54話 時を乱す山
翌日、私は不死山の頂から麓にゆらりゆらりと山肌を撫でるような冷気を浴びて眼を覚ます。
外を見るとまだ日は登っておらず、東の空がぼんやりと明るくなったかなと思うぐらいだ。
そして両腕にかかる重みを感じ首を左右に振るとツムグさんとナビィさんが私の腕にくっついていた。
ここは確かに肌寒いからこれはしょうがない……のかな?
それから私はナビィさんたちを起こして今に向かうと宿の人たちが食事を用意してくれていた。
私は彼らにお礼を言うと今を三人で囲い朝食を頂く。
ツムグさんはご飯を一口に食べると私を見た。
「そういえばナビィさん。ナビィさんの時はサガノオとの食事はどうしたの? 多分九百年前の禍の神が暴れ回っていた時は国の統治がここまでまともにできてなかった感じがするんだけど?」
「——その時はサガノオは狩や釣りや果実を拾ったりして食べていましたよ」
「どんぐりとかも?」
「えぇ、食べました」
ツムグさんはナビィさんの話を興味津々に聞く。
一応ツムグさんにはナビィさんがここまでの道中で自分のことを話した。ツムグさんは最初に驚いていたはしたけど次第に興味津々に質問攻めをするなどしてナビィさんを困らせていたのが懐かしい。
ツムグさんは今にしてもまだ聞きたそうな顔をしながらも切り替えて「あ、話変わるんですけど麓からそのまま山頂まで登るんですか?」と切り替える。
ナビィさんは少し考えた後、一度うなづくと縁側から見える高い頂に指を差した。
「——えぇ、目指すのは頂きです。あそこには時を混ぜる渦に住む大蛇が住んでいます。私と一度顔を合わせた時は大丈夫でしたので今回はそこまで大事ではないはずです」
「そういえばナビィさんここに一度きましたもんね。天人の結界の時に」
私は少し前のことを思い出しながら口にする。
確か私の記憶が間違っていなければナビィさんはあの時ここに来た。だから大丈夫なはずなんだけど……どうしてチトセがここにくるように言ったんだろう?
ツムグさんも私と似たような疑問を思ったのか首を傾げている。
それもチトセと話している時のように、指先を頭にそっと当てている。
そしてゆっくり顔を上げるとナビィさんを見る。
「——ねぇ、今チトセ様に聞いたんだけどナビィさん、この人と一回戦っていたって本当?」
ツムグさんの言葉にナビィさんは少し困った顔を浮かべつつも「そうですね」と口にする。
「サガノオの時に一度だけ。あの時は禍の神に乗っ取られていましたので、彼を助けに」
ナビィさんは汁を飲むと何かに気づいたのか息を吐く。
「少し不安なのが、私と出会った後に過去に行って、九百年前に禍の力を浴びてそのままこちらに来てしまうことです。もしそうなれば……」
ナビィさんは何か言おうとしたが急に話すのを止めると眉間に皺を寄せる。
いや、だけどナビィさんとお兄ちゃんが倒すんだから問題ない気がする。
ツムグさんはまだ気づいていないのかしばらく頷くと
「そうか、時が混ざるからここに来ちゃうんだ……! あれ? けど、結局ナビィさんたちが過去で倒すんでしょ?」
ツムグさんも理解したのか声を出す。
つまり、不死山の大蛇がお兄ちゃんとナビィさんが戦っていた時代に行くが、結局ナビィさんたちが倒すんだから問題ないではずなのだ。
「ナビィさん。ナビィさんには何か心当たりがあるんですか?」
ナビィさんは私を見ると少し微笑んだ。
「なんとなくですけど、彼があの戦いの後白髪の巫女を見たっておかしな事を言ったんです。その巫女が光の筋を禍の根元に撃ち込んで蛇を鎮めたと」
「なら、なおさら心配する必要が……」
ナビィさんは私の肩に手をおく。
「すみません。言い方が悪かったです。もしかすれば未来の源氏の者が来るのではとあの人が言っていたからなんです。だからその確認で寄ってみたいのです」
ナビィさんの瞳は曇りもない。断りにくくなった。
だけどもしお兄ちゃんの話が本当ならその巫女が私の可能性もあるけど、また別の誰かの可能性がある。
それも全部行ってみないと分からない。
「分かりました。一度行ってみますか」
早速私たちは宿より不死山の頂を目指して出発した。
————。
不死山はユダンダベアの全ての山を見下ろすほど高く、登れば登るほど息がしにくくなる。しかし、山頂に着く頃には全てが感じなくなりまるで神々の世界に来たような感覚になるらしい。
それを教えてくれたのや泊まっていた宿の主人だけどそれは本当なんだろうか?
そう私はふと頭の中で思い出しながら樹海の中にある荒れた道を杖を使って進む。
樹海の中はひんやりと肌寒く、たまに狼や熊や妖怪、盗賊が何度も出てきたりと散々だった。
それからようやく薄暗い木々が減り、切り開かれた場所に出ると茶色い地面が広がる場所に出た。
上を見上げると白い山頂の頂が見える。
ツムグさんは泥だらけになりながら息を荒くし、私の体にもたれる。
「ちょ、ちょっと。二人ともなんで平気なの? 僕、もう限界!」
ツムグさんの声にナビィさんと顔を見合わせる。
「ナビィさんはサガノオときた時はどうしたんですか?」
「日帰りしましたよ。むしろ昼前なのにまだ樹海しか越えられないのが驚きです」
「……もうツムグさん。おんぶしてあげるから行きますよ」
「——それは勘弁。年下におんぶされるぐらいなら歩くよ」
ツムグさんは頬を膨らませながら拗ねたようにそう口にしながらも歩き始めた。
ツムグさんにとってはかなり厳しい道だから今度何か願い事をできる範囲で聞いてあげよう。
————。
それからと言うもの落石を避けたり急な斜面を登る。
その度に私は下を見下ろし、眼中に広がる壮観な光景が脳に焼き付く。
遠くの田んぼや畑、民家からかまどで米を炊いている煙が出ているのが見える。
近くで見た時はさぞ当たり前で意識もしなかったけどこう上から眺めていると本当に私たちは生きているんだ、世の理の中に存在しているんだと実感した。
ナビィさんと兄さんはこの光景を初めてみた時になんて思ったのか、きっと同じ事を思ったに違いないだろう。
私が感動している間山道を登り続け、夕方前にはなんとか頂に到達した。
そしてまだ続く道をゆっくりと進んでいくと荘厳な神社が聳え立っていた。そして鳥居はまるで神の国に来た事を示すかのように大きい石でできている。
ツムグさんはフラフラとした足取りで私の腕に掴み神社を見ると徐々に眼を輝かせた。
「き、綺麗……」
ツムグさんは元気を取り戻したのか姿勢を正すと前に進む。
その時、ナビィさんはツムグさんの肩を掴んだ。
「えっと、ナビィさん?」
「いえ、私が先頭です」
ナビィさんの言葉にツムグさんはただ頷くだけで前を譲る。
すると鳥居からの向こう風が私たちを包む。
ナビィさんは着物の裾を杖で抑えながら一歩足を前にする。
「この社に住まう、不死の主の僕の神よ。そこにいるのでしょう?」
ナビィさんの声と共にそこらから鈴の音が鳴り響く。鈴の音色とともに子供の笑い声が聞こえた。
あたりを見渡すが音の出所が分からない……。
ナビィさんは深く息を吸うと杖を空に掲げた。
「マカさん。私の竪琴、まだ持っていますか? 禍の神以降は使う時がありませんでしたが」
「え? あぁ……」
私はナビィさんから借りている竪琴を取り出すといつでも演奏できるように構える。
ナビィさんは背中を向けているけど私を信じてくれているのか綺麗な音色で歌い始めた。
私はそれに合わせて竪琴を指で鳴らす。
ナビィさんが国している歌は古い時代の言葉だからか、私には何を言っているのかが伝わらない。
隣を見ると置いてけぼりにしてしまっていたツムグさんが少し心地よさそうに聞いているのをみて笑いそうになる。
やがて歌は終盤へと近づき、ナビィさんは舞い踊る。するとあたりにはヒヌカンに似た火の玉が辺りを飛び回る。それに反応したのか私に勾玉からヒヌカンが嬉しそうに飛び出すと彼らと一緒に飛び回り始めた。
やがて歌が終わるとナビィさんはその場にしゃがみ息を大きく吸った。
私は竪琴をしまうとナビィさんに駆け寄る。
「ナビィさん、大丈夫ですか?」
「い、いいえ。空気が薄いところで踊ったので疲れただけです」
「なら良かったです」
私はあたりを見るとあの火の玉はすでにどこかに消えており、ポツンとヒヌカンが一匹だけ浮いている。
ヒヌカンは満足したのか私の顔に近づく。
「ど、どうしたの?」
『——』
ヒヌカンは何も言わずそのまま私の勾玉の中へと入っていった。
そんな時とツムグさんは満足げな顔で私に近づきふふふと笑う。
「多分、その神様も楽しかったって言ってるんじゃないかな?」
「——そうなんですか?」
「うん。きっと久々に同族に会えて楽しかったんだよ」
ツムグさんの言葉に反応するようにナビィさんがゆっくりと立ち上がると鳥居の上から笑い声が聞こえた。
「赤いの、よく分かったな」
その声に顔を上げ鳥居を見るとそこには安雲の小切谷村の猿神とは違い、人と同じ大きさ程度の猿がこちらを見下ろしていた。
猿はヒヒヒと笑うと鳥居から地面に降りる。
「これはこれはナビィ。久方ぶりであるな。で、あの白髪が君が言っていた子かい?」
猿の言葉にナビィさんはうなづくと私の方に手を置いた。
「はい、この人がマカです。今のお供です」
「——ふむ。む?」
猿は私に顔を近づけると鼻をすんすん言わせて匂いを嗅ぐ。
「ふん、ナビィよ。古人の妹君には伝えたのか? あの事を?」
「——そんなことより大事な話をしたいんですけど」
「はぁ、何時は世を経ても童みたいじゃな。まぁいい。余談はやめじゃやめ。さて、話してごらん」
それから私は猿にここを訪れた目的と、不死の主についてを話した——。
————。
しばらく話した後、猿はうんうんとうなづくと満面の笑みを浮かべる。
「まぁ、そうだな。不死の主はナビィが来て以降ここには来ていないよ」
「……来てない?」
「あぁ、それも妙なんだ。いつもなら新月の日と満月に日に必ず来るんだ。なのに来ないなんて向こう側で何かあったに違いない」
「向こう側って……時の渦の中ですか?」
ツムグさんの言葉に猿は耳を動かす。
「あぁ、そうさ。不死山の主が引き起こす不可解な渦だよ。ナビィは古人とそこに行き禍に取り憑かれた——」
「あ、それ聞いたんで」
ツムグさんの唐突な失礼な物言いに私のナビィさんの顔が一瞬強張った感覚が走る。
しかし、猿は気前がいいのかヘラヘラと笑う。
「——なら話は早いな! とりあえず一度時の渦に入らないと分からないんだよ。が、一つ問題がある」
「——あ」
ナビィさんは何かに気づいたのかハッとした顔をする。
「もしや私のあの人が入った時と時期とか被ってます?」
猿は「確実ではないが、こんなに長くね」と口にした。
ここから先はナビィさんと猿にしか分からない話になりそうだ。
「あのとりあえず落ち着いて整理しませんか? どっちにしてもここまで来るのに体力を使ってますし……」
私は猿とナビィさんの間に入る。
二人して私のことを「唐突に何?」みたいな視線を送ってくるけどやめてほしい。
ナビィさんはまだ何か言いたげであったが、猿の方は意外と賢かったのか「まぁ、それもそうだな。じゃ、客人たちよ。ついて参れ」と言って境内の中にある小さな母屋に案内してくれた。
猿は私たちを母屋に案内した後、囲炉裏に鍋を置くと干物やお米を次々と入れ、味付けに味噌を入れて煮始めた。
猿は皿に雑炊を取り分け、私たちはそれぞれ雑炊がたくさん入った皿を受け取る。
ナビィさんは一度食べたことがあるのかじっと雑炊を見る。
ツムグさんとはいうとお腹を空かしていたのか「いただきます!」と元気よく猿に言うと人あさきに食べ始める。
そして猿は私を見るとニンマリ笑う。
「お主は食わぬのか? 若いうちに食わぬと歳を取ってから後悔するぞ」
「——いただきます」
私は猿の雑炊を食べる。寒い山道を歩いていたせいか雑炊の暖かさ体を包み、味噌の塩が疲れた私の体に染み渡る。
猿は頃合いを見ていたのか、汁を一口飲むとふんと鼻をならす。
「では、不死の主についての話をしようか」
猿のその言葉と共に、ここの空気に緊張が走った。
裏話:時を乱す山——不死山
古の時代からユダンダベアの国で知られている天を貫くと言われる山。
天を貫く山は幾千もの偉人たちを虜にしたと言われており、源氏の勇者も何人かが訪れたと言う伝承がある。




