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第6話 狂った男と女


「これは……」


「怪異が発生した瞬間に居合わせた配信者の一人だよ。彼は野球ゲームをプレイ中に巻き込まれた」


 画面には一人の男の姿が映っていた。


 彼は悲痛な叫びを上げながら、必死に野球場を逃げ惑っている。しかし背後から迫ってくる異形の化け物から逃れる術はなかった。男は断末魔と共に、異形の怪物に喰われてしまう。


 その動画を見たトオルは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。全身に鳥肌が立ち、心臓の鼓動が早くなる。こんなの、野球ゲームなはずがない。


「普通ならありえないはずの現象だろう? しかし現実に起きている以上、何かしらの原因があるはずだ。そう考えた私たちは、原因を突き止めるために調査を開始した」


 原因はすぐに判明した。

 仮想世界のシステムに、何者かが介入していたのだ。まるでウイルスのように、ゲームプログラムそのものを書き換えて別のものへと変えていた。


 その結果、この世界に存在する怪異が本来とは違う挙動を起こすようになってしまったというわけだ。しかしそれだけでは終わらない。


「午前零時の時点で仮想世界に入っていた者たち全員が、ログアウトできなくなってしまったんだ」


 当時ログインしていた人間は計1082人。しかもゲーム内で死亡した者は現実世界に戻ることができず、意識不明の状態となってしまった。


 運営会社は当然、すぐさま対応にあたった。元々ある程度のトラブルには対応できるように様々な対策が施されていた。だが、事態は悪い方向へと転がってしまう。サーバールームの調査にあたっていた作業員が不自然な鳥居を発見。それこそが怪異の原因だと判明する。


「だけど誰もどうして鳥居なんかが現れたのかなんて分からなくてね。こちら側からのアクセスなんてできないし、新たにログインすることも無効化されてしまった。つまりお手上げ状態ってことさ」


 ナギはフケだらけの頭をガリガリと掻きむしりながら、苛立ちを露わにした。顔立ちは良いのに、身なりが汚すぎてもったいない。


「それで俺にどうしろっていうんだ?」


「話が早いじゃないか。察しが良くて助かる。君には私たちの代わりに、この問題を解決してほしい」


「解決だって? 俺はただのフリーターなんだぜ? 何ができるっていうんだよ」


「君にしかできないことがある。この件はまさしく君が適任なんだ」


 そう言って、彼女はトオルの頬に手を当てた。その手は本当に生きているのか疑わしいほど、ヒンヤリとしていた。


「幸いにも、鳥居をくぐることで向こうに行けることが分かっている。今ならまだ、助けられるかもしれない。……だが、怪異に近代武器は通用しないんだ。つまり今私たちに必要なのは、ゲームの世界で生き抜くことのできる人物」


 そのまま指先でトオルの頬を撫で回しながら、ナギは熱っぽい視線を向けた。


「君のゲームスキルと知識を、どうか私たちに貸してほしい。もちろん、タダとは言わない。報酬は弾むつもりだ。私のカラダが欲しいというのなら、喜んであげよう。それとも若い子の方が良いかい?」


「いや、だから俺は……」


「あぁ、もちろん断っても構わない。その場合は、二度と日の目を見れないかもしれないが」


「……は?」


「言っただろう。この世界は今、異界の魔物に支配されようとしている。もしこのまま放っておけば、犠牲者の数は増え続ける一方だ。そうなれば我々は責任を取らざるを得なくなる」


 トオルはようやく理解した。

 自分がここに連れてこられた理由を。


「トオル君が断った場合、君は1082名もの人間を見捨てた腰抜けとして全世界に暴露する。もしそうなった場合、経験者の君ならどうなるかは分かっているよね?」


「…………は、ははっ」


 トオルの口から乾いた笑い声が漏れた。そんなことをされたら、大炎上のときとは比にならないほどのバッシングを受けるだろう。トオルは単に巻き込まれただけ。だがそんな真実はどうでも良いのだ。何かが起きたとき、叩ける材料があるというだけで悪者にされるというのは痛感していた。


 脅しとも取れるような言葉に、トオルは動揺を隠しきれないようだった。しかしそれでも彼女に従う義理はなく、ただ黙って睨み返す。


「ふぅ……。分かった、言い方を変えようか」


 するとナギは少しだけ困った表情を見せつつも、彼に問いかけた。


「今の君には目的がない。生きる理由もない。このまま無為に過ごしていても、きっと後悔することになるだろう。だったら、その力を有効活用するべきじゃないかな」


「……」


「もし協力してくれるのならば、私の組織で好きなように生きればいい。悪い話じゃないはずだ」


「……なんで俺を選んだ」


「さっきも言ったけど、君が適任だから。こんな状況で行ってくれる人物なんて、よほどのゲーム好きか、神経が狂ってる人さ」


「俺がその誘い文句で行くように見えるか?」


 ナギは目の前で武者震いをしている男を見ながら、真っ赤な唇で大きく弧を描いた。


「やだなぁトオル君。さっきから物凄い笑顔をしているじゃないか」




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