37話 鬼の都と真の実
「通れ」
昼の都の門を塞ぐように正面に立つ大柄の男は棍棒で地面を殴る。
殴られたところは少し凹む。気のせいか、この鬼の足元付近の土が凹んでいる。
私は顔を上げ鬼を見ると頭を下げる。
「ありがとうございます」
この一言を口にした後私たちは門を潜った。
————。
——吉備の都、窪三刀。
この町は糸麻と比べても引けを取らないほど大きく、安雲の都より栄えており、人が多く鍛冶屋が多いのか鉄を叩く音がそこら中から響き渡る。
しばらくあたりを見渡しているとチトセが耳元に近づく。
「マカ。ここに来たのはいいけど敵の本拠に行く訳じゃないよね?」
まぁ、それはそう。いきなり突っ込むなんて馬鹿なことをするつもりは無いし、むしろ情報収集をして牛鬼の居場所を突き止めたいだけだ。
「ねぇ、チトセ。情報収集ならどこが最適かな?」
「情報収集? いや、別にしなくても——」
私の言葉にチトセが口を開こうとするとナビィさんが食い気味に間に入ってきた。
「市場に行きましょう。ここは仮にも都で商人たちが行き交う場所が良いはずです」
「——なるほど。じゃ、市場に行きますか」
少しチトセが言いたげな顔をしているのに心が痛むけどここは我慢して欲しい。あとでやビィさんとチトセが仲良くなるきっかけになりそうなことでもしよう。
相変わらずの二人のギスギスとした空気に挟まれながら私は市場へと向かった。
————。
それから市場についた私は商人たちに声をかけると色々と話しかけたがなかなか教えてもらえず、言いくるめられてしまう。
「あの、すいません。牛鬼について聞きたいことがあるのですが」と声をかけると「牛鬼様? あぁ、お守りですか。お守りなら都の外れにあるものが一番御利益ありますよ」と言うようにだ。
私は市場の中央で頭を抱える。
「あの、ナビィさん」
「はい?」
私の声にナビィさんは振り返る。
「牛鬼ってナビィさんは知っているんですよね? どんな感じだったのですか?」
「——そうですね。一言で表すと火を司る神ですかね」
「火を司る?」
ナビィさんは両手を広げると大きな丸を描いた。
「えぇ、声を荒げるとおっきな火の玉となって剣が通らず苦戦しました。けど、サガノオが四方にある結界の要石に気づきこれらを破壊して倒したのです」
——確かにナビィさんの話では神のような術を使うようだ。けど、商人たちの口ぶりから様付けされている辺り昔はきちんとした神様だったような感じがしてならない。
そんな時チトセは難しそうな顔をするとナビィさんの耳に近づくと何かボソボソと言っていた。
ナビィさんは少し嫌がりながらも最後まで聞木、みるみるうちに顔を真っ赤にすると千歳から離れ、怒ることが不慣れなのか辿々しい喋り方でチトセを睨んだ。
「な、何を言うんですか! 私が、私が見た時には——」
「いや、本当なんだよ。牛鬼は確かに、なんだけど一面だけで見ない方がいいよ」
「——っ!」
ナビィさんは何か言いたげな顔をしながらもその後に続く言葉は口にしなかった。
「あの、ナビィさん一体……」
「——チトセがもしかすると牛鬼の子孫がいるかも知れないと……」
「——え?」
「子孫の場所も予測できているからとさっき言ったんですけど、見たことも聞いたこともないですよ」
チトセを見ると彼は首を縦に振った。
「ナビィ。相変わらずだけど僕が知っている人とは異なって君は一面だけを見過ぎだよ。まず商人や吉備の鬼たちが牛鬼を崇拝している時点で怪しまないとだめ。崇拝していると言うことは今吉備を治めているのが牛鬼に関連した一族と見た方がいい」
——チトセの言葉に私とナビィさんは口を閉じる。
ここまで予測できているんだったら先に言って欲しかった。
ナビィさんはまだ怒っているのか少し鼻息が荒い。
「あの、チトセ? それ言うのは早く言ってくれないかな? 私たちは仲間なんだし提案とかあったら早く言って欲しいよ」
「——仲間?」
チトセは少し涙を浮かべる。
「——あぁ、そうか仲間か。何年も一人だったから忘れてた。ごめん。いつ教えればいいのかわからなくて」
チトセは潔く謝った。
——そうか、ずっと一人祠にいたから人との交流を忘れてしまったんだ。
ナビィさんを見ると私と同じような反応で怒りを忘れたのか戸惑っておどおどとしている。
よし。
私はチトセを抱きしめる。
「あの、なんて言葉を投げかけたら良いのか分からないですけど、チトセは別に悪い神じゃないのは分かります。なのでこれからも知っていることがあれば教えてください」
チトセは少し安心したのか泣き止む。
「——胸柔らかい」
一瞬空気が凍る。
後ろでナビィさんが「斬ります?」と呟いたのは聞かなかったことにしよう。
それからチトセを話すとナビィさんは口を開く。
「では、宮殿に向かいますか? まず謁見すらままならないでしょう? キビの知り合いなんて居たとしても無理じゃないですか」
「やっぱりそうですよね、あの、チトセはそうするつもりで……」
「え、普通に侵入——」
ナビィさんは即座にチトセの口を塞ぐ。
あたりを見渡すと通行人たちがまるで私たちを不審者を見る目で見る。それから程なくして警備をしていた兵士が人混みをかき分けてぞろぞろとやってきた。
「そこの仮面を被った女の一団止まれぇ!」
あ、まずい。
「に、逃げましょう!」
私のこの声を合図に路地裏に逃げ込んだ。
————。
人通りの少ない道を選びながら路地裏を三人でかける。
後ろからは複数の甲冑を着た兵士たちの鉄道史が擦れ合う音が聞こえる。
「もう! チトセが大きな声を出すから!」
「ご、ごめん。僕落ち着きがなくてさ」
「それどころじゃない!」
走行していると前からも兵士が出てきた。
左右には逃げれる道がない!
私はその場で足を止める。
兵士たちは前に三人。後ろに五人の合計八人。
そのうちの一人の私と同い年ぐらいの鬼人と兵が前に出る。
「我が名は吉備王の嫡子、鬼備津鬼釜である! 女、その面を取らぬか!」
——嫡子か。
チトセを見ると「こいつ気絶させて連れ去ろう」ととんでもないことを言ってきた。
その言葉を無視して正面を抜くと前後の兵士がオヌガマと同じく剣を抜きこちらにぞろぞろと近づく。
「この仮面は火傷で爛れた醜い顔を隠しているのです。あなたたちはそこまで女子の醜い姿をして楽しみたいのですか?」
私の言葉にオヌガマは真剣な眼差しで鼻で笑った。
「その仮面を取らねば、まだ綺麗な女体までもが我が剣で切り刻まれ醜くなるぞ?」
——こいつは少しやばい人だ。
私も同じく剣を抜くとオヌガマの琴線に触れたのか額に血管が浮かんだ。
「き、貴様! 我が善意を無碍にするか!」
オヌガマはそう言うと配下の静止の声を無視して私目掛けて突っ込むと高く飛び上がると剣を振り下ろすが私も負けじとそれを受け止めると剣を持つ手が痺れるがひさで衝撃を吸収する。
「ふぅ、ふぅ!」
オヌガマは一旦後ろに下がると一撃、もう一撃と斬撃を浴びせるがそれを私は盾で受け流す。
次の瞬間足の力が急に抜け、頭が真っ白になると背中が地面にくっついた。
「あ——」
「よし、確保!」
「卑怯な!」
私は覆い被さろうとしてきたオヌガマの顔を蹴り上げるとオヌガマは舌を噛んだの悲痛な表情で口を抑える。
「はぐ、うぉえぇ」
オヌガマの口から火がぼとぼとと落ちており配下はそれに気づくとすぐに駆け寄った。
「オヌガマ様!」
「貴様よくも!」
主君が怪我をした報復で二人の兵士が私に視線を向けると霧かかってくる。
私はそれを交わすと峰打ちで二人の腹を殴ると気絶させた。
前を見ると兵士たちはオヌガマの手入れに追われている。
「逃げよう!」
「ふぁて、ひげるなぁ!」
私たち三人は後ろから聞こえるオヌガマの声を無視して薄暗い道の先に進んだ。
————。
あれから路地裏をだいぶ進み、大道路に出るとあの場にいたうちの一人の人間のお婆さんが宿で匿ってくれると良い、物置に案内してくれた。
私はお婆さんに頭を下げる。
「ありがとうございます。けど、どうしてですか?」
「——あぁ、それはお前さんがサガノオ様に見えたからだよ。髪も銀髪だし今ここでお助けしたら良いことがありそうだしねぇ」
「——は、はぁ」
「それに私も鬼には不満を持ってるんだよ。独立するとか言ってユダンダベアに刃向かうなんざ馬鹿じゃないのか」
「——」
お婆さんはそう呟くと物置から出て行った。
私はその場に座るとチトセが膝の上に乗ってきた。
「ナビィもマカも走らないといけないから大変だよね。僕は楽だけど」
「もう、変なこと言わないですよね?」
「言わない言わないさ」
そう簡単に言うけど次おかしなことをしたら見捨てよう。
ナビィさんを見るとかなり汗を流し息を荒くしていた。
「ここまで終われるなんて生まれて初めてです。けど、そんなことよりあのおばあさんの言葉予想通りでもありましたよね。みんな一枚岩じゃないと言うのは」
「えぇ、そうですね。なので少しは味方がいそうな気はしますけど外に出るのは……」
「まぁ、そうよね——」とチトセは口にすると閃いたかのように私を見た。
「今のマカ髪短いんだし男装すればいけそうじゃ無い? ねぇ、ナビィ?」
ナビィさんは嫌な顔をしながらも私を見ると手に顎を当てた。
「まぁ、後ろに髪をまとめても先は首元ぐらいなのでいけそうではありますね」
二人の言葉に困惑しているとちとせは笑みを浮かべる。
「ちょっと男の衣装を探そうよナビィ。ここは協力というわけで。現に僕たちは目立つ見た目ですぐにバレる」
「——そうですね。マカ様だけは顔を見られていないのでいけますね」
「あの、二人とも判断が早すぎでは?」
私はただこの二人の行動の速さに困惑しかできなかった——。
————。
それから三刻ほどが立ったのだろう、すでに夕飯時。
今私は二人によって髪を黒に染められた角子にされ、服は男物にされた。
胸は小さいからなんとかなるだろうとほったからしで触られたらバレそうで怖い。
二人は満足げな顔をする。
ナビィさんは袖で額を拭う。
「だいぶお似合いですね。まるで小切童子が大きくなった姿のようです」
「——あの、やめてください。恥ずかしいので」
そして不自然にはソワソワしているチトセを見る。
「さっきからなんですか?」
「ごめん、興奮してきた。でも安心して我慢はする」
チトセには後で叱っておこう。
私は慣れない男物で胸元がきつい。
「あの、ナビィさん。これ胸の盛り上がり見えていないですか? 結構きついですけど」
ナビィさんは目を細めるてしばらく見ると首を横に振った。
「まぁ、些細な程度なので触られない限りバレないでしょう。あ、念の為走れるようにさらしぐらいは巻いときます? 揺れますよね?」
「——最初からそうしてください」
————。
わちゃわちゃしながら着直したりするのを繰り返しているうちに夕飯の時間となった。
私は飛び跳ねたり腰を曲げる。
うん、動くことに関しては大丈夫そうだ。
するとナビィさんは私の前髪に触れると横に分けた。
「えっと、ナビィさん?」
「——あぁ、ごめんなさい。好きな男の人の顔にとても似ていたのでやっちゃいました。嫌なら戻してください」
「——いえ、別に良いですけど」
その時戸を叩く音が聞こえるとゆっくり広げ匿ってくれているお婆さんが夕飯を持って来てくれた。
夕飯は匿っていることをバレないように大き無い握りが三つに汁物と茹でた野菜を三人分をお盆に乗せている。
お婆さんはそれを私の前に置くとマジマジと見てきた。
「あらまぁ、あんた本当はお兄ちゃんだったんかい。お嬢ちゃんやと思ったわ……」
「いえ、あぁ……」
やばい、もしこの人が漏らしたら——。
「大丈夫だよお婆さん。この子男の子だけど可愛いからって女の子の服装を幼児の時からして来たからね」
チトセがケラケラと笑いながらホラを吹き始めた。
「だけど男物を着たいって言うから牛鬼の元に行く時だけ着ようかってなったんだよ!」
「そうかい! ——って、それうちの物置にあったやつよね?」
チトセは何事もなかったように私の後ろに隠れた。
おい、こいつと言いたい。
「あ、お婆さん、これには……」
「まぁ、良いよ。あんたらこの感じ訳ありだろ?」
「——え?」
お婆さんは「別にいいさ」と言うとゆっくり立ち上がった。
「あの、どうして怒らないのですか……」
「あんた、安雲の源氏様だろ? もしかしたら吉備を救ってくれるかもってこの老婆がただ希望を抱いているだけなんだ。気にしないでおくれよ」
お婆さんはただその一言だけいうと物置小屋から出て行った。
振り返ってチトセを見ると体をビクッと震わせると私の膝の上に乗る。
「よ、予想通りじゃ……無かったよ。本当に冷や汗かいた」
「チトセ様も変に嘘つかないでくださいよ。焦るから」
「へ、へへへ」
そんな会話を続けているとナビィさんが手を打ち鳴らした。
「では、早いところご飯にして寝ましょう。マカ様、寝る前少しだけお話ししても良いですか?」
「え、良いですけど」
私たち三人は明日に備えてご飯を食べ、チトセが寝たのに合わせて物置小屋の隅にナビィさんと共に移動して小声で話し始めた。
その時ナビィさんから驚きの言葉が聞こえた。
「——マカ様。チトセと私のことでもしかして悩んでます?」
さて、どう返答しようか。
これはナビィさんからすれば気を遣っての言葉なのはわかるけど、この後に言葉によっては色々と拗れそうで怖い。
ここは穏便にしよう。
「——え〜と、そこまでじゃ無いですけど。どうしたら仲良くなるのかなって考えてます」
「それ、悩んでいるって言うんですよ」
ナビィさんは申し訳なさそうな顔をする。
「けど、私とは彼のこと、絶対許しては行けないんです。本心からら絶対に」
「——その感じ、警戒じゃなくて何かあったんですよね? 嫌なら言わなくても良いのですけど」
「——」
ナビィさんはしばらく考えると胸元を指先で示す。
「あ」
私は首にかけてあるナビィさんが去年くれた勾玉を握った。
——そうか、私とチトセとの会話聞いていたんだ。
ナビィさんは私がチトセにされたことに怒っている。そう言うことだよね。
「——ナビィさん」
「——?」
私は言葉を選びながらゆっくり口にした。
「ナビィさん。私もチトセは許してはいないのですけど、許さないとダメなんです。私の大切な人は、大切なあの人なら絶対に後悔せず前に進むので。私も同じようにしないと……。なのでナビィさんもチトセとは仲良くしてください」
「——マカ様にとっても大切ですからね……その気持ちは」
ナビィさんは細く微笑むと私の方に頭を乗せた。
「すみません。この体勢で寝ても良いですか?」
「——良いですけど少しだけですよ。お尻痛くなるので」
不思議とどこか私は心の奥底が軽くなった気がした。
——————。
翌日、目を覚ますとナビィはすでに起きていたのか私に代わって身支度をしてくれていた。
そしてチトセは私の胸の上で眠っている。
体を起こし気持ち良さそうに眠っているチトセをゆっくり降ろすとナビィさんに近づいた。
「おはようございます。ナビィさん」
ナビィさんは一瞬体を震わせるとこちらを向いて会釈した。
「おはようございます。で、今日はどこを調べる感じで?」
「うーん。とりあえず……」
「オヌガマと接触した方が良いよ」
後ろから急に聞こえたチトセの声に驚き、振り返ると今さっき起きたのかチトセは触手で目をかいていた。
「——あ、嫡子だから国の中枢に入り込みやすいのか」
「そうだよ。昨日のは明らか事故だし、今男装しているからいけるはずだよ」
「分かりました。とりあえず街中歩くも何も……療養している気が」
——お見舞いという形で会いに行こう。
————。
そして荷物をまとめて物見櫓から出て宿の門に向かうとお婆さんが門の周りを掃除しており、私に気づくと「あぁ、おはよう」と言った。
「おはようございます。あ、そうだお婆さん。今から人に会うのですけど何を渡したら喜びそうですか?」
「おや、今から人に会うのかい?」
「えぇ、ですがこの国の定番がわからないんですよ」
「あーなるほどね……」
お婆さんはしばらく考えると閃いたかのように手を打ち鳴らす。
「そうだ。真実ならどうだい。薬になる果実でここいらじゃみんな重宝しているんだよ。あんたにはタダで一個あげるよ」
お婆さんはそういうと駆け足で宿に入り、しばらくして戻ってくると綺麗な布に包んで持って来てくれ、押し付けるように渡す。
「さぁ、行ってきな。気をつけるんだよ!」
「あ、ありがとうございます!」
私はお婆さんの言葉に背中を押されてオヌガマの在処を探りに向かった——。
——————。
マカがオヌガマの居場所を探しに行ったのに合わせ、狛村ではカグヤはカタベから話を聞いていた。
カタベは思い出しながら話す。
「そうだな。これは小さい頃のことなんだが、真実という果実の伝説があるのだ」
「真実?」
カグヤは聞きなれない名前に首を傾げるとカタベは面白そうに話す。
「そう面白く無いのだがな。ただ昔悪い鬼を見つけ払う為に古の大王の御子が使った話があるのだ。もし吉備にまだ悪い鬼がいれば真実で暴かれるかも知れぬな」
カタベは一人大笑いする中カグヤは一人考える。
もしかすれば真実が吉備にいる禍の神の手先である牛鬼に対して使えるのでは無いかと。
カグヤは少し良いことを思いついたと言わんばかりに笑みを浮かべるとその場から立ち上がった。
「おばあちゃんありがとう。マカの為に良い考えができた」
カタベはカグヤのその言葉に一瞬固まると微笑ましい顔で頷いた。
「ふむ、この老婆の話でなんとかなるのならありがたいものよ。長生きした甲斐があったわい」
カタベをよそにカグヤは勾玉を握りしめて屋敷から飛び出した——。
大切な人を守りたいマカをまた守りたい。そんな信念を持って。
裏話:
・真実
遠い昔、黄泉から溢れ出た穢れの者どもを清めた果実。
今は薬として用いられている。




