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最後通告 天女の調べ  作者: 皐月
6章 糸麻編

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47話 土津翁

前回のあらすじ:

斑鳩町イカルガマチの宿にてナビィの旧友であるアヤキツ、シシユミ、シシビコと出会い、彼らに土津翁の祠まで案内してもらうこととなった。

しかし、イヌワシのイヌアメによってアヤキツとシシユミが惨殺されその仇を取った後祠の入り口に穴が空いた。

マカはイトフジとシシビコに先に戻るように伝え、ナビィとチトセと共に奥に進んだ。

 ポツンポツンと天井から滲み出る水が硬い地面に当たり音をあたりに響き渡せる。

 水の音は一見心を落ち着かせるはずが私の耳に入ってくるものは何故かバケモノの吐息のような感覚。


 今私とナビィさん、チトセは灯火の神であるヒヌカンの明かりを頼りに池の中央に開いた洞穴の中を進んでいる。

 この洞穴は壁際に狭い階段が渦巻き状にそこまで続いており、時折上の池の水が滝のように洞穴の中に入り落ちていく。


 チトセは息を飲むと私の隣に来た。


 「まさか祠がこんな形なんてね。ここまでとは流石に気づかなかったよ」


 「チトセも知らなかったんだ。けど、池にこう言うのを作れる人たちって誰なんだろう? 蛙妖怪とかかな?」


 「その可能性もあるかもね。この辺りには昔蛙妖怪が多く住んでたんだ。いつしかどっかに行ってしまったみたいだけど」


 「——へぇ」


 私はチトセの話を聞きながら少し前のことを思い出す。

 私たちは洞穴に入る前にシシビコとイトフジに戻るように言ったのだけど無事に戻れたのかが心配だ。


 するとナビィさんは振り返り私を見る。


 「マカさん。ここから先は嫌な感じがするので注意をしていきましょう。イトフジさんとシシビコももちろん心配ですけど……。今を見ないと」


 「——えぇ、分かってます」


 私はナビィさんの言葉で心を入れ替えた。


 ————。


 さらに祠の奥に進み最深部に着くとあたりの地面は水浸しで、水面にはイヌアメrの死骸が血を流して浮いていた。

 私たちはそれから目を逸らして進む。

 中に浮いているチトセは言わずもがなナビィさんは私より身動きがとりにくそうな格好のはずなのに私より先先と進んでいる。


 湿気がひどいこの場所は奥に進むにつれて蒸し暑くなり、息もしづらい。そして遂に大きく開いた場所にくると奥には石碑が立っていた。

 私たちは石碑に近づくとチトセが読み始める。


 「源泉に住まう土津翁。津翁が穢れた体に禊ぎをする時、川は踊るが如く乱れる。そのため我ら蛙はここまで水で溢れさせて上まで出ないようにした。……ふーん」


 チトセは読み終えると石碑の周りを見る。


 そしてナビィさんは何かを察知したのかあたりを見渡す。足元を見ると絶妙だけと水位が上がっている。


 「ナビィさん。これって……」


 「チトセ。ここもしかして津翁を神の力で封じているんじゃなくて、ただここから出る必要がないようにしているだけなんじゃない?」


 「……そうだと良いんだけど一つ懸念があるんだよね?」


 「懸念?」


 「——あのイヌワシ、イヌアメをここにぶち落として水を汚したから怒り狂うと思う」


 「——え、キャァ!?」


 次の瞬間、水の中で何かが右足を掴んだと思った瞬間私の体を持ちあげると逆さ吊りにするとまるで獲物を加えた狼のように私を大きく揺さぶる。

 その正体を見るとどず黒い赤色に染まった触手。

 触手は大きくうねるようにして動くせいで触手の棘が奥まで食い込み、激痛が脳天にまで走る。

 

 「くふっ!」


 腹の底から何かを吐き出しそうな気持ちになった瞬間に、触手は私を壁目掛けて投げ飛ばす。 なすすべなく投げ飛ばされた私は壁に背中を強く打ち舌を噛んだ。


 「——っ!」


 あまりの痛みで声が出ずそのまま地面に落ちる。

 まだ骨が折れなかっただけでもありがたい。


 触手はそのまま水の底へと戻っていく。


 「マカさん!」


 ナビィさんは私に駆け寄ると地面に膝をつけて傷口を見る。そして持ってきた袋から包帯を取り出すと傷口に巻く。

 触手の棘には毒があったのか右足がピリピリとして力が入らない。

 

 「ひどい怪我……それにしてもさっきの触手……」


 「あれが土津翁ですか?」


 チトセは私の元に来ると周囲を警戒する。


 「うん。あれが土津翁だよ。蛇のように体をうねらせるから蛇と呼ばれるんだ……来る。ナビィ、マカを背負って!」


 次の瞬間、最初は水が揺れ始め徐々に私の体でも感じるほど大きな揺れへと変わっていった。

 ナビィさんは私を背負うと出口に向かってチトセと共に向かう。後ろを見ると石碑近くの水が湧き立ち水底からは赤い光がこちらをじっと見ていた。


 「ナビィさん、赤い目が!」


 「え?」


 ナビィさんは振り返る。

 すると赤い目は緑の光を徐々に集め、そして一瞬目玉が光ったかと思えば光の筋が天井に伸び、間瞬く間にあたりに爆音が鳴り響いた。


 「——ナビィ!」


 チトセはナビィさんを前に突き飛ばす。ナビィさんはバランスを崩してしまい、転び私は背中から地面に落ちた。


 「ゲホッ! ゲホッ!」


 咳き込みながら痛みに耐えて立ち上がり、さっきまでいた場所見る。


 「嘘……でしょ?」


 さっきまでいた場所は崩れた祠の大きな破片が突き刺さり、爆発した箇所は高速で何かか通り過ぎたかのように抉れている。

 この光景はまるで天津翁の攻撃にそっくりだ。


 『フォフォフォ……』


 水底から笑い声が聞こえた次の瞬間、水が大きく波うち何かがゆっくりと姿を見せた。

 

 それの姿はまるで血に染まったかのように赤黒く。エイのように平べったい殼で出来た頭に赤く大きい目玉が一つだけついておりそして胴体はまるで背骨のような形だ。

 

 ——こいつが土津翁。


 土津翁は続けて水底から先端にハサミを持つ触手を突き出すと赤く恐ろしい目を私に向ける。

 正直足を怪我してしまった今まともに戦える自信がない……だけど私がやらないと!


 「二人とも下がって! ここは私が!」


 「——分かった! ナビィ!」


 チトセの言葉にナビィさんは出口の方に向かう。

 ここはなんとか食い止めないと!


 私が剣を鞘から抜いた次の瞬間土津翁はさらに数多の触手をで水底を突き破ると私目掛けて飛びかかる。


 「であぁ!」


 私は剣を腰を使って大きく振り回し、触手を全て切り落とす。

 しかし、触手は次々と地面を突き破って渡すの前に立ち塞がる。その時土津翁は目からいくつもの光弾を解き放った。


 「——くっ!」


 私は足を踏ん張って歯軋りを立てながら力を入れて光弾を盾で塞ごうとする。しかし、盾に当たった瞬間、少し衝撃が来ただけでそのまま天井に向かって跳ね返り、ぶつかった瞬間に爆発した。


 「——しまった!」


 最悪なことに呆気に取られてしまっていた私は再び触手に足を掴まれる。すると今度は身体中に電流が走る。あまりの痛みで声が出なかった。


 「——あがっ! あぁっ!」


 目の前が点滅し、身体中が自分の意思に関係なく痙攣を起こす。

 私は意識が飛ばないように舌を噛むと痺れる体に逆らって触手を切り落とすと地面にそのまま落ちる。

 私は力なく顔だけを起き上がらせると目の前には既に狼のような速さでこちらに迫ってきている触手が見えた。

 咄嗟に頭を下げてそれを交わすと剣を強く握りし、朦朧もうろうとする意識の中、数多の触手を切り捨てると土津翁に向かって走る。


 その時今まで沈黙を貫いていた先端にハサミがある太い触手が私に向かって動き出し、鞭のように大きくうねると上から下に私を叩きつぶように振り下ろしてくる。


 「はぁ!」と声に出して横に大きく飛んで避けるとちょうど真後ろで水が大きな音を立てる。


 すでに私の体は限界を迎えているはずだけど不思議だ、どんどん力が湧き出てくる。

 私は咄嗟に立ち上がり、地面にめり込んだのかビクビクと震えている触手の近くに来ると剣で殻の隙間に深くまで突き刺す。


 「フォアァ!」


 土津翁の鳴き声と共に体液が噴出して私にかかるがお構いなく抜いては刺して抜いては差し手を繰り返しているうちに触手が地面から離れる。


 「——いつになったら倒れるんだ!?」


 私は再び触手から離れると、土津翁は生き埋めにしようとしているのか急にあたりに光線を放ち始め、さらに触手を使って壁や天井らを叩き始める。

 あたりは大きく揺れ、水面は大きく波打ち私の視界を邪魔にする。


 「ゲホ! まるで初めに水上で戦った……そうか、あれを使えば!」


 私は迫ってきた触手を立てて弾き返した隙にかつて水中で怪物と戦うのに使った布を口を覆うと剣を一旦鞘に納めてナビィの勾玉を握ると光の粒と共にこの場になかったワシの杖を取り出して握る。


 「これがあれば何とかなる……!」


 私は暴れ回る土津翁の目玉を目指して走り出す。すると予想通り土津翁は私の動きを察知して触手で私の行手を阻みながら光線をこちら目掛けて放ち出す。

 光線が地面に当たるたびに水柱が立ち、その陰から触手が私を殴りに来るのをギリギリで交わす。


 今は体力があるから——。


 光? そう言えばこの盾、さっきの光にもびくともしなかった。


 「そうか!」


 私は盾を構えながら触手を無視して津と津翁に向かって突撃する。

 津翁の放った光線は今私が手にしている盾——吉備で手に入れた鏡の盾のおかげで全て跳ね返してくれる。


 そして私はある程度近づ具ことができた瞬間にワシの杖を向けると土津翁に向ける。


 「これで!」


 『この子を殺しちゃダメ!』


 「え?」


 後ろから急に聞きなれない女性の声が聞こえた。天河津翁とも違う声……。

 けど今はそれどころじゃない!


 私が杖に力を込めるとそのままつと津翁に向かって投げる。土津翁は杖を弾き飛ばそうとするも出来ず、そのまま目に突き刺さるとまるで電流が走ったかのように体を震わせ始めた。

 殻は徐々にひび割れ、割れ目からは体液が縦横無尽に噴き出す。


 そしてほんの少し観察をしていると目に突き刺さった杖が黒炭になってしまって消えてしまった。

 

 ——後でチホオオロに謝っておこう。


 杖が消えた瞬間に土津翁はその場に崩れ落ち、動かなくなる。しかし、これ以上体が崩壊する気配がない。

 私は体によじ登って目玉の上に立つ。


 「——念の為にトドメを」


 私は剣を抜くとおおきく振りかぶって下ろす。そして先端が目玉に突き刺さろうとした時耳につく金属同士が激しくぶつかる音がしたかと思えば頭の中に雑音が入る。


 『バカ! これ以上したら本当に死んでしまうでしょ! 津翁は禍の神に対しての要よ!』


 「——っ! 剣に人がいる!?」


 そのまま謎の衝撃と共に背後に吹き飛ばされると地面に落ちる。


 「だ、だれ? ——あ」


 起き上がると腰につけている猿神の毛皮から光が溢れ出す。その光が水に触れると水は瞬く間に青白く輝き濁った色から透き通った色に戻る。そして津翁の体の色が赤黒から綺麗な青色へと変わっていった。


 「——あ」


 そう言えば石碑にはこの水で汚れを払っているって……そんなことより背後に気配が。

 一度振り返るとナビィさんと逃げたはずのチトセがそこにいた。

 ちとせは私を見ると笑みを浮かべる。


 「良く殺さなかったね。正直殺してもいいとは思っていたんだけど、誰かに止められたの?」


 「——」


 私は剣をチトセに見せる。


 「剣が止めたんです。殺さないでって。天河津翁とは違う声を出して」


 「剣?」


 チトセは何か知っていたかのように驚いた顔をすると私の剣に触れる。そしてなぞるように優しく撫でた。


 「——あぁ、そうか。うん、なるほど」


 「何か知っているよね?」


 「あぁ、この剣は太古から使われ続けていたんだよ。神様が宿っていてもおかしくない」


 「——あれは剣の神様の」


 「てかそんなことより津翁に謝ったら? 僕も気づかなかったけど」


 チトセの言葉に津翁の方向を見ると、とっくに津翁は傷を完治させ、巨大な図体で私を見下ろしていた。

 あまりにも恐ろしい姿に一瞬尻餅を着きそうになるのを堪える。

 そして大きな息を吸うと頭を下げた。


 「すみません! この祠を汚してしまって!」


 謝る時は心から。神様には敬意を持って。

 その気持ちは神様になら分かるとこれまでの経験が物語る。

 今回のこともイヌアメが悪いにしても祠の真上で戦うことにした私たちにも責任はある。


 土津翁に私の気持ちが伝わったのか特に何も行動を起こさず水底に帰っていった。

 

 ——以外にあっけない。


 私がそう思うとチトセは触手を私の肩に乗せる。


 「少なくとも洪水は多分ただ雨が引き起こしていたんだろうね。こいつは多分何もしていないよ」


 「——人が勝手に恐れていたんですかね。私が今まで見た土津翁、ただ異形だから恐れられてしまっている感じがするし」


 「世の中そういうものだよ。妖怪や人間だけじゃなくて、この世に存在しているすべてのものは心のうちに偏見を持っているのさ。さぁ、出ようか」


 私はチトセの言葉に何も答えられないままこの場を後にした。


 ————。

 それから祠を出る。空はすでに夕明けに染まっており久々のあかりは夕明けであっても眩しい。

 入り口を見るとそこにはナビィさんが心配そうに待ってくれていた。

 ナビィさんの体が徐々に歪んで……。


 ——あれ? 目眩が。


 急に全身から力がなくなり、ナビィさんに抱きつくようにして倒れると、ナビィさんはよろめきながらも私を支えた。

 なんだろう、首から下の感覚がない。


 耳元ではナビィさんの少し焦った声が聞こえる。


 「ま、マカさん?」


 「多分毒だよ。今まで興奮状態で耐えていたんだと思うよ」


 「ほら、おんぶしますよ」


 私はナビィさんにされるがままおんぶされ、木にもたれさせられた。

 ——やはり土津翁との戦いはかなり無理をしていたのだと改めて実感した。


 ナビィさんは私の口に薬を入れた後、水を飲ませる。


 「毒自体は弱そうですが、血が出過ぎです。しばらく安静を——」


 次の瞬間遠くから嫌な風が吹いてくる。そして鳥がどこか遠くに逃げるように飛び去った。

 この感じ、覚えがある。


 「——チトセ」


 「——僕のやらかしさ。本当にごめん」


 「え?」


 チトセは私を見下ろす。


 「禍に穢された天人がサソリを復活させた」


 「嘘、天人を塞いでいた岩が崩れた!?」


 私はチトセの言葉にただ呆気に取られることしかできなかった。

裏話:

マカの持つ太平の剣の声の主の正体については諸説ある。

ある人が言うには古の皇女の霊魂、またある人が言うには日向の神。

実際に声を聞いたマカが言うにはまるで母親みたいな感じだったとのこと。


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