58話 新たな場所
兄が不死の主に取り憑いた禍の根源を払い、私がトドメを刺した後私はフジズキと共に社に向かって走る。
私は裾を上げて矢を片手で持ってひたすら走る。
フジズキは前を向いたまま声を出す。
「お前よ、禍の根源は打ち払えたが散乱し、地面に落ちたものからは禍の者が湧き出るかもしれぬ。油断するなよ」
「禍の者?」
「——目の前だ!」
前を向くと岩陰からドロドロとした黒い水みたいな者が飛び出してきたかと思えば人の形へと変わり、腕を剣らしきものに変える。
これが禍の者、初めて見たけどこの時代ではこう言うものが跋扈していたんだ。
フジズキは片手に握っていた矛をしっかりと握ると禍の者を一瞬で薙ぎ払う。
「ここから先は奴らが跋扈しているはずだ。一体いれば八百万におると思え」
「はい!」
私はフジズキの言葉を信じて剣を鞘から抜くと彼の後ろを突き進んで行った。
————。
そして丘を越えて社までもう少しというところで禍の者が噴水の如く溢れ出した。
フジズキは顔を顰める。
「ここまで出てこられるとゼロが先に着いてしまうぞ。お前だけでもいけ!」
私はその言葉を聞いて一度下唇を噛んだ後、剣を力一杯握る。
「なら、ここは一気に片付けましょう。このまま社に逃げてしまうと貴方の住む場所がなくなります」
「——そうか。なら早くせねばな」
私はフジズキに背中を向けると私たちを取り囲むように禍の者たちがわらわらと集い始める。
そして一回り大きい禍の者が飛びかかった来たのと同時に一斉に群がる蜂のように迫ってきた。
「はぁ!」
私は声を出して次々と蜂(禍の者)を切り伏せていく。
切った感触はなく、切り捨てた瞬間水に戻りそれが口に入ると吐き出したくなる匂いと味が広がる。
「くぁ!」と何度も剣を降り、敵を薙ぎ払っても減る気配がなく、気づいた頃には私の衣が真っ黒に染まっていた。
辺りからはまるで蜂のように禍の者が群がり、耳につく金属音が周囲に鳴り響く。
禍の者は正々堂々という言葉などもちろん存在せず、一人相手に平気で五人で切り掛かるため、私はとんで交わしたり敵自体を盾にして討ち取っていく。
「——っ!」
後ろから気配がしたかと思えば脇腹を剣を冷たく、硬いものがするりと通る。
視線を下に下げると上手いこと死角から滑り込むように禍の者が体を大きく前に倒して突進しているのが見えた。
「——っ! よくもっ!」
次第に湧いてくる脇腹の痛みを堪えながら背後の敵を切り伏せる。
私は一瞬の隙に髪を結んでいた紐を解くと赤い手で傷口を覆うように結ぶと再び剣を握る。
そして後ろで戦うフジズキに近づく。
「フジズキさん。この敵、無限に湧くんですか? このままだと!」
「一生湧くことはない。親玉がいるはずだがどこに?」
「分かったら最初から——っ!」
私はこちらに飛びかかってきた禍の者を一気に三体切り伏せると一回り大きい敵の頭に飛び乗ると周囲を見渡す。その時、社の鳥居の上に周囲の禍の者よりもはるかに背丈がある大男のような人影がこちらを見下ろしていた。
あいつはどう見ても味方じゃない。
私は禍の者の頭から飛び降りると即座に踏み台にしていた禍の者を切り伏せると足元の石を頭巾に包む。
「フジズキさん。鳥居の上です」
「鳥居の上……あいつか」
フジズキは禍の者を切り伏せながら見つけると私の顔を見て頷く。
私は姿勢を低くして禍の者の懐に隠れると切られる前に勢いよく石を鳥居の上の人影に向けて投げつける。
すると人影は一瞬にしてまるで空気に溶け込むように姿を消した。
「——っ! どこに!?」
私は禍の者を切り伏せながらあたりを見ると「危ない! 後ろだ!」とフジズキの声に反応して横に避けると後ろから鳥居の上にいた巨大な禍の者が背後から刺しにきているのが見えた。
巨大な者は即座に方向転換し、斧を持ち帰ると再び私に斬りかかる。
「なんて大きい!」
私は剣でその攻撃を受けるがあまりに重さに膝が悲鳴を上げる。
「こんな攻撃、何度も受けたら!」
私は体を回して受け流すと斧はそのまま地面に勢いよくぶつかるとあたりに強風が吹き荒れ近くにいた禍の者が私と同じように飛ばされていく。
ついしり餅をつき再び立ちあがろうとすると敵を一掃したのか体を黒く汚したフジズキがやって来た。
「大丈夫か?」とフジズキに手を借りて起き上がる。
そして二人で巨大な者を見る。
「奴ははるかにガタイが良く、動きも早い。実に厄介だぞ」
「——大丈夫です、ああいうのとは何度も戦ってきました」
「怪我をしているのか?」
フジズキの言葉に私は脇腹の傷口を抑える。
「軽傷です。気にしないでください」
「——分かった」
私は再び巨大な者に視線を向けると姿勢を低くする。
体は大きいが甲冑は着ている訳ではな——あれはっ!
巨大な者が斧を大きく振りかぶった瞬間胸元に赤い球が見えた。
それはまるで心臓のように脈動を放っている。
そして気のせいか巨大な者の動きが遅く見えている。
——勝てる!
心なしかそう確信できた私は巨大な者の腕を切り落とすと赤い球目掛けて剣を深く突き刺した。
それから程なくして巨大な者は動かなくなるとゆっくりと黒い水となって溶けていった。
「ふぅ……」
剣を鞘に戻すと周囲の禍の者も動かなくなり黒い水へと帰って行く。
この光景に安堵の息を漏らすとフジズキは後ろから近づく。
「何とかなったな。とりあえず急ごう。こんなに禍の水が憑いた。禊もせなばならない」
「——えぇ、ありがとうございっ」
突然の脇腹の痛みにその場でうずくまる。
身体中が震え、背筋が寒い。
「まずい、禍の源が体の中に。私が背負っていくぞ」
私はそのままフジズキに背負われたまま社に戻っていった。
————。
それから私は社の裏にある居間に連れて行かれると着物を脱がされ傷口に塗り薬をつける。
それでも全身の寒気とまるで何かを感じとるゾワゾワとした感触は一切抜ける気配がない。
私は患部に葉っぱを着けると着物を着直す。
「あの、フジズキさん。私、どうなるんですか?」
「どうもない。が、清める時間がない。不死の主が正気を戻し私に指示を出している。早くあやつを元いた場所に返せとな」
「——そうですか」
「少しだけ禍を元の場所に送ってしまうかもしれぬ。悪い影響は無いといいが」
フジズキは私の脇腹を触る。ほんのりと痛みがまだある。
「とりあえず、立てるか?」
私は体を起こすとゆっくり起き上がる。
寒気などはまだ残っているけど何もできない訳じゃない。
私はそのままフジズキの手を借りて時の渦がある社の裏の獣道の先にある洞穴に案内された。
「ここに飛び込むんですよね? 不死の主への挨拶は?」
「要らぬ。彼の方はお前が渡った後にお前の前に来るみたいだ。社に待っておるんだぞ」
「はい。ありがとうございます。その、ゼロとナビィさんは……」
私は首を横に振る。ついあの人たちに会いたくなってけど会ってはいけない。
こうでもして自らが拒絶しないとずっと名残惜しくなってしまうから。諦めるときに諦める。それが私なんだから。
「いいえ、大丈夫です。短い間でしたがありがとうございました。では、また」
「——あぁ、また」
私は彼の言葉を聞いた後洞穴に飛び込み、再び意識を失った。
————。
それから目を覚ますと九百年前の完全な雪山だった光景ではなく、岩肌と技かな苔の色合いの風景に戻っていた。
うん、戻ってきたんだ。
辺りには誰もいないしきっと戻ったんだろう。
そして私は脇腹を抑えると痛みが無くなっていた。
「——」
私はしばらく傷口の上を着物越しで触った後社に向かって走った。
——社に戻ると縁側でツムグさんとフジズキさんが仲良く座っており、ツムグさんはどこか涙を流していた。
いや、どういう状況?
「あの、戻ってきました。えっとどういう状況ですか? 何でツムグさんが無いているんです?」
「あ、マカ、マカってこんなに悲しい子だったなんて」
ツムグさんは普通に本当に泣いている。
多分、ナビィさんから聞いてそれをフジズキさんに話して慰めてもらおうって魂胆なんだろう。
フジズキさんに視線を向けると、彼は私が何と言おうとしているのか理解しているのか何も言わずただ頷いた。
「倒せたんだな。この様子だと。不死の主様がそう嬉しそうに語っている。で、あるにして居間主の体に禍が封じられているだろ?」
「え、封印?」
「あの時つけた薬、禍がお前の体の内で悪さをせぬように封印する薬でな。で、傷は不死の主様が時の渦の中で直したはずだ。痛みは無いし傷跡もないはず」
「——」
私は着物の中に手を入れて試しに葉っぱを取って傷跡を触ると確かに傷跡なんて無い。
するとツムグさんは私に抱きつく。
「とりあえずマカが無事で良かった。大丈夫だよ、ボクがマカの姉代わりになるから」
「えっと、私にいたの兄なんだけど……」
「思えばマカって年上の男人に優しくされるの異様に嬉しそうだったよね? あれボク普通にマカは年上が好きなんだなって見ていたんだけどよくよく考えるとありゃ普通に心の奥底では父性、母性を求めていたんだと思うんだ!」
……その気はさららさらなかった。普通に心地よかっただけなんだけど。
フジズキは立ち上がる。
「まず温泉に入るんだ。禍はいつ暴れ出すのかは分からない。その前に清めるのが先だ。温泉は裏にあるから入ってくるんだ。着替えは置いておく」
「ありがとうございます。あの、ナビィさんは?」
私の疑問に、さっきまでくっついていたツムグさんが離れる。
「え? あぁ、ここに戻ってきた時にね、ボクにゼロについて教えた後何故か急に顔を赤くして部屋に篭りたいってそのままだよ」
「——あぁ」
「え、心当たりある?」
私はツムグさんの言葉を無視して一人温泉へと向かっていった。
————。
着物を綺麗に折りたたむと私は肩までゆったりと浸かる。
そしてぼんやりと空を眺める。
今思うと何であの時に兄さんともっとくっつこうとしなかったんだろう? 唯一、あれが本当に最初で最後の温かさを感じれた瞬間なのに。
まぁいいや。何も知らないナビィさんが嫉妬して顔を膨らませているのを見れただけでいいとしておこう。
多分、ナビィさん自身思い出してしまっていそうだけどね。
そう私が温泉で寛いでいると目の前の大木の後ろにどこか見知った気配を感じる。
私は体の前を隠すと大木の後ろからサガノオの亡霊、もとい兄、ゼロの亡霊が現れた。
そして頭の中に直接言葉が響き渡る。それは生者の声でなく、生気のない死人のような冷たい口色。
『なるほど。あの時の娘はお前だったのか』
「うん、ちょっとイタズラしちゃったけど」
『構わない。ナビィが心配だ。きっと俺のことを思い出して辛く、しんどいはずだ。そばにいて欲しい』
「——私の時は一度も姿を見せてくれなかったのに」
私の言葉に兄は固まる。
私としてはもう既に兄は死んでいると意識して文句を一つ言う気なんてない。
「別に気にしてない。けど、禍の神について教えて? 兄さんが倒せなかった相手、多分私も倒せず封印だけになるとは思うけど。どう言う神なのかだけ知りたい」
『——』
兄はしばらく考えた後、何も言わず大木の後ろに隠れるように消えてしまった。
『あの神は悲しいお方だ。だけど同情はしてあげないで欲しい。彼は自らのケジメ、禍の神としてのケジメをつけたいだけ』
「——ケジメ。要するに」
『討ち滅ぼすとはまた違う。彼の荒魂を鎮め、和魂を思い出させるんだ。あの神は本来は和魂があった。それを忘れただけなのだ。きっと、長い間清められたら思い出すだろう』
「——魂を清める」
私がそう口にする頃にはすっかり兄の声は聞こえなくなっていた。
それと同時に、後ろの戸が開き、弓を片手に持ったナビィさんが出てきたかと思えば周囲を警戒した。
「——マカさん今誰と話してました?」
「兄さんが来たんです。どうやら過去で会ったのが私と改めて気づいたようで」
私の言葉にナビィさんは少し安心したのか警戒を解くとその場に座り込んだ。
「——あの人は、貴女の前にしか現れないんですね。貴女が来てから現れるようになってそばにいると感じるようになった」
「——兄さんは別にナビィさんのことを嫌いになったんじゃないはずです。兄さんは、きっとナビィさんのことを強い人と信じているからだと思います」
あるいは、ナビィさん自身が兄さんに依存しているからこそ変にその部分を刺激しないようにしているつもりなのかもしれない。
その後、私は温泉から出ると束の間の休息を手にした。
————。
翌日、荷物をまとめた後、鳥居の前に三人集まる。そしてフジズキが鳥居の前で私に勾玉を私た。
「マカよ。次は飛騨に向かうのだ」
「飛騨ですか? それはどうして?」
「あそこには宿儺両王というお方がいる。あの方々なら禍の神を封じる術を知っているはずだ。そしてこの勾玉は遠い昔彼らの祖先より受け取った物。きっと私のことを伝承されているとは思う」
「——カグヤを犠牲にして封印しなくてもいい方法があるんですか?」
「禍の神は天人一人の魂だけでもやりようによっては封じれる。が、お前は自分のために誰かが犠牲になるのが嫌なのだろう? なら、彼らが持つ黄泉に封じ込める技を教えてもらうのだ」
私はその勾玉を受け取ると強く握る。
「ありがとうございます。ナビィさんは飛騨の王についてご存知ですか?」
私の言葉にナビィさんは頷く。
「えぇ、両面、上王と下王の二人が治める国です。結構不気味だったので行きたくはないのですが。禍の神を黄泉に封じるすべがあるなら一応行くのもいいと思います。あそこにも禍の神の僕が確かいたはずですし」
「まぁ、僕は君たちについて行くだけだからいいよ。早く行こ?」
ツムグさんの言葉に少し笑みを溢しそうになったのを堪えて私は再びフジズキを見る。
「それでは行ってきます」
「あぁ、絶対に生き延びるのだ」
私たちはフジズキの言葉を聞き、飛騨に向かって歩き出した。
——————。
マカが飛騨に向かって夕刻となった頃の吉備国、大源弓足は大麻部を拠点にして吉備細石彦を長としてオヌガマと国の再建をしている時にチトセは訪れた。
無論、チトセは彼らに覚えられていないと思っていたが意外と覚えていてくれたことを嬉しく思い、ユミタレに人払いをしてもらい二人きり黄昏時の紅色に染まった屋敷の外れにある蔵の中にいた。
チトセはこれまで起きたことをユミタレに報告する。ユミタレはマカが無事なのを聞いて安堵の息を漏らすとチトセをじっと見る。
「で、そのカグヤとやらの話はマカにするのか?」
ユミタレの言葉にチトセは固まるが、諦めたように口をひらく。
「直接言うよ。カグヤ、自己犠牲したがっている癖に本当は死にたくない子なんだよ」
チトセの言葉にユミタレは立ち上がり、背中を向けると戸を開けて夕陽を見る。
「チトセよ。私も、オヌガマもそうだが人は結局人で死にたくないと心の奥底では子供みたいに泣き叫んでいるんだな」
その言葉にチトセは頷く。
「——あぁ、けど禍の神を鎮めるには愛情がこもった魂でないといけない。黄泉は寂しすぎるよ」
二人の会話は哀愁の風に包まれた。
両面宿儺:
飛騨の王。
不思議な秘術を巧みに扱い、ウガヤに従う謎の多い王家




