第3話 キャラにふさわしくない名称です。変更してください。
巨大な頭をした鬼に食い荒らされてしまった、人気配信者のカマタマ。彼の血でできた水溜まりを避けるように、トマト頭の男は赤子鬼の前に立った。
「というわけで、俺は突然変異した赤子鬼を討伐しにきたヒーローってワケ」
「……ママは私をいじめるの?」
「うん、殺すよ。偉い人に頼まれちゃったからね。君もトラブルに巻き込まれた側なんだろうけど、運が悪かったと思ってくれ」
「…………」
赤子鬼は沈黙した。否、会話よりも別の方法を試みたと言っていいだろう。
先ほどカマタマを捕食したときのように、ガパッという効果音が相応しいほどの大口を開けた。さっそく彼――トマトちゃんと名乗った男を食べようというのだろう。
「いいね。その思考、いかにも化け物っぽくて嫌いじゃないよ」
トマトちゃんは喉に手を当て、「あーあー」とマイクテストをするような素振りを見せた。
「――俺の配信も始まってる頃合いだし、そろそろ始めようか。ルールは簡単、どちらかが死ぬだけ。シンプルイズベストってね」
「……私を虐めるようなママは嫌い。だけどお腹は空いているから、食べてあげる」
「だから俺はママじゃないって言ってるのになぁ……まぁ、いいか。おいで」
赤子鬼が動く前に、トマト頭が一歩前に出た。そして、右手を前に突き出す。
「それじゃ、始めるか。――『プレイヤー名変更!』」
その言葉と共に、赤子鬼が動いた。
「いただきます」
トマト頭に噛みつき、そのまま丸呑みにしようとする。だが、その歯が彼に届くことはなかった。
「うは、大丈夫だって分かってても怖えぇ!」
まるで透明な壁があるかのように、赤子鬼は完璧に阻まれてしまっていた。
「あれ? ママを食べたはずなのに……」
「ははは、どうだい。これがバグの威力だ」
「ばぐ……?」
「残念ながら君は、今の俺に指先一本触れられないよ」
ガチガチと歯が当たる音だけが部屋に響き渡る。やがて赤子鬼は諦めたのか、一度口を離した。
「どうして? って顔をしてるな。まぁ作られた存在である君には知る由もないか」
「……?」
「プレイヤーネームを変えることで起きるバグだよ。今の俺は設定上、このゲームに存在しないことになっている」
彼が起こしたのは通称『名称バグ』と言われている。
プレイヤーネームを特定のワードに変更することで、デバッグモードへ強制変更させる行為だ。正式に言えばバグではなく、開発者の一人が製品版からデバッグモードを取り除くのを忘れたために生じたエラーなのだが、細かいことはいいだろう。
「トマトちゃん、ずるい」
「せっかく名前を覚えてもらったところ悪いんだが、今の俺の名前はトマトちゃんじゃないんだよなぁ」
今の彼はトマトちゃんから『ドスケベおち●ちん丸』となっていた。もっと別の名前は無かったのかとツッコミたいところだが、ストレスが溜まりまくった開発スタッフがふざけてそう設定したのだろう。
……卑猥な名前はともかくとして。たったそれだけで、彼はただのプレイヤーから無敵の存在となっている。
「どんなに恐ろしい怪物でも、所詮はゲームのシステムに縛られてるってコトだよ。元デバッガーの俺は、そこを突くことに関して天才的だから」
ちなみにだが赤子鬼の攻撃は無効化されているが、逆に彼から赤子鬼に干渉することもできない。あくまでも挙動を検証するためのモードであり、一方的に叩き潰せるような便利なものではないのだ。
つまり『ドスケベおち●ちん丸』は負けないが、勝つこともできない。
「さぁて、勢いそのままに飛び出してきちまったけど。これからどうしようか……」
ここまで余裕綽々とした態度を取っていた彼だったが、実は割と無策だった。
この名称バグもたまたま、このゲームの開発者とは古い付き合いだったから知っていただけだ。
他ゲームで『ドスケベおち●ちん丸』を仕込んだその人物が、この赤子鬼の開発チームにいたことを知っていたから試してみただけである。
せめてもう少し時間があれば、知人から他のバグ技を聞き出すことができたかもしれない。
しかし今回は救出隊の先鋒としてかなり急いでいたために、こんな無茶をする羽目になってしまった。
「いや、たしかもう一個だけあったな。アレを試してみようか」
「ドスケベおち●ちん丸、今度は何をするつもり?」
「若い女の子にその名前で呼ばれると、オジサンは変な扉を開けてしまいそうになるよ」
食べられないことを悟った赤子鬼は、元の可愛らしい少女の姿に戻っていた。その表情からは先程までの殺意は消え失せて、純粋な疑問を浮かべている。返り血で染まっていなければ普通の美少女だ。
若干の気まずさを感じつつ、リクルートスーツ姿の変態男は虚空に浮かぶタッチパネルを操作していた。
「お、あったあった。『β版チュートリアル』開始」
デバッグモードの中に隠されていたチュートリアル。それも製品版では削除されたテスト用のものだった。
「赤子鬼の世界へようこそ! 私はガイド役のソラよ。よろしくね、ドスケベおち●ちん丸!」
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