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最後通告 天女の調べ  作者: 皐月
五章 吉備編

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39話 吉備のオオサソリ

 翌朝、オヌガマのやり気の寝室で私は目覚めた。まだ体にはたくさん包帯を巻いていたけど長居する訳もいかない。

 起きあがろうとするとずしっと腹の上から重みを感じた。体を少し起こすとチトセが私の上に乗っかっていた。


 「チトセ。おはよう」


 私の声にチトセが反応し振り返ると安堵の息を漏らした。


 「おはようマカ」


 「——で、なんで私の上に載っているんですか?」


 「——」


 チトセは無言で天井に一度だけ視線を移した後、再び私に戻す。


 「なーにも。気にしないで」


 いや、それ普通に悪寒が走るんだけど。


 まぁ、チトセが守ってくれていたんだろう。きっと。

 チトセは私から離れると着物を着せてくれる。


 「マカ。君は戦士だけどのお姫様でもあるんだから体は大事にしないとだよ」


 「私だって傷跡は残したくないですけど。誰かを守るためなら仕方ないです」


 私は袖に腕を通すと帯をしっかりと締める。

 その時天井からガサッと物音がした。


 「——チトセ。今の音は?」


 「——妖怪が君の素肌でも覗きに来たんじゃない?」


 「——私の裸なんて見ても得しないのに不思議ですね」


 「——君、本当に一人旅させちゃいけない子だね」


 チトセは何故か私を見ながらそう口にした。

 それからチトセとともに寝室から出て左右の廊下を交互に見る。


 「そう言えば私はそこから来てた?」


 「うん。しっかり覚えているから案内するよ。オヌガマにお礼言っとく?」


 「もちろん。一応手当てしてくれたし」


 それから私はチトセに案内される形で屋敷の中を散策するとたまたまおにぎりが二つ乗せられたお盆を持った鬼人オヌヒトの若い女にあった。

 侍女は私を見ると驚きの声を上げた。


 「だ、大丈夫ですかその怪我で!?」


 「は、大丈夫です。あの、オヌガマ様に一言お礼と、私の荷物はどちらに?」


 そんな時私の虫が鳴り響いた。

 その音にチトセは呆れた顔をする。


 「締まらないな〜」


 ——私だって起きた時は空腹じゃなかったから勘弁してほしい。


 ————。


 私は女に案内される形で部屋の案内されるとその場でおにぎりを口にした。

 女はしばらく私の顔をじっと見る。


 「あの、なんですか?」


 「あぁ、失礼しました。私はオヌガマが妻。綺羅比売キラヒメと申します」


 「——おっと」


 驚きのあまり落としそうになったチトセが触手で受け止めると勝手に食べた。後で叱ろう。

 視線をキラヒメに戻すと私は頭を下げた。


 「あの、この度は——」


 「いえ、ユダンダベアの朝臣たる源氏の姫様とあろう方が朝敵に頭など下げないでくださいませ」


 「——へ?」


 顔を上げるとキラヒメは不敵な笑みを浮かべる。おにぎりを手に取って私の口に入れた。

 おいしい。


 私はおにぎりを両手で持つと少しづつ食べた。

 キラヒメの目は光ってない。だけどどうして普通のおにぎりを作ってきたんだろう……。


 「マカ様。どうして私があなたの名前や正体を知っているのかわかりますか——」


 「悟り妖怪から聞きました?」


 「——ご名答」


 キラヒメは不機嫌そうに頬を膨らませた。チトセに視線を移すと私とキラヒメを交互に見ている。するとキラヒメは懐に手を入れると紙を取り出した。


 「マカ様。オヌガマ様もとい重臣たちはあなたの素性をすでに把握しています。その目的もです。牛鬼様を討伐するのですよね?」


 キラヒメはそういうと私に紙を渡す。

 私は紙を受け取ると広げ中身を読む。


 ——吉備牛鬼牙大神キビウシオヌノキバオオカミ魂鎮祭タマシズメノマツリについて。

 牛鬼を封じるためには旧王家の者による祭事が必要である。

 しかし、先代が旧王家を根絶やしにしたため、封じる術がない。あるとすれば人柱だがそうすると人と妖怪双方から不満が出てしまう。


 そこでユダンダベアが旧王家の血筋の者を未だに家臣としているため、大王に臣従する代わりに吉備神官として派遣してもらう。


 ——私は手紙を読み終えると顔を上げる。

 キラヒメはゆっくり私に顔を近づける。


 「マカ様。今吉備は国難の時です。ユダンダベアの傘下に入らねばもう国として成り立てないのです。そこでマカ様にはユダンダベアの大王に進言してほしいのです。そうすればここから出させてあげますよ?」


 「——っ!」


 キラヒメの言葉と同時に部屋の外や屋根から物音が一斉に聞こえた。

 もしかすれば取り囲まれている?


 チトセは私のそばに来ると小さな声で耳打ちする。


 「非道だね。怪我人を誘き寄せて取り囲むなんて」


 「——」


 チトセの声に耳を貸しながらよく見るとキラヒメは不自然にも右手を袖の中に入れている。もしかしたら短剣を隠している。

 武器もない今下手に動けば捕まるに違いない。


 キラヒメは不敵の笑みを浮かべるとその場から立ち上がる。


 「さぁ、どうしますか? その怪我だと身動きはできないでしょうね?」


 「——ふふっ。複数人で怪我人を取り囲む時点で私が激しい抵抗するのが分かっていますよね? 一人で敵わないから」


 「えぇ、最初は既成事実を作って残らせたかったけどその隣のタコさんがいて無理だったのですよ」

 

 ——既成事実?


 「ねぇ、チトセ。既成事実って?」 


 「許嫁さんに教えてもらいなばかもん」


 「え、うん」


 チトセにぞんざいに扱われながらもすぐに立ち上がれる姿勢にする。

 チトセは大きな息を吐く。


 「マカ。いい案がある」


 「いい案?」


 「この女の顔面を膝蹴りして短剣を奪えばことが早く済むはずだよ」


 「えーけど流石に」


 「やらないとやられるよ」


 「——分かった」


 私はチトセの提案を飲むとゆっくり立ち上がる。


 「分かりましたキラヒメ様。その提案についてですが——」


 私の言葉にキラヒメは先ほどとは打って変わって満面の笑みを浮かべる。


 「あぁ! もしかしてご理解を——っ!」


 そしてキラ姫が顔を上げた瞬間に思いっきり膝で蹴り飛ばすとそのまま戸を突き破るとその先には四人の鬼人の男が剣をすでに抜いて立ち上がっていた。

 男たちは私を見て察すると切りかかってきた。


 「マカ! 天井からも!」


 チトセの言葉に天井を見ると鉾の先端が板を突き破って私めがけて振り下ろされた。

 私は姿勢を低くして男たちの股下を潜り抜けるとその場から逃げる。

 しかし、さすが兵士ということもありすぐに私を追いかける音がした。


 チトセは私の隣を真剣な顔で飛ぶと声を出した。


 「マカ! わざと服破って片乳出して!」


 「——は?」


 「そしてオヌガマの前まで行って大きな悲鳴を出して寝床を襲われたって言えば確実に助かるよ!」


 「別に出さなくてもいけるでしょこんな必死に走れば!」


 ——私は全速力で走る。


 そんな時騒ぎに聞きつけたのか。奥の部屋から飛び出すように剣を持った男女が出てきた。その中で一際大きな猿妖怪で、二本足で剣を手に持つ老猿が出てくる。


 「なんの騒ぎ——」


 「あの、突然襲われて!」


 「なんと! 皆のもの前に出ろ! この子を守れ!」


 一人の老人の言葉に若い男たちは私の手を掴むと後ろに運ぶ。

 チトセは「おっとっと」と声に出しながら私についてくる。


  私との間に彼らが入ったからか追っ手は足を止めると私あっちを睨む。


 「——貴様、この娘を引き渡せ。キラヒメ様からのお言葉だ」


 「——キキッ。何を言う。この娘は昨日連れてきた怪我人だろう。もしや複数人で手籠にしようとしているんではなかろうな?」


 老猿はそう口にすると剣を追っ手に向ける。その時追っ手をかき分けてキラヒメが出てきた。

 キラヒメは老猿をにっこりと笑顔で見つめる。


 「あらあらサルビコ。女子の手前でそういうことを口にするなんて。品を疑いますよ?」



 「——奥方様も何故怪我人を追い回すのですか」


 「我が夫、オヌガマ様の為です。さぁ、引き渡してください」


 老猿——サルビコは私を見下ろすと私に剣を渡す。


 「娘よ。逃げよ。早く!」


 「——いえ。逃げません」


 私はチトセを見る。チトセは少し驚いた顔をしたけど私の気持ちを理解してくれたのかともに前に出てくれた。

 そして私は剣を構えてキラヒメを睨む。


 「キラヒメ様。私の装備を今返してくれるのなら攻撃しません。どうします?」


 「——そう来ましたか」


 キラヒメはそう言うと手をあげた。すると次の瞬間私の後ろからオヌガマの声が聞こえてきた。


 「貴様ら! 何をしているか!」


 「——チッ」


 キラヒメは手を下げると部が悪そうな顔で私から目を逸らした。


 ——————。

 ————。


 あのあと私たちは全員大広間に集められた。

 オヌガマは一人一人尋問を行う。

 そしてオヌガマがサルビコを見ると深呼吸をした。


 「サルビコよ。この度の騒動。どう思っておる。我妻がこの紙を持っていたのだが俺はこんなものを書いたことはない」


 オヌガマはそう口にしながらキラヒメを睨め付ける。

 サルビコはその間に手紙を手に取ると内容を目にして顔をしかめる。


 「——これは」


 そう口にすると勢いよく破いた。


 それを見た周囲は騒然とするがオヌガマは至って冷静で笑みを浮かべた。


 「オヌガマ様。聞けば吉備南の国境を超えてオオサソリが入ってきたようです。道中の村々を襲い、民を食いながらここに向かっておるようです。今考えるべきことはそれだけです。この手紙のことは気にしなくても良いでしょう」


 「——だな。では我妻キラヒメよ。次此度のような狼藉を働けばタダでは済まさぬ。覚悟しておけ」


 オヌガマはそう言ったあと私に視線を移す。

 

 「ではマカよ。キラヒメが奪ったお前の装備は全て返還しよう。あの手紙のことは忘れてくれ」

 

 「——はい。ありがとうございます」


 こうしてオヌガマの屋敷での一悶着が終わった。


 ————。


 私は剣や盾、勾玉を返してもらった後屋敷を後にした。

 チトセは空を見ると身震いした。


 「起きた時はまだ朝だったのに気づけばもう昼過ぎだね——」


 その時、屋敷に西の方から嫌な風が吹いた。

 チトセもそれを感じ取ったのか私と同じ方向を向く。


 「——ねぇ、チトセ。オオサソリってもうこの辺りにきてる可能性はある?」


 「奇遇だね。僕もそう思っていたところなんだ」


 「風は向こうの山の先からする。行こう」


 私はざわつく心を胸に西に向かって走った。

 

 ——西の山。

 

 オヌガマの屋敷から西に進んだ先の薄暗い山の中。

 そこは人の手がまだ入っていない場所なのかどこか禁忌の場所のような感じがする。だけどチトセは気にせず私の前を進んだ。


 「マカ。臭うかなこの血の香り」


 「うん。気のせいか林が不自然なほどガサガサ言うけどこれは多分——」


 次の瞬間辺りの林から数多の黒光のサソリが飛びかかってきた。

 私は咄嗟に剣を引き抜くとその場で一回転して全て斬り伏せ、サソリの生臭い体液が私の着物にかかる。


 私はあまりの臭さに眉を顰め口を袖で隠す。


 「チトセ。サソリがいるってことは……」


 「大元が近くにいるよ」


 チトセの言葉とともに地面が最初は小さかった揺れが徐々に強くなる。

 それとともに血生臭い匂いが近づくのが分かった。


 耳を澄ませると甲羅同士が擦れる音が聞こえ、鋭いハサミの音が——。


 私は意識をハッとさせ振り返ると禍々しい黒い液を涎のように口から流し、甲殻から赤い炎を漏らす私の何倍の大きさがあるオオサソリが私をじっと見ていた。

 

 オオサソリはクチャクチャと音を立てた次の瞬間ハサミで切り掛かってきた。私は後ろに飛んでそれを交わすと広角の隙間を斬ろうとすると呆気なく弾かれ後ろに吹き飛んだ。


 オオサソリは口を開くと「ケラケラケラ」と笑うと突如として喋り始めた。


 「これが今の源氏の勇者か。これだとこの俺にでも勝てそうであるな……」


 私はすぐに立ち上がると剣をオオサソリに向ける。


 「あ、あなたは何しにここへ? 目的は禍の神の復活?」


 「逆にそれ以外にあるか?」


 オオサソリはしゃべっている最中に尻尾を動かしたと思うと私向けて針を突き刺そうとしてきた。

 私はそれを盾で防ぐが先端が貫通し脇腹を掠る。


 「——しまっ!」


 私は尻尾を力づくで盾から引き抜く。その時チトセ「大丈夫。あいつには毒はない。危ないのは憤怒の炎。あれに当たると一瞬で体が灰になる」


 するとオオサソリは再び私に攻撃を仕掛けてきたためそれをかろうじて避けながら弱点を探る。

 

 オオサソリは青白い炎を吐き、それに触れた草木はまるで炭のように一瞬で粉々になる。

 チトセは思い出しながら弱点を口にするがなかなか攻撃できる隙がなかった。


 「——マカ! あいつの弱点は額のひび割れた部分! サガノオが昔頭を砕いた後だよ」


 「あそこに突き刺せば良いの?」


 「うん」


 私は尻尾で殴りかかってくるオオサソリの攻撃を辛うじて盾で防いだ。

 防戦一方の私を見てかオオサソリは上機嫌で笑った。


 「ふん。今のお前には俺を殺せない。戦っていても無駄だから俺は早いところアイツを甦らさねばな——」


 オオサソリはそういうと黒い粒子となって透明になっていく。

 その時一瞬だけ赤黒いたまが頭の中に透けて見えた。


 「——」


 私は剣を握るとその赤い球目掛けて走る。

 オオサソリも予想外だったのか一瞬だけ反応が遅く「あ」と声を出した時にはもう目と鼻の先に見え、剣を突き刺した。


 赤い球は私が突き刺したのと同時に真っ黒になると人g年落ちのように真っ赤な液体を噴射し、その駅は私にかかり着物を真っ赤に染めた。


 「うぉぉぉお……」


 オオサソリは悲痛な声を上げると体から黒いモヤを出すと一瞬で空高く飛び上がっていった。

 オオサソリがさり、一安心して周囲を見渡すとあまりにもすさんな光景に戦慄する。

 当たりは灰のように真っ白で木や草が粉々になり雪化粧のようになっていた。


 入った時のような神聖な場所からおどろおどろしい場所への変貌には言葉が出ない。


 「マカ。これが禍の神の悍ましい所さ。ほっておくと全ての国がこうなる。とりあえずナビィのところに戻ろう」


 私はチトセとともにこの場から去ろうとした時ほんの一瞬だけ「たす……けて」と声が聞こえた気がした。


 ————。


 私とチトセは夕方になった頃に宿屋に帰り、物置小屋の中に入った瞬間ナビィさんが私に抱きついてきた。

 ナビィさんは力強くしがみつくと涙声で「無事で良かったです」と口にした。


 そして一旦ナビィさんは離れると何が起きたのかを聞いてきたため、一旦着物を着替えて敷物の上に座りチトセとともに説明した。

 ナビィさんは所々悩ましい顔をしながらも頷く。


 説明を終えた後、ナビィさんはサソリについて教えてくれた。


 「はい。確かにオオサソリはワタシとサガノオが昔封印しました。その時は棍棒で頭を砕いた後に剣を突き刺して封印したのです。けど、どうして封印が解けて……」


 「その封印だけど、誰が解けるとかある?」


 「——あ、そう言えば封印について教えてくれたのは悟り妖怪ですね。名前は確か多良タララだったはずです」


 ——タララか。聞いたことのない名前だ。

 それにしても悟り妖怪か。長生きできるから生きているかもしれない。

 そんな時宿屋のおばさんがちょうど夕飯を届けに来てくれた。

 おばさんは私たちの会話を聞いていたのか配膳を終えると思い出したかのように口にした。


 「タララさんて確かオヌガマ様の所にいる人かい? 盗み聞きしちゃって悪いけど」


 「おばさん知っているんですか?」


 「あぁ、良く悩み事を聞いてくれる良い人だよ」


 私はチトセと見つめ合う。

 私の予想が正しければあの悟り妖怪かもしれない老兵がタララかもしれない。


 「ありがとうございます。おばさん」


 「良いんだよ。あたしはあんた達にこの国のことかけているんだからね。頼んだよ」


 おばさんは心なしか嬉しそうな顔で物置小屋から出て行った。

 私は胸にかけている勾玉をギュッと握る。


 「チトセ。ナビィさん。牛鬼の復活を阻止するには教えてください」


 牛鬼との長く短いような戦いが今幕が開けた——。

オオサソリ:

かつて源ちゅらとの戦い敗れた神。

禍の神の手下で狂信的に従っており、ちゅらに負けたことが屈辱で今でも源氏の勇者を憎んでいる。

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