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最後通告 天女の調べ  作者: 皐月
6章 糸麻編

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44話 糸麻に再び向かう

——吉備の崩壊後、マカはユミタレと再会し彼の助言を胸に入れて糸麻へと再び向かう。

 ——翌日の眩い朝日に照らされながらユミタレにお礼を言って私とチトセとナビィさんは糸麻イトマ向けて出発した。

 戦禍の影響で荒れ果ててしまった田畑の細い道を通りながら吉備の惨状がユダンダベア中に広がってしまう可能性がふと脳裏に浮かんだ。


 それから街につけば泊めてさせて貰い、または野宿をしての六日間をただひたすらに深い山を登って歩き続けた。

 山道では獣たちと凶暴な妖怪たちの襲撃に遭いながらも、その道中うさぎ妖怪や蛙人や猪妖怪などの助けのおかげでなんとか超えることができた。

 

 そしてようやく糸麻イトマに到着することができた。


 時刻はすでに夕方だから今日はどこかに泊まったほうが良さそうだ。

 それに着物はすでにボロボロ。いくらなんでもこの格好で行くのはまずい。

 私は隣を歩くナビィさんを見る。


 「ナビィさん。これ多分、明日に行った方が良いですよね? それか今の方ですか?」


 私はボロボロの着物を見せびらかすようにナビィさんの前で袖を上げて見せる。

 ナビィさんは私の着物を上からしたへと視線を移した後、クスッと軽く笑い首を横に振った。


 「いや、今の方が良いですね。ゼロも当時の王に謁見する際にもボロボロの着物でやってきていましたし」


 「あぁ……」


 そう言われると兄さんらしい。

 兄さんはかなり大雑把だから正直やりかねないと思っている。


 私はナビィさんの言葉に同意する。

 その時チトセは何かを感じたのか私たちの前に来た。


 「ねぇ、二人とも。申し訳ないんだけどちょっと僕だけ別行動しても良いかな?」


 「別行動? どうして急に」


 「もしかしたらなんだけど……大王らの方では僕に関する伝承がよからぬことに成っていたら君らの身が危ないでしょ?」


 「いや、別にそんなこと……」


 そう口を溢しながらナビィさんを見る。

 ナビィさんはというと冷静に会釈すると私と視線を合わせる。


 「マカさん。チトセの言う通りです。彼は長い年月封じられていた忘却の神。もしかしたら大王の方では残っていたとしても良からぬように書いていたら危ないでしょう?」


 ナビィさんは昔兄さんと旅をして経験したことがあるのかあっさりとすぐに決断する。私は決めてからもずっと悩むから是非とも参考にしたい。


 「分かりました。ナビィさんが押す言うのなら。じゃ、チトセとはどこで合流すれば良いのかな?」


 「大丈夫だよ。君らが宮殿から出た頃には戻ってるよ〜。そんじゃね!」


 チトセは空高く急に飛び上がると明後日の方向に飛び立ってしまった。

 私はその光景に呆然としているとナビィさんに袖を引っ張られる。


 「ほら、マカさん。さっさと行きますよ」


 私は引っ張られるようにして宮殿に向かった。


 ——。


 宮殿に着くとすでに兵士たちは松明を持っており、たまたま私の姿を見聞きした人が門番だったおかげか「おや、マカ様ですか」と気づくと話を聞いてくれた。

 そして大王と話したい旨を話すも門番は難しそうな顔をする。


 「あぁ、これはちょっと時期が悪かったですね。詳しくは言えないのですが少し都を留守にしておりまして、もし伝言でしたら——」


 すると門番の後ろから大柄で髭が濃い男が私に向かって歩いてきた。

 門番はその男に気づくと即座に頭を下げると私について説明した。


 「大源様この方はご存知だと思いますが安雲の源氏であらせられます源マカと申します」


 「ふむ。貴様がマカか」


 大男は大きく息を吸う。


 ——ん? 大源で私のことを知っている?


 「某の名は大源熊襲オホミナノクマソ。せがれのユミタレが世話になっている」


 「ゆ、ユミタレ様の!?」


 私の言葉にクマソさんはニヤリと嬉しそうに笑みを浮かべた。


 ————。

 それから私は宮殿の中にある客間に案内されてクマソさんとナビィさん、私の三人が中に入ると座る。

 クマソさんの後ろには若い青年がが一人待機していた。


 それから少しお互いの自己紹介と、今まで何をしていたのかを説明した。

 クマソさんは何も言わず、会釈だけだったが最後まで聞いているのか関心深そうにしている。

 そして私が話し終えるとしばらく俯いて考え、顔を上げると口を開いた。


 「なるほど、吉備でオオサソリが現れただけでなく、牛鬼まで復活したのか」


 「はい。牛鬼は討伐できましたが、オオサソリには逃げられました。あと、アハバを見つけることはできませんでした」


 「——オオサソリは源氏の因縁の敵。我らを滅ぼすために既にアハバと協力関係であることを承知しておかないとな」


 クマソさんはそう呟いた後、重い腰を上げて立ち上がると夕暮れの赤い空を見る。


 「——伊予島は簡単に言葉では表せないほど悲惨であった。月神と話すことができる鏡は黒く汚れ使い物にならなくなり、御神体と繋がっている洞穴に入ろうものなら穴という穴から血が噴き出す。既に禍の神によって伊予は落とされている。聞けば月を模した仮面を被った見慣れる集団をたまに見るらしいのだ」


 「え……そんな。じゃ、結界は!?」


 「結界は空からの侵入は防げているが……もしかすれば洞穴から侵入しているかもしれぬ」


 「——塞いだんですか?」


 「そこは安心してくれ。塞いでおいたが、破壊されている可能性があると思った方が良い。よくて地上に取り残された天人が暗躍を始めるかのどちらかだがな」


 「なら、猶予はないと思った方が身のためなんですね」


 「あぁ、せがれのユミタレにもそう教育している」


 クマソさんは冷静に淡々と喋るだけだった。

 私には父と母と呼べるような人は生まれてから一人もいなかった。

 だから父というのはこういうものなんだろう。


 ——。


 それからクマソさんが大王に伝えておくと良い、私とナビィさんは今日はここに泊まるように言われて寝室に案内された。


 寝室の中に入り、荷物を置いた後ナビィさんは私の前に座ると私の胸元に指をさした。


 「マカさん。私が渡したその勾玉少し貸してくれますか?」


 「え、はい」


 私は首にかけていた勾玉を取るとナビィさんに渡す。

 ナビィさんの手に渡った瞬間に勾玉は青白い開きを放った。

 そしてナビィさんはボソボソと話し始める。


 「カグヤさん。カグヤさん。まだ起きていますか?」


 ナビィさんがそう呼びかけると勾玉から徐々に狛村にいるはずのカグヤの声が聞こえてきた。


 『ナビィ? ならマカもそこにいるの?』


  ナビィさんは私を見ると少し微笑む。

  私はナビィさんに寄ると肩をくっ付けて勾玉に近づく。


 「カグヤ。私もいるよ」

 

 私の声を聞いてかカグヤが安堵の息を漏らす声がほんの少しだけ聞こえた。


 『良かった。ねぇ、今はどこにいるの? 吉備についての話ならたくさん集めたけど』


 「——ありがとう。吉備はもう大丈夫だよ。今は糸麻イトマにいてこの地にいる禍の神の手先をどうにかするところ」


 『そう、なら良かった。けど、口調が暗いからよくない結果になったの?』


 「まぁ……ね」


 私の口調で察してかカグヤはそれ以上は聞かず、話題を変えようと模索しているとナビィさんが話した。


 「カグヤさん。近くにマカさんの叔父はいますか? そちらにいるのでしょう?」


 『叔父さん? 今はここにいないよ。安雲の都で国造様と一緒に天人と禍の神との戦に備える用意をしているの』


 「なるほど、ありがとうございます。ではもし戻ってきたら伝言で天人来週の脅威は無くなっていないからより一層注意を払ってくれと伝えてくれる?」


 『——天人、結界でなんとかなったんじゃないの?』


 カグヤの言葉でこの場の空気が一瞬寒くなるが、ナビィさんがすぐに謝ってくれたおかげでそこまで寒くはならなかった。


 「ごめんなさい。結界のおかげでこちらに来にくくなっただけで別の通路があったみたいです。今は応急処置で塞いでいるのですが破壊される恐れもあるんです。なのでお願いします」


 『分かった。みんなに伝えておくね。じゃ、そろそろ暗くなるからお休み』


 「えぇ、お休みなさい」


 『あとマカ、何かあったら誰かに頼るんだよ?』


 「うん、大丈夫」


 私の声を聞いてかカグヤは安堵の息を漏らし、勾玉の光が徐々に消えていったのと同時にカグヤの声が聞こえなくなった。

 ナビィは勾玉を私に返すと私にしか聞こえないように小声で話し始めた。


 「マカさん。クマソ様の話が本当だと一個ずつ祠を潰していては埒が空きません。その前に禍の神が襲ってきます」


 「——なら、どういう手で?」


 ナビィさんは懐から地図を取り出すと床に広げる。


 「とりあえず危険度の高い禍の神の手先を討ち滅ぼします。……ゼロの時もそうしていたので」


 「兄さんも、同じことを……」


 それからナビィさんと今後の計画について話し合った。


 まずナビィさんと兄さんが昔倒して封印した禍の神が危険度が高いためそちらを優先しつつ、アハバの伝承と関連する禍の神の手先も同じく倒す。


 ——私はこれから合計五柱の手先を相手にすることになる。


 ナビィさんは説明を終えると地図を折り畳んで懐に戻した。


 「とりあえずはオオサソリを優先にです。彼は自由に動きすぎているので」


 「私も思っていました」


 私とナビィさんはお互い目標を再確認したあと一夜を明かした。


 ————。


 翌日、私たちは目を覚まして小鳥の囀りとともに軽く朝食を食べて身支度を済ませるとクマソさんに見送られる形で門まで一緒に歩いた。

 クマソさんは私たちを見るとゆっくりを会釈する。


 「マカよ。ユミタレはお前の婿となるのだ。だからこれからは某のことを父と思ってもくれ。何か困ったら気軽に相談に来るのだ」


 「ありがとうございます。その時はお願いします」


 私はお礼を言うと宮殿から出発した。


 これから向かう場所は糸麻イトマから南にあるウガヤ川。

 その川は古来から水運の要で異国との交易の際の品もこの川を通ってくる。

 そのためこの川が使えなくなると都市の商いに大きな影響が出るとユミタレさんが吉備にいたときに教えてくれた。


 そして昼頃にはなんとか無事に川の付近に到着した。

 辺りはほのぼのとした開かれた農村で、辺り一面に畑があり、百姓たちが歌を歌いながら作業をしている。

 それから私はこのあたりに知見を持っているであろう川のほとりに小さな神社の境内に入る。鳥居を通って本殿の前で落ち葉を履いていた巫女に神官を呼んで欲しいとお願いした。


 巫女は「しばしお待ちを」と言って神官を小走りで呼びに行ってくれた。

 私はナビィさんを見る。


 「ナビィさん。この辺りに禍の神の祠があるんですかね?」


 「さぁ? それよりも私はチトセが気になります。いったいどこにいったのやら」


 「あ、確かに」


 あたりをキョロキョロと見渡すけどチトセは見つからない。

 まぁ、意外といつの間にか戻ってきそうだから良いか。


 それからほんのしばらくして巫女がヨボヨボの足取りが危なそうなかなり高齢の神官を連れて戻ってきた。

 神官は私あっちを見ると微笑みながら挨拶する。


 「これはこれは旅の方。ワシは吉備日織キビツノヒオリと申します」


 ヒオリは丁寧にそう口にした。


 ——吉備?


 「あの、カタベっていう人を知っていますか?」


 「む? あぁ、ワシの従姉妹ですな。カタベは六十年前に家が滅んだ後も生きていたんですか?」


 「えぇ、私の故郷で穏やかに今も元気に生きてます」


 「なら良かった」


 ヒオリは長年のしがらみから解放されたかのように肩の力を抜いた。

 つい関係ないことを口走っちゃったけど本題に入ろう。


 「あの、この辺りに荒ぶる神が封じられていると聞いたのですが、祠はどちらにあるのでしょうか?」


 「——まず、理由からお聞きしても?」


 それから少しの間私はヒオリにことの経緯を全て説明した。

 ヒオリはふんふん頷くと今いる場所から東の方角に指をさした。


 「その祠でしたら川を東に登っていった先にある源流に祠があります。あの神はオオサソリの子供と噂されておりまして、昔、サガノオが封じるまで何人もの娘が生贄として捧げられたのです」


 私はヒオリにお礼を言うとヒオリは「別にお礼を言われるまでではありませんよ」と遠慮してそう呟いた。

 その時、何かの境内の外側から不吉な匂いがした次の瞬間、巫女が私の後ろに向かって急に悲鳴を上げた。


 振り返ると鳥居の外から煙が上がっている。


 すぐにその場に向かうと酷い火傷を負った数多くの猪が山道を防ぐように呻き声を上げて倒れており、あたり一面血の海となっていた。

 ヒオリと巫女とナビィさんも私の後に続いてやってくると私と同じように絶句した。

 私が何もできずに固まっているとヒオリが我に返り声を上げた。


 「巫女よ、村の衆を呼べ。助かる猪たちだけでも助けるぞ!」


 私はヒオリの声に我に帰ることができた。

 そしてヒオリに指示をされてナビィさんと協力して一帯のやけに図体の大きな猪をもしあげると呻き声に混じって声が聞こえた。


 「さ、サソリ——」


 この瞬間、すでにオオサソリがこの地にやってきていたことを理解した。

——笠山の猪

ウガヤ川の近くに住む猪の一団。

遠き古の時代では神々と崇められ、今でも近くの村人から神と讃えられている。

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