41話 ゼロの言霊
———ナビィは炎に飲まれた街で吉備都である窪三刀の外れまで酷い火傷を負ったオヌガマを背負い脱出した。
ナビィが足を止めたあたりで上空からチトセが降りてくるとオヌガマの上を飛ぶ。
「ナビィ。この辺りに結界を張ったから見つからないよ」
「えぇ、ありがとう。——この怪我、手当てしても……」
ナビィはオヌガマの焼け爛れた体を見て顔を顰めると膝を崩した。
皮膚は垂れ下がり、呼吸も弱々しくなっている。これは誰が見てももう助からないのがわかる。ナビィは彼を助けたい一心であるものの、どうすることもできない状態で身動きができなかった。
そんなナビィを見かねたチトセは触手を伸ばしてオヌガマの体に触れる。
するとオヌガマの体をどこからか湧き出た白い光が包む。
「ナビィ。彼は僕がなんとかする。君はその間にマカのために要石を破壊してきて」
チトセの言葉にナビィは首を横に振る。
「で、でも。それは——」
ナビィは唇を噛み締める。チトセはナビィを横目で見ると笑みを浮かべた。
「ナビィ」
そう口にするとゆっくり頷く。
「僕はこれでも神様なんだ。神だからこそ人のために動く。君はどうかな? 日の神と同じ名を冠する人よ」
「——」
ナビィは何かを決心したような表情を浮かべると立ち上がる。
「チトセ。私があの人と共に戦ったことは知っていますよね?」
「——あぁ、見ていたからね」
「あの神器。場所は変わっていませんか?」
「変わってないよ」
ナビィはチトセのその言葉を聞くと安心した顔を一瞬浮かべ、すぐに真剣な眼差しに変わり結界の外へ飛び出した。
————同時刻。
私は牛鬼の激しい斬撃を避けながら足を斬るが感触が一切ない。
それどころが徐々に炎の勢いが増している……!
牛鬼は余裕の表情をしながら炎の太刀で斬りかかりその度に地面に大きく抉る。
牛鬼はかなり大きのにすばしっこい。もしサガノオがゼロ……私のお兄ちゃんだったら本当に倒したってこと?
私は邪魔な前髪を横に分ける。
その仕草を見て何を思ったのか牛鬼は一瞬だけ動きを止める。
「妙だな? ……こんなに長い年月が立っていてもゼロの剣術がこの時代にそのままで残っている? 発展せずに残るものか?」
私は大きく息を吸うと剣と盾を構える。次の瞬間牛鬼はハッと驚き「そうか! そういうことか!」と声を出すと喉を赤く輝かせた次の瞬間、炎の吐き出す。
私は盾でそれを防ごうとするも一瞬で縦に火がつくのが見えて咄嗟に投げ捨ててその場に伏せた。
それから程なくして牛鬼は炎の吐き出すのをやめると高笑いする。
「ぶも、ぶももも! ゼロは時を超えてきたのか。そうか、なら辻褄が合う! あまりにも荷すぎなその外見。身内ならありあるな!」
「——ゼロ、私のお兄ちゃん」
「——ふん。予想通りだ」
私はつい兄の名前を口に出した。
チトセは嘘をついた? ナビィさんは一緒に旅をしていたのだから知っていたんじゃないの? そんな複雑な二つの感情が私を取り巻く。
お兄ちゃん。お兄ちゃん。
サガノオは私のそばに常現れていた。なのにどうして私にそのことを教えてくれなかったの?
『戦いの中黄昏るな!』
聞き覚えのある声がした次の瞬間目の前に炎の太刀の先端が来ていた。そして同時に誰かに押し飛ばされる。
「ぐはっ!」
突進された痛みで一瞬よろめきながら立ち上がると牛鬼の目の前にサガノオが現れていた。
サガノオは私を一瞬見た後牛鬼を見る。
『牛鬼。長き時の果てでもお前は暴虐を好むのか』
牛鬼はサガノオに気づくと嬉しそうに笑みをニタリと浮かべる。
「くくく。ゼロ。久方ぶりだな!」
牛鬼は私を目標から外すとサガノオに斬りかかるが、サガノオはそれを華麗に避けた。
「相変わらず速いやつだ! ゴキブリのようにな!」
『そういうお前は大雑把な太刀筋。炎の術しか使えぬとはな』
サガノオはそう言いながら牛鬼の立ちを交わしながら手首を切ったりその場にある石を拾って投げつけたりするがなんの効果もない。
無理だよ、どう考えても倒せな——。
「マカ殿! こっちこっち!」
「誰? ——貴方は!」
声の下方向に振り返ると瓦礫の下から大きな箱を持って頭から血を流した老兵が出てきた。
よく見るとその人はオヌガマのそばに居た老兵だ。
その老兵は鉢巻がなく、額には悟り妖怪特有の目玉がある。
——確か名前はナビィさんが言うにはタララだったはず。
「貴方は古の時代にサガノオとナビィに力を貸したというタララという名の妖怪?」
「——マカ殿、なぜ私の名を……。いえ、それどころではない。オヌガマ様は!?」
「オヌガマ様は今手当てのため避難させました。今は——」
私は振り返る。
そこではまだサガノオと牛鬼の激闘が繰り広げられ、金属同士が激しくぶつかり合う音がここまで響く。
両者は今拮抗しているけどあのまま放置するわけにもいかない。
タララは唇を噛み締めると箱を開けて中から鏡の盾を取り出すと私に押し付けた。
「マカ殿。今の私はツシと申します。どうかこの盾で、サガノオ様——ゼロ様をお助けください!」
私はタララ——ツシの言葉に胸が苦しくなる。
サガノオの名ではなく、ゼロという名前を聞くだけで苦しい。だけど、だけど!
私はツシから盾を受け取るとサガノオの元まで走った。
————。
私が近くに来たところでサガノオは牛鬼に剣を遠くに飛ばされる。
「ぶももも! 俺は昔と違う。あの神器がないお前に勝てる術はない!」
そして牛鬼が太刀を高く掲げ勢いよく振り下ろしたその瞬間私は二人の間に立つと鏡おの盾でそれを防いだ。
その盾からは烈火の熱さは手に伝わらなかった。
それどころか力強さを感じる。
私は力一杯地面を踏むと大きな声を上げて牛鬼を後ろに突き飛ばした。
「はぁ!」
「くっ!」
牛鬼はあっけなく尻餅をついて倒れた。
その時後ろにいたサガノオがぼそっと「鏡の盾か」と呟いたのが聞こえた。
牛鬼はそれとはまた別の共学とした表情を浮かべると咄嗟に立ち上がる。
「ふん。鏡の盾とは小癪な。確かに炎に対してはある程度耐えれるだろうがそう何度も持つのかね!」
「くっ!」
私は咄嗟にその場にしゃがみ込んでた血筋を交わすとサガノオが『あと僅かだ。しばし耐えろ』と言葉を言うと姿を消した。
「——今はそれどころじゃない!」
私は次々と迫る牛鬼の太刀とその重みに耐え続ける。
耳は何度も響き渡って聞こえてくる金属音で痛くなり、頭も周囲の熱さで朦朧としてくる。
そんな時牛鬼は急に目を大きく開くと口から洪水のように血を吐き始めた。
「おぼぼぼ! な、一体何が!」
血は瞬く間に周囲に広がりどんどんあたりの冷えおかき消していく。
ツシはどうやら建物の上に避難して無事そうだ。
そして牛鬼に視線を戻すと足を踏ん張って一気に押し詰める。
牛鬼は苦しんでいるはずが重受けつした目をこちらに向けながら叩き潰そうと手を振り下ろしてきた。だが、思っていた以上に遅かったため、そのまま飛び上がって手の甲の上に乗り、牛鬼が振り払おうと手を振った衝撃に合わせて高く飛び上がると私はそのまま剣を高く振り上げて牛鬼の頭を真っ二つに切り分けた。
「ぶもぉぉ!」
牛鬼は言葉にならない雄叫びをあげると身体中に穴が空いて光の筋が飛び出したのかと思えば一瞬体が大きく膨らみ目を閉じたくなるほど明るく光ったかと思えば爆発した。
当たりに爆音が鳴り響いたと思えば牛鬼の血の雨が少しばかり降り、そして止んだ。
「お、終わった?」
私は急に来た疲れに耐えながら剣を鞘に戻すとツシがこちらに走って来た。
「なんと。牛鬼を倒してしまうとやはり貴方様は源氏の勇者ですな」
「——あの、急になんですけどお兄…ゼロはなんでサガノオと名乗ったのですか?」
「——私めは存じませぬが……ゼロ様ご本人が後の世に名を残すとややこしいことになるからと皆に広めないでくれと言ったのです。だからゼロという名を知っているのは確かまだ生きているものですと私めと恐らく付き人のナビィ。最後は天宮輝比売ですな」
「——アマミヤテルヒメ?」
ツシは懐かしそうに頷きながらも立ち上がった。
「まぁ、今はその話も良いでしょう。気づけばゼロ様もおりませぬ。オヌガマ様の元へ案内してくださいな」
「——はい」
私はこれ以上教えてくれないのだろうと察してこの場を後にした。
————。
私は廃墟と化した窪三刀を歩いていると片手に一回り大きな金槌を手にしたナビィさんが着物をススと血で汚して歩いているのが見えた。そして私に気づいたのか小走りでこちらに駆け寄ってきた。
「ナビィさん!? オヌガマ様は?」
「チトセが見てくれていま——」
ナビィさんはツシさんを見ると固まる。
それはツシさんも同じく固まると思い出したかのように老人の顔には似合わない涙を漏らした。
「お、おぉ。ナビィ殿。まさかと思いましたが再び源氏様の付き人として吉備を救ってくださったのですか!」
私はナビィさんを見る。
うん。そうだよね。ナビィさんは確かにサガノオと一緒に旅をしていた。
そしてサガノオはゼロが本名。
——そして私が兄のことを話した時涙を浮かべていた意味。
——ナビィさんとチトセは最初から全てを知っていたんだ。
ナビィさんはツシさんの言葉に私と交互に見てアタフタする。
「それとゼロ様が亡霊の姿でこられたのですがそれもナビィ殿が!?」
「いや、それは——」
私は怒りで震える右手を左手で抑える。
ここで怒ってもしょうがない。
「あの、オヌガマ様の元に行きましょう。——ね、ナビィさん?」
「——っ! そ、そうですね。ツシさん。案内します」
ナビィさんはそう口にするとオヌガマの居場所まで案内した。
————。
案内された場所に行くとそこにはいつの間にか小さな小屋が立っており、私たちが近づくとチトセが飛び出してきた。
「あ!」と一言言うとすぐに中に戻っていった。
どうしたんだろう?
その疑問を胸に私は後続の二人とともに中に入ると中央にはオヌガマが上半身を起こしてこちらと視線があった。
そしてオヌガマは安堵の表情を浮かべる。
「あぁ、無事であったのだな。ところでツシ。父は?」
ツシは苦しい表情を浮かべるとオヌガマの隣に座るとこちらを見た。
「すみませぬ。ここは二人で話しますのでしばしお外に出てもらえないでしょうか?」
「うん。良いよ。そのために作ったんだしこの小屋。部外者はこう言う話聞かない方が身のためだしね」
チトセは軽くそう告げるとあっけなく外に出たため、私たちもそれに続くように外に出た。
————。
私たちは小屋から少し離れるとチトセはゆっくり息を吐いた。
「で、その感じ二人とも仲悪くなってるよね?」
「——」
私は右手を押さえる。するとチトセはこちらに近づくと触手で私の右手に触れる。
「その感じ。知っちゃったんだね。君のお兄さんの詳細」
「——っ! やっぱり、サガノオは私の兄で間違い無いのですか?」
私は横目でナビィさんを睨みつける。
すると次の瞬間頬に痛みが走り視界が一瞬ブレた。頬を抑えてちとせを見ると再び私を打つ。
突然のことで言葉が出ない。
なんで私を打つの? 悪いのはナビィさんなのに?
「ほら。殴るなら僕さ。僕が過去に送ったんだよ。なんでナビィに八つ当たりしようとしてんのさ」
「だ、だって知ってて黙っているなんて……。あの時見せた涙は——っ!」
「サガノオの話は知っているでしょ? 死んだんだよ彼は。その近くにいたナビィは命から柄助かったけど心に深い傷を——」
「もうやめて!」
気づけば私は大きな声を出していた。
分かってる。本当は分かってる。兄が死んでいるのもチトセとの話の中で覚悟はできてる。
ナビィさんも一緒に旅して来た人が死んで辛いのも分かる。
だけど、だけど!
「マカ様。ごめんなさい」
「え?」
ナビィさんに視線を向けると、深く頭を下げていた。
そして続けて喋る。
「ワタシは、本当は全部知っていました。マカ様がゼロの妹であることが。知った上で私は貴女に厳しくして来たのです。もちろん本当は話したかった。ですがそうすれば貴女が自暴自棄になると勝手ながら思って黙っていたのです」
ナビィさんの表情はわからないけど、足元が涙で濡れていることに気づく。
「ゼロは、私の人生で初めての友達で。世間知らずの私に色々と教えてくれたんですっ」
ナビィさんは涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげるとお兄ちゃん——ゼロとの旅の思い出を話してくれた。
それは時には楽しそうに、時には辛かったこと。
だけどわかるのは相変わらずお兄ちゃんはお人好しの馬鹿だと言うこと。そして——。
——ほんの少しも私のことを忘れなかったこと。
ナビィさんの話が終わった時、目から涙が出ていることに気づいた。
チトセは私の前に来ると触手で私の両頬を触る。
「まぁ、何というか。僕もなんだけどナビィも多分辛いこと思い出したくなかっただけだろうしさ。許してあげて?」
私はナビィさんを見る。
うん、ナビィさんは悪くないんだ。悪いのはチトセだ。
「じゃ、チトセ。四回打ってもいい?」
「うん。好きなだけどうぞ。けど、僕を打ったからには満足してね?」
私はもう二度と帰ってこない兄と、その兄がのことを覚えてくれているナビィさんのことを思いながらチトセを特別に一回打つだけで許した。
だって。いくらチトセを打とうにも帰ってこないんだし。
——同時刻。吉備西部。
マカが牛鬼を討伐したのと同時刻、大王の命を受けたユミタレが五百の大軍を引き連れてウガヤと吉備国境である日古川を超えて現地の吉備の鬼達を征伐しながら進み、窪三刀を目指して軍を進めていた。
ユミタレは馬に乗って出立する前に大王に言われたことを思い出す。
——ユミタレよ。お前の報告通りに天人がそう動いていれば禍の神がここに来るのも時間の問題だ。今度は天人もついてくるとなると甚大な被害がです。だから、禍の神の手先どもを討伐しに向かうのだ。
ユミタレはその言葉を受けて今まさに軍を進めている。
だが、それ以外にももう一つの理由がある。
ユミタレは自身の後ろをついて来ている大人数が運ぶ神輿の上に乗る一人の少年に視線を移した。
その少年の名は吉備細石彦。イホブキの三男の次男で母はかつての吉備王家の血を引くものだ。
これは大王ではなくユミタレ自身の父であるクマソが吉備が完全にこちらに従うための策としてサザレビコを王に据えるように命じたのだ。
「ユダンダベアは天人と禍の脅威に備えるべく再度統一の時が来たと言うわけか」
ユミタレは馬の上でそう言葉をこぼした。
裏話:
牛鬼はマカの時代から九百年前にゼロによって力の源である要石を金槌で破壊され、力が弱まった隙に封印された。
マカの時も同じくサソリが用意した要石で力を補給してマカと戦ったものの、ナビィにより要石が破壊され呆気なく倒された。




