23話 下調べ
冬から春まで糸麻に待機することを大王直々で命じられて早くも一ヶ月。
冬もう山場に来て起きて外に出れば雪化粧を厚く塗りたくった家が見える。
そして今日も寒い中目覚めると隣で眠るカグヤを揺するとちょうど用事侍女がご飯を運んできた。
「マカ様方。お食事をお持ちいたしました」
「ありがとうございます。あの、今日何か手伝えることは……」
「いえ、お客人にお仕事を任せると——尚更名家である源氏様に頼むとなると私の首が飛びまする」
「そ、そうですか。ごめんなさい」
「いえいえ、失礼します」
次女はそういうと部屋から出て行った。
すでに生きていたのかナビィさんは唖然としている私を見てニマニマ笑っている。
「あらマカ様。可愛らしいことですね」
「……春まで待つのは流石に暇なんですけど」
ナビィさんは少し考えた後その場から立ち上がり戸を広げると外を見渡す。
「そうですね……向かうところ全て雪山ですので下手に遭難すると危険です。カシ様も爬虫類ですので寒い場所となると不安ですが……」
「あの人普通に体を温めて歩いてませんでした? 鳥取から明石までの道で雪山を縦断するときでもあの人の周りが暖かくてみんなひっついていたじゃないですか」
「あれは論外だと考えましょう。一般常識で考えてです」
私とナビィさんは道中雪山でも平然と歩いていたカシさんを思い出してクスリと笑う。
カシさんの体は不思議と暖かく、思えばそもそも炎を吐き出せる時点でただの亀妖怪ではない。
私の祖先の一人の源ちゅらが生きた時代には確実に存在していたことから妖の神と呼ばれていた時があっても不思議ではない。
私は掛け布団を持ち上げると布団の中で丸まっている家具屋が出土した。
カグヤは寒さで目を開けると迷惑そうな目で私を見る。
「マカ。寒い」とカグヤは布団を私から取り戻して頭から被り巣に帰る。
本当は寝かしてあげたいけど今後旅をする際周りと異なった習慣となると連携が取りづらくなる。申し訳ないけどここは起きてもらおう。
私は再度カグヤから布団を奪い取った。
「ごめん。だけどもう朝だから起きようか」
「起きてもやることない。何か見つけようとしても止められる」
カグヤも退屈しているのは分かる。
ここ一ヶ月理由もなくあたりをふらついていた。そう言えば侍女と一番会話しているのカグヤだったよね。多分こっそりお手伝いをさせてもらっているんだろう——それか遊びに付き合ってあげているのどちらかだけど。
それにしても本当に退屈だ、何かしらあればいいのだけど……。
「あ、マカ様」
ナビィさんは何か思い出したかのような声を出すと私に顔を近づける。
「確かこの辺りに伊予島の月読国のご一族の方がいらっしゃるでしょう? 会いに行かれては?」
「——確かに……わかりました。今から行ってきます」
私はナビィさんの言葉に寝床から出た。
————
それから宮殿内を歩いていると前から私より少し年上の青年——ユミタレさんが歩いてきた。
私は道を開けるとユミタレは通り過ぎずに私をじっと見てくる。
「あの、ユミタレさん?」
「マカよ。冬が明けて春となれば初陣だな」
「いや、別に戦に出るわけでは……妖の神が住む山に行くだけですよね?」
「うむ。その妖の神が問題でな。ここ数千年……言い過ぎか、ここ数百年予算の都合で使者を送るのをやめてな、それからまれに手が空いた大王の一族の者が参拝するようになった」
「なら私が行かずとも——」
「妖の神はイホブキ大王と仲違いで交流を絶っている。これだけで十分に理解できるだろ」
「——具体的に何があったのかを教えてくれませんか?」
「——」
ユミタレさんは意味深な表情を浮かべると話してくれた。
要するに妖の神は革新的な考えで国家の統合を画策している今の大王の即位に反対で、何度も抗議したが聞き入られなかったのが原因だそうだ。
そこで第三者の私が行けと……それは理解できるけど。
ユミタレさんは肩の力を抜くと背中を向ける。
「春までは長い。少し共にして欲しいことがあるか大丈夫か?」
「えーと……あー」
ナビィさんからのあれは提案なだけだし……立場できに大王の家臣のユミタレさんのお願いを聞くのが筋だよね。うん、きっとそうだ。
「いえ、大丈夫です。お付き合いします」
「そうか。すまぬな」
私はユミタレさんの後ろに続いて宮殿から出ると糸麻の街中を歩く。ユミタレさんは辺りを見渡すと哀しい目をすると腕を後ろに組む。
「マカよ。お前は覚えておらぬと思うが、小さい頃お前は狛村で俺の手を引っ張って村の自慢をしていたな」
「——いえ、知らないです」
「——幼い頃だったからな。むしろ何故ここまで懐いているのかが理解できなかった」
ユミタレさんは少し深呼吸をするとゆっくり話し始めた。
だけど私はそこまでユミタレさんに甘えたことがあったのだろうか?
記憶にあるのは兄さんの許嫁だった……。
あぁ、待って。今思い返すと恥ずかしいことしかしていないのかもしれない。
私はみるみるうちに熱くなる顔を俯いて隠すとユミタレさんの笑い声が聞こえた。
「確か抱きついてきたり果実を欲しがったり、布団に勝手に潜り込んできて一緒に寝たりすく放題なことをされたな」
「——あの時はすいません」
事実は兄さんの許嫁にした行為だけどどうして神様がこれを異性にしたことにするのか。
ユミタレさんも良い思い出のように微笑ましい顔をしないでくれないかな。
「まぁ、私はお前に許嫁になってくれと言われた日から許嫁だが正直お前はどうだ? まだ十四の娘が歳の差があるものと結婚したいのは酷だと思うのだが。女の気持ちが分からないから嫌であったら言って欲しい。母も言っていたからな。恋心は女子の方が敏感とな」
ユミタレさんは恥ずかしいことをつらつらと述べる。
——恋心理解できないのどうしようか。とりあえず適当に言えば良さそうだ。
「私は……ユミタレさんのこと嫌いではないですよ。気を配ってくれたり声色も耳触りがいいのであとは……兄さんみたいな」
「兄?」
「あぁ、いえ。まるで実の兄みたいな安心感があると言いたかったんです。——兄はいないんですがね」
「そうか。気を許してくれたのならそれで良い」
その時見せてくれたユミタレさんの心から喜んでいる笑顔が脳裏に焼き付いてしまった——。
————。
それからずっと糸麻を歩き続ける。
それにしても本当にここは大きい。
豪族や家臣たちが行き来するところには職人や商人たちが集い、その商人たちを追うかのように各地の行商人たちがやってきてゃ特産物を買い取る。
それも豪雪のこの季節でさえ人々の活気は無くならない。
するとユミタレさんは急に足を止める。
道の端をじっと見ていたため視線を移すとそこには被り物をした一行が何やら奇妙な踊りでで歌を歌う。
「禍を司る神よ、参られよ」
「冬の禍吸いたまひ、疫病、大火事、飢饉今こそ払いたまへ」
「年越し禍、寒い禍。日の神をはよう呼べ。生きたる者ども日を待たん」
「「「あぁ! 叩けや叩け、大太鼓! 踊れや踊れ! 天神よ! 岩戸に鏡を今向けて、大源神よ、日を背に禍を鎮めたまえ!」」」
ここの風物詩なんだろうか生きゆく日土地は皆ここで足を止めてこの一行を面白そうに眺めている。
ユミタレさんは幼い頃からの常連なんだろうかじっと見ている。
「ユミタレさん。これはなんですか?」
「——覚えが悪い語り部の一行だな。昔は言葉だけだったが百年ぐらい前に糸麻の大社の神官が神楽として踊りを用い始めたのが最初だそうだ。踊って歌う方が一部の語り部たちにとっては覚えやすかったみたいだ」
「——確かに一見覚えが悪い人でも体を動かしながら覚えた方が早いことがありますからね」
「そういうことだ。近々大王は言い伝えを神楽として各国に伝搬させると考えだ」
ユミタレさんは満足したのか再び歩き始める。
——そう言えば禍の神と言う言葉はちらほら聞くけど一体なんなのだろうか。
名前からして禍をもたらす神とは思うけど、不思議とそう言う印象を持ちにくい。
あの踊りを見たせいもあるのか、禍を司る神と言うだけな気もする。
「——これからどこに?」
「那夜伊という伊予島を治める王族を出自とした豪族の館だ」
————
それからしばらく歩き、昼頃に町外れについた。辺りを見渡すと至って平凡な田畑しか見えないが田んぼの中央に明らか異様さを放つ大きな屋敷が見えた。
私は目を凝らしてみるとユミタレが私の前に出る。
道中色々と那夜伊と言う一族について聞いてみて印象に思ったのは大王と同じ現人神と言うことだ。
私が「神代の人物の子孫とは実感持てませんね」と言うと「なら源氏はどうなるんだ」と半笑いで困惑していたユミタレさんの顔は忘れておこう。迂闊だった。
ユミタレさんは屋敷の目の前に来ると門を見る。
「マカよ。あれが那夜伊家の屋敷だ」
「——古の時代、伊予島に住んでいた月神様の子孫の一人ですね」
「あぁ、そうだ。この国は建国の時貢献した王族の本家を家臣として分家を国造にしたからかなりややこしいのだ。そのため大王のこの体制を変えたがっているんだ」
「——本当に複雑ですね」
「あぁ、本当にだ」
ユミタレさんと雑談を交わすと先ほどからこちらを不審に見ていた門番が近づいて来ると槍の柄を生きおうよく地面に叩きつける。
「何者ですかな?」
「大源の者だ。通してくれ」
門番は不審に私とユミタレ様を見る——いや、私を不審そうにじっと見る。
「——あぁ、失敬。ユミタレ様ですか。これは失礼を」
「構わない。それにしてもダヨイ様のお体は大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫——とは言ってもまだ毒が体に回っているので少しだけ熱がありますがな」
「なら見舞いは控えたほうがいいですか? 少しお伺いしたいことがあったのですが」
「ふむ、では少し確認してきます。」
門番は一度屋敷に入る。
ユミタレさんは肩の力を抜く。
「マカよ。ダヨイ様の病弱ゆえよく体を崩す。だからあまり騒がないでくれな」
「はい、分かりました」
すると門が開き、門番が戻ってきた
「ご案内します。どうぞ」
それから私たちは下人に那夜伊がいる寝床まで案内してもらった。
————。
寝床に案内され奥に進むと不健康的な肌色で髪が散り散りの異様に細い男——那夜伊がいた。
男はすこす動くたびに咳をする。
「これは……ユミタレ様。ご無沙汰しております」
「こちらこそ体調が悪い時に申し訳ございません。もし無理そうでしたら日を改めます」
「良いのですよ。私は長くは生きれない。だからこうしてお通ししました」
那夜伊は大きく咳をして血を吐く。
「ゴホッ! ゴボッ!」
「那夜伊様!」
下人たちが那夜伊に寄り添う。ユミタレさんは難しい顔をすると立ち上がった。
「申し訳ございません。日を——」
「……ま、待たれよ」
那夜伊は弱々しく手を伸ばす。
「ユミタレ様、目的は分かります。伊予島でしょう? それと天人……」
那夜伊は息も絶え絶えながらもゆっくり、それも長く話し始めた。
「——月神様は恐らくだが禍に毒され始めております。月神様と繋がっている私もその毒が回って……、取り敢えず早く、早く禍を封じなくてはなりません」
「……禍?」
ユミタレさんは唖然とした顔をする。
その反応をダヨイさんは見てうんうんと頷くと私に視線を合わせる。
「——ユミタレ様、この方は?」
「源マカ。狛村の源氏です」
ダヨイさんはユミタレさんの言葉に頷くと弱々しい瞳で私を見た。
「あぁ、あなたがマカ様ですか。……確か天人と戦っておりましたな」
家のものに教えてもらったのかダヨイさんは私のことを知っているようだった。
「えぇ、そうですが」
「聞けば、翡翠の剣で挑んだと聞きます。禍を祓う翡翠でなぜ天人が消えるのか……不思議に思いませんでしたか?」
「——私は彼らは生死に溢れる力に弱いと考えておりましたので特には」
「——でしょうな。天人はそもそも地の力に弱い。ですが伊予島から溢れ出る禍と無関係とは思えないのです」
そしてダヨイさんは肩に力を入れると力強く床を叩きつい私は体をビクつかせる。
それを見てかユミタレさんは視線で私に「あとは任せてくれ」と伝える素振りをする。
「とりあえずダヨイ様。お聞きしているとは思いますが大王は天地の結界を再度貼り直すとお考えで、私の父上は現在伊予島への調査に出向いております。——無理であれば良いのですがそこで何か意見などがあれば教えていただきたいのですが……」
「ユミタレ様。この度の事案、実に面倒くさいです」
「——」
ユミタレさんは気づいたのか苦虫を噛み締めた顔になり、ダヨイさんも同じ顔になる。
「——今、東方諸国で兵を率いて未だには向かい続ける健王をようやく討ち取ったとの知らせが入ったのようですな。しかしまだ諸国は従う素振りを見せるどころか、逆に結束を固め反乱の機運がより高まった」
ダヨイさんは私を見つめる。
「——マカ様。天人は我々を知れるが我々は天人を知ることはできない。できるのは我が一族だけ。くれぐれも心を許さないでくれ。大王の助力したいだろうが、大王に反発する勢力が多い。支援はあまり無いと思った方がいい」
「……分かりました」
ダヨイさんは満足したのか急に大きく咳をしたかと思えば血の塊を吐き出すとそのまま倒れた——。
あれからしばらくダヨイさんの側にいた後、ユミタレさんと共に夕暮れ時と合わせて宮殿に戻った。
寝床に入るとカグヤとナビィさんはいない。
天人は禍に毒されている可能性がある。
その災いの根源が地上とすれば彼らが朝に到来した理由に説明がつく。
「あらマカ様」と後ろかなナビィさんの聴き慣れた甘い声が聞こえる。
「ナビィさん……」
「——その様子は何か仕入れてきましたね」
本当にナビィさんは感が鋭い。
それからナビィさんに今日ユミタレさんとダヨイさんの屋敷に行き話を聞いてきたこと、それから天人が禍に蝕まれている可能性があることを伝えた。
ナビィさんは思ったより反応が薄く、逆に想定した通りと言いたげな無表情だった。
「少しは考えていましたがその通りでしたか」
「——気づいていたんですか?」
「——そんなわけ無いでしょう。ただ、何度も会ってみると不自然なんですよ」
「と言いますと?」
「天人って普通は血を浴びたら即死なんです。ですけど生きていたんですよね? アタベは」
「はい、そうですが」
「——あの平気な様子、アタベは天人では無いのでは? まるで禍の傀儡当然……」
「ナビィさん?」
私の呼びかけにナビィさんは我に返ると眉間に皺を寄せて私に背中を向ける。
「マカ様」
「なんです?」
ナビィさんはしばらく黙る。まるで葛藤し上手いこと言葉をわかりやすくしようとしているのがわかる。
事実、体が震えているのが見て分かる。
「ナビィさん。あなたは何者ですか? これまでの行動もまるで見透かしてきたような……。カシさんや、猿神のタケルヒコさんと同じようにまるで年長者の余裕が感じれるのですよ。教えてください」
「——」
「天人についても不自然なほど詳しかったですし、なぜイナメさんぐらいしか知り得ない情報を知っているのかも。教えてください!」
「声が大きいです」
「——!」
ナビィさんの声は今までとは比較にならないほど冷たかった。
こちらを振り向いたナビィさんの顔は今までの優しさなど無く、まるで侮蔑した目をしていた。そして私に近づくと耳に口を近づけた。
「——あの人と同じですね」
「——あの人って誰ですか」
「————」
ナビィさんは何も言わずに私から離れると寝床をしようとする。
その時一瞬涙が頬を伝っているのが見えた——。
なんだろう、胸がモヤモヤする。
絶対このまま何も言わないと後悔する。だけど何を言えばいいのかが分からない——っ!
「マカ様。この旅、私も付いて行きます」
「え? だけどカグヤは……」
「カグヤさんは大王のそばの方が安全なはずです」
ナビィさんは引き返すと私の肩を掴んだ。その顔はかなり真剣で私に目を逸らす隙を与えないと言わんばかりに鋭い眼光だ。
「三日後に宮殿を出ましょう」
「そんなすぐにですか?」
「えぇ、妖の神とは知り合いですので。もし禍の神が関わっているとすればタダでは済まない……。食料は現地調達でもなんとかなります」
「——そういえば旅巫女でしたからそういうのは得意でしたね」
「えぇ、あの人に教わりました。むしろ目覚め薬を食べるのは最初は嫌で泣いていたのが懐かしいです」
「目覚め薬って……雪山にねないようにするものですたか?」
「はい、そうです」
ナビィさんは元気を取り戻したのか本来の顔に戻る。
それにしてもあの人とは誰のことなんだろう?
————。
ナビィさんと話した後、大王と謁見しなんとか許可を頂いた。
カグヤは不満げな顔をしていたけど最近はかなり気が合う友達ができたようでまだマシなようだ。
だけどこの宮殿にいる子供って侍女のことなのかは分からないけど——。
とりあえず出発は一週間後に出発することになった。
まだ冬の中、私の旅は終わらない——。
——————。
私はカグヤ。またマカがどこかに行く。
私を守ってくれているのは分かるけど、ここまで一人にさせられると心が痛む。
なぜマカは私を置いていくのだろう。私だって助けたいのに。
マカはいつだって一人で解決しようとする。
仲間を作っても基本的に一人で動こうとする。
少しは私を頼って、泣いて、愚痴を漏らして欲しい。
これは私の本当のお願い。




