35話 新たな戦いの始まり
——第二部 禍の神編
戦後、三日三晩ホシビコさんと宗介さんが盛り上がった余り宴会が続き、気づけば島の民までも仕事を忘れているのか参加しては乱れに乱れている。
そして今晩も同じように乱れていた。
男衆は寒さを忘れて上半身裸となり、腹を太鼓のように叩いて踊り、女衆は笛を吹く
。
私は今日も宴会の外れにひっそりと酒をほんのわずかだけ口に入れた。
歓声が聞こえた方を見るとかぐやがみんなに舞を披露していた。
カグヤは恐らくイナメさんに教わったのかとても綺麗な舞だ。
そんな時人混みの中からユミタレさんが出てくると私の隣に座った。
「マカよ。早速だがお前は天人との戦いが終えたと考えるか?」
「——一旦は終えたものかと」
私の言葉が少し自分の考えと違ったのかユミタレさんは困った顔をする。
そしてユミタレさんは盃いっぱいに入った酒を飲み干す。
「我はそう思わぬ。星神の力で天地の結界は強まった。だが、禍の神はどうだ。結局月にいる。アハバも結局分からずじまいだ」
「——」
「マカよ。神州には多くの禍の式神を祀る祠がある。あそこには古の時代、数多に存在した禍の者どもを封じている。その一つでも封印が解けたら禍の神が地上に来るものと思った方がいい」
「——はい」
月の脅威は無くなったわけではない。ただ敗北が遅くなっただけと捉えることもできる。
だけど束の間の平和でも私は本来の自分を見つめ直したい。
————。
それから宴会が終わり一週間ほどかけて大王への報告事項をまとめて昼頃に出発し、翌日の朝に安雲都に帰還した。
街に着いた後はユミタレさんは糸麻にいる大王に報告に行くと分かれた。私は国造の元にツムグさんとカグヤ、ナビィさんと宗介さんたちを連れて向かった。
途中チホオオロさんがいる屋敷を通るから一度立ち寄って無事を知らせないと。
そして天河の屋敷に向かい到着すると門番の兵士が私と宗介さんを見て驚きの表情を浮かべた。
「これは宗介様方。よくぞご無事で」
「うむ。族長様はご無事かな?」
「えぇ、お変わりなく。あ、皆様方も中にお入りください」
私たちは兵士に屋敷の中に案内された。
そして大広間に着くと慌てた様子でチホオオロさんが入り、私と目が合うと安堵の息を漏らすと冷静を装うと上座に座った。
「宗介もマカも皆無事で何よりです。カグヤさんもナビィさんも慣れない旅でお疲れでしょう?」
「うん。疲れた」とカグヤがタメ口を言う。
しかしチホオオロさんは以前とは違い無礼な態度には不満を出さず少し呆れた表情をするだけだった。
「では本日はこちらにお休みになられる感じで?」
「はい。大変厚かましいのが存じていますが」
「マカ。もう私たちの関係はよそよそしくしなくても良いと言ったでしょ? では皆様も今日はこちらでお寛ぎください。宗介とマカとナビィさんは少し残ってくださいますか?」
まさかのカグヤは仲間外れにされた事に驚き、ツムグさんは眼中に入れられなかったことに哀愁を漂わせる。
二人には申し訳ないけど……と言いたいけどツムグさんが可哀想だな。
「あのチホオオロ。ツムグさんも労ってあげてくれる? 元気な象徴の赤い髪が血涙みたく見えるから」
チホオオロは私の言葉に少し考えるとツムグさんに視線を向けた。
「ツムグさん?」
「は、はい!」
「——あなたも残ってください」
「——え?」
「何しれぬ神と交流している時点で確認したいことがあるので」
ツムグさんは素直に返事をした。
————。
それからカグヤが拗ねた顔で「じゃ温かいものでもお願いしてくる」と口にして大広間から出て行った後、早速チホオオロさんが口を開いた。
「とりあえず皆様お疲れ様です。では早速ですがマカ様。チトセという神について私も調べたのですが——」
チホオオロさんはそう言葉を止めるとツムグさんを見る。
「チトセという神はあまりにも情報が少なすぎます。なのでツムグさん。説明してください」
「——何からいえば良いんだ」
ツムグさんはそう呟きながらも言葉を選んでいるのか腕を組んで考える。
「そうですね。まず神様は遠回しに説明するのが嫌いなのでわかりやすく端的に物事を話します。何者かと言われたら困るんですけどこの間聞いた時は昔お痛がすぎて封印されたって言ってました」
「——封印ですか。マカ様は祠に入れたのですよね?」
「はい。入れました」
そしてしばらくチホオオロさんは少し俯いて考える。
アハバが消えた件も話さないといけないけどチトセのことも大事だ。
にしても世の中には私の知らないことがゴロゴロとしすぎている。
チホオオロさんは顔を上げると宗介さんをみた。
「宗介。ひとまずチトセのことは後回しにした方がいいですよね?」
「えぇ、チトセはお二人の反応を見るに害はないように思えます。事実、今回天人を星神の元に誘き寄せたのはその神なので」
宗介さんの言葉にチホオオロさんは安心すると私に向き直る。
「ではマカ。改めて今回起きたことをまたご説明できますか?」
————。
それからしばらくチホオオロさんに報告する。
予想通りチホオオロさんはどこか腑に落ちない表情をする。
「アハバ。逃げられましたか」
「はい。あとアタベも異形の姿となって消えました。——最後に、意味深な言葉を残して」
先ほどまで静かだったナビィさんも同じことを思ったのか頷く。
「ワタシも少しばかり疑念を抱いていましたが、月は禍の神に毒されていると思って違いありません。せっかく作った結界ですが国内に禍の神が生み出した式神を封印している祠がある以上いつ崩されてもおかしくはありません」
——ユミタレさんも同じことを話していたな。
そしてチホオオロさんは手を打ち鳴らすとスッと立ち上がった。
「ひとまず。国造様に報告しましょう。報告は顔を出したマカと宗介が向かってください」
「「はい」」
私は宗介さんと共に国造の屋敷へと向かった。
——。
私と宗介さんは夕方になってようやく国造の屋敷から出た。
国造にはチホオオロさんに伝えたことと同じことを説明するとやはり遠い祖先が同じなだけあって同じことを聞いたりしてきた。
宗介さんは何かした警戒している顔をする。
「宗介さんどうかしましたか?」
「いえ、少しばかり禍の神に関してそれっぽいことが昔あったような気がするのです」
「——その昔って何年ぐらいまでのことで?」
「二十年前ですな。チホサコマ様と吉備との戦いに向かったその時です」
それから宗介さんが話し始めた。
今から二十年ほど前に吉備国がユダンダベアからの独立を急に宣言し、鬼加部秦貞という鬼人が旧王族を続滅し新王となった。
戦い自体は吉備大敗だったらしく、旧王家が行方知らずとなったことから仕方なく新王を指すがいしその弟を封じたという。
——初めて知ったけど吉備は鬼人の国だったのか。
宗介さんは思い出しながらも切ない表情を浮かべた。
「実は吉備は六十年前にも反乱を起こしたらしく、その時にかつては人の国であった吉備はあれ以来鬼人の国となったのです。父から聞くに当時の王家は皆殺しにされ、唯一生き延びた姫は行方知らず」
「——その反乱が来たとき当時の大王は何もしなかったのですか?」
「聞いた話では吉備乱の原因が飢饉の不始末だったようで、当時の大王はそれを察して許したみたいなのです」
——施策の失敗。それならわかりはするけどどこか禍の神と関係があるのかがさっぱりだ。
宗介さんも私の反応を察して「あぁ、禍の神との関連ですな」と言った。
「実は源ちゅらの時代に吉備の山奥に牛鬼と言う禍の神の僕が住んでいたようで、彼のことを鬼人は祖神と今でも祀っているのです。なのでふと思えば禍の神の僕を祀る一族が怪しいと思うのです」
「——確かにそれはちょっと気になりますね。わざわざ禍の神の手先を祖神と呼ぶなんて……」
「けどマカ様。これはあくまで噂話程度ですので詳しくは分かりませぬ」
宗介さんのその言葉で吉備の話題は打ち切られた。
もし今行方知らずの吉備姫君が生きていたら聞けるのに。
————。
しばらく歩き、天河の屋敷に着くと中に入った。宗介さんは先に休みますと口にし自身の部屋に向かう。
私もヘロヘロだから寝よう。
そして今を通り過ぎようとした時チホオオロさんの声とカグヤの声が聞こえた。
——あの二人がつるんでいるなんて珍しい。
ほんの少しだけとを開けて中を覗き込むとどうやらチホオオロさんにカグヤが舞を拾いしていたようだ。
カグヤはまるで波に乗る海鳥のような滑らかな動きで舞いながら歌を歌い、それを目にしてかチホオオロさんは族長としてではなく年頃の少女のような憧れの目を向けていた。
——仲良さそうで良かった。
そして中からチホオオロさんの声が聞こえる。
「とても素晴らしいですカグヤ様。もう一度よろしくて?」
「——もう百回目だよ? 流石に他のをさせて欲しい」
「そうですか……なら、最後はカグヤ様のお気に入りで」
「——うん、分かった」
その時カグヤの歌声が耳に入った。
「吉備山から鬼さんが降りて〜」
——吉備?
私は戸に耳をくっ付けて歌を聞く。
「武者西へと姫連れて落ち〜。やぁやぁ鬼さん都にこんにちわ〜」
——民謡? いや、民謡にしては直近の思い出話を歌っているようでしかない。
「鬼さん新王となる〜。あぁ、あぁ姫さん安雲に〜。偽りいつぞや暴かれる。姫こそ誠の吉備王だ」
——いやこれ絶対百年以内の話だ。まんま宗介さんの話と一緒だ!
私は高ぶる気持ちを抑えて息を飲むとゆっくりとを開けて中に入った。
チホオオロさんとカグヤは驚いた顔でこちらを見る。
ここは言葉を選ぼう。
「あ、すいません。てっきりカグヤが一人で歌っているばかりに……」
「いえ、気にしないでください。とてもいいものを見せてもらいましたので」
チホオオロさんの言葉に少し安心する。するとカグヤが私に自慢げな顔を向ける。
「この歌。絶対マカも知らないから」
「へぇ、誰から教わったの?」
「カタベのおばあちゃん。ずっと歌っていたのを聞いて真似ただけだけど」
——カタベさん。あぁ、狛村で小さい頃の私とか直近ではカグヤの面倒を見ていてくれた人だ。
そういえば天人との戦いで一度も顔を出せていないな。
——いや、なんでカタベさんその歌を歌っているの?
私の疑問にカグヤはスッと立ち上がった。
「あの人結構上品でしょ? 気になって聞いたら吉備姫様のことを知っているみたいでたくさん教えてもらったの」
するとチヒオオロさんはくすくす笑う。
「けど面白い話ですね。吉備はずいぶん前から人を入れるのを制限しているのに姫のことや内情に詳しいなんて」
——確かに小さい頃からカタベさんは上品でイナメさんも姫としての作法はあの人に聞いた方が一番と太鼓判を推していたぐらいで、イナメさん自身の作法もカタベさんから教わったらしい。
——これ、カタベさんが姫なのでは?
「マカ?」
「あぁ、ごめんごめん」
カグヤの言葉に我に返る。
「カグヤ。カタベさんについて何か知っていることある?」
「何も知らないよ? まずおばあちゃん何にも昔のこと教えてくれないし。教えてくれるのはイナメお婆ちゃんの話だけ」
なるほど。カグヤの性格上人の心にズカズカと踏み入れるわけないか。
チホオオロさんはだいぶ満足したのかゆっくり立ち上がった。
「マカの感じを見るに、報告は難なくでしたね?」
「えぇ、まぁ」
「では寂しいですけどもう旅は終了ですか?」
——なるほど。そういう見方もできるのか。
少なくとも大王が動いてくれたおかげで私が旅をする理由は消えた。
私がするのはただただいつ来るのかわからない天人に対しての備えだけ。
だけど宗介さんやユミタレさんが話してくれたように地上に禍の神がいる限り安心はできない。
「旅は……終われないです。まだ各地に禍の神の手先が封じられています。それをなんとかしない限り結界が安全という保証はありません」
私の言葉にチホオオロさんは予想通りだったのかくすくす笑うと意外なことにカグヤに言葉を投げる。
「カグヤさん。予想通りですね」
「うん。マカは私のためなら徹底的にするから私そっちのけで禍の神を倒すって思ってた」
——これは褒められているのかそれとも怒られているのかどっちなんだろう。
しかしカグヤはもう諦めているのか優しい笑顔で私に顔を向ける。
「マカ。私はもう一人でも大丈夫だから。私のためだけじゃなくて、この国の人たちのためにも頑張って。もちろん微量ながら私も協力する。私はもう誰も私のせいで死んでほしくないの」
カグヤは私の両手を握ると胸に顔を埋めた。
「みんな、みんな私の大好きなお友達。誰一人死んでほしくない。もうマカは一人じゃないから。私のお友達は、マカのお友達だよ」
カグヤの言葉に私の胸は暖かくなる。これはカグヤの吐息か涙のせいでもなく。純粋に私の心だ。
私はカグヤの頭を優しく撫でる。
「分かった。決心させてくれてありがとう」
そして私はチホオオロさんを見る。
チホオオロさんもゆっくり頷いた。
「私は族長の身で動けませんが。ご武運を祈っていますよ。貴女は唯一私が気軽に話せる友人ですから」
——————
私はあの後カグヤとツムグさんとナビィさん、そして小切童子を連れて狛村に帰還した。
チホオオロさんのあの言葉に私は胸を打たれた。
そしてカグヤの言葉にも。
あの後ツムグさんとナビィさん、そして小切童子や宗介さんと言ったあの場にいた関係者全員に話した。
次はイナメさんたちにか。
私たちは門を潜り、ちょうど門番をしていた村一番の鍛冶屋であるゲンさんにみんなを徳田神社に集めて欲しいとお願いした。
そして徳田神社に着くとイナメさんが私に元に来た。
「あぁ、マカか」と呟くと私の体を隅々まで見た。
「マカもカグヤもナビィも。そして小切童子も皆怪我をしていないようで何よりだ」
「イナメさんも無事そうで何よりです。あの、話したいことが——」
「今日は寒い。中で話そう」
私は流れるように徳田神社の中に入れられた。
——
徳田神社の中に入り、私たちは囲炉裏を通うようにして座る。
中にいたのかタキモトさんもおり、全員が座ったあたりでイナメさんが話し始めた。
「マカよ。その様子だと天人との大事がひと段落したのか?」
「——一先ずはですけど。けど問題は山積みです」
イナメさんは「そうか」と口にした。
その時ツムグさんがくしゃみをした。
「——あの、ボク今発言しても大丈夫?」
「構わんぞ」
イナメさんの言葉にツムグさんは冷や汗を流しながら話す。
「今神様からの言葉——チトセからの言葉なんだけど。今、向かっているってどういうこと? え、もう前!?」
ツムグさんが急に大声を出したのと同時に室内に冷風が吹き荒れ気付けばタキモトさんと同じように剣を抜いて立ち上がっていた。
そして部屋中にチトセの中性的な笑い声が響き渡った。
「わははは! ボクはもう封印から解き放たれた!」
私含めて全員が囲炉裏に視線を移すと炎に体をくっつけて暖まっているチトセがいた。
チトセはクスクス笑うと私に視線を向けつつもツムグさんに声を掛けた。
「ツムグ。この姿では初めてだね。マカの誘導には感謝するよ」
ツムグさんは徳善のことで目をパチパチさせている。
その時意外なことに小切童子がチトセに視線を合わせた。
「えーと。チトセ様ですか?」
「ほーう。可愛らしい子供だね。うん。ボクがチトセさ。ボクは子供大好きだから君とは仲良くなれそうだ」
「いや、某はもう十二なので近く大人です」
「良いの良いの。長生きした身から見ればみんな子供だよ!」
チトセは楽しそうにふんふん歌を口ずさむと小切童子を気に入ったのか頭の上に乗ると満足げに私たちを見下ろした。
「——で、結界は良くできました。だけど、アハバは倒しそびれた。アイツって結界を破れるんだよ?」
「——え?」
「だからマカ。今度はボクがお供するよ」
チトセの言葉にイナメさんは眉毛を動かす。そして何かに気づいたのかゆっくり私に視線を向けた。
「——マカよ。まだ旅は終わっとらんのだな」
「——はい。けど。チトセ。ひょっとして禍の手先の調査で間違いない?」
「——ふふん。なら話が早いよ」
チトセは満足げな顔をする。しかし、それに反してナビィさんはチトセを睨んでいる。
「あの、チトセ様。あなたは天地神の怒りを買って封じられていましたよね? 天河村のセリさんから聞きました」
「———」
チトセは何も答えないが思い出したくないのか視線を逸らす。
けど正直ナビィさんが思っているほどチトセから悪意は感じない。
ナビィさんもそのことは分かっているのだろうけど何かしらが原因で警戒している。
その時タキモトさんはナビィさんとチトセを見る。
「ならナビィよ。お前もついていくのだ。マカとナビィとチトセの三人でな」
「——それなら大丈夫です。チトセ様には良い噂と悪い噂が錯綜していますので」
ナビィさんの目は今までに見たことがない憎悪がこもったものだった。




