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最後通告 天女の調べ  作者: 皐月
7章 東国の災禍

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62話 機転と混沌

 ————。

 マカが囚われてから夕刻。

 大広間にて飛騨の王、宿儺ではなく宿儺に背乗りし宿儺の姿に化けているアハバが上座に座り、下座には大勢の従者たちが座っていた。

 そして彼らの前に甲冑を身にまとった武人、高谷健タカヤタケルはアハバに睨め付けられ恐怖で萎縮している。

 アハバは感情を見せず手に顎を乗せるとタカヤタケルを睨む。


 「タカヤノタケルよ。もう一度、申してみよ。源マカの従者は?」


 「み、源マカの従者は、赤毛の女子一人は我らに抵抗して逃げましたが、もう一人の髪の長い女子は降参して大人しく応じてくれました。それから首を刎ねましたが、体が光の粒になって消えて——」


 「戯けたことを言うな!」


 アハバは床を力強く叩くと勢いよく立ち上がり上座から降りるとタカヤノタケルに詰め寄って顔を近づける。


 「正直に申せ、逃したのではないか?」


 「違います! 本当に消えたのです!」


 「ほう、それにしては……」


 アハバはタカヤノタケルの着物と甲冑の土汚れを見る。抵抗されたにしては少し小綺麗でまるで己でつけたような痕跡を彼女は見逃さなかった。


 「抵抗されたにしては、汚れがいささか不自然ではないか? もしや赤毛の女も? ん?」


 タカヤノタケルは蛇に睨まれた蛙のように震え固まる。


 「まぁ、まぁ王よ。落ち着きなされよ」


 そんな時、アハバの体の本来の持ち主、宿儺王と同じぐらい老けた様子で少しばかりふくよかな体に口のボサボサな髭が特徴的な男がアハバに声をかける。

 彼の名は丹生赤羽彦ニブアカバヒコ。飛騨の王の側近の中でも最も発言力がある男。

 アハバはアカバヒコに言葉に深呼吸をする。


 「なんだ、アカバヒコ。我は今、戯言を口にしたものを成敗しようと言うのだ」


 するとアカバヒコは声に出して笑う。


 「ははは。王よ。そろそろお辞めになってあげましょうぞ」


 「何を——」


 アハバが何か言おうと口にした瞬間、アカバヒコは合間なく立ち上がるとアハバ含め他の従者達を諭すように大きな声で口にする。


 「皆の者! すまん、これはワシと王が仕組んだことじゃ。人質は三人欲しいが、一人でいいとワシが言ってしまったのを間に受けただけでございます。王よどうか、このワシに免じてお許しを」


 アカバヒコの言葉に辺りの空気が鬱蒼としたものから若干穏やかなものに変わる。

 アハバはまだ何か言いたげだったがこのまま反論すれば偽物と疑われてしまう。

 そう考えた彼女は笑みを浮かべるゆっくり立ち上がった。


 「そうじゃな。三人欲しかったが、一人いるだけでも良いだろう……。タカヤノタケル。次はないぞ。目障りだ、下がれ」


 「は、はは!」


 タカヤノタケルは胸を撫で下ろすと即座に大広間から退散する。

 大広間にいる従者たちも血を見ないで済んで安堵したのかアハバが最も嫌う安堵な空気が立ち込めた。


 ————。


 それから評定はアカバヒコが終始しきり難なく終わる。 

 そして従者たちが出たのを見てアカバネヒコは懐に隠していた瓶子と一つの盃を取り出すと、アハバに近づき盃を渡す。


 「王よ。この丹生赤羽彦ニブアカバヒコがいるからと言って、やりすぎないでくだされ。お心が疲れますぞ」


 アカバヒコは苦言を呈しながらもアハバが持つ盃に酒を注ぐとにんまりと笑う。

 アハバは彼の行動の裏を疑いながらも注がれた酒を一口飲む。

 アハバが飛騨の王を殺し王の姿に化けてからまだほんの少ししか時は流れておらずバレてはいないが、何をしようも上手いことアカバヒコに手のひらの上で踊らされているような感覚に陥っていた。


 しかし、アハバ自身もアカバヒコの行動の裏を疑いながらもなぜか徐々に信頼してきてしまう自分に嫌悪感を感じる。


 そして盃から口を離すとアハバは苦虫を噛み締めた顔になる。


 「アカバヒコ。いったい何を企んでいる」


 「——企んでいるとは?」


 アハバの言葉にアカバネヒコは素っ頓狂な反応を見せず毅然とした態度で聞き返す。

 

 あまりの冷静さにアハバはもしや自身の正体を知っているから落ち着いているのかと不審に感じるも、深く考えないようにする。


 「分かっていないわけがないだろ? なぜこのワシが源マカを捕らえたことを。そしてこのワシを見て」


 するとアカバヒコは思い出したかのような声を出しながら手を叩いた。

 「えぇ、もちろんでございまする。昔、妹君がウガヤの狩人に誤って殺されたことをまだ恨んでいるのでしょう」


 「妹?」


 アハバはアカバヒコの言葉に首を傾げる。

 なぜならアハバが王から引き継いだ記憶の中には妹の記憶はない。しかし、完全に引き継げている訳でもなく、もしかすれば引き継げていない可能性もある。

 アハバは若干温もりに感じる胸の感触に嫌悪感を感じながらもアカバヒコの話を聞く。


 「それ以来、立場上解決した手前まだお許しになっただけですので、荒んだ心を癒したい気持ちはわかりまする。けど、あの牢獄は可哀想でございましょう。まだ、十五の娘。その娘にまともに厠にも行かせないのは胸が苦しいのでは。妹君も亡くなった時の年は十五です。もし、兄ならば妹がこのような辱めなどされて欲しくないでしょう」


 「——妹は我をどう見ていた。尊敬できる年長者か? それとも愚鈍な年長者か」


 「ほほう。どっちも違いまする。愛しき兄様と思っておいででしたよ。と、その話はこの前もしましたよ。数年前にもなりますがな」


 アハバハ頭を抱える。

 数年前から話している。と言うことは飛騨の王の妹はずっと昔に殺された。アハバ自身災の神のためと急いで飛騨の王を殺し記憶も一瞬しか見ていたかったせいもあり曖昧なものにしてしまったことを後悔する。


 しかし、ここでマカを殺しておかなければ禍の神を討ち滅ぼす術を見つけ出すかもしれない。


 アハバはため息をつく。


 「どうせ明日に殺す。生かす意味はないだろう」


 「——従者は一人逃げられ。きっと保護したウガヤの王は囚われた彼女の安否を確認するでしょうな。で、死んでいたら侵略する口実になりまする」


 アハバはアカバヒコの言葉に苛立ちを覚えながら盃を床に置いた。


 「もし、我が殺したらお前は我をどうする?」


 「——その場合は、王が以前に私どもと約束した狂乱した際の契りに則って王を斬りまする」


 「——っ」


 アハバは唐突のことに固まる。

 アカバヒコは冗談を追うそぶりを見せずそのままアハバに向かって平伏する。


 「王よ。ここは心を鎮めむしろウガヤに己の正当性を主張し、あわよくば飛騨を大国造に任じられるように交渉しましょう。そうなれば独立勢力として東国諸国に王の覇道が広まりまする」


 「——なぜここまで」


 「王を信じているからでございます」


 アハバはアカバヒコの目をじっと見つめる。 

 特には意味もなく、あしたにでマカを殺したい気持ちは変わらない。だが、彼の瞳を見ると胸が痛くなる。

 もうそんな思いを抱くことは無くなったはずなのに。


 アハバは震える右手を掴むと心の奥で舌打ちをした。


 「分かった。アカバヒコ。三日見てあやつが何もしなければお前の好きにしろ。それまでは口を挟む事はたとえお前でも許さん」


 アハバの言葉にアカバヒコは一度返事をするもすぐに顔を上げた。


 「しかし、せめての世話役は女子にさせていただけませぬか?」


 「——勝手にしろ」


 アハバは吐き捨てるようにそう口にした。

 アハバはアカバヒコが大広間から出ていくの背中を見て胸と掴む。


 「なぜ、胸が痛くなった?」


 誰にも聞こえない声でそう呟いた。


 そして三日と言う時は思っていたよりも早く過ぎた。


 ————。

 

 冷たい、暗い、そして鼻につく穢らわしい匂いと共に柱に縛られ続けて最初は感じていた腰と肩の痛みが感じなくなりつつある中、意識を失おうとするもひたすら頭と打ち鳴らす頭痛が私を現実に連れ戻す。

 私は源マカ。カグヤを救わないといけない。

 そんな気持ちで眠れないまま飛騨の牢獄の中で、醜態を見られながら心を削って過ごす。


 もう何日ここにいるのかもわからなくなってきた。

 禍の神とアハバはおそらく目的は同じだけどやり方が違うことは分かる。

 けど、ナビィさんを殺されて理解できた。


 一瞬の同情なんて何も生まないんだ、そんな同情は簡単に打ち砕かれるんだ。

 どうせ誰を信じようともこの運命からは逃れられない。

 私はゆっくり顔を上げて重い瞼を開ける。

 あたりは真っ暗、水滴が顔に当たり眠ることができない。傷もろくに手当されていないせいで膿が出ているのか全身から生臭い匂いが充満する。


 あまりに激臭に涙を流すと目の前にぼんやりとナビィさんが見えた気がした。


 「ナビィさん、私が貴女を殺したのも同然。兄の大切な人を救えなった私にカグヤを救えるの? いや、もうだっていいか」


 そんな時、遠くから足音が聞こえてくる。

 もう関係ない。大切なものを奪われてばかりでいいの? 今ここで何かをすべきではないの?

 教えてよ、誰か教えてよ!



 そして牢獄の前に二人の女が立ち止まった。

 それも見慣れた二人組。この二人は私が牢獄に囚われてから表情を見せないようににしながらも最小限に排泄物や食事や水を飲ませたり体を拭いていてくれた。

 だけど信用はできない。きっと裏切るんだ。どうせ同情して大切な人と見てしまうぐらいなら、この日を境に優しさを向けるのはやめよう。


 ——うん、マカはやれば出来るよ。


 ——マカさん、今勇気を見せる時です。


 貴女も中にカグヤとナビィさんの声が聞こえた。

 うん、そうだよね……今ここでやらないと。


 一人の女が牢獄を開け中に入ると私の縄を解いた。

 

 「マカ様。少し、移動を——」


 「殺すんでしょ?」


 「え?」


 女があっけない声を出した瞬間、私は彼女の腹を力一杯殴り、女を気絶させた。

 そして檻の外で私を見ていた女は「ひっ!」と声を上げようとしたため、すぐさま起き上がると檻の外に飛び出して両手で女の首を絞めた。


 女は必死に抵抗し、目を充血させながら睨み、私の腕を爪で引っ掻く。

 そしてしばらくすると女は泡を吹いて涙を流しながら気絶すると、私は床に寝ころばせると女が腰につけていた短剣を奪い取る。


 「——私を厠にいかせず、人前で辱めておいて気絶だけで済ませただけは感謝して。——ごめんなさい」


 私は体を振るわし、背筋を冷たくしながら立ち上がると出口に向かって歩く。


 「アハバ。お前だけは絶対楽には死なせない」


 私は一人牢獄の中そう呟き、外に出た。


 ————。


 私が牢獄の正面から一人出るとあたり一面森の中。

 そうか、気絶したからわからなかったけど牢獄は森の中か。

 すると私に気づいた二人の門番は振り返って私を見ると驚いた様子で剣を引き抜きこちらを向く。


 「——! 二人の世話役の女はどうした?」


 「変なことするな? 大人しくすれば何もしないぞ」


 私は深く息を吸うと短剣を二人に向ける。


 「死にたくなかったら道を開けて。世話役は気絶させているだけ」


 私の言葉に二人は少し考える。

 私としては殺したくないから引いてほしい。もし、抵抗したら殺す。少なくとも今の私にはその覚悟はある。


 ——マカ、自分に正直になれば良いんだよ。


 うん、そうだねカグヤ、だけどここでやったらアハバ達の二の舞になっちゃう。

 そんなことを考えている間に門番は剣を向けたままジリジリと近づく。


 「——2度目はない。大人しく捕まってくれ。このことは不問にしてやる」


 「——私を辱めておいてその言い方? 厠に行かせてもらえず、汚された体を隅々まで見られたこの屈辱。どうすればいいの?」


 私の声に二人は怯んだのか一瞬後ずさる。

 そんな時、森の奥から甲冑の音が鳴り響いた。


 先頭にはふくよかな老けた男がおりその後ろには弓を持った従者と女達がいた。


 二人の門番は後ろを向いて彼らを見るとしまったと言う顔を見せる。


 「あ、アカバ様! これは……」


 アカバと呼ばれた男は首を横に振る。


 「予想はしていた。気にするな。流石に三日でもお辛いはずだ」


 アカバはそういうと二人の真ん中を分けて通ると私に近づく。

 私が短剣を向けて睨むと足を止めた。


 「我が名はアカバヒコ。源マカ殿。武器を納めくだされ。その怪我の痛みで体と頭が混乱しているだけです。どうか、落ち着いて」


 「落ち着けるか! お前達はナビィさんをなんで逃さなかった!」


 私は声を上げるとアカバに飛びかかる。

 しかし、アカバは風のように避ける。そして踏み込んで再び斬りかかろうとした時急に脚がふらついた。


 「あ……れ?」


  そう気づいた時には地面に私は倒れていた。

  息はできる、けど、体に力が入らない。


 そんな時、アカバは私の目の前にくると地面に膝をつける。


 「体が限界だ。女衆、マカ殿をあの小屋まで運んでおくれ」


 「ま、だ……」


 再び体を起こそうとした時、私の意識が途切れた。


 ————。

 ——————。


 徐々にぼんやりといた声が大きくなってくる。気持ちの良い音色に意識を取り戻していく。そしてゆっくり目を開けると知らない天井。そして目の前には私にどこかにた少女がおり、彼女は私が目を開けたことに気づくと笑みを浮かべた。


 「おはようございますマカ様。十日間ぐっすりでしたね」


 「十日……?」


 私はまだ目覚めていない頭の中で、現実を受け入れるのに精一杯だった——。

裏話:

アカバヒコは飛騨一の知将としてユダンダベア中の知る人はしる有名人らしい。

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