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最後通告 天女の調べ  作者: 皐月
4章 星神

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33/57

33話 天津翁

 地上から聞こえる聞き馴染みのない不愉快極まりない音の主にバレないよう洞穴の奥で息を潜める。

 昼過ぎ、ナビィさんと祠にきて少し話をした瞬間に全身を鉄で覆われたまるでエイのような形をした巨大かつ異形の鳥の襲撃を受けた。

 何とか命からがら逃げてきたけどナビィさんも私も身体中に火傷を覆い傷だらけで拭きも焦げて一部黒くなっている。

 

 ——突如のとして襲い掛かってきた天からの刺客。あの地上のものとは思えない空に浮かぶ鉄の鳥は見ただけでも私には敵わないのが認めたくはないけど分かる。


 ナビィさんは私の右腕を掴み小刻みに少し震えていた。

 

 「ナビィさん。あれについて何か知っていますか?」


 「——す、少しだけなら」


 ナビィさんは声が漏れないように小声で私の耳元で喋った。


 「昔、誰から聞いたのかはあやふやなのですが、天津翁アメノツオキナと言う天地が争った際に双方を仲介する者がいる聞きました。その話に出てきた姿見が完全に一致していたのでつい腰が抜けました……」


 「津翁——」


 なら天人の仲間ではないのか?


 私は手に握る剣を見る。

 この剣にも津翁は宿っている。もし言葉を介する事ができるのならそうしたい……。

 そう考えていると天津翁アメノツオキナから出る音がちょうど私たちが潜んでいる洞穴の前で止まる。


 私は息を飲む。


 するとその時穴の外からホシビコさんの大きな声が聞こえ、その声は洞穴の中に響き渡る。


 「名もなき主よ! 静まりたまえ!」


 天津翁アメノツオキナはまた奇妙な音を出し始める。

 ナビィさんは私の着物の裾を少し引っ張る。


 「マカさん。このままではホシビコ様が危険です。すぐに助けにいってください!」


 「——そうですね。ここで見捨てる訳にはいかないので!」


 ナビィさんと意見が偶然一致した。

 岩陰から飛び出し穴の外を見ると天津翁アメノツオキナがホシビコの方をみて火球を生み出そうとしていた。

 対してホシビコはただ両手に四角い鏡の盾を持っているだけて、その鏡は火球によって赤く輝いていた。


 すると私が握っている剣が急に輝き始めた。そして、私の頭の中に少年の声が響き渡る。


 『僕を……彼に近づけて』


 ——彼って誰?


 私は天津翁アメノツオキナを見る。

 なるほど、こいつか。


 気づけば火球は大きくなり、あたり一面が熱く白化粧はすでに溶けて地面がぬかるんでいる。ホシビコは私に気づくと目配せをする。

 

 彼は私に逃げろと言っているのだろうけどこのままでは死ぬのは彼一人。せっかくの協力者を失うなんて許せるわけがない。

 剣を強く握り天津翁アメノツオキナに向かって走り出す。


 その時一瞬「ばか——っ!」とホシビコの声が聞こえたが無視する。

 予想通り天津翁アメノツオキナは私に気づくと体をクルリと一回転して振り返ると火球を凝縮し、熱線として解き放った。


 私は剣を強く握り熱線を刃に当て振り切ると爆音と共に熱線はおればがったような軌道を描き跳ね返ると天津翁アメノツオキナの脳天に勢いよく当たり、ボコッと穴があいて黒緑の液体が穴から流れ出る。


 ホシビコはこの光景に唖然とみているだけだ。


 「ホシビコさん! 早く逃げて!」


 私の声が聞こえたのか彼は腰に携えていた剣を引き抜くとこちらに向かって剣を振る。


 「——っ! こいつどうにも出来なそうだ、とりあえず皆を避難させる! お前も今のうちに逃げろ!」


 「分かりました!」


 私の言葉にホシビコさんは頷くとこの場から離れる。

 ごめんなさい、こいつは仕留めれなくとも何とかしないと。


 天津翁アメノツオキナに視線を送ると傷口が白く輝き、目も光を取り戻そうとしていた。

 

 ——早くしないと!


 私は天津翁アメノツオキナに近づくと傷口に剣を突き刺した。

 すると剣は白く輝き、その光は天津翁アメノツオキナの体をしばらく覆った。そして光を失うと天津翁アメノツオキナが動き出す。


 私は剣を抜き降りると天津翁アメノツオキナは私を見下ろすだけで敵意がなくなっていた。


 その時、天河津翁とは異なる、少女の声が頭に響いた。


 『お前、敵じゃない。承知した』


 「——これは君の声?」


 『日の神と月の神より天地の結界を守るよう指令を受けて遥か先の今、それが破られた。そこで確認したところ月の神よりお前が原因と報告を受けて排除しようとした』


 「——わ、私ではありません! 月が禍の神に手に落ちている可能性があり、それが地上に広がるのを防ごうとしているだけです!」


 『ほう、なら月の神が禍の神によって抹殺されていると? もしそうであれば一大事で、嘘であれば?』


 天津翁アメノツオキナはそう私に圧をかける。

 嘘なんかじゃない。月の神が死んでいるとは思わない。だけどそう思わないといけないほど月からの攻撃が頻発しているんだ。


 「もし、嘘であれば今その手で私を殺してください」


 『——』


 私の声に天津翁アメノツオキナは反応しない。すると口元からまるで針金虫のようにうねうねした触手を伸ばすと私の頭に触れた。


 『分かった。その言葉信じよう。だが、これだけは理解して欲しい。遠い未来、私の目に映る光景には平穏などない。あるのは深淵の絶望のみ』


 次の瞬間頭痛が走り、見覚えのない光景が頭の中に広が李、意識を失った——。


 ————。

 ——————。


 気がつくと知らない場所。

 そこは壁と天井が白い石でできており、床は灰色の石で作られ一見するとただの一本道の洞窟のようだが私が知っているのとはかなり違う。天井にぶら下がっている光る石が点滅し、床には透明な石の破片や異臭を放つ肉塊が辺りに散乱し、見慣れない漆黒の甲冑を身に包んだ武者たちの死屍が唯一の一本道を塞いでいた。


 そんな時後ろからコツコツと乾いた足音が聞こえ振り返るとまるで土で作られたかのような奇妙な文様が描かれた甲冑を身に包んだかがらな武者が私をじっと見ている。

 腰には剣はなく、ただ見慣れない筒を抱えているだけ。

 じっと観察していると武者は聞き馴染みのある少女の声を発した。


 『——誰?』


 「——!?」


 その武者の声は私の声にかなり似ている。その時、一瞬だけその武者の目元が見えた。


 その目は源氏の勇者の象徴である——赤い目だった。


 ——そうか、ここが天津翁アメノツオキナの言っていた遠い果ての世界か。それにしてもあの様子だと何かしらのものと戦っているように映った——。


 そして再び私は意識を失った。


 ——————。


 遠い未来。 

 その未来でも平穏などなかった。だけど、あれは別に天人との戦いでない可能性もある。

 いや、別に考えないことにしよう。


 ————マカ様!


 あの様子だと百年、数百年ではなく何千年も先の未来に違いない。


 ——マカ!


 幾千年後の小さな武者よ。もし君が戦っている原因が私であれば申し訳ない。

 だけど私は大切な人を助けるためにやらなければならない。


 ——マカ! ねぇ、マカ!


 えっと、さっきから声が聞こえるんだけど——あ、私を呼んでいるのか。


 その声に反応した瞬間全身に痛みが走り、痛みと共に頭が覚醒して目が開いた。

 最初は眩しく真っ白だった世界がはっきりと映っていき徐々に、徐々に元通りになる。


 痛む体を起こすとナビィさん、カグヤ、ツムグさんにホシビコさんなど天人に関わってきた面々が私を囲んでいた。

 ナビィさんは私と視線が合うと安堵の息を漏らした。


 「マカ様。洞穴の外で悲鳴が聞こえたかと思えば目を白くして倒れていたのでびっくりしましたよ」


 ナビィさんに続いてカグヤも口を開いた。


 「本当にそうだよマカ。ナビィが全身傷だらけになったマカを泥だらけになって運んできてくれたの」


 「あ。ナビィさん。ありがとうございます」


 それから私が起きるまで何があったのかをホシビコさんに教えてもらった。

 どうやら私は丸一日眠っていたようで、昨日昼過ぎにナビィさんが背負ってここまで運んだあとにホシビコさんが色々と古文書から天人に対抗できる手段を見つけ、準備をしてくれていたようだ。


 ——ん? そう言えば鏡でできた盾は何だったんだろう。


 私は痛む体をカグヤに起こしてもらうとホシビコさんを見る。


 「あの、昨日持っていた鏡の盾は?」


 「む? あぁ、あれは昔星神が妖怪退治に使ったという鏡でな、昨日の爆音を聞いて古の大妖怪が復活したのかと思って持ってきたんだ」


 「へぇ……」


 なるほど。あれは妖怪退治用か。

 であれば納得できる。


 そんな時ユミタレは気になっていたのかホシビコさんに声を掛けた。


 「ホシビコ殿。聞きたいのだがあの鏡の盾は大妖怪との戦いに用いたとあるが……その妖怪とは?」


 「ふむ、詳しくは知らぬのですが元は天地の境を守る神が月があまりにも強すぎるからと追い払うために授けた鏡と言われてた故、日に弱い妖怪に日の光を当てようと東果てからこの島まで鏡の盾を民の力を合わせて並べて退治したのです」


 「「——ん?」」


 ホシビコさん以外の全員の疑問の声が重なる。お互い顔を見合わせると同じことに気付いたのか目配せする。

 その光景にホシビコさんは困惑しているのかアタフタしてとりあえず目についた私に指をさした。


 「ど、どうしたのだマカよ。皆もまるで何を言っているんだと言わんばかりの顔を浮かべて……」


 カグヤは私の背中を叩く。普通に痛い。

よし、言うか。


 「あの、ホシビコ様。月に対抗する鏡と言いましたよね?」


 試しに聞くところから始める。聞き間違いだったら申し訳ないし。

 するとホシビコさんも気付いたのかその場から冷や汗を流しながら立ち上がると赤面した。


 「すまぬ! 気づかなかった!」


 ホシビコさんは根は本当にいい人であることがこことぞばかり伝わった。


 ————。


 それからホシビコさんは私兵を動員して鏡の盾が大量に納められている祠に向かい、私以外も戦の支度を始めた中ただ一人、私だけは屋敷の一室で安静するよう命じられた。

 カグヤは私の隣に座り包帯を変えてくれる。


 「だけど今回の傷はまだマシで良かった」


 「そう? いつものカグヤなら無理をしないでって言いそうだけど」


 「——だってマカは必ずと言って良いほど怪我をしてるもん」


 「あぁ、そうね」


 カグヤは手早く包帯を付け替えると汗を拭った。すると急にカグヤは涙を流し始めた。


 「え、あ、カグヤ?」


 「ひぐっ、えぐっ……」


 カグヤが泣くところは初めて見た……いや、そんなことはどうだって良い!

 私は痛む体を起こしカグヤを抱きしめた。

 するとカグヤは苦しそうに言葉を発していった。


 「もう嫌だ、私のせいで誰かが死んでいくのは嫌だ……。私のせいで、私のせいでまたたくさんの人が死んじゃう!」


 ——あぁ、そうか。そう言えば私はカグヤのことを守るばかり考えて彼女の気持ちについては何一つ考えていなかった。

 そう、だよね。カグヤからすれば自分のせいで人が死んでいるようにしか映らない。


 カグヤは続けて話す。


 「怪我をした人もみんな助けたいと思って治療しているのに、バタバタと死んでいく。どうして、どうして救いたいのに人は死んでいくの!」


 「カグヤ……」


 「私は死んでほしくないのに、死んでほしくないのにどうして戦って死ぬの!」


 「落ち着いてカグヤ」


 「——っ!?」


 私はカグヤを抱きしめる力を強くする。


 「うん、辛かったよね。怖かったよね」


 そしてゆっくりとカグヤの頭を撫でる。カグヤは落ち着いたのか目から涙をポロポロと流し大きな声を出して泣き喚いた。

 不思議とこのカグヤを見るとテレイルの言葉が頭に響く。


 ——地上の穢れ。


 月はもしかしたら地上と違い死の概念が存在しないのだろう。そしてカグヤも月に入れば死による悲しみに遭遇することも無かった。

 だけどカグヤ。君が今どう思っているのかは深くは聞かない。だけど、人は死によって強くなる。大切な人の死で人は強くなるの。


 私はそう心に念じてカグヤの背中を優しく撫でた。


 ————。


 夕暮れと共にカグヤは私の体の上で眠りについた。

 夕日が寝室に指して少し眩しいけど仕方がない。


 私はカグヤを隣に寝かせ、着物を上から掛けてあげるとちょうど寝室にナビィさんが入ってきた。


 「あ、マカ様。起こしてしまいましたか?」


 「いえ、大丈夫ですよ」


 ナビィさんは「なら良かったです」と声に出して私の近くに座ると涙袋が晴れたカグヤを見てやれやれと言った様子で頭を撫でた。


 「もしやマカ様にも泣きじゃくりましたか」


 「——以前にもあったんですか?」


 「えぇ、とても。この子、本当に優しい子なんですね。天河の兵士たちのお墓に毎朝行って祈りを捧げていたんですよ。そしてその度にワタシに抱きついて涙を流していたのです」


 「そう……だったんですか」


 カグヤは寝返りを打って私に抱きつく。

 ——そう、だよね。カグヤはまだ子供なんだ。見た目と違って幼い子だ。


 「あの、ナビィさん。カグヤをありがとうございます」


 「いえ、気にしないでください。あと、近々月からの群が来るはずです」


 「——どうしてですか?」


 「島が突如として深い霧に囲まれ、海に見慣れない巨大な女の上半身が確認されました」


 「巨大な女……天人が放った怪物!」


 「——えぇ、とりあえずマカ様は怪我を治すことを優先してください。明日より本格的に敵の襲来に備えて陣を作ります」


 「——宗介さんに来てもらえて良かったです」


 「えぇ、私もです。歴戦の大将がいるだけでも心強いですね」


 ————宗介さん。もし私の怪我が治る前に天人が来たらお願いします。


 ——————。

 ——。


 夜、小尾島オビノシマを湿雪が包む国に一人の人狼の大男、天河宗介アマカワノソウスケとホシビコは肝の隙間から見える月を睨む。

 ホシビコはゴワゴワとした長い髪を風に揺らされながら白い息を吐く。


 「で、宗介殿。天人はいかにして地上に攻めてこられましたかな?」


 「天人は雲に乗ってきまする。それ故、異族来襲とは異なった戦い方が必須です」


 「ほう、例えば?」


 ホシビコの声に宗介は月に指を差す。


 「とりあえず弓を使うのが良いのですが、彼らもまた使ってきます。そこでまず鏡の盾を使って錯乱しながら撃退していくのが最も適しております。万が一知事雨に降りた場合は取り囲んで矛で突き刺すのが一番です。奴らは降りた瞬間が一番無防備ですので」


 「ほう、流石は二度も戦った武者だ。かなり納得できる作戦よ」


 「それはありがたきお言葉です」


 宗介はホシビコにお辞儀する。

 湿雪の雪は冷たく手に当れば痛いが戦で剣と剣をぶつけ合う戦場と比べれば蚊に刺された程度だと宗介は心の奥で決意した。

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