65話 小さな希望
マカが蛙人のアマとその一団に救出される数刻前。飛騨の北端に位置する神丘の山奥にある社がある洞穴の中。
明かりは松明の火のみで五人の巫女と数人の神官は皆三つの穴が空き、頬には爪で引っ掻いた後のような粘土の面を被っている。
そんな彼らは神座に座る一人の女性を見つめるとゆっくりと頭を下げた。
その女性は今の服と比べたら明らかはるか昔のものと一目見ればわかるもので彼女の左右には甲冑雨をきた兵士が座っている。
その女性はこの重い空気でゆっくり息を吐く。
「——私を殺さずここに連れてきた意味は?」
彼女の言葉に、一番前に座る神官がゆっくり頭を下げる。
「我らが主人。アカバネヒコと言う男の命にありました、禍の神の手先と思われる偽りの王の討伐を手伝って欲しいのです。本当は高志に逃すと貴女のお側の兵士から聞きましたがどうかご無礼をお許しください」
「——高志にですか。要するに私を起こす本当の場所は高志だったと?」
女性の言葉に左右のいた兵士は目を逸らす。
そもそもこの女性はつい先ほどまでご神体として兵士がごまかしながら神輿の中に封じれいたのだがようやく高志に出るところで目の前にいる神官に捕まり起こされたのだ。
女性は頭を抱える。
「——あの人の無事を確かめたかったから高志に行かなくて良かったですが」
女性の言葉に神官は喜ぶも二人の兵士は大慌てで女性の前に来た。
「おやめ下さい! 我々、アカバネヒコ様は尊敬していますが、彼は人を捨て駒としか見ません。だから逃がそうとしたのですよ!?」
「なんなら偽王と同じ思想です。彼は我らが王の一族、両面宿儺の庶流の出自。これを機に己を表裏どちらかの王となりこの国を治める気でいたと噂が絶えぬ人です。どうか、高志に入りそこからウガヤに逃げてください!」
女性は二人の言葉にそのアカバネヒコという男の印象を想像する。
彼女は彼を名前でしか知らない。言葉だけ聞けば確かに協力するのは危険だ。だが、飛騨に残した妹分の子が心配でたまらない。
女性は二人を払い除けて神座から降りて新歓に近づく。
「要求は、禍の神の手先を倒すことのみですか?」
「——え、えぇ。も、もう一つありますがそれは拒否してください」
「——もう一つとは?」
神官は不安げに後ろの仲間達を見るが仲間はみんな苦しそうな顔で目を逸らす。
その態度に女性は彼らが要求したいことを察してため息をついた。
「おおよそ、神霊である私と婚姻してその子を王の一人にしたいのでしょうがお断りします。私、亡くなったあの人以外に肌身を触られたくない……」
女性の真剣な言葉に神官は「無論、あの人も拒否されることを前提としているはずです」と口にした。
彼女は胸に手を当てると飛騨で孤独で戦っているであろうあの子を思う涙を一粒頬を流した。
————。
私はあの後アマさんにハルメの襲撃から子供達と共に助けられ、なるべく遠くにある祠の中に逃げ込んだ。
アマさんが言うには人の足なら1日かかる距離だから油断できないというが、ここの結界は硬いから見つかっても入れないと太鼓判を叩く。
そしてアマさんの仲間が震える子供達をゲロゲロと鳴きながらあやしているそばで私はアマさんと二人で状況について共有した。
まず私は飛騨で起きたことを話した。
それを聞いたアマさんはうんうんと頷くと顔を上げる。
「なるほど。まとめますとナビィ殿が死んでツムグ殿は行方知らず、でマカ殿は牢獄で三日、小屋に移されて十日眠っていたと。で、十日の間にアハバという禍の神の手先が封じられたりしたと。……十三日間の間に色々と起きましたな。」
「——私も理解できないです。それに、私おかしいんです。兄——ある人が私はハルメの呪いでに頭の中で大切な人が私に人殺しをするように勧めてきているって言ったんです。今も、まだ聴こえるんです。殺意が、心の奥底から湧き出るような感じが気持ち悪い」
「——呪いもありますが、今宵十五歳の娘御が味わう経験じゃないですよこれは。誰でも心を壊します。今は私どもがいるので泣いても大丈夫です。マカ殿が十歳の頃から我々はあなたを娘同然に可愛がってきましたので」
アマさんの言葉に私は気持ちを落ち着かせる。
私にとってアマさんたちはただの師匠という言葉では片付けれない、今にしてそう思う。
十歳の頃に兄が消え生きる気力がなくなり山奥で命を絶とうとした時、アマさんに救われ自分自身が兄の代わりになればいいんだと気づかせてくれた恩人。
「ありがとうございます。その、この後私たちハルメに対抗する感じでいいのでしょうか?」
「えぇ、そうなりましょう。あの者、逃げる際も我々を睨んできましたし恐らくアハバ復活がよりもめんどくさい我々を殺しにくると見ておきましょう。最悪には最悪で備えあれば問題ありませんので」
アマさんの頼り甲斐のある言葉に、少し心が落ち着くと外からポツポツと雨の音がしてきた。しかし、ほのかに血の香りがする。
アマさんと周りにいた蛙人はその場で急に静かになり固まると槍に手をつける。私も念の為鞘から剣を抜く。
そして子供をあやしていた蛙人は奥に子供たちを逃すのが見えた。
「あの、アマさん。この感じ……」
「ハルメが来ましたな。静かに、ゆっくり下がりましょう」
私はアマさんと共に慎重に下がる。
入り口のある方向からはヒタ、ヒタ、と何かが近づいてくる足音がする。
足がそのまま洞穴のひんやりと濡れた地面を直接歩いている生々しく背筋が凍る不愉快な音。
私は小声でアマさんに話す。
「——対策、あるんですか?」
「一応、妖怪の唾を袋いっぱい飲ませてやれば体が朽ち果てます。彼女、純粋な妖怪じゃないんでね。ほとんど人の体のまま。だから効き目抜群」
「——接吻して口移しするんですか?」
「その前に私が死ぬのでそれは無しで」
その時、松明の日が一瞬できたがそれに合わせるように勾玉からヒヌカンが出てきたあたりを明るくしてくれた。
アマさんや周りの蛙人が「え、人魂!?」と驚きのあまり大きな声を出してしまった。
——あぁ、蛙人十人に人が六人。私一人で十分ですね。
暗闇の奥からハルメの胸を切り裂くような冷たい声が響く。
「来る!」
次の瞬間、青白い肌をし、着物を血で真っ赤にしたハルメが異様に口を広げて奥から何かが走ってきた。
私アマさんたちの前に立ち盾を構えるとまるでクマに突進されたような衝撃が全身に走り、後ろ足で力一杯体重を使いなんとかハルメを食い止める。
そして腹の底から声を出してハルメを後ろに突き飛ばす。
「ハルメ! 何をお前ここまで!」
「——私と貴女は似ているんです。むしろ私こそ聞きたい。何を貴女は誰かを助けるように動かすのです!」
ハルメはそういうと腰の鞘から剣を取り出すと私に斬りかかる。
動きは今まで私が戦ってきた敵と比べて遥かに遅い。
私は咄嗟に盾を構えるとそのままハルメに突進すると、ハルメはやはり戦い慣れていなかったのかよろめく。
その一瞬の隙を見逃さず私は腰を捻って力一杯ハルメの腹を蹴ると勢いよく後ろに吹き飛んだ。
ハルメの頭は洞穴の岩肌にあたり、あたりに真っ黒な血飛沫が飛んだがハルメは気にせず、体を震わせながら立ち上がる
「マカさん。貴女こそなぜ気づかない。結局、結局私たちのような人は駒にされるだけ。世界のためだ国のためだと言われて人らしい生活をさせてもらえない。貴女だってもっと自由に生きたかったでしょ?」
ハルメの言葉に一瞬足が止まる。
本当はその場で否定すべきなのは理解できるけど、なぜか理解できない。
そんな悩みに暮れているとアマさんが私の方に手を置いて、前に出るとハルメを大きな目で見る。
「ハルメ殿よ。マカ殿と其方は違う。其方は確かに可哀想でしょう。駒のように扱われてやりたいことも出来なかった。確かに、可哀想なこと」
アマさんは矛の先をハルメに向ける。
「けど、マカ殿ならこんな手段に出ることはありません! マカ殿でしたら十歳の頃よりお稽古をサボって我々蛙人と鍛錬していたんです」
「——は?」
ハルメはゆっくり立ち上がると少しずつ傷を再生させる。
後ろを見ると私がハルメを止めている間にアマさんが指示を出したのかアマさん以外の蛙人は
とっくに避難しているみたいだ。
再び視線を戻すとハルメは重いであろう剣を持ち上げる。
「だからなのです。人は、下々は私が普通の女の子とわかっていながら神の声を聞く巫女や天女さながらと持ち上げて私の心を揺さぶり続けた。彼らのために何かなし得ないといけないと思ったんだ!」
ハルメは発狂しながら突進してくる。私がとっさに建てを構えたときにはアマさんは前に出ており、矛を使ってハルメが振り下ろした剣を受け流すとハルメの腹に矛を勢いよく突き刺した。
「ぐっ!」
ハルメが目を充血させて自身の腹を突き破る矛の柄をつかんだ次の瞬間アマさんはハルメの顔に唾を吐きかける。
ハルメが気づいたときには顔にかかる。
次の瞬間、顔中に煙が立ち上り、肉が焼ける音がし始めたと思えばハルメの顔半分がどろどろと溶け、一部骨が見えたところで止まるもハルメは特に痛がる反応も見せずこちらを睨む。
「―なぜ、とどめを刺さない。殺せましたよね?」
「アマさん?」
私がアマさんにそう声をかけるとアマさんは矛をハルメの腹から抜くと一歩下がった。
「ハルメ殿。分ったでしょう。あなたは人と妖怪が交わって生まれたものではない。人でありながら禁忌の呪いで無理やり妖怪または神に似たなにかになっただけ。そんな身では妖怪の唾や例えばマカ殿が作った口嚙み酒を使っただけで体はボロボロになる。ほれ、その傷癒せます」
――確かに、ハルメの顔半分はいまだに溶けたままだ。
私がそう思ったのと同じく、ハルメも築かなかったのか唾がかかった所を触る。
おそらく指先から伝わっただろうあらわになった自らの肉、そして骨と少しず出ている体液。
見る見るうちにハルメの顔が青くなっていくのがわかる。多分、ハルメは知らずに受け入れたのだろう。
「――ふ、ふふふ」
ハルメは突如として笑い始める。目は笑っていないけど降格は不気味なまで上がっている。
「なら。もう人には戻れませんね。えぇ、戻れません。もう人の道も外れているんです。失うものなんてないんです! 同情のつもりですか? 同情なんて結局人の心に寄り添うふりをしているだけ、その人の本心なんて全く興味ない!」
私はアマさんを後ろに下がらせると私はハルメの剣を盾で食い止めると勢いよく剣を払いのけてハルメの右手を切り落とす。
「人の心を弄ぶ? お前が言えたこと? 私の大切な人を汚した人がそれを!」
私がそう叫ぶと一瞬だけ剣が応えるように一瞬だけ翡翠色に輝く。そしてハルメの胸に一突きしようとした瞬間ハルメの姿が急に闇へと溶けていった。ヒヌカンがあたりを照らしているのに、一瞬だけあたりが暗くなり、再び明るくなったかと思えばハルメの姿がどこにもなかった。
「逃げた?」
そう私が方から息をするように言うとアマさんは私の肩をたたく。
「マカ殿。今のうちに出ましょう。ハルメ殿。動揺して逃げだしたのかもしれませんな?」
「――はい。あの、なんでハルメにとどめを刺さなかったのです? あの時確実に殺せたのに」
私の言葉にアマさんはしばらく沈黙し、背中を向ける。
「ちょっとマカ殿に似ていましてな。もしマカ殿を十歳のころに助けなかったら自暴自棄になりああなってしまったのかと思いましてな。それを否定したくちょっと改心しないか試しちゃいました。ゲローゲ」
それを口にするアマさんの背中はどこか悲しそうだった。
――。
それからみんなが逃げた先をアマさんとひたすら進むと外から光が入ってきていた。
そして外に出るとみんなは無事なようで私とアマさんに気づくと嬉しそうに手を振った。
特に子供たちは嬉しそうに私に飛びついてきた。
アマさんを見ると蛙人の仲間たちと何か話しているようだし、少し息抜きをしよう。
私はひざを曲げて視線を子供たちに合わせる。
「みんな、大丈夫だった?」
「うん! 蛙の妖怪優しかったよ!」
私の言葉に一人の元気な子がはきはきと喋っていると一人内気な女の子が不安げな顔で私の顔を見上げる。
「ね、お姉ちゃん。あの女の人、ハルメ様だよね? なんでハルメ様が?」
「―ハルメのこと知ってるの?」
私の言葉に女の子は焦りながらも言いたいことを必死に言おうと話し始めた。
「ハルメ様昔は優しかったの。みんなハルメ様と遊んでね、妹もいてすごく楽しかったの。だけど、急に妹とハルメ様が遊びに来なくなったの。それも五年前くらいに」
「え、五年前?」
私がそういうと、周りにいた子供たちが「いやあんなのハルメ様じゃない」「ハルメ様の偽物だ」と騒ぎ始めた。
とりあえず話をまとめたい。
私は女の子の両肩に手を置く。
「ハルメに妹がいたの? その子、どうなったのか聞いた?」
女の子は首を縦に振る。
「七日前にハルメ様に五年ぶりに会って聞いてみたの。するとね、笑顔ですぐに会えるっていったの」
「すぐにって……」
ハルメ、もしかして妹を生き返らそうとしているんじゃ?
すると、誰かに背中を触られ、振り返るとアマサさんが立っていた。そして私と目が合うとにっこりと笑う。
「きっと、その妹はハルメ殿にとって宝。拠り所が家族の人はそれが失った際狂気となるのです。それは悪いことでなくその人なりに生きる目的を探し出した結果。なので助け出せるのなら助けたいです」
「――あの、私はアハバ討伐を優先したいんですがもしかして今からハルメを探し出すんですか?」
「――無論、聞く限りアハバが最優先。ですがハルメ殿のことは頭に入れておきましょう。動揺する当たりなにかしら心の突っかかりがあるはずですので」
アマさんはそういうと矛を高く掲げる。
「おーしみんな! 話した通り子供を安全な場所に避難させる組とアハバ討伐組に分かれて行動開始!」
「「ゲロゲーロ!」」
蛙人の勝鬨があたりに鳴り響く。
ナビィさん、見ていてください。必ず私は――。
そしてアマさんはにやりと笑うとさらに大きな声を出す。
「今夜。丹生山に強行突破してアハバを討ちますぞ!」
こうして唐突にアマさん立案の丹生山強行突破が決まった
裏話:
ハルメの妹はウガヤの狩人に殺されたらしい




