物を増やしてしまった感があったが納得もしてはいた。

「で、そのカラヤン某というのはどこに行けば会えるんだね?」

「んー、彼はねー、ドラゴンがよっぽど怖かったとみえてねえ。最後に会った時はこんなことを言っていたかなあ

『もうだめだ。こんな土地ではおちおち薬草なんか採っていられないよ。聞いたところだとずっと西へ向かうとサラファンの国があってここでは手に入らない薬草が採れるらしいんだ。僕はそこへ行くよ』

それっきり彼を見かけないから今頃はたぶんサラファンにいるんじゃないかなあ」

 商人は興味なさげにそう言うと、自分の荷物袋を背負った。

「じゃ、君の冒険がうまくいくことを祈ってるよ。僕の商品が君の偉大なる冒険にほんの少しでも役に立ったのなら、僕も誇り高い。それではア・ディ・ダ!」

 彼はこのガンゴルドカンの挨拶、アで右手の人差し指で自分のこめかみを差し、ディで両の目を思いっきり見開いて、ダで舌べらを出して思いっきり下に伸ばす、ア・ディ・ダをするとにこやかに笑顔を浮かべて去っていった。この挨拶の意味は「ごきげんよう、また会う日まで、健やかに」だった。

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