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最後通告 天女の調べ  作者: 皐月
6章 糸麻編

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49話 天降りし時

——天人によって力をつけて復活したオオサソリは大王の手によってなんとか討伐できたが、その代償はあまりにも大きかった。

先の土津翁との戦いで大怪我を負ったマカは、心にも大きな傷をつけた。

 ——九百年前。

 私、ナビィはサガノオとこの時代で名乗っている源ゼロのお供として旅をしている。

 そして今、斑鳩町イカルガマチにある鳩岡ハトオカという宿で少しくつろいでいた。

 滅多にない屋内で安らげる時間は大事にしたい。


 ここに来るまでの間に私のゼロはユダンダベア中を回った。

 西国では牛鬼、オオサソリ、オオトカゲを討伐し、東国では氷山に住まう蛇と戦った。

 それも全て今ゼロが、胸に掛けている勾玉に眠っていた大切な人の願いだから。


 ゼロは剣の手入れを済ませると鞘に戻した。


 「ねぇ、ゼロ。貴方は辛くないの? 遠い未来から知らない過去まで連れてこられて」


 「——」


 私の言葉にゼロは困惑の顔をする。

 そして少し考えた後寂しそうな目でどこか遠いところを見た。


 「そら辛いさ。まだ十歳の妹を残して去ってしまったのだから」


 「——本当に。どうして貴方のような人が連れて来られなくてはならなかったのかが分からないです」


 「あの人が食べられる前に禍の神を倒して欲しいのだろう。この時代に頼れる人がおらず、気づけば長い時が過ぎようやくて見つけたのが俺だったのだろう。九百年間もこの石の中で顔も知らない人に声を掛けていたに違いない」


 ゼロは無理やり口角を上げて私を不安にさせないように笑顔を装う。

 彼は私がこの世に舞い降りて初めて出来た友達。だから大切にしたい。


 ——どうして無理やり笑うのかが分からない。


 するとゼロは剣を壁にかけると私に近づくと手を優しく握る。それもどこか怯えているように震えながら。


 「ナビィ。不謹慎かもしれないが聞いてほしい」


 「……はい?」


 「もし、俺が禍の神に勝てば妹と俺は未来では生まれない。けど、もし負ければきっと生まれる。だからその時、俺が死んだ先の未来ではきっと禍の神が現れるはずなんだ」


 死ぬ? どうしてそんなことを?


 「もし、そうなれば妹が俺の代わりに戦わなくてはならなくかもしれない。だからその時は妹のそばにいてくれないか?」


 「な、なんで?」


 気づくと目元から暖かい水が流れていた。そして呼吸がしにくい——私、泣いているの?

 涙で霞む先でゼロは申し訳なさそうな顔で着物の綺麗な袖で私の涙を拭うと優しく抱きしめてくれた。


 「ごめん。死ぬなんて言って。けど、もしもの時はお願い。あいつは本当に泣き虫だからさ」


 「け、けど。もう死ぬなんて言わないでください。もし言ったらいくら貴方のお願いでも妹さんのことなんてほっときますから!」


 「分かった。もう二度と死ぬなんて口にしないよ」


 今でも彼のその時の暖かい優しさは私の脳裏に残っている——。


 ————。


 九百年前。お兄ちゃんは短い付き合いの親しい人を目の前で無くした時はどう乗り越えてきたのだろう?

 私は心の奥底で兄にのことを思う。

 

 ナビィさんとチトセ共に斑鳩町イカリガマチに戻った後、既にオオサソリは大王の采配によっては押されていた。女将さんに壊れた王水門キミノミトの代わりにと街の外れに建てていた仮宿に案内してもらった。

 この仮宿にいるのは私だけでなくナビィさんやチトセ、それから大王とその配下たちがいる。

 私は与えられた部屋の一室の隅で暗闇の中一人膝を抱えて座る。

 私の体は大怪我負ったことから包帯がぐるぐると巻かれ、包帯はすでに血の色で染まっていた。

 

 私がこんな大怪我を負っている頃に大王は私でも倒せなかったオオサソリをあっという間に倒してしまった。

 心の中ではとても喜ぶべきことなのに不思議と喜べなかった——それはイトフジさんが死んでしまったからだ。


 私がナビィさんとチトセと共にに戻った時、その場は悲惨そのものだった。

 町一番の宿である王水門キミノミトは完全に倒壊し、二人が死んでしまった。一人は宿の下人でもう一人は私の友達に等しい存在になりつつあったイトフジさんだ。


 イトフジさんは崩れた壁と屋根、それから大きな柱に潰された。それも宿の女将さんを守るために。もしあの時イトフジさんに宿に戻るように言わなければきっと生きていただろう。けど、その代わり女将さんが死んでいた。

 この状況だと確実に誰かが死んでしまっていたのが手に取るようにわかる。


 そう、私ではどうしようにもならなかったのだ。


 私が部屋の隅で拗ねているとナビィさんが入ってきた。

 そう言えばここに戻ってきた後、放心状態になった私に変わってチトセと共に大王に状況を伝えてくれていたんだった。


 ナビィさんは何も言わず私の隣に来るとゆっくり座った。


 ナビィさんは何も喋らない。ただ私の隣に座っているだけ。

 夜空は雲に包まれ月明かりすらない。すなわち深淵の中。

 私は手を握ると勇気を振り絞ってお腹に力を入れた。


 「ナビィさん……」


 私はようやく出たか細い声を途切らせないようにと、声に出す。


 「九百年前。お兄ちゃんは短い付き合いの親しい人を目の前で無くした時はどう乗り越えてきたのんですか?」


 「……ゼロのことですか?」


 「私、私がおかしいんですか? イトフジさんとはほんの数日だけの関係。だけど、私は友達だと思って接していたんです。年も近くてついチヒオオロさんを思い出して……」


 ——この話題は間違っていたのかもしれない。


 ナビィさんは私より辛いことも経験している。だからきっとすぐに切り替えろとか、人の死は乗り越えないといけないというだろう。


 「……さっき、聞かなかったことにしてください」


 「——ゼロはとても悲しんでましたよ」


 ナビィさんはどこか悲しそうにおもおだしながら話し始めた。


 「悲しくても乗り越えたんです。この戦いを早く終わらせるために。そうすればもう自分と同じ経験をする人がいなくなるから。マカさんも何度も乗り越えたでしょう?」


 「——お母さんに会いたい」


 「え?」


 不思議と顔も知らない母親に会いたいと私は思ってしまった。

 私はずっと一人で乗り越えないといけない呪縛に囚われ何事も我慢してきた。だけど、だけどもう私の腹の中に眠る何かが込み上げてくる。


 「マカさん。カグヤさんはこう言ってましたよ」


 ナビィさんは私の体を引っ張ると頭を膝に寝かし頭を撫でてくる。


 「本当は甘えん坊で泣き虫なのにすごく頑固。ゼロもそう言ってました」


 「私は子供じゃないです……」


 「十五歳なんてまだ心は童ですよ。ましてや心の中の時が十歳で止まっているマカさんはまだまだ子供」


 「……」


 「甘えたい時に血の分けた兄がいなくなり、ずっと一人で頑張ってきた。だからカグヤさんを妹だと思って大事にして、甘えたり出来ていたのに天人が来た。マカさんは義理の家族が欲しかったんですよね」


 「——別に、欲しくないです。私が頑張らないと誰かが悲しむので」


 「——そうですか。ならこれ以上は言いません。けど、適度に甘えても良いですよ。私は貴方よりお姉さんなので」


 私はナビィさんの言葉に何も言い返せないまま、重いまぶたがゆっくり閉じた。


 ——————。


 翌朝、暖かい日の光に誘われるように目覚め昨日の恥ずかしい記憶を封じながらも私はナビィさんと共に大王が泊まっている部屋に向かう。

 そして部屋の前に来ると入り口にはアバナさんが周囲を警戒していた。


 私はアバナさんに近づくと声をかける。


 「あの、アバナさん。源マカ来ました」


 「あぁ、マカ様か。——大王。マカ様が来られました」


 アバナさんは中からの大王の声に頷くと戸を開けた。

 そして中に入るとそこには既にここを出るための身支度が済まされており、大王も豪華な衣装ではなく旅用の質素な格好をしていた。


 私とナビィさんは大王の前に来るとその場に座り頭を下げる。


 「うむ。顔をあげよ」


 大王の言葉にゆっくり顔を上げる。


 「マカよ。昨日は辛かったな。私も行く鯖に出た時はバタバタと戦友が死に、現地で出会った思い人も死んで辛かった時があるからよく分かる。もし、辛かったら一度は故郷に戻ってみると良い。それにその怪我だと、動くのもやっとだろう」


 「あ、ありがとうございます。けど、私が動かないと大切な人が苦しむので」


 「……そうか」


 私は思いがけない大王の優しい言葉に心が打たれる。無論、最初に出会った頃から優しかったけど今回は特にだ。

 

 「次にナビィよ。大方昨日お前が話してくれたことは理解した。して次は東国に向かうのか?」


 「えぇ、その予定です。お話によれば戦乱が落ち着いたとのことなので向かおうかと」


 「——しかし、女子二人と確か小さな妖怪が一人が? 少し心許ないな」


 「大事ありませんよ。マカさんはお強いですし、武術に関してはワタシも多少扱えます」


 「なら良いが。分かった。気をつけて参れ」


 大王の言葉にナビィさんも頭を下げた。

 そして大王は「では最後に」と口にした。


 「話したとは思うが天人は今国中に跋扈していると思った方が賢明だ。狛村も今は結界のおかげでなんとかなっているが見つかるのも時間の問題だ。良いな。それと、そのチトセはどこにいるのだ?」


 大王はあたりを見渡す素振りをする。

 ナビィさんは「あぁ…」と言葉を濁すような顔をする。


 「今、天人の居場所を探っているみたいです」


 「天人の場所か。すでにこの国中に跋扈しているはずだが、必ず悪さをするだろう」


 「一応用意はできているんですよね? 確か以前その手筈はできていると聞いた覚えがありますが」


 大王は髭を触りながら隣にいる配下を見る。配下は無言で大王に対して会釈すると、大王は再びナビィさんを見る。


 「西国はできている。しかし、東国はようやくまとまりつつある為、穴場だな」


 「なるほど。では、マカさん。次は東国に参りましょう」


 ナビィさんは突然私に話題を振ってくると続けて話した。


 「東国には荒ぶる神々が数多く眠っているので、先に目覚めさせられたら面倒な神々を再び沈めるべきです」


 「——東国ですか。はい、そうですね」


 お兄ちゃん。それから私とカグヤのために散っていったみんな。どうか私に力を貸して。


 こうして大王との謁見は終了した。


 それから私とナビィさんは部屋に戻ると、ナビィさんは早速私に「では、私たちも早く行きましょう」と口にした。

 それからしきりにナビィさんが「マカさんはまだ怪我が完全に治っていないので今は安静にしてください」と口にしてきたけど、こんな私をさらに遠い東国に行かせようというのならそんな暇はない。


 私もその言葉に釣られて用意を始めるとちょうど戸が開かれ女将さんが入ってきた。

 女将さんは私に一度頭を下げると視線をナビィさんに向けた。


 「ええと、ナビィさん。こちら持って行かれますか?」


 「……それは?」


 女将さんは何かを大切そうなものを手に握りながらナビィさんの前まで歩いてきた。そしてナビィさんの手のひらに貝殻を置いた。


 ナビィさんは一瞬目がきょとんとするもハッと何かに気づいた顔をした。


 「あの……これって……」


 「私は詳しくは知りません。けど、大昔に先祖がナビィさんと共に旅をしたサガノオが渡してきたと伝わっています。もしかしたら次の源氏の方やナビィさんの加護のためだったのかもしれませんね」


 ナビィさんは貝殻を大切に握ると俯く。


 「もし、ワタシがそのナビィじゃなかったらどうしたんですか?」


 「……そんなわけ無いですよ。狐と猪たちが宿に入ってきたあの時、初めて貴女とその名前を聞いてピンと来たんです。だって、銀髪の源氏の人といるんですからね」


 「——そうですか、そうですよね」


  ナビィさんは私をみると貝殻を見せてくれた。

 よく見るとその貝殻はお兄ちゃんが小さい頃首飾りでつけていたものとそっくりだ。


 ゴホウラかな?


 ナビィさんは嬉しそうに私の首に手を回すとかけてくれた。


 「マカさん。これはマカさんが持っていた方がいいと思います」 


 「え、けどこれは……」


 「良いんです」


 ——おまじないか。

 私は首を横に振る顔を上げた。


 「——いや、この首飾りは女将さんが持っていた方がいいです」


 「え?」


 女将さんはあまりのことに目をきょとんとさせる。

 分からないけど、兄さんがこの人に先祖に渡したのはただ単に親切にしてくれたお礼のつもりに違いない。

 女将さんは笑みを浮かべて首飾りを受け取ると何故か頭を下げてきた。


 「ありがとうございます。私からは何もできることはありませんが。どうかお気をつけて」


 女将さんの言葉はどこか暖かいものだった。


 ————。


 それから私たちは一日かけて支度とこれからのことを話し合い、翌日の朝に出発した。

 この日はどこか薄暗く、心の奥底から吐き気を感じるどんよりとした空気。

 私たちはここから東国にある天に近い山、不死山に向かった。

 



裏話:源マカ

現在十五歳。

第一部の頃のマカとは違い、天人との戦いを繰り広げて人としても大きく成長した。

しかし、天人相手には対抗できていた自分が禍の神の相手となるとあまりの無力であることに心を悩ましている。

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