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最後通告 天女の調べ  作者: 皐月
7章 東国の災禍

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56話 試練の後、遠き時を目指して

 不死のぼんやりと広がる曙の空の下で私は剣を鞘に戻す。

 先ほどまでの激しい剣の試練の乱れた空気が嘘のように静寂なものとなった。まだ肩から息をするぐらい朝寝起きにしては無理をしたとは思う。けど、どこか達成感を感じる。

 猿は矛を杖のように持つと大きく頷く。

 風は私の髪を撫でるように吹く。


 「お前は立派な源氏の子だよ。己の怒りを剣に宿して己が正義の為に道を切り開いていく。しかし、皆誰しもが弱点を持っておった。それはなんだと思う?」


 「——えっと。優しすぎるところですか?」


 「まぁ、それもあるな。もう一つは杉のような性格だ。真っ直ぐに己の正義の道に進みすぎるせいで相手のことを理解しているつもりになってしまう。相手の気持ちに寄り添った気になり相手の心に踏み入らないのは確かに優しさだが、別の言い方をすれば冷徹とも言う」


 「——冷徹なんですかそれ?」


 私の言葉に猿はどこか寂しそうな顔をする。


 「冷徹だよ。話が通じなさそうに見えるからと言って。己の独断で分かった気になるのは苦痛さ。ナビィから聞いたが、お前も苦労したそうじゃないか」


 「——だから冷徹なのか分からないんですよ。確かに踏み入れて欲しかった。だけど、踏み入れて貰った時、否定されるか受け入れてくれるかなんて分からなくて怖い。だから——」


 私は途中で言うのをやめる。噛み締めた思いをもっと吐き出したい。だけどこれ以上はただの口喧嘩になる。

 猿も私の気持ちを察したのか話題を変える。


 「まぁ、良い。こんな朝早く動いて腹を減ったろう。飯にしよう」


 私は猿の言葉にただ静かに頷い、後ろについていった。


 それから屋敷の中に入る。その後猿に飯の支度をするからナビィさんたちを起こしてこいと言われた為寝床に向かうとナビィさんはただ静かにその場で座り、ツムグさんはあくびを描いて腹を出して眠っている。

 

 「お、おはようございます」


 「——おはようございます」


 私の言葉にナビィさんは少しこっちを見た後、すぐ視線を戻した。

 昨日私はありえないことを言ってしまったから怒っているのも無理はない。

 とりあえずツムグさんを起こそう。


 私はツムグさんの近くで膝をつくと体を揺すった。

 そしてツムグさんが呻き声を出した時、ナビィさんは何か隠し事をしている子供のように、たとたどしく口を開いた。


 「——昨日のことは。忘れてあげますから」


 「肌を重ねるですか。その、意味は教えて貰ったので。ごめんなさい」


 「——別に、気にしていないです」


 ナビィさんの言葉にどこか心が温かくかった。

 ——昨日猿がナビィさんとお兄ちゃんが肌を重ねていたって言っていたけど多分そういう意味だろう。ナビィさんに言ったら怒られそうだから敢えて言わないけど。

 ついそれを言ってしまいそうな口を心で抑えるとようやくツムグさんが目を覚ました。


 ツムグさんは目をこすりながら起き上がると重そうな頭をぐらぐら動かすと気持ちよさそうにあくびをする。


 「あ、もう朝?」



 「はい。猿が朝食だから起こせって」


 「なるほどね」


 こうして三人が起きた頃合いに超直ができたのか、猿が寝床を開けると「飯が出来た。はようきなさい」と呼んできてくれた。 

 それから今に向かいナビィさんとまだ寝ぼけているツムグさんに猿とで囲炉裏を囲い軽く朝食を頂く。

 不死山は寒いから貯蓄できるのか昨日炊いて干した米を出汁をとった鍋で野草や肉と共に煮てお椀に掬う。


 私は息を吹きかけて冷ましながら食べる。

 そして猿はゆっくり顔を上げる。


 「ナビィよ。マカは太刀筋は良い。だから禍の神との戦いも行けるだろう」


 ナビィさんは猿の言葉に一瞬固まるも、何も言わずに静かに食べ始めた。

 

 「もう、私は止めません。けど死なせもしません。不思議と急に頭の中にあの人が死ぬ光景を見て急に怖くなってしまったものでああ言ってしまいましたが」


 猿はうんうん頷くとお椀を置く。


 「時の渦の近くにナビィとサガノオがきていたのだろうな。ちょうど、九百年前にお前たちがきていた時が今なのだろう」


 「——神秘的だね」


 ツムグさんは軽くそう言うも、猿は否定せず、むしろ肯定しているかのように笑う。


 「あぁ、神が起こす奇跡さ。で、早速だが今日時の渦を超えた方が良さそうだ。ちょっとまずいものが来ている」


 「——まずいものってなんです?」


 私の言葉に猿は顎を触ると立ち上がるととを勢いよく開ける。開けた先は不死の岩肌に眼下に広がる下界の青く茂る木々の世界。

 すると急に向かい風が吹き、一度目を閉じて再び開けると初めて見る大男が立っていた。男は腰まである無造作に伸びた腰まである長い髪に背が高く、服は朽ちて体は黒ずんでいた。そして最後に顔は彫り深く、髭はどこか立派にも見える。


 猿は無権に皺を寄せると素足のまま屋敷から出て岩肌の上に立った。ナビィさんを見ると初めて見る鬼の形相をしている。

 しかし、その男はこちらをただしばらくじっと見つめ風が吹いたのと同時に蒼穹に溶けるようにして消えていった。

 しかし、ナビィさんと猿の顔は変わらず男が消えた先を見ている。猿は拳を握ると威嚇をしているようなドスが聞いた声を出す。


 「——既に復活していたか。予想はしていたが肉体の方は既に解き放たれている」


 突然の猿とナビィさんの切羽詰まった様子にツムグさんはオロオロしながら私の肩を揺する。


 「えっと、マカ、どういうこと?」


 「わ、分からないです。私も何が起きているかは……」


 ナビィさんは唇をしばらく噛み締め、息を長く吐き出す。


 「——まだ、禍の根源がきていないだけマシでしょう。肉体自体はかつて東国にあった城の近深くに封印していましたが、溶けるのは時間の問題でしたし」


 「——六百年前にカグヤヒメが禍の神の力を肉体から引き剥がして月神の元に追いやっただけ喜ぶべきだな。天人からみれば災難だが」


 ——ナビィさんと猿との会話で理解できた。

 私はツムグさんから離れるとナビィさんと猿を交互に見る。


 「では、今すぐ時の渦に入った方が良さそうでは? 禍の神の肉体も決して安全ではないはずかと」


 「——ですね」


 ナビィさんが何やら言いたげなことを言うと、猿は大きな声で「うむ。時の渦が先だ」と口にすると私たちの元に戻ると、猿は「これだけは覚えておいてほしい」と口にすると喋り始めた。


 「禍の力が無い時の奴は大人しい。だが、だからと言っては油断はできぬ。マカよ。言ったと思うが時の渦を越えるのは格式のある神にしか許されぬ所業。もし人が超えれば存在が消される」


 そして猿はナビィを見ると一度頷き、再度私に視線を戻すと再び喋る。


 「マカ。お前の場合は私が神を救うようにお願いしたと言う理由だから許される。ナビィは知っておるがゼロは、サガノオは名を忘れられた神によって禁忌の方法で時を超えた。彼には本来は罰は無いが過去に干渉すると言うことで己の生きた時代に帰れぬ身となった」


 猿は私を見ながら手を差し伸ばす。まるで自分が言いたいことを私に言って見なさいと言うように。

 私はゆっくり頷く。

 猿が私に言いたいのは時を超えても過去に無闇に干渉するな。未来を変えようとしたら帰れなくなる。そう言うことだろう。


 私の気持ちが猿に届いたのか、猿は満足げに頷く。


 「うむ。だからこそ、時の渦ではお前は名前を別にした方がいいな。例えば不火比売フイヒメと名乗るのはどうだ?」


 「フイヒメですか?」


 「うむ。かつての——私しか知らぬ私の嫁の名だ。もし渦を超えた先にいる私にあってもその名を口にすれば、私のことを知る人物と分かるはずさ」


 「——分かりました。ありがとうございます。て、そう言えばあなたの名前聞いていませんでしたね」


 私の言葉にナビィさんがハッと思い出したように反応する。

 ナビィさんは知っていたから気にしてもいなかったのだろうけど、多分本人も忘れていたに違いない。

 そしてツムグさんは「あ、確かに」と口にしたとき猿はさっきまでの緊張が解けたのか溢れるように笑う。


 「ん? あぁ、そう言えばそうだったな。うっかりしておったわ」


 猿は改めてゆっくり頭を下げた。


 「我が名はフジズキヒコと申す。不死の主に仕える神官だ」


 私はその時のフジズキ顔がまるで何かを思い出しているような感じがした。

 なんでって、それもそうか。過去に行くのなら未来の私と交わした会話を思い出さないといけない。


 「——フジズキヒコ。良い名前ですね。一体いつからですか? 九百前、いえ、ちゅらの時代から生きてますよね?」

 

 「——ユダンダベアが建国した時に生まれたな。既にあの時から世を経たからぼんやりとも憶えとらん。が、楽しいことだけは聡明に思い浮かぶ」


 猿は何も口にしなかったけどどこか嬉しそうな顔をしているように見える。

 彼が私に偽名としてフイヒメを使うように言ったのは九百年前に現れた私がそれを使ったから。

 ほんの少しでもやり取りを間違えたら全てが無駄になる。


 それから私は早速時の渦がある祠までフジズキヒコに案内してもらった。

 九百年前、私と交わした会話の内容を教えてもらいながら。


 ——————。


 それから私はフジズキヒコからナビィさんが着ているような大昔の衣に着替えるように言われ、ささっと着替えた。

 そして用意が終わると護身用の短剣と弓を手に持ってナビィさんと共にフジズキヒコに祠がある社の裏の小高い丘に向かった。

 ツムグさんは危険と理由で社に留守番となったが、本人は満更でもなかったのか「うん。僕は弱いからね。だけ、君も無理だけはいけないよ」と応援してくれた。


 あと行く前に「ゼロって誰だろう」とボソッと口にしたけどそういえばツムグさんには一度も話していなかったな。

 社の裏に回って獣道程度の場所を通って北に向かって急な道を登るとあっという間に祠に到着した。

 辺りには草木が生えて木々もスクスクと伸びているが、ほんのわずかその痕跡のようなものを見せるだけ。

 大きく切り開かれた場所に行くとそこには真下に向かって伸びる穴と、その穴に四隅に棒とそれを囲うようにしめ縄が囲っている。


 フジズキヒコは足を止める。


 「マカよ。この穴がちょうど時の渦だ。ナビィとゼロが不死の主の暴走を食い止めた後、禍の神が出入りできてしまうする危険から結界を張った。だが、これは運命だったみたいだな。結局一度とはいえ解かねばならない」


 「そうですね。けど、あなたの元に私は戻ってきたんでしょう?」


 「——察しがいいな。なら、穴の中に入るがいい。目を開けたらその時は雪山。近くにはゼロがいるはずだから救助されるんだな」


 「——それ、危険じゃないですか?」


 「問題ない。あやつの事はお前が一番知っておろう」


 「えぇ、そうですね」


 そしてナビィさんを見るとゆっくり頷いた。


 「そういえば。ゼロと旅をしている時にこの格好の人を見ていたなって今思い出しました。違和感がないのはそれは当時のことを知る人が着せたんだからそうなりますよね」


 「——ですね。あと、ツムグさんにゼロのこと話してください。多分、隠していると拗ねるんで」


 私の言葉にナビィさんはようやく笑みを見せてくれると了承してくれた。

 私は腰を伸ばしてと穴に近づくとそっと身を乗り出して穴の奥を見る。

 奥には何も見えない。本当に渦はあるんだろうか?


 「どうした?」

 

 「兄さんと会った時の一言、なんて言ったかナビィさん覚えてます?」


 ちょっと心配になってきた。

 間違えて嬉しそうにお兄ちゃんって呼びそうだし兄さんとも言ってしまいそう。

 けど、ナビィさんならきっといいことを言ってくれるはずだ。


 私がそう羨望しているとナビィさんは「あ……」と残念そうな声を出した。


 「——普通に嬉しそうにお兄ちゃんて間違えて呼んでましたよ。その後自分の兄と見間違えって言ってましたね。よくよく今この状況を照らし合わせてみるとあれ貴女の言い訳ですね」


 「——それ、言われたら絶対にしないとダメじゃないですか。それも素で喜ばないといけなくなっちゃいましたよ」


 私は深呼吸をすると「では行ってきます!」と穴に向かって声を出しながら飛び込んだその時、意識を失った。

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