28話 伝説の山
天河村から私はナビィさんと共に海養の里に移動し、チホオオロさんたちは大音部の里に残った。
里から出発する前にチホサコマさんからはカグヤのことについては保留と口止めされている。
理由は恐らくカグヤのことがわからない今、怒りの矛先となってしまうのを避けるためだろう。
そしてナビィさんと共に山を降りて昼過ぎになった頃に海養の里に到着した。里に到着すると見知った顔の門番が私に向かって手を振った。
「おぉー! マカ様大丈夫でしたか!?」
「怪我はないですけど天河村が大変なことになっているんです! もしかすると村の人の避難をお願いするかもしれません!」
「分かりました! ではカブカセ様や村のものどもに伝えておきます!」
「ありがとうございます!」
門番の一人は隣の人に伝えた後村の中へと入っていった。
隣に立つナビィさんをみると少し微笑んでいる。
「マカ様、マカ様は旅で多くの人と出会うのは苦痛ですか?」
「いえ、別に。むしろ自分の世界が狭かっただけというだけです」
ナビィさんは私の言葉を聞いてか少し寂しそうな顔をする。
「その人を覚えてくれる人は百年経てば消え、語り継ぐのは山奥の妖だけ。マカ様はもし禍の神と戦い、そのことの顛末が後世に残らなかったらどう思いますか?」
「——別に構いませんよ」
ナビィさんは少し驚いた顔をする。
——だって私は世界の為やみんなの為で天人と戦っているわけじゃない。
——私はただ……。
「カグヤやみんなが無事。それだけで良いんです」
これが私の出した答えだ。
————
それから村の中に入り、カブカセさんに先に顔を見せると心配していたのか嬉しそうにご馳走を出してくれた。
私たちはありがたくそれを包むとカグヤとツムグさんを泊めてある屋敷に向かい、到着して中に入ると囲炉裏にカグヤとツムグさんが体を寄せあって温まっていた。
カグヤは私に気づくと顔をこちらに向けて微笑んだ。
「マカ、大丈夫だった?」
カグヤは立ち上がると私に駆け寄り体を隅々まで見て次はナビィを見る。
「ナビィも大丈夫?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
気づけばツムグさんもそばに来ており安堵の顔をすると呆れた顔に変わる。
「その感じ、また何かあったかな?」
「あ、そうでした——」
私はツムグさんとカグヤに甘皮村の現状について説明をする。
もちろん、カグヤの話は避けて。
そして少しツムグさんは考えると頭を抱えた。
「う〜ん。なるほど。禍の神、禍の神か……」
ナビィさんは戸惑いながらも頬を掻く。
「とりあえずその、今まで黙って申し訳ございません」
ナビィさんは改めて二人にも謝罪した。
カグヤは気にした様子ではなかったけど、ツムグさんが一人だけ頭を抱えてうめき声を出している。
「あの、ツムグさん?」
「ま、マカ? この辺りに住む神って詳しい?」
「え? あまり知らないけど」
「——だよね。なるほど。じゃ僕が案内するよ。神様はやめてって言っているけどね?」
「えっと、待ってどういうこと?」
ツムグさんは荷物を肩に掛けると振り返って嬉しそうに笑う。
「僕がいつも話している神様、荒波山に封じられているみたいだし。一緒に行くよ」
ツムグさんは額から冷や汗を流しながら声を震わせていた。
——————
翌日の朝、雪が溶けてぬかるんだ道を女四人で歩く。
私とカグヤ、ナビィさんは慣れたように歩く代わりにツムグさんは息を乱しながらカグヤに引っ張られながら歩いている。
カグヤはツムグさんを心配そうに見ながらゆっくり歩いた。
「ツムグ。無理はしなくても大丈夫だよ?」
「いや、流石に年下の子に無理はさせたくないから歩くよ」
「そんなこと言って倒れたら笑えない」
「本当大丈夫だって」
ツムグさんは鼻を啜りながら歩く。
ナビィさんはそんな後ろの声を聞いて微笑む。
「良いですね。複数人での旅は」
「ナビィさんも二人だったんですよね?」
「えぇ、ですが女子だけでの旅は初めてです。あ、いえ。マカ様は男勝りなので——」
「女です。ただ旅慣れした」
「ふふふっ」とナビィさんは面白おかしく笑う。
そんなくだらないことをしながら雪山をいくつか超えて二日かけてようやく狛村に帰ってきた。
狛村に着くとたまたま門番をしていたのかヤトノスケガ門の前におり、私たちに気づくと大きく手を振った。
「あぁ! カグヤとマカとそれからナビィさん! 無事だった!?」
カグヤはヤトノスケに気づくと嬉しそうに手をふり返した。
「うん、無事だった」
ヤトノスケはカグヤのそっけない声に安堵すると私たちに駆け寄る。すると私を見て驚いた声を上げた。
「て、マカその神は!?」
「変態のトカゲの神様に髪を焼かれた」
「うわ……何もされなかった?」
「髪を焼かれただけで大丈夫」
そしてヤトノスケは徳田神社がある方向に指をさした。
「とりあえずイナメさんのとこに。タキモトさんもいるはずだしね」
「うん、ありがとう。あ、小切谷の人たちとはどう?」
「みんなすっかり馴染んでもう兄弟みたいだよ」
「なら安心ね」
その言葉にすごく安心感を感じた。
さて、早く行こうか。
ツムグさんが初対面で固まっているし。
————
それから徳田神社向かい、到着し鳥居を潜ると偶然イナメさんと師匠——タキモトさんの二人が何かを話していた。
「イナメさん。ただいま帰りました」
二人は私の声に気づくとこちらを向いた。イナメさんはしばらく見ない間に腰を痛めたのか少し曲げて動きもゆっくりになっている。
タキモトさんは片腕だけ異なっても相変わらず姿勢がいい。
イナメさんはカグヤの頭を撫でると私の顔を見上げた。
「あぁ、皆んな。よく帰ってきた。その髪は……」
「色々ありまして」
イナメさんも髪が気になるのか私に近づくと髪を触る。一応カグヤに整えてもらったから大丈夫だろう。
タキモトさんは私に近づくと何かを感じ取ったのか大きく頷くと髭を触った。
「マカよ。もしや荒波山に向かうのか」
「はい、そうですけどどうして?」
タキモトさんはイナメさんを見る。イナメさんは大きく頷くとゆっくり喋り始めた。
「先日、月が赤くなってな。それにまるで共鳴するかのようにお前の家の奥にある森から邪な気を感じた。あの森には古の時代に封じた神が二柱居られる。もし禍に汚されたらどうなることやら。だからこそマカよ。お主、タキモトと二人で言ってくれないか? あの森は源氏の血族と代々源氏に剣術を指南してきた一族しか通さない。もし入れば入り口に押し戻される」
私はタキモトさんを見る。タキモトさんは私を見下ろすと頷き、ナビィさんたちを見た。
「貴方たちはこの神社で待ってくれ。森には某たちが向かう」
「うん、気をつけて」とカグヤは気軽に言う。
それとは別にツムグさんはモジモジしている。そうか、二人は知らないのか。
「あと、二人とも。この赤髪の子はツムグさんで旅に同行してくれている人です! えっと、タキモトさん。この子も森に連れて行っても大丈夫ですか?」
二人は考えると横にふりタキモトさんは声を出す。
「それはダメだ。余所者入れることはできない」
「は、ははは」
ツムグさんを見ると一瞬暗い顔をする。しかし無理やり笑みを浮かべると軽い笑い声を出した。
「大丈夫ですよ。余所者が入れるはずがないですよね!」
「申し訳ないがな」
流石にしきたりは無視できないか。
ツムグさん、一瞬涙を浮かべていたのは見なかったことにしておこう。
私はタキモトさんと顔を合わせると頷き、狛の森の奥に進んだ。
——————
森の奥に歩み、草木を踏み分ける音が耳に付く。
道はないに等しく、私の家を通り過ぎてからは獣道すらない。
タキモトさんは気に跡をつけながら歩き、たまにある大きな石を一つ一つ小まめに触っていた。
「何をしているんですか?」
「この石は大昔に源ちゅらがナビィに会うために誘ってくれたそうだ」
「へぇ。実際はどうなんです?」
「さっぱりだ」
タキモトさんはあっさりとそう口をこぼす。
——森は目的地へは誘ってくれず気付けば真っ暗に空が染まっている。
私とタキモトさんはもうこれ以上奥に進むのは危ないとして引き返そうとした次の瞬間森の草木から光の粒が舞い上がったと思えば、東の方向に一点に突き進み始めた。
タキモトさんは私の肩を叩く。
「……行くぞ」
「——はい!」
————
二人で光が進む方向に走っていると不気味に青白い光を放っている石でできた家を見つけた。
その家は神社という訳でもなく、本当にただ民が住んでいるのと同じ家屋。
「神社……でもない。どちらかというと祠?」
入り口——はなく、ただ建物の形をしている石のようだ。
タキモトさんは不審な顔で石を触る。
「確かに光はここに集まっている。だが入口がないな。こんな祠は見たことがない」
ぼんやりと光る石は
何かがいるのは分かるけどどう言うわけが入口がないよう……ん?
足元を見ると家の端っこの土の一部が崩れて穴が出来てる。
私はタキモトさんに向かって声を出した。
「タキモトさん! ここから入れそうです!」
タキモトさんは私の声で近づくと穴を除いた。
「ふむ、この穴だとお前しか通れんな」
「なら入りましょうか?」
「そうしかないだろうな。気をつけろよ?」
「分かりました」
私は穴の中に入り奥へと進んでいった。
奥に進むと中は大きな空洞一部屋で、部屋の中心にはただ石がポツリを置いてある。
石は小刻みに揺れると部屋中に聞いたこともない声が響き渡る。
「やぁ! よく来たね!」
その声と共に石が崩れ落り粉となる。そして粉は宙に浮かび球体となるとみるみるうちに姿を変えて部屋を昼間のように赤くすると触手が五本だけのタコのような生物へと変わっていった。
私は剣を抜く。
そのタコはケラケラと笑いながらその場に降りると私に向かってお辞儀をした。
「初めまして。僕の名前はチトセって言うんだ!」
「チト……セ?」
チトセと名乗るタコは中に浮かぶと私の真上を飛び回りながら一人で楽しそうに笑い始めた——。




