第7話 代表の重圧
鳥居の先に旅立っていったトオルたちを見送ったあと。怪異の対策室に戻ってきた逆左 凪は、大きな溜め息を吐いていた。
「逆左代表、本当に彼に任せても大丈夫なんでしょうか」
「……不安かい?」
「特殊部隊が警護に着くとはいえ、いくらなんでも危険すぎます。ましてや仮想世界に生身の肉体で向かうなど……」
部下である男性科学者は、頭上にある巨大モニターを心配そうな表情で見上げた。そこには十数名の屈強な者たちと共に歩く、トオルの姿があった。彼は政府と会社が用意した戦闘経験者たちに警護されながら、これから仮想世界に取り残された者たちの救出へと向かう。
「確かにね。もしかすると、二度と現世へ戻ってこれないかもしれない」
「あの鳥居は得体が知れないんですよ!? いったい何が起きるか分からないですし」
「そうだね。だけど、あちらの世界は我々の作ったものだ。であれば、ある程度はコントロールできるはず」
「で、ですが……」
彼女は肩をすくめながら、端的に説明をした。
「彼はたしかに体は軟弱で性格にも難がある。だけどゲームを攻略することに関しては天才的な能力を発揮するんだ。長いこと彼を見てきた私は、そのことをよ~く知っているよ」
ナギは自分のデスクに戻ると、椅子に座り込んだ。そしてキーボードをカタカタと打ち鳴らしながら、部下に向かって指示を出す。
「それよりも、彼のプレイを配信する準備はできているかい?」
「はい。いつでも開始できます。……ですが本当に良いのでしょうか?」
「あぁ、もちろんだとも。それが彼の望みだっていうんだから、こちらも彼との約束は最大限守らないと」
今回、トオルとナギが交わした約束はひとつ。
トマトちゃんねるで救出する様子を配信するということ。たったそれだけである。
他には何にも要求しなかった。
「くっくっく。相変わらずだねぇ、トオル君は。金や女よりも、実況に命を懸けられるなんて……そんな大馬鹿者、やっぱり彼しかいないよ」
ナギは楽しげな笑みを浮かべると、手元にあるスイッチを押した。その瞬間、トオルたちの姿が見えていた画面がそのまま動画配信サイトとリンクされた。
さらに彼女専用の端末で操作を続け、2nd.ユニバースの公式サイトやSNSアカウントから、今回の事件に関する声明を投稿した。
《2nd.ユニバースの怪異について公式から発表があったぞ!》
《良かった、救助隊が向かっているらしい!》
《自衛隊か?》
《いや、特別に編成された特殊部隊のエリートだそうだ》
「ふふふっ、盛り上がってきたわね。せっかくだから、トオル君の喜ぶようなプレゼントもしておこうかしら」
追撃とばかりに、彼女はさらなる情報を公開した。
《――続報? 隊のメンバーとして専門家が同行だってよ》
《この隊員リストにあるトマトオルって誰だ?》
《まさかあのチーターで有名なトマトオルか!?》
《おい見ろよ。配信サイトで救出の実況放送をしてるぞ!》
誘導したナギの狙い通り、トマトちゃんねるへのリンクを踏む者たちの数が瞬く間に膨れ上がっていく。視聴者数はうなぎ登りとなり、コメント欄にはトオルの名前を書き込む者たちが続出していた。
「トオル君、これで義理は果たしたわ。あとは頼んだわよ?」
ナギはクスリと笑うと、再びトオルの配信へと意識を向けるのであった。