25話 マカ、筑紫に寄り道
前回のあらすじ:
マカとカグヤ、ナビィの一行は狼山の主と話し協力を得た。
そこでナビィと別れ、マカとカグヤ、ツムグの三人で安雲へと向かった。
糸麻から出発して三日ほど。
ほぼほぼ来た道を辿って歩く。
今回は人が少ないのもあり安全な道で通ろうと明石の港をからグルリと陸を伝って安雲に帰ることにした。
明石の国は今回もなんとか騒ぎを起こさずに港の船に乗せてもらい吉備国、呉国、そして筑紫の国を越えるという道のりだ。
そして港から出港した。
——七日後。
船に乗って暫くたち、船頭は顔をしかめる。
船頭が言うには今筑紫の国は南方の隼人同士の抗争に参入したことにより海人の国と戦争が行われ今通っている道も戦場となっていることを教えられた。
船頭はそのことを私たちに伝えた後着物を被せてきた。
「お嬢ちゃんたち。絶対この着物から顔を出さないでな。あいつら人でなしだから女が同船しているとしれば手籠にしようとヤッケになるからね」
とりあえずこの人は信頼できそうだ。
そんな時キョトンとした顔のカグヤが着物を被ったまま船頭のスネを軽く叩く。
「ねぇ、手籠ってなに?」
カグヤの言葉に周りの空気がひんやりする。
確かに——手籠ってどういう意味……?。
私はツムグさんの着物の袖を引っ張る。
「ねぇ、ツムグさん——」
するとツムグさんは顔を赤くして私とカグヤの口を力強く塞いだ。
「船頭さん! こいつら無教養で名家のバカ娘なんで無視してください! なんならその手に持っている櫂でぶん殴っても良いから!」
「いや、殴らねぇけどよぉ……。おったまげたなぁ、こりゃ本気で守らんとえらいことやわ」
船頭は少し引き気味の小声でボソッとそう言った。
——そしてその日の晩に筑紫の国を分ける海の道、関浦に到達した。
すると海岸から急に火が現れると動き出した。
船頭は息を飲むと手に持っている松明を振り大声を出した。
「俺はただの商いをしている民だ! 通してくれ!」
それからその声に答えるかのように奥の方にぼんやりと光る炎も交互に揺れると女性の声が響き渡る。
「我は筑紫原伊治! 当主よりここを封鎖せよと言われている! 引き返せ!」
「そこをなんとか!」
「出来ぬ! その身を滅ぼすぞ! 早く立ち去れ!」
「そ、それは出来ませんよ!」
聞こえるのは声だけ。だけど緊迫した空気はしっかりと伝わる。
名前はイジというのか。すると船頭は急にガタガタと怯え始める。
船頭は必死に遠くから聞こえる声と交渉をしてくれているがどうして急に怯え始めた——。
「な、なんで近づくんだ! 俺は無害だぞ!?」
——近づいてきてる!?
私はバレない様に小声で伝える。
「せ、船頭さん! 逃げても大丈夫です!」
「い、いや無理だ。包囲されてる……。俺一人じゃあいつらから逃げれんわ……」
本当にどうしようか。
隣を見るとツムグさんは私に視線を合わせるとうなづいた。
「マカ。仕方ないけどやるしかない。僕はカグヤを守るからマカは船頭さんを」
「——分かった」
私は足元に置いていた弓と剣を取ると着物の中から出る。
船頭は驚いた顔をすると私とイジを交互に見た。
「な、なぁに出てきてんだ!?」
私は船頭に近づく先頭の船を見る。
そこには私そっくりな髪色と瞳の二十歳ぐらいの女性がいた。
その女性の肌は白く、顔には模様が描かれている。
この人がイジ——。
イジは一瞬驚きの顔を見せつつもすぐにニヤリと笑う。
「ほう、お前もその髪色か。であれば源氏に違いない。名乗れ、どこの源氏だ」
「——狛村の源マカ。そこを通してくださいます?」
「源……マカ? ——フハハハ! 何と上品な喋り方だ! まぁいい。早くこちらに乗ろうつれ! ——っ!」
イジは隣に立っていた一人の兵士から弓矢を受け取ると私に向けて構える。
射ってくる!?
「動くな源マカ!」
その言葉に私は咄嗟に足を止める。
イジは一瞬目元を鋭くすると矢を放つ。
やは私の髪に掠めると後ろの方で「うぎゃぁ!」と聞いたこともない声が聞こえた。
咄嗟に振り返るとそこには髭の生えた蛇の様な体の妖怪が海に浮かんで火に照らされていた。
視線をイジに戻すと舌打ちをする。
「まずい、来るぞ……。早くこっちに飛び移れ!」
次の瞬間船が大きく揺れ、私は宙に飛ばされた——。
「あ——っ」
私が立っていた場所には先ほどの髭の生えた蛇の更に大きいのが船を飲み込み、船頭は先に逃げたのかイジの足元で丸くなっている。
——全てがゆっくりに見える、カグヤをしっかり抱きしめているツムグさんもゆっくり落ちる。
まずい、だけどどうしようもない——。
その時妖怪の頭を踏み台にイジが大きく飛び上がってくると私とツムグさんとカグヤの三人を肩に乗せ無事だった自身の船に戻った。
イジはガサツに私たちを下ろす。
あの妖怪は唖然とした顔で私たちを見る。
イジは歯を食いしばりながら妖怪を睨む。
「ちっ、急所を外した」
「グワァァァ……」
妖怪は大きな口を広げる。
私は剣を引き抜く。
「私も助太刀します」
私がそう口にした次の瞬間妖怪は雄叫びをあげて海の上を滑るかのように私たちに向かって突撃してくる。
私は後ろにいるツムグさんとカグヤを見る。
「ツムグさん! カグヤをお願いします!」
「——っ! 分かった!」
ツムグさんは首を振る。
そして私は前を向くとイジは妖怪の脳天に向かって矢を放つとその妖怪は頭から血を流し声をあげる。
私は深く息を吸い船から妖怪の腹に飛び乗ると喉元に剣を突き刺す。
「ぎゃぁぁ!」と妖怪は声を上げると海の底に入り、私は剣を掴んだままそのまま引き摺り込まれる。
私は振り払おうとする妖怪の髭を力強く掴み、何度も剣を喉に突き刺し、生臭い血の香りで
気を失いかけるも何度も繰り返す。
そして妖怪は大きく海面に向かって泳ぎ、飛び上がった瞬間に私の体は空高く打ち上げられた。
「——っ!」
妖怪は鬼の形相で大きな口を開くと光の球を徐々に大きく作り始める。
私は息を呑み剣を目に向かって一か八かで投げる。
剣は回転しながら妖怪に向かうと上顎に突き刺さり血飛沫を上げると目の輝きを失った。
口の光は粒となって消え、私は妖怪の柔らかい腹の上に落ちる。
私は肩で呼吸して立ち上がるとイジが乗った船が近づいてきた。
「——無事か?」
「は、はい……」
イジはぷかぷかと浮かぶ妖怪を見ると愉快に笑う。
「——あいつは月降ってきた涙だ。その涙が海に触れた途端異形の化け物となった」
イジの後ろを見るとツムグさんは本当に怖かったのか涙ぐみながら全くの無反応のカグヤに抱きつく。あれは本当に危なかった。
——それにしても。
「——天人」
「——やはり天人か。先月訪れた海人が地上を襲っていると教えてくれたから警戒して正解だった」
——もしかして海養のカブカセさんたち?
カブカセさんは確か筑紫に天人のことを伝えにいくと言っていた。
イジは妖怪の腹に飛び移ると私に手を伸ばす。
「よし、こっちに来い。今日は私の屋敷に泊まると良い」
————。
それから暫くして私とツムグさんとカグヤはイジに案内されて筑紫に行く。そして上陸すると筑紫の都である伊都まで歩かされる。
道中野宿や村に泊まったりなどをして四日掛かって昼頃に到着した。
その間色々と話しをして分かったことは私の予想通り海養のカブカセから聞いていたようだ。
そしてイジは月の涙で生まれた異形の怪物を見て天人が来襲していることを察し、投手もそれに応える形で天人警固番役としてイジを任じて監視を務めている。
私は疲れて眠るツムグさんを抱っこしながら前を歩くカグヤとイジを見る。
カグヤは目新しそうに伊都を子供の様にキョロキョロ見る。
その反応は現地の人にとっては嬉しいのかイジもなんとなく楽しそうに話している。
「ねぇイジさん。この町は糸麻と天河と違って珍しい品が多いけどどうして?」
「あぁ、ここは元から貿易が盛んでな。大陸と交易して稼いでいるんだ。私たちはそれをウガヤまで貢物として届けている」
確かに伊都のまさに今通っている市場には質がいい絹や知らない言葉に知らない服を着た人がワイワイ何か言っている。
そういうことを見ればここはユダンダベアでもかなり栄えている所だ。
——そういえば筑紫の山に妖の神がいた!
「あの、イジさん。阿我山について聞きたいことがあるのですが妖の神はいるのですが? 言い伝えでは天地の境を作るのに携わったと聞いているのですが——」
「あぁ、いるぞ」
私は少し嫌がられると思ったが、意外とイジは気にする素振りを見せず続けて話す。
「昔からあの山には大トカゲの妖怪が住んでいてな。火口の奥深くにある神殿に住んでいると言われている。もしかして会いに行きたいのか? なら、お勧めはできない。あの神は荒ぶる神だ。天との結界を張ったのもかつての主人、火吹大蛇の頼みだからだ」
するとイジさんは目の前に指を向ける。
前には周りの建物を凌駕するが如く、屋敷が堂々と立っていた。
「あそこだ。とりあえず今日は私の屋敷に泊まれ」
イジはただその一言だけを述べた。
————。
イジの屋敷の中に案内されるとそのまま大広間に私含めた三人は広間に案内され、上座に鎧を脱いだイジが座る。
イジは私を暫く見るとゆっくりと口を開いた。
「おおよそ、話の内容からお前たちがどうしてここに来たかは把握した。妖の神が住む山に行くのと天人との戦いをするというその言葉を照らし合わせると——そういうことだろ?」
「はい、天地の結界を再び構築したいのです」
「だが、火吹大蛇は既にいない。あの神と対話できる存在が既にいないのに無理やり起こせば国が灰塵となろう」
「——他に策はないのですか?」
そんな時、私の隣で静かに目を瞑っていたツムグさんは目を開けると私を見る。
「ツムグさん?」
「あの、イジ様。その神様の名前を教えてくれませんか?」
ツムグさんはイジにそう質問する。
「神の名は阿我大神だ」
「僕は神のお告げを聞くことができます。その神が言うには阿我大神は可愛らしいものがお好きだそうです。ですのでそれを用意すれば対話ができるのではないでしょうか?」
ツムグさんの言葉を聞いたイジは眉間にシワを作る。
確かにいきなり神のお告げと言われても意味不明だし、助太刀したくてもどうすればいいのかが分からない。
「——そなたの名は?」
「ツムグです」
「——ツムグよ。その神の名を申してみよ」
「——名は、知らないです。私の故郷でも神としか呼ばれていなかったので」
「ほう、名がないのか。それで信頼せよとは無理なことだ。だが、許そう。ならば神の声が聞こえると言うのならば一つ私が聞く問題を答えてみよ。良いな?」
「——どうぞ」
するとイジは私を見る。
「なら源マカの母君の名を答えてみよ。私は知っているがな」
ツムグさんはその質問を受けると目を閉じて少し考える。
表情は最初は自信満々だったのが冷や汗を流し始めたあたりから顔色が徐々に悪くなる。そして小さな声で「え、まじで?」とボソッと漏らした。
そしてツムグさんは暫く唸ると私を見ながらイジに近づく。
「——そう言うこと?」
「その感じだと当たっているみたいだな」
「え?」
私たちの反応を見てかイジは笑い始める。
その時、しばらく大人しくしていたカグヤは私の袖を引っ張る。
「ねぇ、マカ。私が囮になるけど」
「——危ないからやめて欲しいんだけど」
「阿我大神は荒ぶる神だけど可愛い子が好きなんでしょ? だから大丈夫。言葉通りなら女の子なら誰でも良さそうだし。癪に障るけど私のことを姫って呼べば単純に喜びそうな気がしなくもない」
カグヤはいつに増して強引なことを言う。
カグヤはずっと私の助けになりたがっていたのは知っている。
だけど時と場合が問題だ。今回の場合は危険がある。阿我大神がかわいい子になら大人しいなら良いけど気に入らなかったら殺すと言う判断をとる可能性も否定できない。
「イジさんは、どうすべきだと?」
「——良いのではないか? むしろ何もしない方より。マカよ、お前その娘のことが大事か?」
「はい、怪我をさせたくないぐらいには」
その言葉にイジは少し考える素振りを見せる。
「そうだな。可愛い娘は誰も怪我をさせたくない。だが、思いを踏み躙るのは信じないと言う言葉と同じで人を傷つける。何事も前に行かせねば人は前を恐れて後ろしか見なくなる。ユダンダベアが一時的に大きく衰退して東国の反乱をいまだに抑えられないのも先代の大王が力を得ることを恐れたからだ」
イジは話しを終えると上座から降りて私の前に座るとカグヤと私の方の上に手を置いた。
「カグヤ、マカよ。筑紫の古くから伝わる言葉には『怯むな、強者の屍の上を歩け』と言うのがある。我々は通る道全てに先人の屍がある。後の世代ができるのは先人の屍の先の屍となり、後代に繋ぐのが定め。だからお前たちは今に留まるな。阿我大神の件は私も協力する」
「——本当に良いんですか? 協力してもらって?」
「あぁ、構わない。そもそも私は今筑紫において天人襲来への守護を任されている。天神との戦のためであるならば阿我大神の元に向かおう」
イジは私より大人びているせいか、可憐な姿とは裏腹に背中が大きく逞しく見えた。
————
あれから七日、私は阿我大神が住まう阿我山に向かい、到着した。
私は麓から高く聳える山の頂を見る。
私の後ろにはツムグさんと、カグヤ、それからイジと——イジが連れてきたお供の可憐な少年が一人。
カグヤは自身より年下の少年の手を握り、少年は少し恥ずかしそうにしている。
今更ながら偶然顔が似ている子をイジがつれていくと言った時は困惑したけどどう言うことだろう?
私はイジを見る。
「イジさん」
「あぁ、頂きに登ろう。そして神に会わんとな」
私たちは阿我大神の元に歩き始めた。
筑紫原氏:
古の時代の勇者、源ちゅらの直系の子孫。
狛村の源氏とは起源が同じと言うこともあり交流がある。




