表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後通告 天女の調べ  作者: 皐月
6章 糸麻編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/57

48話 大王の采配

今回は珍しくマカ未登場回

 獣、猪のシシビコの匂いが私の体を覆う。そして獣は背中に人を乗せ慣れていないので我儘に背中を大きく波うたせて白昼の山道を走る。

 私、イトフジはシシビコの背中に乗って斑鳩町イカルガマチへと向かう。

 私の友人、源マカとナビィ、それからチトセは土翁と今まさに戦っているに違いない。本当であれば戦えるはずのシシビコは私のためだけに斑鳩町イカルガマチに撤退してくれる。

 私は自身の無力さに心が打ち砕かれる。


 それから日が西へと傾き始めた頃合いにようやく斑鳩町イカルガマチに辿り着くことができた。

 そしてシシビコの背中に乗ったまま宿——王水門キミノミトに辿り着くと玄関には宿の女将が飛び出してきて私たちを見ると顔を青ざめさせると私たちに近づいた。


 「あ、あの! 他の方々は!?」


 「つ、土津翁の祠の奥に、私たちはここに戻るように言われたんです……」


 女将は私の方に手を置くと何か訴えたそうな顔をする。そして顔を俯かせて少し考えた後顔を上げると目を潤わせた。


 「良いです。きっと生きているので。だけど——っ!」


 女将は私の後ろを見るとまるで蛇に睨まれたネズミのような顔をする。私は理解できずに振り返るとそこは言葉にするのも難しいものだった。

 なぜなら辺りの空が徐々に赤黒くなり、空に浮かぶ雲はこの世のものでもない怪物が笑みを浮かべている顔のようになる。

 鳥も虫も一切音を出さず、終焉の刻が動き始めたよう。


 「二人とも俺の後ろに!」


 シシビコは足を震わせながら周辺を警戒する。

  すると次の瞬間、宿から左にある山の奥に繋がる道から肉を焼いたような匂いがここまで来る。匂いがしたのと同時に宿の中にいた下人たちが女将や私たちを守るように矛を手に前に出た。


 下人の一人は女将を見る。


 「女将! 高貴な方と共にお逃げください!」


 「——分かった。絶対生き延びてね。イトフジ様とシシビコ様も共に——っ」


 「女将! 伏せて!」


 振り返ると辺りの光景がゆっくり動いているように見える。

 まず伏せろという言葉と同時に一人の下人の体が破裂し、血飛沫の中先を尖らせた丸太が女将目掛けて飛んできている。

 まずいまずい。このまま避けると女将に当たるし、避けないと二人とも死んでしまう。


 私は力強く足を踏ん張り玄関に向かおうとしている女将に飛び掛かると前に押し飛ばした。


 「ぐはっ!」


 女将が苦痛の声を上げた次の瞬間丸太は宿にぶつかると宿が轟音を立ててんバラバラと一部が倒壊し、玄関や崩れた屋根の破片を守るように手で頭を守る。

 女将は立ち上がると私のそばに来る。


 「イトフジさん!」


 「ぶ、無事で良かっ——」

 

 その時建物の壁がこちら崩れてこちらに向かって落ちてくるのが見えた。

 

 ——ダメだ、こんなのが当たればひとたまりもない!

 私は再び女将を突き飛ばして建物から遠ざける。そして私も後ろに逃げようとした。


 その時——ダメだ。


 そう思った次の瞬間背中に大きな衝撃が走ると背中が折れる音と柔らかい袋が敗れた音がしたのと同時に地面に勢いよく叩きつけられ口から血が溢れ出た。


 「グポぉ!」


 血を吐き出し、激しい痛みと共に意識が朦朧もうろうとする。

 女将はどうやら無傷だったようだ。

 生きるのもやっとな私が今動かせるのは左手と首だけ。もう私が長くは生きれない。

 

 「い、イトフジさん!」


 女将を涙目になりながら声を上げて私に向かって手を伸ばす。 

 

 ——無事で良かった。


 痛みと共に音が遠くなり、眠たくなってくる。最後に、役に立てて良かったのかな?


 ——嫌だな。好きな人と結婚して子供が欲しかったな。そして子供が楽しく過ごして孫が生まれるのを見たかったな。


 私は女将に向かって手を伸ばす。


 「い、生きて——良かっ——」


 もっと、村の外の人たちと話したかったな。


 その時倒壊している玄関を壊して外に向かって飛ぶ出す男たちが最後に見えた。


 ————。


 王水門キミノミトが倒壊する直前、絹で作られた着物を身に纏い、髪を角子で結った男たちが一斉に飛び出した。

 中でも一番豪華な冠と首輪をぶら下げた中年ほどで、さらに威厳を感じる男——イホブキは配下たちに守られながら飛び出ると空を見渡し、異変を察した後、倒壊した建物のそばに地震を泊めてくれた女将が遺体を見て泣き叫んでいるのが見え、声をかけようとしたが配下の一人に止められた。


 イホブキは剣を握る手を強めながら呼吸を整えると自身を止めた配下——アバナを見る。


 「アバナ。何だ?」


 「——大王、彼方を」


 アバナが指を刺した方向を見ると、まるで噴水のように血が吹き出している穴を見つけた。

 その穴の近くには宿にいた下人たちが矛を持って警戒し、見慣れない猪が一頭が何かしらの襲来を警戒している。


 イホブキは頭の中に言葉では表せない、音が鳴り響くと眉間に皺を寄せて剣を引き抜く。


 「お前たち。武器を持つのだ」


 「大王?」


 アバナ含め配下たちは困惑しつつもイホブキを信頼し剣を抜くと前に立つ。


 『やはり、日向神の子孫とあらば我々の気配を察知するのか』


 空から聞き慣れる未気質な声がしたかと思えば穴から血が噴き出すのが止まり、林から紫色の不気味な光が見えたのかと思えば草木を枯らしながらオオサソリが現れた。

 オオサソリは身体中が傷だらけで顎が引きちぎられているせいか「ヒュー、ヒュー」という乾いた呼吸音しか聞こえない。


 オオサソリはイホブキたちの前に現れると足を止める。そして再び空からの声が鳴り響く。


 『もはや今の源氏ではこいつを殺せないらしい。なら動ける暴れさせるだけだ』


 イホブキはその声を無視して剣を鞘に納めるとアバナに手を向ける。


 「アバナ。弓と矢を」


 「へ、ですが……」


 「——良いから」


 アバナは初めて聞くイホブキの怒りに満ちた声に驚きながらも弓と矢を差し出す。すると空中に無機質ながらも笑っているつもりの声が続いて聞こえた。


 『ははは。そうだな。今のこいつは口が弱点だ。しかし、こいつは源氏にしか倒せない。源氏の血筋を持たぬお前には無理であろう』


 「——なるほど。この感じ、貴様らが天人か」


 「者ども! 前を開けろ!」


 アバナの声に反応した配下と、宿の下人たちと猪は驚いて左右に分かれ、矢の射線に誰もいないことを確認するとイホブキは矢を放つとブスリとオオサソリに刺さった。

 しかし、オオサソリは何とも無いような表情をイホブキに向けた。


 「なるほど。天人の式神となっているのか」


 大王が考えているとオオサソリは堪忍袋が切れたのか絶叫を始めると臨戦態勢に入る。その動きにアバナはイホブキに近づく。


 「大王、天人の式神であれば……」


 「土津翁とぶつけたほうが早そうだな。アバナ。矢筒を。それと酒を持ってきてくれ」


 「え、どうして?」


 「俺が奴をあそこまで送り込んで殺す。大切な民を殺されて怒りを覚えぬ王がどこにいる」


 「え、ちょっと!」


 イホブキはオオサソリが飛びかかってきたのを確認するとアバナを後ろに蹴飛ばし、自身は受け身を取って後ろに避けるとまだ泣き続ける女将を抱き抱えた。


 「女将よ。頼みがある」


 「は、はい?」


 イホブキはオオサソリがこちらを向いたのを確認すると女将を抱き抱えながら背中を向けて走り出し、隣の倉庫の屋根に飛び乗った。

 屋根の下からは配下や下人たちの声が聞こえるが、イホブキはお構いなく女将に声を掛ける。


 「この近くに小さくても良い。清らかな沢か川はあるか? 人の手が掛かった川ではオオサソリはどうにも出来ない」


 イホブキの言葉に声を荒げながら倉庫に向かい、大きなハサミで斬り殺そうとしてくるのを見て涙を拭き怒りのあまり大王の着物の袖を握りシワを作る。


 「す、すぐ近くに川があります。ここは津翁の川に近いのでかなり清らかなはずです!」


 女将の言葉にイホブキは笑みを浮かべる。

 するとイホブキの視線が激しく揺れる。足元を見るとオオサソリが倉庫を破壊し始めたのだ。

 イホブキは再び足に力を込めると大王に飛び上がりおおサソリの後ろに着地する。

 そして早速目に付いた猪に近づくとイホブキは早口では声をかける。


 「そこの猪。名前は?」


 突然声をかけられら猪は驚きながらも「し、シシビコだ!」と名乗る。イホブキはどうかというと背中に乗る。


 「女将よ、川の方角は?」


 「東です! このまま道のりに町から出れば右手の方向に川が流れてます!」


 「分かった。ではシシビコよ、向かうぞ!」


 イホブキは振り返りオオサソリが声を荒げてこちらに向かうのを確認する。

 イホブキはシシビコを走らせ町の外にある川に向かった——。


 ——。


 イホブキが斑鳩町イカルガマチからシシビコに乗って飛び出すとオオサソリはカサカサと大きな音と土煙を立てながら追いかける。

 オオサソリは口から燃える水と禍々しい毒の液をイホブキに向かって吐き出す。

 イホブキは後ろを向きながらシシビコに指示を出す。


 「シシビコ! 左によれ!」


 「ヒィ! 一体これいつ終わるんだ!?」


 「勝つまでだ! お前も男であるのなら生きる覚悟で戦え!」


 「ヒィィ!」


 シシビコは泣きじゃくりながら逃げ回るとついに右手の方向に川が見えた。


 「よし、シシビコ、方向転換だ。そのまま後ろに向いておおサソリに突っ込め!」


 「えぇ!? 死んじまうよ!?」


 「案ずるな!」


 イホブキの言葉にシシビコは「もうしらねぇよ!」と口にし、オオサソリに向かって突っ込む。

 そして程よい距離感いなったところでイホブキは高く川に向かって飛び上がった。


 「グワァ!」


 イホブキが川に向かって飛び上がったのと同時にオオサソリはイホブキに向かって飛び上がる。

 

 「よし」とイホブキは口にすると手に握る矢をオオサソリに突き刺すと木の枝につかみ、木の上に避難した。

 オオサソリは目から血を流して川に落ちると大きな悲鳴を上げながら蒸気を殻の隙間から出す。

 イホブキの行為にシシビコは関心の目を向けた。


 「どうしてオオサソリを川なんかに?」


 「この地の神であれば別に死なないが、天人の式神となれば話は別だ。この地にあるものが全て害となる」


 イホブキがそう口にした頃にはオオサソリはゴス黒い液体となり川に溶けていった。イホブキは元に戻った空を見て木から降りる。


 「俺は一国を統べる王だ。自由に各地を回ることは出来ないから源氏の者たちにお願いしたいの行けないのだ。……許せマカよ」


 イホブキは今も禍の神との戦いを続けているマカの武運を祈った。

 その後、町に戻ったイホブキはアバナから雷神のような叱責を受けたのはまた別の話。

裏話:

イホブキは大王に即位する前はかなり活発な青年で、先王に内緒でお忍びで民草と交流してお祭りや農業を一緒にして楽しんだことがある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ